☆光仁天皇皇太子 他戸親王墓
大和国宇智郡
奈良県五條御山町681
(隣接する「御山墓地」に駐車可)
他戸親王(オサベシンノウ)の御陵。
「吉野川」に「丹生川」が合流するところの丘陵地にあります。
井上内親王、他戸親王母子はあらぬ疑いをかけられ(おそらくそうであろうとされる)当地に幽閉、そのまま最期を迎えます。
そして強烈な祟り神となり、藤原式家を始め、京の都を震え上がらせたといいます。
幽閉中に井上内親王は身籠っていたとされ、生まれることなく最期を迎えていますが、その子は火雷神(ホノイカツチノカミ)となったとされます。
都では雷が鳴る度に「祟りだ!祟りだ!」と恐れられたと思われます。
(幽閉等の経緯は御霊神社 本宮の記事参照)
当地での母子に対する崇敬の厚さは尋常ではなく、境内社等も含めれば宇智郡から一部葛上郡に渡り、全部で50社ほど鎮座しているのではないでしょうか。
伝承として、陵墓に人の手が入るのを嫌い、そのときは必ず雨が降るとか。陵墓工事中は21日間も雨が続いたとか。
地元でも相当恐れられていたようです。
*写真は2020年4月と2022年8月撮影のものとが混在しています。