小奈邊古墳 (小奈辺陵墓参考地)



大和国添上郡
奈良市法華寺町
(P無し)



「佐紀盾列古墳群(*)」の東部に築かれた前方後円墳。最東端の宇和奈邊古墳の西隣に、また北西に隣接してヒシゲ古墳が築かれています。

*読みは一般に「さきたてなみ古墳群」とされますが、記紀の記述から「さきたたなみ古墳群」が正解かと思われます。なお橿考研は「佐紀古墳群」としています。

全長204mの巨大前方後円墳。堤から円筒埴輪列が発見されており、また10基にも及ぶ培塚があり、それらから5世紀前半、宇和奈邊古墳より先に築造されたと考えられているようです。

被葬者は磐之媛ではないかとされ、陵墓参考地として宮内庁管理下に。ところがすぐ側のヒシゲ古墳が治定されています。
どちらか一方に磐之媛が葬られたとしても、もう一方の被葬者は…。

仁徳天皇皇后である磐之媛。八田皇女との確執など、大変に嫉妬深い女性として描かれています。すぐ隣の宇和奈邊古墳は八田皇女の陵墓参考地。
確執が伝えられる両陵墓を並べて葬るものなのでしょうか。疑問を感じますが…。



ヒシゲ古墳より当古墳を。