中言神社 (黒江)


紀伊国名草郡
和歌山県海南市黒江933
(P無し、付近に停めておけるようなところもまったく無く、タクシーを手配し参拝中は近くで待って頂きました)

■祭神
名草彦命
名草姫命


万葉集に「黒牛潟」と読まれる、海南市「黒江」に鎮座する名草姫を祀る社。「紀伊国続風土記」には、かつては入江であり干潟に牛に似た黒い石があったとか。満潮時には隠れ干潮時には姿を現れるというもので、これが地名由来となったと記されています。
当社のご祭神である名草姫は、中言社の総本社である吉原の中言神社から、冬野の中言神社を経て当地に勧請されたもの。なお明治の合祀令により、かつて船尾地区にあった中言神社をも合祀しているようです。
原初は弘仁三年(813年)に紀伊国司が鎮守の神として八王子神を祀る社を創建したと伝わります。名草姫が勧請されたのは中世のこと。
縄文終末期あるいは弥生創早期より名草山周辺を拠点とした一族。名草戸畔(名草姫)が長であった時代に神武軍に誅されました。代わりに当地を支配したのは紀氏。自身の系譜に繋げて名草彦を創出しています。また「中言」とは「中は中臣と同じく言は即時なり 名草の国造として神と君との御中を執持ちて事を執行う職なれば中言と称す」と、紀氏の思うがままに。これが勝者と敗者の運命でしょうか。

写真は2016年12月撮影のものです。