石屋神社 (淡路市)


淡路国津名郡
兵庫県淡路市岩屋字明神799
(P不明、当日は「淡路ジェノバライン駐車場」から歩きました)

■延喜式神名帳
石屋神社の比定社

■旧社格
郷社

■祭神
國常立尊
伊弉諾尊
伊弉冉尊


淡路島の北端に近いところ、淡路SA近くの海沿いに鎮座する社。すぐ北には有名な「絵島」がありますが、当社も観光スポットの一つ。
創建は崇神天皇の御代とされ、現社地より北西200mほどの「三対山」山頂に鎮座したようです。その「三対山」の麓には、岩盤にぽっかりと穴の開いた岩樟神社(記事未作成、伊弉諾神宮境外摂社)が鎮座。すぐ目の前には「絵島」が座します。当時は「絵島明神」と称されていたとか。垂仁天皇の御代に「石屋明神」と変わっています。さらに神功皇后は明石郡垂水浜より難破し当浜に着船し、「三対山」山頂にて戦勝祈願、凱旋の際にも報賽したと伝わっています。なお現社地への遷座は中世に築城されたたことによるもの。
その神功皇后は「いざなぎや いざなみ渡る 春の日に いかに石屋の 神ならば神」と歌ったとされています。
神功皇后までの由緒はおそらく、いわゆる仮説の祭場であったかと思われます。「石屋」については石樟神社と絵島とを含めた一帯のものかと。あるいは山頂に磐座などがあったのでしょうか。岩樟神社の洞窟は伊弉冉尊の幽宮伝承もあります。なお明石市材木町にも石屋神社があり関連がありそうです。「垂水浜」を指すのかもしれません。
現社地についてはかつての神聖な面影は無くさっぱりとしたものとなっていますが、春秋分の日には社殿から見て鳥居の間から陽が昇るように設計がなされています。

※写真は2017年5月撮影のものです。


ここから進入し境内に停められた記憶がありますが、はっきりとしません。




境内社の八百萬神社。神功皇后がイザナギ・イザナミ大神を始め、天神地祇に祈ったということに因んだものでしょうか。