佐久奈度神社
(さくなどじんじゃ)
近江国栗田郡
滋賀県大津市大石中1-2-1
(境内に駐車スペース有り、河川敷にも大駐車場有り)
■延喜式神名帳
佐久奈度神社 名神大 の比定社
■旧社格
県社
■祭神
祓戸大神を祀る総本宮。琵琶湖を源流とする「瀬田川」が、大きくうねり突然急流になる地、近江国粟田郡(現在の大津市大石)の川畔に鎮座する社。琵琶湖の南端より6~7kmほどでしょうか。「瀬田川」はこの後「宇治川」と名を替え、都を流れた後に「淀川」と合流しています。
◎鎮座地「大石(おおいし)」は「忌伊勢(おいそ)」からの転訛と伝わります。かつて伊勢詣の際に当社が「祓所」であったことから。近年まで「大石(おいそ)」であったようです。
◎創建は当社由緒記によると、天智天皇八年(669年)に勅願により、中臣朝臣金連が当地にて祓を修し、社殿を設け「祓戸大神三神」を祀ったのを始めとしています。
天智天皇六年(667年)に飛鳥から「近江大津宮」(大津市錦織、琵琶湖の南西部)へ遷都があり、その地で即位しています。
◎その後「大津宮」は弘文天皇(大友皇子)に受け継がれるも、壬申の乱の敗北により都は再び飛鳥へ。当社創建の勅願を受けた中臣朝臣金連は当時最高の権勢を持っていたようです。ところが壬申の乱の際に大友皇子側に就いたことにより、極刑を受け切り殺されています。流罪ではなく極刑を。歴史の結果とは恐ろしいもの、神道の「祓」とは本来、個人や社会の禍事(まがごと)や罪、穢れを祓うこと、祓戸大神はそれを行う神々。ところが奉祀した本人が祓われてしまうというなんとも儚い結末を迎えたのでした。
この時、近江国府が琵琶湖の南端の大津市「瀬田」に設けられています。
◎当社は「天下の祓所」として篤く崇敬され、「大七瀬の祓所」の一となりました。「大七瀬の祓所」とは、平安時代に天皇の災禍や穢を祓うために、主として淀川水系に設けられた朝廷の祭祀場。当社や唐崎神社(記事未作成)が著名。
◎仁寿元年(851年)には「明神」となったことが「文徳実録」に見え、貞観元年(859年)には従五位上の神階授与のあったことが「三代実録」に見えます。また延長五年(927年)には「延喜式神名帳」に名神大社に列格したことが記載されます。
◎中世には後白河上皇より社領の寄進があり、以降も武家等からの社領寄進が見られ、「天下の祓所」としてあり続けたようです。
大正十年には県社に列格しています。また昭和三十九年に下流の「天ヶ瀬ダム」建設に伴い、河畔にあった社殿を高台の現社地へ遷座されました。
◎御祭神はいわゆる「祓戸四神」(瀬織津姫命・速秋津姫命・気吹戸主命・速佐須良比売命)。
亡き伊邪那美大神を追って伊邪那岐大神は黄泉国へ向かうも、結局は決別。黄泉国を脱出し纏った「穢」を「禊祓」したという場面。この時に祓戸大神が生まれたとあります。「大祓詞」には罪・穢を祓う神々であることが表されています。
創祀時は三神(瀬織津姫命・速秋津姫命・気吹戸主命)であったと伝わります。祓戸大神は元々三神であったものが、「延喜式」祝詞の「六月晦大祓」では四神となっていることから、創建の天智天皇八年(669年)から「延喜式」成立の延長五年(927年)の間に速佐須良比売命が追加合祀されたということでしょうか。ただし祓詞に見られる「伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 禊祓給ひし時に生り坐せる祓戸大神等…」が対応する記紀では、三神または四神の名は記載されていません。
「興福寺官務諜疏」という書には、天智天皇の代に右大臣中臣金連が「大石佐久那太理神」を勧請したとあります。偽書で名高い「椿井文書」の一つであり信憑性に欠けるものの、この箇所に関してはそうなのかもしれません。「大祓詞」には「佐久那󠄁太理(さくなだり)に落ち多岐つ(たぎつ)速󠄁川の瀨に坐す瀨織津比賣と云いふ神…」と、当社名に類似する神名が詞章に表されています。
◎その社名「佐久奈度」に関しては、社前の「瀬戸川」が大きく湾曲して「裂けた谷(急流)」を意味する、若しくは「割く流れ」、つまり「岩を割いて流れ降る清い渓流」を意味するとも。◎「天下の祓所」とされた当社ですが、「大祓詞」の典拠となった「中臣大祓詞」の創始地でありました。即ち当社に伝わる祓詞が、文武天皇の時代に勅使が遣わされ「中臣大祓詞」として増補制定されたと言います。
◎境内社
*焼鎌神社・敏鎌神社(瑞垣外の南側)
祭神/天の御柱大神・国の御柱大神「大祓詞」に「彼方(をちかた)の繁木(しげき)が本を 燒鎌󠄁の敏鎌󠄁(とがま)以て 打ち掃ふ事の如く 遺󠄁る罪は在じ(あらじ)と 祓へ給ひ淸め給ふ…」と見える、罪穢れや災厄を一撃する祓の神。風神。
*八幡神社・稲荷神社(参道の向かって左側)
祭神/比売大神 応神天皇 神功皇后・倉稲魂大神
*橋守社(「瀬田川」畔)
「鹿跳橋」を守る社であり、村の入り口を守る道祖神。
◎社宝
*大石蔵之介良勝奉納の絵馬
「忠臣蔵」で知られる大石蔵之介良雄を輩出した大石家は当地出身。良雄の祖父良勝が奉納した絵馬。大津市文化財指定。
*伊勢神宮より納められた神剣と鼻高面
神宮参拝前に当社で禊をする慣わしから当社に納められたもの。
*写真は2016~2017年頃と2026年3月撮影のものとが混在しています。
■近江国の神社
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