映画「昼顔」(1) -深い森の中で
「秘密を言おう。君を愛してる。」
「私もよ。あなたがすべて。」
「不感症さえ治れば,君は完璧だよ。」(注1)
夫のピエールは医者なのだ。
「どうせ,治らないわ。」
「許して....」
「手を貸せ」
注1:冷感症ともいう。仏語ではFrigiditéであり,文字通り「凍っている女」という意味になる。
注2:ブニュエルはおそらく、ドヌーブの顎に目をつけたのではないかと探偵は推測する。小説ではセブリーヌの顔は最初、こう表現されている。
― こうしていると、ふだん彼女が動いているときは目立たない顔の欠点が、はっきりあらわれた。角ばりすぎた顎と、ひいでた頬。
カトリーヌ・ドヌーヴが映画界に入るきっかけになったのは、既に女優として活躍していた姉の誘いだった。下記のWikipediaによる解説を参照。
―フランソワーズ・ドルレアック(Françoise Dorléac, 1942年3月21日-1967年6月26日)はフランスのパリ出身の女優。父親は俳優のモーリス・ドルレアック、妹は女優のカトリーヌ・ドヌーヴ。10歳の時から舞台に立っていた。コンセルヴァトワール(Conservatoire)で演技を学び、後にディオールのモデルを務めるなど知名度を上げてゆき、1964年に封切られた「リオの男」と「柔らかい肌」でスターとなる。1966年のミュージカル「ロシュフォールの恋人たち」ではカトリーヌと共演した。妹がやや大顔でスタイルも日本人的だったのに比べると、小顔で手足の長い今風の陰のある美女であった。更なる活躍が期待されていたが、1967年にニース空港に向かう運転中に事故にあい、25才の若さで死去した。身長171cm、体重55kg。髪はブロンド(金髪)、瞳はブラウン。
Belle de Jour (昼顔)
序章への序:夢の馬車
遠くから鈴の音がかすかに聞えて来る。この映画は若い夫婦を乗せた馬車が走るシーンから始まり、空の馬車が走り去るシーンで終わる。その間に観客が体験するのはその美しい妻が体験した現実であろうか、それとも妻の脳裏に宿った夢であろうか、はたまた、観客自身が見た夢であろうか、答はない。そこにあるのは、映画という夢の姿そのものである(注1)。
芸術に夢を持ち込んだ近代の画家として有名なサルヴァドール・ダリと共に、というよりは彼を先導する形で共同で前衛映画の金字塔「アンダルシアの犬」を制作した最高峰の映画人(びと)、ルイス・ブニュエル。名の示すとおり、ブニュエルはピカソを始めとして20世紀をリードしたスペイン人芸術家達の中でも、文字通り最前衛(シュール・リアリズム映画)を担った空前絶後の芸術家である。彼により、映画は真の意味で「総合芸術」になったと言える(注2)。
この夢の構造にはしかし、それとはっきり判る境界があるわけではない。どこまでが夢でどこが客観的事実であるかも、何が先に起こり、何がその結果として起こったのかも(つまり、時間的構造)の境界も定かではない(注3)。絵解きすること(言葉にしてしまうこと)は易いが、それをして何になろう。観客はただその「全体夢」を体験し、圧倒されるだけなのだ。恐らく観客の皆さんは、江戸川乱歩の座有銘とされている「現し世は夢、夜の夢こそ真」を思い浮かべるに違いない。あるいは、奇書と呼ばれている夢野久作の「ドグラ・マグラ」を。
注1:「昼顔」はブニュエルが手がけた最初の「商業映画」である。おそらく、カトリーヌ・ドヌーヴに出会わなかったら、熱心に彼を説得したプロデューサのレイモン&アキム兄弟がいなかったら、これは幻で終わったかもしれない。骨の髄までアナーキストであったブニュエルは、最初ケッセルの原作を評価しておらず関心は無かったのだ。映画化するにあたり、彼は1つだけ自分の創意による場面を挿入している。それは「魔法の函」である。そしてその中身は、観客の想像に任されているのだ。
注2:ダリの絵の基底にあるのはフロイドが端緒を拓いた精神分析学的、言語学的、民俗学的な夢の解析である。シュール・リアリズムとはリアリズムからかけ離れた、という意味ではなく、リアリズムの上に薄皮一枚で繋がっている(乗っている、あるいはぶら下がっている)もう1つの世界、という意味だと私は解釈している。
注3:映画と違い、原作はブルジョアの若妻が冷感症という通常の夜の顔と、その裏返しの売春婦としての昼の顔(昼顔という源氏名)を持つ話になっている。馬車のシーンはない。代わりに、馬に引かせたスキーを楽しむ若妻がその速度感に性的な興奮を見出したかに見える場面から始まっている。
それでは皆さん,鈴の音と共に夢の世界へ...
























