家路に向かう足は、ただただ凍える。
私は、自分の無力を不運を、悔いるしかなかった。


条件が悪かったと言えばそうなのかもしれない。

ただ、
私の無計画性、いやむしろ配慮の不足と
彼女たちの感じているけだるさが共鳴して
久しぶりに残念な一日になってしまった。

昨日のうちに、思いつくだけの配慮をし
今日もしっかりと気を配っていれば
お互いにとってもっとマシな一日になっていたろうに。

しかし今日の私は
体調と天候の不良に気を落とし、
それでもがんばろうと心掛けたが。

そこへ向かうことが間違いであるかのような雰囲気を、彼女たちから感じ、
自分の存在が気にかけられていないのではと考え、
徐々に気力を失っていった。


「楽しかった」とは言ってくれた。
信じたいとは思う。
ただ私は、その言葉に疑問を抱かざるをえない。


これほど”落ちる”のは、本当に久しぶりだ。
ついに「スラムドッグ$ミリオネア」を借りることに成功した。

レンタルビデオ屋に10回程度見に行っても全て貸し出し中だった、この作品。
もはやビデオ屋での確認は日課になりつつあったところに、
やっと借りることができた。


全体としては、非常にエンターテイメント性の高い作品だと感じた。
基本的には、ミリオネアに参加する主人公と、過去の回想の主人公の視点が交互に入りまじり、物語が進んでいく。

回想場面は中々におもしろい。
生々しい、しかしながら妙に微笑ましいスラムの描写からはじまり、そこから一転、宗教紛争の描写に転じつつ、舞台となるインドの裏側を描いていく。
体に火をつけられ、悶える人間などを登場させるあたり、非常にリアルだった。
同様に、ギャング(のような組織)のもとでの生活シーンの中で、より多くの金のために子どもが残虐に利用される描写なども、その裏側のうちの一つであろう。

しかし打って変って兄弟がインドを旅するくだりでは、娯楽的な描写が多かった。
中でもおもしろかったのが、タージマハルで兄弟をとっちめる警備員に対し、アメリカ人の旅行客の取った行動。
警備員の暴行に対し、「これがインドの姿だ!」とはき捨てる主人公。
対して車のパーツを根こそぎ奪われた彼らは、警備員をいなし、案内をしてくれた主人公に
「ならアメリカの姿を見せてあげる」と、ドル紙幣を手渡すのである。
これには、インド人の自虐と皮肉のセンスを感じ、少し笑ってしまった。

このようにしてプラスとマイナスの描写を織り交ぜ、疾走感を持ってインドの姿を描きながら、回想編は進められていくのだが、その節々に、ミリオネアの「答え」となるキーワードが潜んでいる。
インドのスターに、襲撃してきた相手が祀る神、百ドル札の顔。。。
それらはすべて、彼の人生にあったもの。

最初私は、ミリオネアの問題そのものにギミックがあるのかと思っていたが、そういう類の物語じゃなかったんだこれは。


すべては、運命。
彼はミリオネアで勝つ運命だった、ただそれだけのこと。

そこに至るまでの、子ども時代からの生活、ヒロインとの出会い・別れ・再会、兄弟の確執そして絆。
それらがすべて、主人公をミリオネアの台に導き、勝利させた。
司会の小細工や、警察の尋問などでは、その運命を妨げることはできない。

おおよそこんなことが、この作品のメッセージとして捉えられた。
だけど主人公の運命も、主人公の行動の結果でしょ、だからそれは意志の力じゃないの、
でもそれも含めて運命とかそんなんなのか、
てかそもそも主人公はミリオネアで勝とうなんて思ってないんじゃ、
的な話を書こうと思ったが、眠いので続きはまた気が向いたら書こうかしら。

しかし、
至るまでにどんなに曲がりくねった道を進もうとも、そこに至るという意思こそが、相当の結果を生む
ということは、真実なんじゃないかなぁと思う。


とりあえず、最終問題に正解する場面はテンション上がった。
やっと至った、てな感じで。
あと、最後にダンスが来たあたり、やっぱりエンターテイメントなんだなあと思った。
座頭市もあんなんだったよな笑
自分を超えた圧倒的な存在を知ったとき、人は何を感じるのか。
恐怖?畏怖?あるいは嫉妬?

いや、私の場合は高揚感、あるいはスカッとした痛快な気分であった。


会ったときからただならぬ”可能性”は感じてきた。
彼女の論理性、分析力、そして好奇心は、言うまでもなく他者から抜きん出ていた。

そのポテンシャルをよりヴィヴィッドな形で知った今、
全てがつながり、その素質を再認識させられた。

言うならば難解な数学の問題を解きほぐしたときのような、そんな感覚。


彼女は恐らく小さい頃から、好奇心に駆られ、
知らず知らずのうちに自らを研磨していたのだろう。

そうして内に蓄積された才が、彼女の様々な部分から湧き出しているのである。

比べて自分の未熟さ、愚かさには目も眩みそうなものであるが、
今はそれよりも、すばらしいものを垣間見た充実感に満たされている。

そして私もまた好奇心に駆られ、
彼女の行く末を見届けたい、
あわよくば一枚噛んでみたいと思うのである。


過去に手にした、小さいながらも、まだ私を惹きつける栄光。
それを受け継ぐのは彼女だろうか、

いや、むしろ彼女に手渡したい。

願わくは、
彼女の才を恩師たちが見留め、大いに助長せんことを。