7月4日の日本ヘルスサポート学会学術集会(慶應義塾大学日吉キャンパス)にて、ポスターセッションでの発表と、パネリストとしての発表を行います。その準備で、遅くまで仕事しています。

http://www.jshss.org/news/GM004.html


ポスターセッションでは、人材育成型メンタリングプログラムの成功事例の紹介、パネルディスカッションでは、生活習慣病とメンタルヘルスについてお話をします。


私はあくまで実務家として、現場で起こっていることをまとめて発表、お話します。

これまであまり言われていないことも、提示したいと思っています。

ご興味のある方、ぜひいらっしゃって下さい。




お気づきかと思いますが、ブログのデザインを夏バージョンに更新しました。

鹿児島出身で、初めての海外出張がマニラ、海外赴任先がサモアだった私には、南の島は大好きな風景です。


マニラへの出張は86年2月。1ヶ月程度の予定でしたが、マニラ入りして1週間もしないうちに、アキノ革命。1週間程度の内乱の後マルコス政権が崩壊するのを現場で見ることができました。戦車が目抜き通りに陣取り、空には戦闘機が轟音を立てて飛んでいる様子は、平和なニッポンで暮らしていた私にはちょっと衝撃でした。インターネットがない時代、放送局が占拠されてしまうと、まともに正確な情報が取れず短波ラジオに耳を寄せて、BBCやNHKの国際放送を聴いていました。

でもマルコス夫妻が国外に亡命し、革命がうまくいくと、その夜からナイトクラブは何もなかったかのように大賑わいし、翌朝からは皆、働き出す。人の生活の営みの強さを改めて感じました。


マルコス夫妻が長年住んでいたマラカニアン宮殿も市民に開放され、その当日に見学に行ったのもよい思い出です。その後有名になったイメルダ夫人の靴のコレクションまでは見ることはできませんでしたが、さぞかし優雅な生活を送っていたのだろうというのはわかりました。


86年頃ですと、50歳代後半以上の駐在員の中には従軍経験のある方もおり、非常に冷静に動いていらっしゃったのを覚えています。長い時間が経っても昔の経験が役立つこともある。私にもよい経験となりました。


サモアは、全くの幸せな国。当時はテレビ局もなく、一時はオフィス(首都から車で40分)には電気も電話もありませんでしたので、現代的な生活からかなり離れた世界に居りました。人々は力強くて優しい。殺人事件はこの20年一件も起こっていない平和な島でした。

この島にも日本からわずかですが観光客が来ていました。日本からの直行便もなく、ハワイかフィジー、または豪州・NZを経由しなければ来られない島です。その方々がおっしゃっていたこと。「やることがない」

その当時は、空港造りの為、楽園で仕事に追いまくられている者として「それはすばらしいことですよ」と言ってあげたいと思っていました。

今だったらどうだろう。こんなへんぴな島国まで来る人は、日本人であれ「のんびりとしたい」と思う人ばかりではないかと期待しています。

ただ、このブログを書きながら私自身が思ったこと。「そんな何もない楽園に経営者を集めて組織マネジメント研修をやったらいかに効率的だろう。」

私自身がこの20年でワーカホリックになったのかも。


気をつけなければ、気をつけなければ。LOVはスウェーデン語でVacationの意味。サモアこそ私の原点なのです。




またまた日経新聞の記事で申し訳ありません。

今日(6月16日)のゼミナール欄に、ミドルのキャリア形成に関する記事があります。

ミドルのマネジャーに期待する職務が多様化して業務が集中し、負荷が高まっている事実がある。例えば部下のメンタルヘルスやコンプライアンス(法令順守)への対応が新たに求められている。


との記述があります。

これはまさしくその通りです。現在のミドルマネジメント、中間管理職の課される様々な事項は、本人のストレスを高める要因となっているように思われます。


しかし、これには実は、大きな事実の誤認があります。

なぜこれらの事項が課させているのか。この点が深く言及されていません。

部下のメンタルヘルスの課題は、業務上のプレッシャーから、精神疾患や心理的不調に陥る社員が増えた。

その対応を管理監督者である管理職が担わなければならなくなったから。

これはよくわかる図式です。

では、なぜ企業は管理職向けのメンタル研修をやるのか。

その対応策をしっかりと身につけることで、不調の発生や、不調が強くなるのを事前に防ぐ為です。また本人がやるべきことは本人がやる(セルフケア)、ということを明確にし、個人と企業の分担をはっきりさせることです。

管理職には、単に義務だけが課されている訳ではありません。

管理職の業務遂行の拠り所となる労務関連法令、就業規則、社内の専門組織の支援、外部機関の支援等、様々なバックアップがあります。

このような事態を引き起こした原因を解明するプログラム、その環境を改善するプログラムもあります。


現在の状況は、メンタルヘルスやコンプライアンスの面からは大きな問題があっても、これから改善することで将来は楽になっていくものです。


ここでもうひとつのポイントが研修です。

上記の管理職向けメンタルヘルス研修。ここで未だに、大うつ病のみを対象とした内容となっていたり、現代型うつを学会でもまだ議論が収まっていないという「逃げ」の一言で片付けていないか。

しっかりと現代型「うつ」や、パーソナリティに偏りのある人達、未成熟な人達への対応が検討されているか。

これがなかったら、管理監督者は、ウルトラマンで出てくる宇宙人相手に突っ込んで行く警察隊と同じです。宇宙人相手には科学特捜隊のようなかなり進んだ機能、スキル、ツールが必要なのに、正義感と義務感と間違った組織の判断から、市民を守る為、社会を守る為に最前線に立ち、立ち向かわなければならない。

科学特捜隊のようなチームでも自力では対応が難しく最後には、外部の力を借りないといけないのに。(ウルトラマン:ここでは医療)

現代型「うつ」は学会で確定していないから、自殺は「うつ病」だからと、必要な知識・対応手段も教えずにいるのがとても怖いところです。

ウルトラマンでは、宇宙人が相手ですから人権等考えなくていいですが、企業では、相手は社員です。社員には当然様々な権利や義務があります。ウルトラマンや科学特捜隊以上に慎重かつ丁寧な対応が必要です。


管理職の皆さんの貴重なお時間をいただきながら、従来型の研修を提供していないでしょうか。


逆にしっかりと組織や、就業規則(これは休職規程よりも服務の基本原則です)を縦横無尽に活用してメンタル対策のやり方を習得する研修こそが役立つ研修です。













今月の日経新聞朝刊「私の履歴書」は、篠原三代平先生です。

近代経済学を「一応」専攻した私でも、学生時代から「お名前だけは」知っていた先生でした。


今日お書きになっているエピソードに、戦後どのようにして1ドル=360円が決まったのか?という記事がありました。 お読みなっている方も多いと思いますので下記に簡単に説明を入れておきます。

レート設定には、過去の経済状況、為替を分析が「正確に」行われた。でも、大きな事実の認識漏れがあり、かなり割安のレート設定となり、これがその後数十年に渡って固定レートとなった為、日本はあれ程の輸出型経済を構築できたというものです。

またこのような簡単な事情をエコノミストの中でもほとんどが呑み込んでいなかったのが実状。


ここでのポイントは、

日本の戦後の驚異的な経済復興は、やはり運もあったのだと思います。

でも運だけでは、ダメでそこにその当時の日本人の努力があったことは紛れもない事実です。


話は変わりますが。

昨日も書きましたが、今の若い人達の中には、私なんかよりはるかに努力する、努力できる人がたくさんいます。荒廃している学校もあると聞きますが、それは上の責任もあるような気がします。


私が教える大学でも、学生の私語が多くて授業にならない、寝ていたり、起きていても携帯ばっかりいじくっている、だからまともな授業もできないとおっしゃる先生が何人もいました。その先生方は外でも同じことを言っているのだと思います。それをメディアがおもしろおかしく拾うんですね。

でも私の授業では決してそんなことはありません。私の授業内容がよいとは思いませんが、普通にやれば普通に応えてくれるものです。


企業の採用担当の皆さん、大学に行ってみませんか。授業に紛れこんでみませんか。

茶髪でも、ピアスをしていても、それがただのファッションだという学生がいることがわかります。


恥ずかしながら、私も学生時代は、若干ロン毛でパーマをかけていた頃がありました。

授業にはほとんど出ませんでした。それでも普通に成果を挙げ、こうやって職業人として「誇り」を持って生きています。逆に学歴、社歴を誇る、テレビや新聞では名を売るエコノミストが篠原先生が記事を書くまで、全く1ドル=360円設定の裏話を知らなかった(というより経済学の基本を忘れていた)ということの方が重大です。




=日経新聞の概要=

昭和9~11年のドルと円の平均為替レートを算出(1ドル=3.45円)。その時期から昭和24年までの日米双方の物価上昇率を計算。米国はこの間の物価上昇率が約2倍、日本は209倍。日本の物価上昇率は米国に比べ104倍高くなっている。これを3.45円にかけて360円が決まった。しかし実際には昭和6年以降、対ドルレートは40%近い大幅な切り下げを行っており、「割安レート」(日本にはお得レート)となった。




最近、春秋時代を舞台にした小説に凝っています。

今から2600~2700年位前の時代の話は、登場人物もほとんど初めて聞いた名前ばかり。本当はどんな人だったのか全く知識はありませんし、歴史の教科書でどう書いてあったかも覚えていません。

そのせいか、作家が設定した時代背景、人物像がそのまますんなりと入ってきます。

長耳、華元、子産、晏子、夏姫・・・ 詳しい方はすぐお分かりの通り、宮城谷昌光の本です。


宮城谷の描き出すこの時代は、義や礼、仁といった言葉が活き活きと感じられる時代。

今の企業社会と、実は同じではないかと思います。

競争社会ではあっても、ルールに反することをしたら、人の道に反することをしたら、その企業や組織は永続することはありません。もし今、芽が出なくても、正しいことをやっていて、市場にも受け入れられる努力を続け、それに能力と時代が合えば、花開く。

「時を待つこと」も教えてくれるのが春秋時代。自分の代では変わらなくとも、次、二代後、三代後には・・・


NHKの大河ドラマ、天地人もこの流れです。「正義を貫く為に」という一言の為に上杉謙信は周囲の国々に出兵。上杉景勝は「義」を旗印に、直江兼継は「愛」を旗印に。いずれもその語源は、春秋や戦国の時代から取り上げたもの。原点はやはりここにあると感じます。


さらに重要なポイントが。

春秋を知ると、中国が好きになります。中国の大人(たいじん)はこんな人だったのか。日本の文化のふるさとは

ここにあったのか。東アジアはここから始まったのか。そして今の中国はどうなんだろうか?


春秋に経営や組織の原点も見出せます。

礼は何のためにあるのか?「人が集団で生きていくために礼が必要」。つまり組織形成に必要な要素として、考えられているのです。


宮城谷が描く時代が本当にそうだったかはわかりません。でも礼が組織形成、チームビルディングの根源なのは時代に関係なく、誰もが一致するところ。


昨今の「成果主義」のように、同僚同士の競争といえば聞こえはいいですが、実際には内部で低次元での功名を争い合うようなレベルで成果を問い、組織力低下に気がつかない制度をいつまでも重宝する会社は、「礼」の風土がありません。春秋の時代から何度も何度も成果主義も含めた様々な制度が取り入れられています。

成果主義がうまくいったら次はどのような手を打っていくか。そんなヒントも歴史小説にはあるような気がします。





(注)

成果主義の意義は、硬直化した組織構造を一度リセットして、その時点での評価を入れることができたことだと私は考えていまうs。(今日(6月12日)の日経新聞朝刊の「ゼミナール」にも参考記事あり)




作家が小説の中に埋め込んだ「普遍の原理」に気づく、これも小説を読む楽しさです。



産業保健分野の皆さんとお話する中で、この人はできる人だと感じるのは、「働くということ」についてしっかりとした考えに触れた時です。


「産業保健」は「保健学」の中の産業分野だと思っている人がたくさんいます。研究者の間ではそれでいいかもしれません。しかし私のように実際に産業の現場に居る人間にとっては、「産業」の中に「保健」があるのあり、その逆はありえないのです。


「働くこと」って何ですか?

非常に根本的な質問にどう答えるか?皆さんの会社の産業保健スタッフにお聞きになってください。


私にとっては何か。

まず「生きる、生活する糧を得る」為です。

それが満たされた上で、「自分の作業や考えることが、何らかの付加価値を生む」ことです。


人それぞれの「働くこと」があります。


自らの「働くこと」を語れる人なら、どんなに嫌でも「働く」勤労者の気持もわかります。

繰り返しになりますが、その逆はありえないのです。







今ドキの学生は

「ゆとり世代」、これまでに比べ学力の低い世代、わがままな世代、といったレッテルをメディアに貼られているようです。

実際にそうでしょうか?私が知る範囲が本当に狭いせいかもしれませんが、私はそんな学生は一部にしか過ぎないように思います。私の知る学生は3年生も4年生も一生懸命生きています。授業に真面目に出て、社会を知るために飲食店でアルバイトをし、そして就活では世間の厳しい現実の中、闘っています。


最近、学生に接する中で感じることは、前述のようなイメージは、本当はリクルーティング会社が創った虚像に、メディアが乗っかっているのではないか?


学生は職業人に比べ、自己表現能力はさほど高くありません。でもちょっと職業人の側で工夫してあげるといっぺんにその素材としての質の高さが見えてきます。


よく考えてみると、彼等が一番影響受けているのは、学校の先生でもTVスターでもゲームでもありません。ご両親です。現在40代から50代。日本経済を支えてきた皆さんが一番影響を与えているのです。そうすると素材としてうまく成長してきている子が多いのはお分かりになると思います。


今日もある国公立大学で大学3年生、4年生60名程度を対象に授業内講演を行う機会をいただきました。


私が大企業の管理職研修で使っているケースをグループディスカッション&発表の形でやっていただいたところ、管理職以上にすばらしい分析をしてくれました。

しっかりと分析軸を設定し、その軸を使って現状の客観的把握を行うとともに、対策を立てようとする。

実は多くの管理職は分析軸を出すことができません。その為抽象的な議論、自己の経験と新聞や他の研修でやったことくらいまでがせいぜいです。

この点だけでも驚きです。

その上、授業終了後は、質問者が何人も来られて、各々の観点からいろいろと議論をしてくれました。


彼等は決してメディアで伝えるような人達ではありません。

彼等はまだまだ伸び代がたくさんあります。


ただ二点気になったこと。睡眠が重要で、平均6時間は摂らないと普通の人はCreativityが上がらないし、心疾患、脳疾患のリスクが高くなると話をした途端に、「え~っ」という学生が何人も居たことです。

彼等は6時間の睡眠を取っていないのだと思います。


まず十分な睡眠を摂ること。これだけは今後とも訴えて行きたいと思っています。


もうひとつは、授業に出席している学生は、履修登録者の半分であること。

私が教えている大学でも同じです。残りの半分の学生がどんな学生か?

彼等がどんな連中かはわかりません。


私が学生だった頃は、文系は6月頃は出席率は10%以下の授業が普通でした。

それに比べたら、楽観視してもいいと思いますが、どんな人達か楽しみです。

次の機会に報告します。





本日(6月8日)の日経新聞20面のゼミナールに新卒採用の傾向に関する記事がありました。

お読みになった方も多いかと思いますが、新卒採用数を景気や、自社の業績に連動させるより、安定的に採用し続ける会社が増えてきているとの内容です。


私も企業の経営者や、人事部長とお話する限り、その傾向が強まっていることを感じています。新卒で企業に入社できること、これは本当にすばらしいことです。会社側は君達は学生から職業人になったばかりだからまだまだ教育が必要!ということで、十分な研修やOJTの機会を提供しています。管理監督者たる上司にも人材育成の重要性を管理職研修等で説いています。


一部の企業で見られる新卒=「即戦力」

これは残念ながら、非常に難しいと思わなければなりません。

これを実施するには、社員に与える業務を単純化、マニュアル化し、誰でもできる仕事にすることしか愚鈍な私には方法は見出せません。

いやそんなことはない。コンピテンシーを高い学生を採ればいい、とか入社前教育を徹底すればいい、という話は、私には全く具体的な方法は頭に浮かびません。

それ以上に浮かぶのは、豊田有恒の小説にある加藤清正配下の武将、飯田覚兵衛(だったと思います)の言葉です。「戦場で死なない方法は、自分から先頭に立って突撃しないこと。まず経験のない新参者、戦を何も知らない者が敵陣に突っ込んで行って死ぬんだ。」云々といったこと。


もうひとつ、聞いた話ですが、18世紀、19世紀初頭のヨーロッパ。鉄砲が主流となった戦場で、なぜ少年兵が鼓笛隊を編成して突撃する歩兵隊の前を行軍するのか。ひとつの理由は当然全軍を鼓舞する為。もうひとつの理由が少年兵を盾にしていた、という話です。(「ワーテルロー」という映画でもその場面が出てきます。先陣に立つべき将校ですら、少年兵の後ろを進んでいます。)


昨今、大学新卒者の3年以内の離職率が3割以上ということが話題になっています。

これには実は大きな裏があります。ほとんど辞めない会社と、3年以内に9割近くが辞めてしまう会社が存在するということです。それをならしてみると「3割」という話です。

それと、20年前からずっと3割前後の大卒が辞めていた傾向は変わらないこと。


「即戦力」をキーワードにしながらも、「働く限りはプロということだよ」といった象徴的な意味で使う会社は問題ありませんし、離職者も多くありません。

この言葉をまともな意味合いで使っている会社、彼等の言う「即戦力」は前述のように何も知らない若者や少年に槍、もしくは笛や太鼓を持たせ、最前線に立たせることと全く変わりないのです。

これらの会社には特徴があります。経営規模に比べ、新卒者を非常に大量に採用することです。

業界やその会社の業績が右肩上がりなのではなく、多くの犠牲の上に業績を積み上げて行こうという会社の可能性も・・・(ちょっと前の外資系保険会社もしくは別な業界から参入した保険会社の営業職=ライフプランナーと称していましたね=を思い浮かべてください)
誰でも初陣があります。それはあくまでOJTであり、むやみに突っ込むなんてことはさせません。討ち死にさせないように周囲が注意するものです。



もし皆さんの周囲で、来春就職する方がいらっしゃったら、その会社がどのような会社か、上記のような観点でご覧になってあげるのも必要かもしれません。

彼が、彼女が入る会社では、「即戦力」=「新人全員突撃!」なんてさせていないか。新入社員を銃撃の盾にしていないか?


皆さんの深い経験と知識が若い芽を伸ばし、ひいては日本経済の健全な復活にも繋がるのです。







今朝は東京メトロの東西線が遅れていました。

そのせいか、高田馬場駅は人があふれんばかりの状態。

私も1本見送り、どうにか乗ることができました。

そこに不思議な光景が・・・

一人の女性の周囲だけがかなり空間があるのです。

大混雑なので、私も何も考えず、その方の横に立ちました。その際に持っていた新聞がちょっと彼女の腕に触れた途端、サッサッと払われました。何か汚れたものでも触れたかのように。

ちょっと??と思い、私はその方には背中を見せる体勢で両手を挙げて4つ折にした新聞を読んでいました。その時、後ろから聞こえるその女性の声、「この痴漢が!」とか「いつまで触っているだよ!」とのドスの効いた口調。私は違う方向を見ていますし、彼女の周囲は満員電車なのにスッポリと空間ができているのに。誰も意図して彼女を触る訳がありません。

もしターゲットにされた人がいたら、そして彼女の言葉だけが状況証拠となり、痴漢犯人扱いされてしまうとしたら、本当に怖いことです。

彼女は、たまたま虫の居所が悪かったというより、多分「そんな人」なんだと思います。

本物の痴漢も多いのは事実です。また最近も「痴漢冤罪」報道がありました。痴漢をする人も一種、人格的な問題を抱えている「そんな人」だと思いますが、冤罪を生むのも同じく「そんな人」。

「そんな人」との距離の取り方が重要な時代になりました。





この春から、ある大学で「職業集団の心理学」という講座を教えています。


3年生、4年生対象の授業で、本日2回目の講義をしてきました。

2回とも40名前後が出席してくれました。まだ通算3時間という時間ですが、毎回授業中にディスカッション、レポートをお願いしています。

この状況で見る限り、現在のメディアで流されている学生像、特に「ゆとり教育」世代というイメージと、実際に私が見ている学生達にちょっと「違い」があるのを感じています。

彼等は平均的、というより普通の都心の大学生です。月曜朝9時という授業にも出てきます。ディスカッションがメインの授業のせいか、居眠りする子もおらず、お化粧直しの子も、PCばかりいじっている子もいません。ノートを取る子はしっかりと取っています。携帯禁止もしっかり守ってくれています。


ただ、あまり授業でディスカッションをやっていないようです。恥ずかしがったり、戸惑ったりしています。よく言われる知らない人との関係性構築(コミュニケーションを取ること)は、「下手」というより「やったことがない」「ただスキルがない」、というのが真相のようです。


そうすると、学校側、教える側にかなり課題がありそうな気がしています。

講師控え室の方が教室より「お子ちゃま」の集団かもしれません。

講師同士挨拶する先生は本当に少なく、でも、事務の方に高いところからオーダーしている先生もおり、事務職の方は大変です。

私の学部時代は、通っていた学校が、「学生一流、設備二流、教授三流」と言われていたせいか、学生を育てるのは大学ではなく、街だ、「学生よ、書を捨てよ、街に出よう」 そのものの雰囲気でした。ゼミの先生以外、ほとんど教員との接触がありませんでした。それが今の自分達の世代を作っているのかもしれません。ただし修士の頃は、大学の先生方に研究方法等、本当に丁寧ですばらしい指導を受けました。

社会人としての基礎を大学の先生方に求めてはいけないのかもしれません。私が教えている子達は、全員がアルバイトの経験があり、そこから学び取ったものをしっかりと教えてくれます。(これができるのは就活セミナーのお陰?)。


大学の教員が、研究者ではなく、教育者の立場から何を教えるか。

スウェーデンで一番の大学、ストックホルム商科大学では、教員と学生の距離が非常に近かったような気がします。留学生の私でも、いろいろな先生の元に行き、研究や調査の相談に乗ってもらったり、今後について話をしたりしていました。


大学によってカラーがかなり違うと思いますが、何はともあれ、教員の質が重要!

大学生はまだまだ子供です。特にこれからの俗に言う「ゆとり世代」で、東京の普通の大学に行っている子は、受験の一番の山場が中学受験にあった人達です。それも社会に出る直前の大学受験が一番簡単だった子達もたくさんいます。そして「お子ちゃま先生」の存在。

「親の顔が見てみたい」ではなく、「先生の顔が見てみたい」

と言われても

「はい、喜んで!」

と言えるような非常勤ながらも教員になりたいものです。


最後に、企業の新入社員を見ていて思うこと。

本当に優秀な学生は学校名に関係ない。誰について学んだかにある。