この春から、ある大学で「職業集団の心理学」という講座を教えています。
3年生、4年生対象の授業で、本日2回目の講義をしてきました。
2回とも40名前後が出席してくれました。まだ通算3時間という時間ですが、毎回授業中にディスカッション、レポートをお願いしています。
この状況で見る限り、現在のメディアで流されている学生像、特に「ゆとり教育」世代というイメージと、実際に私が見ている学生達にちょっと「違い」があるのを感じています。
彼等は平均的、というより普通の都心の大学生です。月曜朝9時という授業にも出てきます。ディスカッションがメインの授業のせいか、居眠りする子もおらず、お化粧直しの子も、PCばかりいじっている子もいません。ノートを取る子はしっかりと取っています。携帯禁止もしっかり守ってくれています。
ただ、あまり授業でディスカッションをやっていないようです。恥ずかしがったり、戸惑ったりしています。よく言われる知らない人との関係性構築(コミュニケーションを取ること)は、「下手」というより「やったことがない」「ただスキルがない」、というのが真相のようです。
そうすると、学校側、教える側にかなり課題がありそうな気がしています。
講師控え室の方が教室より「お子ちゃま」の集団かもしれません。
講師同士挨拶する先生は本当に少なく、でも、事務の方に高いところからオーダーしている先生もおり、事務職の方は大変です。
私の学部時代は、通っていた学校が、「学生一流、設備二流、教授三流」と言われていたせいか、学生を育てるのは大学ではなく、街だ、「学生よ、書を捨てよ、街に出よう」 そのものの雰囲気でした。ゼミの先生以外、ほとんど教員との接触がありませんでした。それが今の自分達の世代を作っているのかもしれません。ただし修士の頃は、大学の先生方に研究方法等、本当に丁寧ですばらしい指導を受けました。
社会人としての基礎を大学の先生方に求めてはいけないのかもしれません。私が教えている子達は、全員がアルバイトの経験があり、そこから学び取ったものをしっかりと教えてくれます。(これができるのは就活セミナーのお陰?)。
大学の教員が、研究者ではなく、教育者の立場から何を教えるか。
スウェーデンで一番の大学、ストックホルム商科大学では、教員と学生の距離が非常に近かったような気がします。留学生の私でも、いろいろな先生の元に行き、研究や調査の相談に乗ってもらったり、今後について話をしたりしていました。
大学によってカラーがかなり違うと思いますが、何はともあれ、教員の質が重要!
大学生はまだまだ子供です。特にこれからの俗に言う「ゆとり世代」で、東京の普通の大学に行っている子は、受験の一番の山場が中学受験にあった人達です。それも社会に出る直前の大学受験が一番簡単だった子達もたくさんいます。そして「お子ちゃま先生」の存在。
「親の顔が見てみたい」ではなく、「先生の顔が見てみたい」
と言われても
「はい、喜んで!」
と言えるような非常勤ながらも教員になりたいものです。
最後に、企業の新入社員を見ていて思うこと。
本当に優秀な学生は学校名に関係ない。誰について学んだかにある。