エンタメ探検隊!

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太田「萩尾望都さんに会ったんですよね。会ったというか、一緒に仕事もしたんです。SF大賞の選考委員」

福田「うらやましい~。どうでしたか」

太田「目の前に神様がいる! 徳間書店の編集者さんに紹介された時には震えてたし。まさかその後、一緒に仕事をすることになるとは思わなくて。選考委員をした後、懇親会で萩尾望都さんが僕に中華料理を取り分けてくれたんですよ。うわーって」

福田「これ食べていいのかなって思いますね」

太田「帰って嫁さんに話したらひとこと、『無礼者』って」

福田(爆笑)

太田「すごく優しくて気さくで可愛い方で」

福田「昔から大好きでよく読んだ作家さんたちには、なるべく近づかないで壁のほうからじっと見つめているのが一番幸せだなと思ってしまうのですが。愛情が強すぎて(笑)」

太田「ある程度の年齢になるとね、自分自身がそう言われるようになってくるんですよ」

福田「太田さんはそうでしょうねえ」

太田「福田さんだってそうなりますよ。中学生の頃に僕の本を読んでいた編集者さんが、いま大人になって、僕の本を作ろうと言ってくれるんです。東京創元社のFさんは、中学生の頃に狩野俊介シリーズを読んでいて、それで創元に狩野俊介を持ってきてくれたんです。やっぱり若い人向けに本を書いておくものだなあと」

             *

(しめにマグロ茶漬けを食べながら)

太田「マグロ茶漬けって子どもの頃、よく食べてたんです。父親がよく作っていて、マグロの刺身をご飯に載せて、出汁をかけて食べるんです。ちょっと懐かしかった」

福田「今日はいろいろ無礼なことを伺ってばかりなんですけど、お子さんはいらっしゃいますか」

太田「子どもはいないです。子どもはやっぱり無理だっただろうなと自分で思っていて。いい父親になる自信がまったくないです。自分の父親がそういう父親だったので。父親のロールモデルがわからない」

福田「いいお父さんになられたと思いますけどね。今日いろいろお話を伺っているうちに、だんだん太田さんご本人が『グレアムのその後』みたいな気がしてきて。お話しながら、グレアム良かったね、と思っていたんですけど。すごく妙なことばかり言ってすみません。太田さんって大ベテランなんですけど、これからまだまだ新しい皮がめくれていきそうな気がするんですけど」

太田「行き詰ってますよ」

福田「行き詰ったところで、また新しい皮がペロッとめくれそうな感じなんですよ」

太田「行き詰ると言えば、二作目からもう行き詰ってましたけどね。二作目を書いて、これが本にならなかったら自分はもう本を出せないと思ってた。ところが本が出て、そしてまた次を書いて――それがずっと続いている」

福田「それが139冊も続いたんですか」

太田「なんか、乾いたぞうきんを無理やり絞っているような。乾いたぞうきんでも絞れば出るんです

福田「それは、これから小説を書きたいけど何を書いたらいいんだろうと考えている人たちに、希望の言葉になるんじゃないでしょうか」

太田「逆に絶望の言葉になるかも。書きたいけど何を書いたらいいのかわからない人は、書けないと思う。この前、岐阜で小説講座を開いている作家の鈴木輝一郎さんと話しているうちに、小説を書きたいと思っている人のうち九割は書かないよね、という話になりました。書かないのに小説家になろうとする」

福田「読まずに書けると思ってる人も多いですね」

太田「小説を読むと、自分の中の大事なものが壊れるから読まないと思っている人たちが多いみたいですね。輝一郎さんから聞いてすごいなと思ったのは、何が大変かというと講座の生徒さんを落選させるのが大変だと。落選するということは、とりあえず書いて応募したということなんです。落選するところまでもっていくのが大変。まず小説が書けてあたりまえ。その後で、その小説が評価されるかどうかの問題」

福田「書かないことには始まらないですもんね」

太田「10枚のものであっても1000枚のものであっても、とにかく最後まで書くと」

福田「頑張らないと。139冊は、私は何年後に行きつくかなあ、一生かけて書けるかしら」

太田「何年かに一冊だけ書く人でも、記憶に残る人もいるんですよね。そういう人はそれでいいわけで、みんながみんな、たくさん書かなきゃいけないわけじゃないんです。10年に一冊でも読者が待ってくれるならかまわないんです。そうでない人は頑張って、忘れられないようにしなきゃいけない」

福田「耳に痛い言葉ですが、その通りだと思います」

太田「続けて書くためには、95点ぐらいの作品をコンスタントに書き続けるんです。無理して95点の作品を98点にするために何年もかかる、ということをすると、自分は満足できるかもしれませんが、結局その差は3点なんです。それくらいなら、95点でコンスタントに出し続けたほうがいい」

福田「やっぱり、職人的な考え方ですね」

太田「素人でありがちなのは、100点をめざしてしまうことです。そして書けないまま終わってしまう

福田「それは、今から小説を書こうと思っている人たちに、とても参考になる言葉ですね」

太田「あなたの95点が商品になるかどうかということなんです」

福田「逆に言えば、95点で商品になるレベルに持って行かないといけないんですよね」

太田「そうなんです」

福田「長続きの秘訣はなんですか」

太田「やっぱり、誠実さです」

福田「締め切りを守るとか」

太田「締め切りを守るというのは、逆に言うと、締め切りを守れない仕事は引き受けないことなんです。往々にしてあるのは、いっぱい仕事を受けてしまって、にっちもさっちもいかなくなってしまう。それは誰にとっても不幸なんです。だったら、自分のできる範囲内で仕事を引き受ける」

福田「ほんとにマネジメントの世界になっていきますね」

太田「そのためには、自分にちょっとだけ負荷をかける。ちょっときついな、というレベルで止めておく」

福田「100%ではなく、100ちょっとをめざす理由は何ですか」

太田「限界をちょっと超えることで、自分が成長できるから」

福田「今日はいろいろお話を伺っていて、私が考えていることと同じだ!と思うことが多かったです。自分のフルパワーよりも少し上をめざしておくと、成長できると考えていたんですが、ああ、やっぱりといま心強く思いました」

太田「書く側はちょっとずつ成長しないと、読む側は作品のレベルが下がったと思ってしまうんです。少しずつ新しいことをしなきゃいけないし、レベルも上げていかなきゃいけない。でないと、読む側は落ちたと思う」

福田「本当にそうですね。太田さん、今日は本当にありがとうございました!」

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<編集を終えて>
「太田さんの写真が欲しいんですー、ももクログッズを前にした太田さんとか、何かいいお写真はありませんか?」という私(福田)の無茶ぶりに、太田さんが「はい!」と送ってくださったのが、ももクログッズの写真と、ジョン・シナのTシャツを着た太田さんの写真の二枚でした。
このサービス精神が、太田さんの作家生活の根幹に違いない! とあらためて感じました。

今回も、お楽しみいただけましたでしょうか?
更新遅いですが、見捨てないでくださいね~!(笑)

最後にちょっとだけ自分の本の宣伝w
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福田「少し小説から離れまして、最近ハマってらっしゃるのは何ですか」

太田「ももクロです。ライブに行きましたし」

福田「ももクロの何に惹かれますか」

太田「僕は今まで、アイドルにハマったことは一度もなかったんです。僕らの世代は、天地真理、キャンディーズ、ピンクレディ、松田聖子といろいろいましたけど、僕にはそういう(アイドルにハマる)要素はないと思っていたんです。ところが、ある本格ミステリ大賞のイベントで、一般参加の人がももクロのブルーレイを持ってきて配ったんです。もらったから見てみたら、2012年に横浜で二日間開催したライブのビデオだった。一日目は、ももクロがザ・ワイルドワンズとか有名な人たちと一緒にライブをやっていて、その時はすごいなとかそのくらいの印象だった。ところが二日目は横浜アリーナのど真ん中に円形のステージを作って、彼女たち五人だけでライブをやった。それを見た瞬間に、何だこれはと思った。あんなちっちゃな子たちが、何万人も相手にしている。すげえなと」

秘蔵!ももクログッズ

福田「それまでは興味がなかったのに」

太田「でも、自分はライブには行かないと思っていた。それが同じくももクロファンの黒田研二さんから『ライブのチケットが一枚あるけど、行く?』とか言われて、今年初めてライブに行ったんです」

福田「ハマるものがある時は楽しいですよね。私たちはそれを煩悩と呼んでいますが(笑)」

太田「僕は、ももクロとWWE(アメリカのプロレス団体)です。WWEはキャラの立ったレスラーがいっぱいいて、来日したときは何度か生で見てますけど、今年の国技館では初めてWWEのレスリングを見て泣きました」

福田「それはどういう状況だったんですか?」

太田「ジョン・シナというレスラーがいるんです。団体の絶対的エースで品行方正なキャラクターを売りにしているんだけど、プロレスのマニアックなファンからは、何だあいつはと思われてる。たいして技術もないのに、会社に推されて何度もチャンピオンになってると。だから彼が出て来ると、女性のファンは歓声を送るけど、マニアックなファンはブーイングする。でも彼はそのキャラクターを保つために、365日リングを降りてもずっとその品行方正なキャラで居続けるんですよ。ひと時も息を抜けない。それがすごいなと。ジョン・シナというのは、プライベートでも施設に慰問に行ったりもするんですが、それでも会場ではブーイングを受けるんです。で、今年僕が見た国技館で彼と対決したのは、ブレイ・ワイアットという悪役だったんですけど、それが、純粋な悪の道にひとを引きずりこむ、カルトの教祖の役なんです。とてもキャラクターが立っていて人気がある。ワイアットが出て来ると歓声が上がり、ファンがスマホのライトをつけて、照明を落とした会場が星空のように明るくなる。悪役レスラーなのに。常に光であろうとしているジョン・シナが戦っているのに、観客は悪を応援するんですよ。光の天使が孤高の立場なんです。しかも悪役は手下をふたり従えて、レフェリーが見ていない時に三人がかりでジョン・シナをボコボコにするんですよ。で、もう負ける、というぎりぎりの時に、でもシナが孤軍奮闘してやっと光が勝つんです。それで泣いちゃって。即座に売店に行って彼のTシャツを買いました」

これがそのジョン・シナのTシャツ!

福田「小説を書かれる方はみなそうかもしれませんが、太田さんの感受性の強さがすごいです」

太田「たとえば『ももクロ』の場合、あれだけのステージをこなす上で、どれだけの犠牲を払っているかがわかるからですよ。マネージャーにきついこと言われるしね。今度は一日に三回のライブをやれとか。あの子たちにしたら、客がどれだけ入るかわからないじゃないですか。それに立ち向かうのがすごい」

福田「太田さんの感動のツボは、努力ですか」

太田「僕がいちばん動かされるのは、サクリファイス(犠牲)なんです。それを作るために、どれだけ大きな犠牲を払ったかに動かされるんです。きっちり作っているものの中に、きっちり作っている人の姿が見えてくるんです」

福田「先ほどの、職人の話に通じるものがありますね」

太田「本当の職人は、自分の作品に名前を入れないんです。名前を入れるのは芸術家なんです。特にふだん使いの器には入れないんです。この器の持ちやすさをつくるために、どれだけ努力したんだろう。それに気づいた時に、作者が見えてくる。エンターテインメントを作る上で、作者の姿は見えてはいけないんです。しかし、突き詰めてやっているうちに、作者の姿が自然にたちのぼってくるんです」

福田「それは作者の誠実な創作の姿勢や、どれだけお客さんのことを考えているかでしょうか」

太田「小説なんて、突き詰めれば作者の自己満足でしかないんです。妄想を吐き出してあまつさえそれでお金をもらおうとしているんだから、とんでもないことなんです(笑)。だったらせめて、読んでいる人に楽しんでもらおう。気持ちよく時間をつぶしてもらおうと思うんです。そうして受け取った側に作者の姿を感じてもらえるのであれば、それは理想だなと思うんです」

福田「徹底的に職人、ですね。太田さんが小説をお書きになる時は、自分の中から沸き上がってくる、書きたいものをまず外に出そうとされるのか、お書きになる時から読者の姿が見えていて、こういう読者のためにこんなものを書こうとされるのか、どちらのタイプなのでしょうか」

太田「自分の衝動を、ちょっと待てと止めます。そのまま出したらヤボだから。編集さんに読んでもらう前に、自分が最初の読者ですから」

福田「太田さんの創作哲学ですね」

太田「小説は人間の喜怒哀楽を揺さぶるものですから、怒らせる小説があってもいい。ここでえっと思わせる展開があったほうが、より楽しめるなとか」

福田「読者を楽しませるために心がけておられることは何でしょう」

太田「まず、自分が読んで楽しめること。書くのは苦しいんだけど、読んだ時にこれは楽しいなと思うことです」

(第六回につづく)


福田「『目白台サイドキック』のお話をうかがいたいです。『目白台サイドキック 女神の手は白い』と『目白台サイドキック 魔女の吐息は紅い』(ともに角川文庫)。私あれ大好きなんですけど、紹介しにくいところがありまして、何を話してもネタばれになりそうで(笑) どうしてああいう主人公たちを選ばれたんですか」

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太田「あれもね、担当編集者さんの好みを全部集めました。女性の編集さんなんだけど、女性が好きそうなものを全部入れよう、と。タイプの違う、理系と文系の美形が出てきて、下僕になる刑事が出てきて、なんでもできる女性も出てくるけど、主人公たちに決して恋はさせない」

福田「すみません、その編集者さんは、ちょっと腐女子入ってるんじゃないでしょうか」

太田「うん、ルビー文庫の編集もやってたから、まるっと」

福田「それで、この人を面白がらせてやろう、みたいな」

太田「いまちょうど『目白台サイドキック』の連作を書き始めたんです。このまえ、短編を送ったんですけど、電話がかかってきて『よくぞ書いてくれました』って」

福田「それは!(笑) 楽しみです。男性同士の仲がいいところを見ていると、嬉しくなっちゃうほうでして。面白いなと思ったのが、太田さん、やおいですとかJUNEですとか、『トーマの心臓』などについても、理解がありますよね」

太田「まあ、阿南は『わからない』と言ってますよね。わからないから素直に。ただ周りの女性と話していて、受けか攻めかはけっこう一致する時が多い」

福田「あれは人によって好みもあって、逆になる場合もありますよね。ああいうBL的な世界、太田さん的にはOKですか」

太田「全然問題ない。フィクションですから。フィクションをどう楽しむかはその人の自由なので」

福田「恋愛関係を、わりとあっさりお書きになるところも、私は好きなんです。どろどろしないというか。阿南のシリーズも、最初の婚約者が亡くなってしまったのは、ずっと引きずっているんですけど。割合あっさりと恋愛を乗り越えていくというか。恋愛よりも自分のルールに重きをおいておられるような。そのへんは意識されてるんでしょうか」

太田「僕がそんなに恋愛に重きを置いてないからですね。世の中、恋愛に重きを置きすぎてるんと思ってるんです。なんでこんなに、惚れたはれただけを中心に考えなきゃいけないんだろう。たしかに恋愛も人生の要素のひとつですけど、そこまで重要じゃない」

福田「同感です。恋愛より仕事ですとか、自分がどう生きていくか、みたいなことを重く見ているので。むしろ、恋愛なくってもいいんじゃない、と」

太田「恋をしなきゃいけないとか、彼氏や彼女を作らなきゃいけないとか、すごく重苦しいじゃないですか。恋愛小説を書けと言われたら書くかもしれないけど、あまり楽しくないと思う。そこはかとなく好き、くらいでいいんじゃないの、と」

福田「そこはするっと流していいんじゃないの、とね。むしろ私は、恋愛でもコメディにしちゃうほうが楽しいです。好かれているのに気づかなくてドタバタになるとか」

太田「富士見のミステリー文庫でレンテンローズというシリーズを書いた時に、最初はライトノベルの世界でミステリーを書いてほしいと言われたので、それなら面白いんじゃないかと思ったけど、編集さんが変わった時に、もっと恋愛の部分をふくらませてほしいと言われて、そんなものは書きたくないと」

福田「そんなにみんな恋愛小説を読みたいんですかねえ」

太田「恋愛は商品にしやすい。歌でも小説でも、恋愛があると売りやすいんです」

福田「そして、最新刊の『死の天使はドミノを倒す』は、社会派ミステリだと思ったら、本格ミステリだった」

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太田「文春の編集さんから、親子の関係はもう書いてるので、次は兄弟の相克を書いてほしいと言われた。そこから始まったんです。兄弟で設定を考えてるうちに、片方を弁護士にして、片方を売れない作家にしてと」

福田「このお兄さんの小説家の、設定や描写がすごくリアルで、読んでいて怖くて怖くて(笑)」

太田「ツイッターで辻真先さんにも言われました。小説家の設定がグサグサくるって」

福田「同業者として、かなり突き刺さりました(笑)」

太田「彼のようなライトノベルの作家さんって、浮き沈みが激しくて、流行が変わると一気にダメになる。書きながら、明日は我が身と思ってました。僕よりも才能がある人が消えていくのをいっぱい見てきましたからね。あんなにいいものを書いていた人が書かなくなったとか、いつのまにか消えていたとか。作家生活は、昔はマラソンだと思っていたけど、今は遠泳だと思ってます。マラソンは疲れたらそこで休めるけど、遠泳は休んだら沈んでしまう」

福田「太田さんがそんなに辛いと思っているようには見えないんですけど。目白台サイドキックなんか、ものすごく楽しんで書かれているように見えるんですけど」

太田「あれも辛いですよ」

福田「あれはどのへんが辛いですか」

太田「キャラクターが喋っている間でも、その手はどこにあるのかとか、何を見ながらとか、全部見えないと書けなくて、そこで停まってしまう」

福田「太田さんは頭に映像を浮かべて書くタイプですか」

太田「そうです」

福田「なるほど~。これほどたくさんお書きになっている方から、作家生活は遠泳だなんて伺うとホッとしますね」

太田「浅田次郎さんなどが小説を書くのは楽しくてしかたがないと書かれているのを見ると、そんなことはない、苦しいと思う」

福田「小路幸也さんとの対談で、小路さんは小説を書くのが楽しいといい、太田さんは苦しいといい、おふたりがいろんな場面で対照的で本当におかしかったんですけど」

太田「そうなんですよね。この人、楽しいんだ、いいなあって。僕は、自分にとって大切なものは、みんな苦しいと思ってるんです。苦しいけど、大切なものだから頑張るんです。大切なものでなければやめちゃうんです」

    *

福田「これからの刊行予定について、教えてください」

太田「ええっと、いっぱい仕事が詰まってるんですけど。『セクメト』(中央公論新社)の続編が出ることになってますし」

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福田「あれ続編があるんですか! それはいつ頃でしょう」

太田「今から書くんですよね。刊行予定は決まってないです。次の宇宙エレベーターの話も、来年の2月ごろかなというくらいで。連載は『レストア』(光文社文庫)シリーズの続きを掲載中で、『目白台サイドキック』シリーズもあと二本書いたら本になるはずです。ショートショートも担当さんに送っていて」

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福田「来年、すごくたくさん本が出るんじゃないですか」

太田「どうかな、すでに僕の頭のなかでマネジメントできなくなっていて」

福田「ファンの皆さんにひとことお願いします」

太田「えー……見捨てないで」(真剣!)

福田「ええっ、そんな。見捨てたりしませんよ。みんな待ってますよ」

太田「もうとにかく、楽しんでもらえるものを書くつもりでいますし。僕の理想は、こういう(お店の食器を手に取り)ふだん使いの器のようなものを書くことなんです。芸術作品を書いているつもりは毛頭ありません。ふだん使っている皿とかお箸とか、使い心地がいいから使い続けているような。そういう小説を書いて、気持ちよく時間をつぶしてもらいたいんです」

福田「職人って感じがします」

太田「K島さんからも言われた。それ最高の誉め言葉です。小説家でなければ職人になりたかった。土をこねたりするのが好きで」

(第五回につづく)


福田「ブックマーク名古屋のイベントで、大矢博子さんの司会で太田さんと小路幸也さんが対談をされた時、三原順さんの漫画『はみだしっ子』の話が出ましたよね。その時に、太田さんが『グレアムは僕だ』とおっしゃったことがある、というエピソードにぐっときて、もっと詳しく伺いたいと思ったんですけど」

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太田「僕は一時期、自分が書いているのはすべて、三原順へのアンサーソングだと考えていたことがあって。『はみだしっ子』から受けたものを、自分が返しているのだと。阿南なんか特にそうなんですけど」

福田「初めて読まれた時の感想は、どうだったんですか」

太田「やっぱり、ここに僕がいる、と。『はみだしっ子』に出会ったのは、大学生時代、『花とゆめ』でいちばん最後のエピソードが連載されている頃だったんです」

福田「私は中学生のころ、連載中の『はみだしっ子』が読めなかったんです。あまりに痛々しいお話なので……。『はみだしっ子』の最終話で、ここに自分がいると思ってしまうと、辛くなかったですか」

太田「辛かったですよ。ただ、辛いけど、これは僕が読まなければいけない話だと思ったんです。これから先、自分が生きていくために必要なことが書かれていると。彼らの言葉とか行動は自分にとって必要なものだと。はみだしっ子の最後のころ、一ページまるまるグレアムのセリフってあるじゃない。あれを何度読み返したか」

福田「うわあ。ひょっとして泣きながら読み返したんじゃないですか」

太田「うん」

福田「すいません、いまちょっと言葉にならないくらい感動しちゃって。あのラスト、どう思われましたか」

太田「あれは、ものすごく放り出しているような、突っ放しているようなラストなんですけど。いまだに自分の中で結論が出てないんですよ。あの後グレアムはどうなったんだろう。あそこで人を殺したって言っちゃって。あのあとどうなったんだろう。全然わからない。たぶん、そう考えさせるために、あそこで終わったんだろうと思うんですけどね」

福田「完全に読者にゆだねた感じで。でもどう考えても、あの後グレアムが幸せになった気がしなくて。グレアムに思い入れた太田さんが、あの作品をその後どんなふうに引きずっていかれたのか、すごく気になります」

太田「ずっと、『じゃあ、こんな時にグレアムならどうしただろう』とか、考えてしまうんですよね」

福田「阿南のシリーズで、中学生の男の子が『こんな時、阿南だったらどうしただろう』って考えてしまうシーンがありますよね。あんな感じで」

太田「あんな感じで。あまりにも強く影響を受けてしまったから、そういうふうになってしまった」

福田「グレアムに思い入れちゃうと、辛いですよね」

太田「まだアンジーやサーニンならね。よく嫁さんが言うんです。旦那にするならサーニンだよねって。彼が一番いいよね」

福田「そして、グレアムへの思いが阿南のシリーズにつながっていくんですね。阿南のシリーズは、『刑事失格』『Jの少女たち』の二冊が講談社ノベルスで出て、しばらく間があいてケイブンシャノベルスで『天国の破片(かけら)』が出て、その後、東京創元社で『無伴奏』が出るまで13年あいたんですよね。この間隔というのは、太田さんのなかで心境の変化があったんでしょうか」

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太田「単純に、書かせてくれなかった。常に頭の中に、阿南はいま何をしているんだろうと考えていたんですが、正直、最初の二冊が売れなかったので途絶えたんです。ところがしばらくして、ケイブンシャ(勁文社)の編集者が現れて阿南の続きを書いてくださいと。でもやっぱり売れなくて、ケイブンシャ自体もつぶれちゃって。これで命運尽きたなと思っていたら、東京創元社のK島さんが来て、阿南を書いてほしいと」

福田「K島さん、えらい!」

太田「阿南のシリーズは本当に売れなかったんだけど、好きな人が多い。編集者の中に好きな人がいてくれたおかげで、続きが出たんです」

福田「阿南のシリーズは登場人物が誠実だからですね。太田さんの分身のようです」

太田「ロス・マクドナルドの『私はリュウ・アーチャーはない。リュウ・アーチャーが私なのだ』と同じようなところで、つかず離れずのところがありますね。僕も赤信号なら車が来なくても渡らないタイプだし」

福田「私もです(笑)阿南を読んでいると、私にもいろいろと響くところがあります。作中で阿南が『あなたは変だ』と言われるような場面でドキドキしてしまう。たとえば、『刑事失格』でパトロール警官の阿南が管内の商店でコロッケをもらうシーン。ほんの数百円ほどのものなんですけど、タダでは受け取れなくて、お金を払って相手に嫌な顔をされてしまう。わかる、と思います。あの硬さがいいんですよね」

太田「阿南ってすごく臆病な人間なんですね。自分の決めた規律から外れると、ダメになっちゃうと思ってる。だから、踏み外せない」

福田「ネタばれになりそうなのでボカしますが、『刑事失格』で阿南は、ある大変なことをしてしまいます。あれは、臆病で道を踏み外してはいけないと思っている阿南にとって、ものすごい大事件ですよね。だからその後もずっと引きずっている。『Jの少女たち』に登場する私立探偵の一宮に、『ずっと自分に刑罰を科している』という意味のことを言われてますが、自分に対する戒めが解けないでいるわけですね。それが最新刊の『無伴奏』で、阿南が変わったなあ、丸くなったなあと思った。年齢的にも四十代なかばになって、ずいぶん変わった」

太田「あれは自分の変化でもありますよね。阿南もいろんな人を見てきて、時の変化によって変わらざるをえなかったという」

福田「阿南を変えたのは何だったんでしょうね」

太田「K島さんには、その間を書いてと言われてるんだけど」

福田「読みたいですね。気になります」

太田「間が開きすぎているので、何があったのか知りたいと。でもそんなに大きな事件があったわけではないと思うんです。日々の暮らしのなかで、少しずつ変わっていったんだと思う。大きな事件があって、ころっと改心したりするとそれは逆に嘘っぽいんで。特に『無伴奏』って、親との和解の話じゃないですか。子どもにとって、親との和解って一番大きな問題なんです。あんなに強かった親が老いて弱って壊れていく、というのを経験しなければいけないし」

福田「『無伴奏』では、阿南のお父さんが要介護状態になっているんですよね。一巻ではもう絶対に実家には帰らないなんて宣言しているのに、結局帰ってお父さんの面倒を見てるという」

太田「あれも、『はみだしっ子』の「バイバイ行進曲」なんです。グレアムも、二度と帰らないと思っていた父親のもとに帰るんです。最後まで和解しないけど」

福田「ずっとグレアムなんだ! 『はみだしっ子』のラストを読んで、どうしたらいいかわからない気持ちになった人は多かったと思うんです。ひょっとすると、そういう人は阿南のシリーズを読むといいんじゃないかと、今ふと感じたんですけど」

太田「それはちょっとおこがましいですけど」

福田「『はみだしっ子』の続編はもう読めないですからね。たいへん失礼なことを伺うんですけど、太田さんもご家族との間に何か思いがおありなんでしょうか」

太田「19歳の時に両親が離婚してます。太田忠司という名前はペンネームなんですけど、19のときまで本名でした。両親が離婚して僕は母方の籍に移って、それ以降は父親に会ってないんです。二度と会えず、もう亡くなりました」

福田「すいません、おかしなことを聞いてしまって」

太田「さすがにこの年になると、普通に話せます。昔は、なんで太田ってペンネームなのって聞かれるのが一番つらかった。ショートショート・コンテストに出す時に、まだ新しい名前になじみがなかったのと、これを書かせているのは太田忠司だ、それまでの19年間がこれを書かせているんだと思ったから。それに、新しい名前だとそれまでの友達にわかってもらえない」

福田「19歳ということは大学生になられた頃で、そのころ『はみだしっ子』に出会って『グレアムは僕だ』と。――それは痛いですね」

太田「痛かったですよ」

福田「『無伴奏』と『死の天使はドミノを倒す』を読んだ時に共通して感じたのが、父親に対する愛情というか、常に微妙な間を置いた愛情が根底に流れているんですよね」

太田「父親ってよくわからないんですよね。一緒にいた頃にはもう、あまりいい父親じゃなかったので」

福田「どんなお父さんだったんですか」

太田「僕ね、40歳になる頃までお酒があまり飲めなかったんですよ。なんでかっていうと、父親が酒飲むとひどかったから。反面教師だったんです。ところが40過ぎたころに急にそのカセがはずれて、なんだ飲めるじゃんと」

福田「40歳くらいになったときに、飲めると思ったきっかけって何でしょう」

太田「作家のパーティに行って、たまたまウイスキーを飲んでみたら、あ、飲めると。それまで全然飲めないと思っていたのが、実は飲めるって」

福田「心理的なハードルがあったんですね」

太田「父親は仕事を立ち上げては潰して職を転々としたあげく、借金と家族を放り出して失踪したんです。それで母親がテレビのワイドショーの失踪人探しの番組に出て、熱海に逃げてた父親と再会したんです。僕はその放送を見られなかったんですけど。それでいちどは帰ってきたけど、結局離婚して」

福田「そういうのはほんとに、子どもに対する影響が大きいですよね」

太田「ずっと、自分だけは真面目に生きようと思ってた。会社に入って、最後までつとめあげようと思っていたのに、こうなってしまった」

福田「こうなってしまった。立派な作家さんになられたではないですか」

太田「作家ってやくざな仕事ですよ。次どうなるかわからないし。最初の本が出て、すぐ嫁さんにプロポーズしたんです。その時点ではもう、会社も辞めてたんです。会社は土日もなくて、月に150時間ぐらい残業して。第一作目の長編はそのなかで書いたんです。書くまでは締め切りもないんだけど、ゲラになる頃には締め切りができるから、どっちか辞めないと死ぬと思ったんです。だったら、会社を辞めちゃおうと。次の仕事のあてもないのに、辞めちゃった。しかも嫁さんにプロポーズして、嫁さんのお母さんに挨拶に行った時に、年に5冊は本を出しますと宣言しました。だから頑張った」

福田「太田さんって阿南と一緒で、ストイックかつ自分の決めたルールをきっちり守るというイメージがあります」

太田「守れなくてイライラしていることが多いです。血液型占いが本当に正しいのなら、A型人間は自分のことを几帳面とは思わない。どうしようもないぐうたらな人間だと思っているはずです」

福田「私もA型ですけど、部屋のなかめちゃくちゃです(笑)」

太田「もっとなんとかしなくちゃと」

福田「太田さんの場合、どういうところをですか」

太田「もっとたくさん書きたい」

福田「えっ、いまどのくらいお書きになるんですか」

太田「日によるんです。でも、1日に30枚は書きたい」

福田「30枚ですか。2か月で3冊出ちゃいますよ」

太田「そうしたら、自分の頭にあるものがスムーズに出ていきます。本当なら、もっともっと書
ければ、たまっている仕事がさっと出ていくのに、と」

福田「すごいですね。1日何枚くらい書けたら満足ですかと伺うこと多いですけど、10枚くらいっていうのはよく聞きますけど、30枚って言われたのは初めてです。太田さんの本がどんどん出る理由がよくわかりました」

(第四回へつづく)

福田「これから、どういう方向性を目指してお書きになりたいですか」

太田「方向性はないですね。僕は隙間を埋めていくつもりでやっているから。誰もやっていないなと思ったらそこを書く

福田「今までの作品で例を挙げるとすれば、どういうケースでしょうか」

太田「まず少年探偵というのがしばらくなかったので、少年探偵・狩野俊介を書きました。その後で、『名探偵コナン』とか『金田一少年の事件簿』などが出てきた。僕が書き始めた頃には、そういうのなかったんです。狩野俊介は、頭の中に大人の名探偵の姿があったんだけど、考えているうちに、名探偵の子どもの頃ってどんなだったんだろうかと。子どもの頃から名探偵って、けっこう辛くないか?と思った。それで『魔女の宅急便』を連想したんです。あれは魔女になりたい子どもの話なんですよね。それなら、名探偵になりたい子どもを書けばいいと。だから俊介の側には猫がいるんです」

福田「そういう流れだったんですか」

太田「『新宿少年探偵団』も、乱歩の生誕百年の時に編集さんと話していて、少年探偵団ものって最近ないよねって話になって、じゃあ書こうか、と。狩野俊介について言えば、当時ノベルスの表紙デザインは半分パターンみたいになっていて。女の人が裸になっている表紙が多かった頃に、今回はカバーを漫画にしたいんだと伝えました。ノベルスで漫画をカバーに使った本は、それまでなかったんです。ニフティのコミックフォーラムで、誰かいい漫画家さんはいないかと聞いて、末次徹朗さんという人がいいと聞いてイラストを見て決めました。タイトルも編集者から強要された『月光亭殺人事件』ではなく『月光亭事件』にしかしないと」
(編注:現在はレーベルもイラストも変わっています)

月光亭事件 (創元推理文庫)/東京創元社

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福田「ノベルスの表紙に漫画を持ってきたのは、太田さんが初だったんですか」

太田「そう。今は単行本でも漫画の表紙がありますけどね」

福田「お話を伺っていて、太田さんは、コンセプトを用意されるところとか、プロデュース力がすごいなと思ったんですけど、それは前職でマネジメントをされていた影響もあるんでしょうか」

太田「それは多分にあると思います。サラリーマンの八年間で、仕事の進め方や人の動かし方、プレゼンの仕方を叩きこまれましたから。初めて仕事をする編集さんと話していて、この人はこういうものが好きなんだなとわかったら、じゃあこういう方針で行こうとか」

福田「なるほど。会社員時代って大事ですね」

太田「大事だと思います。作家って結局のところ個人事業主で、中小企業の社長さんなんですよね。従業員は自分だけだけど。そうすると会社の経営をしないといけないので。出版社から先生と敬われてるけど、出版社は得意先なんです。得意先に、どういう商品を納品するか。そういう時は、得意先のニーズを把握しなければいけないんです」

福田「会社でいろんなことをされていたなかで、マネジメント的な考え方以外に、こういうことが役に立っているということはありますか」

太田「いろんな年代の人間と仕事をしたことですね。学生時代は先生を別にして後は同年代ですよね。でも会社に入ると入ったばかりの若手から、定年間際の人までいろんな人がいて。仕事もバラバラのいろんな部署の人と話をして、わたりあっていかなければいけない」

福田「小説を書く上でもこういう年代の人ならこういう考え方をするんじゃないかとか、役に立っているんでしょうね」

太田「トヨタとかホンダとか三菱とか、いろんな会社の偉い人たちの前で、自分の意見を言わなければいけない経験をしてきました。僕は高校時代まで本当に人見知りで、まったく人と喋れなかったんです。でもそれだと仕事にならない。だから、そういう時にはモードを切り替えることにしました。今は、自分が話すモードに切り替えるんだという意識で、本当は人と話せないんだけど、今は違う自分になっているから話すんだと

福田「ひょっとして、このインタビューもそうなんでしょうか」

太田「それはあります。人と話すときはいつも切り替わるんです」

(第三回につづく)