太田忠司さんインタビュー 第三回 『はみだしっ子』と阿南シリーズ ――グレアムは僕だ―― | エンタメ探検隊!

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福田「ブックマーク名古屋のイベントで、大矢博子さんの司会で太田さんと小路幸也さんが対談をされた時、三原順さんの漫画『はみだしっ子』の話が出ましたよね。その時に、太田さんが『グレアムは僕だ』とおっしゃったことがある、というエピソードにぐっときて、もっと詳しく伺いたいと思ったんですけど」

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太田「僕は一時期、自分が書いているのはすべて、三原順へのアンサーソングだと考えていたことがあって。『はみだしっ子』から受けたものを、自分が返しているのだと。阿南なんか特にそうなんですけど」

福田「初めて読まれた時の感想は、どうだったんですか」

太田「やっぱり、ここに僕がいる、と。『はみだしっ子』に出会ったのは、大学生時代、『花とゆめ』でいちばん最後のエピソードが連載されている頃だったんです」

福田「私は中学生のころ、連載中の『はみだしっ子』が読めなかったんです。あまりに痛々しいお話なので……。『はみだしっ子』の最終話で、ここに自分がいると思ってしまうと、辛くなかったですか」

太田「辛かったですよ。ただ、辛いけど、これは僕が読まなければいけない話だと思ったんです。これから先、自分が生きていくために必要なことが書かれていると。彼らの言葉とか行動は自分にとって必要なものだと。はみだしっ子の最後のころ、一ページまるまるグレアムのセリフってあるじゃない。あれを何度読み返したか」

福田「うわあ。ひょっとして泣きながら読み返したんじゃないですか」

太田「うん」

福田「すいません、いまちょっと言葉にならないくらい感動しちゃって。あのラスト、どう思われましたか」

太田「あれは、ものすごく放り出しているような、突っ放しているようなラストなんですけど。いまだに自分の中で結論が出てないんですよ。あの後グレアムはどうなったんだろう。あそこで人を殺したって言っちゃって。あのあとどうなったんだろう。全然わからない。たぶん、そう考えさせるために、あそこで終わったんだろうと思うんですけどね」

福田「完全に読者にゆだねた感じで。でもどう考えても、あの後グレアムが幸せになった気がしなくて。グレアムに思い入れた太田さんが、あの作品をその後どんなふうに引きずっていかれたのか、すごく気になります」

太田「ずっと、『じゃあ、こんな時にグレアムならどうしただろう』とか、考えてしまうんですよね」

福田「阿南のシリーズで、中学生の男の子が『こんな時、阿南だったらどうしただろう』って考えてしまうシーンがありますよね。あんな感じで」

太田「あんな感じで。あまりにも強く影響を受けてしまったから、そういうふうになってしまった」

福田「グレアムに思い入れちゃうと、辛いですよね」

太田「まだアンジーやサーニンならね。よく嫁さんが言うんです。旦那にするならサーニンだよねって。彼が一番いいよね」

福田「そして、グレアムへの思いが阿南のシリーズにつながっていくんですね。阿南のシリーズは、『刑事失格』『Jの少女たち』の二冊が講談社ノベルスで出て、しばらく間があいてケイブンシャノベルスで『天国の破片(かけら)』が出て、その後、東京創元社で『無伴奏』が出るまで13年あいたんですよね。この間隔というのは、太田さんのなかで心境の変化があったんでしょうか」

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太田「単純に、書かせてくれなかった。常に頭の中に、阿南はいま何をしているんだろうと考えていたんですが、正直、最初の二冊が売れなかったので途絶えたんです。ところがしばらくして、ケイブンシャ(勁文社)の編集者が現れて阿南の続きを書いてくださいと。でもやっぱり売れなくて、ケイブンシャ自体もつぶれちゃって。これで命運尽きたなと思っていたら、東京創元社のK島さんが来て、阿南を書いてほしいと」

福田「K島さん、えらい!」

太田「阿南のシリーズは本当に売れなかったんだけど、好きな人が多い。編集者の中に好きな人がいてくれたおかげで、続きが出たんです」

福田「阿南のシリーズは登場人物が誠実だからですね。太田さんの分身のようです」

太田「ロス・マクドナルドの『私はリュウ・アーチャーはない。リュウ・アーチャーが私なのだ』と同じようなところで、つかず離れずのところがありますね。僕も赤信号なら車が来なくても渡らないタイプだし」

福田「私もです(笑)阿南を読んでいると、私にもいろいろと響くところがあります。作中で阿南が『あなたは変だ』と言われるような場面でドキドキしてしまう。たとえば、『刑事失格』でパトロール警官の阿南が管内の商店でコロッケをもらうシーン。ほんの数百円ほどのものなんですけど、タダでは受け取れなくて、お金を払って相手に嫌な顔をされてしまう。わかる、と思います。あの硬さがいいんですよね」

太田「阿南ってすごく臆病な人間なんですね。自分の決めた規律から外れると、ダメになっちゃうと思ってる。だから、踏み外せない」

福田「ネタばれになりそうなのでボカしますが、『刑事失格』で阿南は、ある大変なことをしてしまいます。あれは、臆病で道を踏み外してはいけないと思っている阿南にとって、ものすごい大事件ですよね。だからその後もずっと引きずっている。『Jの少女たち』に登場する私立探偵の一宮に、『ずっと自分に刑罰を科している』という意味のことを言われてますが、自分に対する戒めが解けないでいるわけですね。それが最新刊の『無伴奏』で、阿南が変わったなあ、丸くなったなあと思った。年齢的にも四十代なかばになって、ずいぶん変わった」

太田「あれは自分の変化でもありますよね。阿南もいろんな人を見てきて、時の変化によって変わらざるをえなかったという」

福田「阿南を変えたのは何だったんでしょうね」

太田「K島さんには、その間を書いてと言われてるんだけど」

福田「読みたいですね。気になります」

太田「間が開きすぎているので、何があったのか知りたいと。でもそんなに大きな事件があったわけではないと思うんです。日々の暮らしのなかで、少しずつ変わっていったんだと思う。大きな事件があって、ころっと改心したりするとそれは逆に嘘っぽいんで。特に『無伴奏』って、親との和解の話じゃないですか。子どもにとって、親との和解って一番大きな問題なんです。あんなに強かった親が老いて弱って壊れていく、というのを経験しなければいけないし」

福田「『無伴奏』では、阿南のお父さんが要介護状態になっているんですよね。一巻ではもう絶対に実家には帰らないなんて宣言しているのに、結局帰ってお父さんの面倒を見てるという」

太田「あれも、『はみだしっ子』の「バイバイ行進曲」なんです。グレアムも、二度と帰らないと思っていた父親のもとに帰るんです。最後まで和解しないけど」

福田「ずっとグレアムなんだ! 『はみだしっ子』のラストを読んで、どうしたらいいかわからない気持ちになった人は多かったと思うんです。ひょっとすると、そういう人は阿南のシリーズを読むといいんじゃないかと、今ふと感じたんですけど」

太田「それはちょっとおこがましいですけど」

福田「『はみだしっ子』の続編はもう読めないですからね。たいへん失礼なことを伺うんですけど、太田さんもご家族との間に何か思いがおありなんでしょうか」

太田「19歳の時に両親が離婚してます。太田忠司という名前はペンネームなんですけど、19のときまで本名でした。両親が離婚して僕は母方の籍に移って、それ以降は父親に会ってないんです。二度と会えず、もう亡くなりました」

福田「すいません、おかしなことを聞いてしまって」

太田「さすがにこの年になると、普通に話せます。昔は、なんで太田ってペンネームなのって聞かれるのが一番つらかった。ショートショート・コンテストに出す時に、まだ新しい名前になじみがなかったのと、これを書かせているのは太田忠司だ、それまでの19年間がこれを書かせているんだと思ったから。それに、新しい名前だとそれまでの友達にわかってもらえない」

福田「19歳ということは大学生になられた頃で、そのころ『はみだしっ子』に出会って『グレアムは僕だ』と。――それは痛いですね」

太田「痛かったですよ」

福田「『無伴奏』と『死の天使はドミノを倒す』を読んだ時に共通して感じたのが、父親に対する愛情というか、常に微妙な間を置いた愛情が根底に流れているんですよね」

太田「父親ってよくわからないんですよね。一緒にいた頃にはもう、あまりいい父親じゃなかったので」

福田「どんなお父さんだったんですか」

太田「僕ね、40歳になる頃までお酒があまり飲めなかったんですよ。なんでかっていうと、父親が酒飲むとひどかったから。反面教師だったんです。ところが40過ぎたころに急にそのカセがはずれて、なんだ飲めるじゃんと」

福田「40歳くらいになったときに、飲めると思ったきっかけって何でしょう」

太田「作家のパーティに行って、たまたまウイスキーを飲んでみたら、あ、飲めると。それまで全然飲めないと思っていたのが、実は飲めるって」

福田「心理的なハードルがあったんですね」

太田「父親は仕事を立ち上げては潰して職を転々としたあげく、借金と家族を放り出して失踪したんです。それで母親がテレビのワイドショーの失踪人探しの番組に出て、熱海に逃げてた父親と再会したんです。僕はその放送を見られなかったんですけど。それでいちどは帰ってきたけど、結局離婚して」

福田「そういうのはほんとに、子どもに対する影響が大きいですよね」

太田「ずっと、自分だけは真面目に生きようと思ってた。会社に入って、最後までつとめあげようと思っていたのに、こうなってしまった」

福田「こうなってしまった。立派な作家さんになられたではないですか」

太田「作家ってやくざな仕事ですよ。次どうなるかわからないし。最初の本が出て、すぐ嫁さんにプロポーズしたんです。その時点ではもう、会社も辞めてたんです。会社は土日もなくて、月に150時間ぐらい残業して。第一作目の長編はそのなかで書いたんです。書くまでは締め切りもないんだけど、ゲラになる頃には締め切りができるから、どっちか辞めないと死ぬと思ったんです。だったら、会社を辞めちゃおうと。次の仕事のあてもないのに、辞めちゃった。しかも嫁さんにプロポーズして、嫁さんのお母さんに挨拶に行った時に、年に5冊は本を出しますと宣言しました。だから頑張った」

福田「太田さんって阿南と一緒で、ストイックかつ自分の決めたルールをきっちり守るというイメージがあります」

太田「守れなくてイライラしていることが多いです。血液型占いが本当に正しいのなら、A型人間は自分のことを几帳面とは思わない。どうしようもないぐうたらな人間だと思っているはずです」

福田「私もA型ですけど、部屋のなかめちゃくちゃです(笑)」

太田「もっとなんとかしなくちゃと」

福田「太田さんの場合、どういうところをですか」

太田「もっとたくさん書きたい」

福田「えっ、いまどのくらいお書きになるんですか」

太田「日によるんです。でも、1日に30枚は書きたい」

福田「30枚ですか。2か月で3冊出ちゃいますよ」

太田「そうしたら、自分の頭にあるものがスムーズに出ていきます。本当なら、もっともっと書
ければ、たまっている仕事がさっと出ていくのに、と」

福田「すごいですね。1日何枚くらい書けたら満足ですかと伺うこと多いですけど、10枚くらいっていうのはよく聞きますけど、30枚って言われたのは初めてです。太田さんの本がどんどん出る理由がよくわかりました」

(第四回へつづく)