今迄にも人種に纏わる嫌がらせが無かった訳ではない。
通りすがりに、見ず知らずの人間から
『黄色い猿野郎』
などと言われたり、たまたま入った飲食店で隣のテーブルに着く事を嫌がられたり、と言った類いの事である。
今はどうかは分からないし、当時も四六時中こうした嫌がらせに遭遇していた訳ではない。
大概の人達は、気さくであり、明るかった。
雑多な人種の坩堝マンハッタンでは、誰しもが自由に行動、活動していた様に見受けられた。
しかし、私が気付かないだけで、周囲の白人の知り合いからも実は、内心の何処か…根底に近い部分では『見下された』目で見られていたのかも知れない。
そう思うと、悲しくなった…。
大昔、白人上位を唱え、有色人種を迫害した連中の血と遺伝子は、消滅してはいないのか?と…。
どんな国にも、習慣、風習、しきたり…と言った、根底に流れる民族性はある物である。
私は、アメリカの古い歴史に詳しい訳ではないから、あまり掘り下げた深い話は出来ないが、当時の私が大なり小なりの心無い言動を体験した事は事実であり、この時、南部の仕事に連れて行って貰えなかった事も事実である。
しかし…
私には解せない事があった。
それは、ヒスパニック系のアンソニーは南部の仕事に加わっていた事である。
『ヒスパニックは大丈夫なんだろうか?』
私の疑問には、ジョディも答えられなかった。
私の知る所によれば、黒人やオリエンタルに続き、ヒスパニック系の人々も迫害に合ったと聞いている。
さて…
そんなある日、私はフロリダに向かう事になった。
夏場ではなかったが、天気にも恵まれ、強い陽射しにブルーの海、豪華なホテルに私の心も晴れた。
南部の一件以来、すっかり落ち込んでいた私は、遠方に赴く仕事を敬遠し始めていた。
『フロリダは素敵な所よ!行けるチャンスなんだから、是非行ってらっしゃい!』
ジョディに後押しされ、フロリダ行きを決めたのである。
あまり気乗りがしない私だったが、空港に到着するなり、暖かい空気と景色に癒され、一気に気持ちも晴れたのである。
しかも、自由時間が多く、私達シャザームメンバーは大いにフロリダを満喫したのである。
日中はホテルのプライベートビーチで遊び、夜はみんなでクラブに繰り出した。
仕事であるパーティーも盛大な物で、非常に楽しい現場だった。
私はほんの半日で、真っ黒に日焼けした。
余談だが、私は非常に陽に焼け易い。
日本でも、夏場はあっという間に陽に焼ける。
フロリダの陽射しは、私の容姿の印象をものの見事に変えてしまった。
パーティー終了後にみんなで出掛けたクラブで、私はある事を閃いた。
それは、ちょっとした出来事がきっかけだった。
クラブで踊っていた私に、一人の男性が話し掛けて来たのである。
彼は明らかにゲイであり、私に話し掛けて来た目的が一体何処にあったか?は読者の想像にお任せするとして…
彼は、こう言って来たのである。
『キミ、何処から来たの?此処初めてだろ?見た事ないし。スパニッシュ?メキシカン?』
『え?』
私は驚いて、ウッカリその男性を見据えてしまった。
勘違いした彼は、とびきりのウインクを私にくれたのだが、私の頭は別の事に支配されていた。
『そうか!アンソニーは南部に行けたんだ!』
いきなり訳の分からない事を叫んだ私に、今度は彼が驚いて私を見据えた。
私は呼び止める彼を後に残しその場を離れ、人混みの中に埋もれている筈のアーニーを探した。
このフロリダの仕事のマネージャーは、あのアーニーだったのである。
私は、カウンターで酒を飲んでいるアーニーを見つけると走り寄って彼の腕を掴んだ。
『な…どうした?』
驚くアーニーに構わず、私は大声で言った。
『アーニー!何人に見える?ねぇ!俺、何人に見える?』
『は?キミは日本人だろ?』
『そうじゃないよ!今、此処にいる日焼けした俺は何人に見えるかって聞いてるんだよ!』
アーニーは日頃おとなしい私が、物凄い剣幕で捲し立てる様子にすっかり面食らっていた。
呆気に取られたまま、アーニーがまじまじと私を見て言った。
『ちょっと、プエルトリカン…っぽい?かな…?』
私は奇声に近い雄叫びを上げると、アーニーの腕を掴んだまま踊り出した。
私は、南部に行きたかった訳ではない。
日本人であるが為に、行けない場所が存在する事が悲しくて、悔しくて仕方が無かったのである。