癌告知~手術までの経緯(その7) | 【ステージ4:治療6年目突入】腎臓がんと闘うスロッターkazuのブログ

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2017年 50歳で腎臓がん&肺転移を告知されました(追記:51歳で脳転移再発、55歳で骨髄転移・骨転移を再々発)
<「癌になることは不幸ではない!」製薬企業で長年医薬品開発を生業とした経験から、前向きに治療に取り組み、日々を幸せに過ごすことを伝えるブログです>

皆さん、こんばんは!!

Kazuです。ニコニコ

 

実は、今回のがん告知~手術までのブログを書くにあたって過去の資料を調べていたところ、最初にがんの告知を受けたH病院の画像データのCDが出てきました。

(癌告知を受けたH病院も含めると転院を3回繰り返しており、最初のH病院のCDデータは不要ということで返却されていました)

 

このCDをパソコンに入れたところ、2017年7月に腎臓がんの告知をされた時のCT画像を見ることが出来ました!

ということで、そのCT画像の一部をアップします。

 

 

画像の左側の赤丸が正常な右腎臓。そして右側の赤丸が原発巣の左腎臓です。

 

輪切りの画像を2枚貼り付けましたが、右の腎臓(左側の赤丸)の大きさに比べて、左の腎臓(右側の赤丸)が異様に大きいのがパッと見でも分かります。

 

ちなみに肺のCT画像もあったのですが、肺の血管と腫瘍の違いが私には区別できません・・・

なので、肺の画像は割愛します。

 

さて、本題の癌告知~手術までの経緯(その6)の続き(2017年8月17日の手術日)の話を致します。

 

******************

手術当日の話をする前に、手術前日の説明で不足していた点をちょっと補足します。

 

手術は原発巣である左腎臓を摘出するということで、左右の取り間違い防止のため左手の甲にマジックで印を付けられました。

それと、主治医から左腎臓を全摘出する手術の説明を受けた時の図を添付します。

赤い線が、メスでお腹を切る場所です。

(実際、手術でメスを入れた場所は同じでした)

右上の楕円形は腎臓の絵ですが、その上に被さる青い大きな丸は「がん」(原発巣)という説明でした。

やけに馬鹿デカく感じますが、最初のCT画像を見れば、まあ納得します(^^ゞ

(実際のがんの大きさは10×7.3×7.3cmでした。また生検の結果、淡明細胞型腎細胞癌であることが判明しました)

 

そして、開腹手術で原発巣の左腎臓と、がん細胞が浸潤している静脈を取り出すことの説明を受けました。

 

主治医は「手術は全然問題ない。安心して下さい!」といった感じの説明だったので、私も安心して手術を受けました。

しかし以前ブログに書いた様に、実は難易度の高い手術で、病院によっては受け入れ出来ないと言われるレベルだと手術の後で聞かされました。

結果的には、主治医の説明で安心して手術に臨めたので良かったです。

 

また手術前日の検温で体温が38℃を超えており、手術当日も体温が高い場合は手術が延期になる可能性があると言われました。

 

当日体温が高かったらどうしよう・・

と心配だったのですが、幸いにも朝の検温で体温は下がっていたため無事手術を行う運びとなりました。

また、他の測定項目(体重・血圧・脈拍)も特に問題ありませんでした。

 

手術当日は、肺血栓(エコノミークラス症候群)の予防として、足を圧迫するストッキングを履き、さらに手術用の下着(T字帯)を着用して、術衣に着替えて看護師さんから声をかけられるのを待ちました。

  

そして朝8時頃に看護師さんが来て、手術室に案内してくれました。

前回のブログに書いた通り、朝は家族(妻や両親)の見送りは無く、私一人で手術室に向かいました。

手術室入口の前では私以外にもう一人手術を行う方がいて、(たぶん)奥さんと一緒に待機していました。

私は一人寂しく(笑)手術室の前で待機。

 

程なくして手術室から看護師さんが迎えに来て、手術室に入室しました。

 

手術室では、麻酔科医師と手術室看護師が待機しており、患者識別リストバンド(ネームバンド)の確認、及び実際に患者への本人確認を行いました。

 

その後、手術室のベッドで横になり、心電図の電極、及び足に血栓予防のマッサージ器のような機械が取り付けられました。

 

そして背中に痛み止めの注射をした後に硬膜外麻酔のため、硬膜外にチューブを挿入しました。

その後、点滴で全身麻酔を行いました。

 

看護師さんから

「10分位したら麻酔が効いてくると思います」

と言われたのですが、10分経つ前にちょっとウトウトしてきました。

そして一瞬意識が飛んで、ハッと目が覚めました。

 

感覚的に一瞬意識が飛んだだけだと感じたので、

「これから手術か・・・」

と思い、横にいた看護師さんに

「手術はこれからですか?」

と聞いたところ、

「もう手術は無事終わりましたよ!」

と言われてビックリしました。

 

ふと天井を見ると、確かに麻酔を打った時の天井の照明と違うことに気が付きました。

(実は、手術室から回復室と呼ばれる場所に移動していました)

実際は手術に数時間を要していたのですが、麻酔により時間の感覚が欠如したお蔭で、あっけなく感じるくらいに苦痛も感じずに手術は終わりました。

 

とにかく無事に手術が終わった事実にホッと一安心したことを、良く覚えています。

 

その後、看護師さんから

「どこか痛いところは有りませんか?」

と聞かれました。

 

だんだん意識がはっきりしてきて、我に返ると肩が痛い・・・(右か左かは忘れました)

肩が痛いことを伝えると、看護師さんはどことなく納得した様子。

 

恐らく手術の間、肩に負荷がかかる様な体勢だったと思います。

(肩の痛みは一時的なもので、翌日には気にならなくなりました。その一方で、メスを入れた部分がズキズキ痛むようになりましたが・・・)

 

そしてストレッチャーに乗せられたまま、手術室から病棟に向かって移動しました。

移動の最中に、看護師さんが申し訳なさそうに聞いてきました。

「あの・・・、ご家族の方が誰も来られていない様ですが・・・」

 

それを聞いて、

「あれ、手術終わる前には妻も両親も来ると言っていたはずなのに、何故?」

と疑問に思ったのですが、よくよく考えて、もしかして手術が予想以上に早く終わったのかも!

ということに気が付きました。

 

看護師さんに

「今何時ですか?」

と聞いたところ、

「11時半頃です」

と言われて、納得しました。

元々主治医から、手術は準備も含めて約5時間かかると言われていたのが、実際は約3時間とかなり早く終わっていました。

 

看護師さんに

「当初の予定では手術が終わるは午後2時頃と言われていたので、家族は午後以降でないと病院に来ていないかも知れません」

と伝えたところ、

「そうですか。では、とり合えず病室に戻りましょう」

と言われて、行きも帰りも一人寂しく病室に戻りました(笑)

そして病室は元の6人部屋ではなく、体調が安定するまでの期間、ナースセンター正面の個室(2人部屋)に移動となりました。

 

※後で知ったのですが、実は手術が終わった時点で嫁と親は既に病院に居て、自分が最初にいた病室(6人部屋)で待機していたそうです。

しかし、私が戻ったのは別の病室。

ということで、妻と両親とは完全に行き違いとなりました。

 

妻と家族は手術が終わったら6人部屋に戻るものとばっかり思っていた様で、

「個室に移るなんて話は聞いていない!」

とちょっと怒っていました(笑)

もし朝の時点で家族の手術の見送りがあれば、その時に看護師さんから連絡があったのでしょうが、朝は不在であったため連絡が上手くいかなかったのだとと思います。

 

まあ、妻や両親も病院に着いた後で看護師さんに何処で待機すれば良いか、手術が終わった後の連絡方法は?、など問い合わせれば良かったのですが、「手術後に6人部屋のベッドに戻ってくる」と思い込んでいたため、質問しなかったようです。

 

一応こんなこともあり得るので、手術中は何処で待機していれば良いか?などは予め看護師さんに確認しておいた方がトラブルは防げるかと思います。

 

さて、個室に移動になってベッドで翌朝まで安静にしなければならない、ということで横になってボーっとしていると、暫くして妻と両親が病室にやって来ました。

 

自分は、ベッドで横になったまま

「手術は無事に終わって、大丈夫だよ」

と話していたのですが、後から両親から聞いた話だと顔が真っ青で、見た目はとても大丈夫とは思えなかたそうです(笑)

まあ、手術直後なのでしょうがないとは思います。

 

ちなみに、手術後は体には管が4本刺さっていました。

(手術前に看護師さんが説明した図です)

①腕にブドウ糖や薬の点滴用のチューブ

②尿道カテーテル

③(創部)腹部内の体液を排出するドレーン

④(背中)痛み止め用のチューブ

 

さらに、酸素吸入のためのチューブが鼻に付けられていました。

また、足には血栓(エコノミークラス症候群)の予防として、マッサージ器の様な機械が取り付けられていました。

 

妻や両親も、取り敢えず手術が無事終わったという安心感と、長話して手術直後の私の体に負担をかけたくないということで、早々に病室から退出していきました。

 

実は妻と両親と話をしていた日中は、痛み止めが効いていたのかあまり痛みを感じなかったのですが、夜になると薬がきれたのか、メスを入れたお腹の辺りがズキズキ痛くなってきて、その後何度も痛み止めを注入することになりました。

 

ということで手術は無事に終わり、翌日から回復に向けた入院生活が始まりました。

(実は手術よりも、その後の入院生活の方がいろいろと大変なことがありました・・・)

 

<その8に続く>