
どのように接触するかという前に、間合いで技になるかどうかはほぼ決まる。
緊張状態の接触では互いの身体は閉じる。
弛緩でもだめ、まず間合い、そして自身の重心。
力を抜くことは、言葉では単純なことだが、実際は間合いや、接触、重心などが関わっている。
人は緊張してないと思っても対峙しただけで構えを作るもの。
そんなときに
重心の位置をコントロールできれば、緊張を解くことが出来る。
身体の稽古は、出来るとか出来たいとか、そういう表面的な達成感に似る欲の働きでは到達できない。
細部の地道な観察と感情の働き、動作などが重なりながら一つの現象が成っていく。
だから丁寧に地道な稽古が大事なのだ。
そしてそれが楽しみに変化していけば言うことないのだが。
本気かどうかというところ。
こうありたい
こうなりたい
それがエゴの満足ではなく
心からそれを好きで行っているか
それが身体の芯になり
動きに繋がる
怪我も
自分の不注意
だから注意深く技に集中し
心の隙を滅し
真剣にやらなければ
そう感じる。
素振りで
気合いを入れた!!