「四股を踏む大黒天」 | 神即〈いのち〉、〈いのち〉即感謝 

神即〈いのち〉、〈いのち〉即感謝 

神とは〈いのち〉であり、それへの感謝が信仰だ。あらゆる違いがあっても、それは闘争の理由とはならない。我々は等しく〈いのち〉を生きているからだ。その理解こそが、新しい文明の思想軸となる。

 われわれ夫婦は毎日のように護摩堂で弘法護摩を焚いているのだが、月に一度、大黒堂でも二人だけで護摩を焚いてきた。そこが我々の出発点だからだ。「ありがとう寺」が建立される以前は大黒堂しかなく、比叡山から下りてきた私は、そこでオロオロと護摩を焚き始めた。初めは一回焚くにも二時間ぐらいかかったし、よく手順を間違った。暖房もない大黒堂は、冬は冷え切っていた。今のように素早く弘法護摩を焚けるようになるには何年もかかったのだが、ようやく十年が過ぎ、本日をもって打ち止めとさせてもらった。これからは護摩堂の弘法護摩だけに集中することになる。護摩を焚かない日も、うちの魔女は大黒堂を掃除し、大黒天をピカピカに磨き続けた。そのためか、「これからも四股を踏み続けるぞ。それがワシの恩返しだ」という霊示があった。参道から上がってくる邪気は、ここで押し返されるのだろう。欲深い住職は金銀財宝がジャラジャラ落ちてくるのを期待して、大黒天の打ち出の小槌を見上げてばかりいるのだが、そのうち彼も干乾びたミイラになって、賽銭を投げてもらえるようになるかもしれない。(笑) 明日25日はオンラインありがとう禅です。【護摩915回 直近の予定はHPのイベント欄を御覧ください。「弘法護摩&オンライン」は随時受付中。町田宗鳳 | ありがとう禅 (arigatozen.com)