神即〈いのち〉、〈いのち〉即感謝 

神即〈いのち〉、〈いのち〉即感謝 

神とは〈いのち〉であり、それへの感謝が信仰だ。あらゆる違いがあっても、それは闘争の理由とはならない。我々は等しく〈いのち〉を生きているからだ。その理解こそが、新しい文明の思想軸となる。

護摩祈願・オンラインありがとう禅・ありがとう断食などに関する詳細情報は、町田宗鳳のホームページをご覧ください。ご参加をお待ちしております。https://arigatozen.com/

盤珪禅師は万人に「不生の仏心」が備わっていると説いた。それは無意識の中の根源的良心のことなので、それを持ち合わせない人はいない。ところが生きているうちに、すでに完成形である仏心を損ねるようなことをやってしまうのが人間の愚かさである。

 

寿命にせよ病気にせよ、迫り来る死を拒否することも不徳となる。死と抗(あらが)ってはならない。従容として、それを受け入れ、静かに懺悔と感謝の時間とする。それで人生の完結となる。動植物の命をいたずらに奪うことも大きく徳を損ねることになるので、決して老木などを無意味に切り倒してはいけない。無惨な死が待っている。私はそれを何度か目撃している。

 

自己中心的な、あるいは反対に自己否定的な生き方をすることも不徳だ。それは自分の魂を汚す行為だからだ。本人は自分の習性に気づいていない場合が大半だが、天界の備忘録にはしっかりと記録されているので必ずその結果は出る。

 

他者に怒りの感情を向けることも不徳だ。怒りの原因は、たいてい自分にあるのだが、それに気づかないまま怒りの毒を振り撒けば、わが身に還ってくる。体調不良の原因も、しばしばそこにある。理由は何であれ、悲しみを引きずることも不徳の一つだ。悲しみを乗り越えていく強さを神から求められているのだ。せっかく頂いた「不生の仏心」を殺めることなく、人生を全うする。そこに人としての全責任がある。

今回の台湾旅行は驚きの連続だったが、最終日も驚愕の体験が待っていた。台北にある道院を訪問したところ、御本尊の「至聖先天老祖」が祀られている内陣を御開帳して頂いた。老子にも見える人間の写真のようなものがご神体だったが、そこから強烈な気が放たれていた。

 

至聖先天老祖」とは簡単にいえば、宇宙神らしいが、うちの魔女は、そこに「永遠のいのち」を感得し、涙が止まらなかったそうだ。近代的なビルの中にある祭壇なのだが、巨樹や巨岩が放つような強い気を感じて驚いた。

 

二人の人間が左右から支える棒が、砂の上に文字や絵を描き出すフーチという神事についても説明を受けたが、一種の自動書記である。そこに老子やイエスの言葉まで示されるらしいが、どこか弘法護摩にも通じるようで、大いに共感するものがあった。視察後に広東料理店でご馳走になったが、今回の旅を締めくくるに相応しい宴となった。

 

中華民国ヨガ協会理事長の劉女史とは十数年前からのお付き合いだが、今回、苗栗にある彼女のヨガ研修道場にお招き頂き、貴重な時間をもった。まず原野を切り開いて造られた道場は緑に溢れ、花が咲き乱れ、さまざまな果物がふんだんに出来ていた。小鳥がさえずり、あちこちに巣を作り、雛が孵っていた。まるでこの世の極楽浄土だった。

 

十年前に10名のヨガ師範が台湾から「ありがとう断食」に集団参加されたのだが、今回もその中の数名が私たちに会いに来て下さった。どなたも上品で若々しく、明朗であることに、改めて感心した。その場で、見事な精進料理とデザートを作って頂いたのだが、どれも飛び切りおいしかった。

 

今秋はそこで「ありがとう禅」を開催し、来年は20名の方が「ありがとう断食」に参加されることになった。「ありがとう」の言霊を通じて、台湾と日本の絆がいよいよ深まっていくようで、非常に嬉しい。私も馬糞と戯れてばかりいないで、いよいよ本気で中国語を学ばなければいけない。(笑)