「勝者の驕り」 | 神即〈いのち〉、〈いのち〉即感謝

神即〈いのち〉、〈いのち〉即感謝

神とは〈いのち〉であり、それへの感謝が信仰だ。あらゆる違いがあっても、それは闘争の理由とはならない。我々は等しく〈いのち〉を生きているからだ。その理解こそが、新しい文明の思想軸となる。

 川勝平太氏とは彼が国際日本文化研究センター教授の時から面識がある。互いに京都人であることと、海外の大学で博士号を取得してきたことは共通しているが、どこを切り取っても泥臭い私とは対照的に、いつもダンディで頭の切れる典型的エリートだった。『美の文明論』のように彼の啓蒙的な思想に大いに共感し、学者としても尊敬してきた。知事になられた後も超多忙の中、「ありがとう寺」にわざわざ来られ、私と三時間も対談して行かれた。互いに書簡を交わすことも何度かあったし、私の本の帯に推薦文を書いてもらったこともある。熱海で土石流災害が起きた時、「行政の長として現実的な対処だけではなく、祈りが欠かせない。就寝前にでも県民の平穏を祈る時間をもってほしい」と伝えた時は返信がなかった。私はリニア不要論者だが、彼は昔からリニア推進論者だった。その彼がリニア工事を不明瞭な言説で阻止し、国や他県を敵に回し始めた頃から、私は疑念を抱くようになった。総論で賛成、各論で断固反対というのは矛盾しているが、真相は意外と単純で、大票田であるスズキの鈴木修相談役(リニアに反対)に忖度していたようだ。その後、人の尊厳を無視したような失言も続いた。知事の強引さについていけず、静岡県庁には自殺者が多いと聞いたこともある。幼少期から陽の当たる道だけを勝者として歩んできたせいか、弱者への思いやりに欠けるのだろう。先見の明を生かして県政に貢献もされてきたはずだが、ただの駄々っ子知事のように報道されるようになったのは、彼の不徳のいたすところと言わざるを得ない。知事辞職後、彼は軽井沢の自宅で得意の執筆に専念するのだろうが、まずは驕慢の炎を消すことを学んでほしい。ところでリニア推進論者は南海トラフなどで太平洋側のインフラが遮断された時、補完的役割を果たすというが、別にリニアでなくても、新幹線や高速道路の拡充など代替策があるはずだ。美しい山河を傷つけてまで、電磁波満載の鉄道で人間を大量輸送するというのは納得できない。ここまで莫大な国家予算を注ぎ込んできた以上、中止はあり得ないが、「日本よ、大丈夫か」と思わず呟いてしまう。明日7日はオンラインありがとう禅です。護摩905回 直近の予定はHPのイベント欄を御覧ください。「弘法護摩&オンライン」は随時受付中。町田宗鳳 | ありがとう禅 (arigatozen.com)