「宗教の限界、政治の限界」 | 神即〈いのち〉、〈いのち〉即感謝 

神即〈いのち〉、〈いのち〉即感謝 

神とは〈いのち〉であり、それへの感謝が信仰だ。あらゆる違いがあっても、それは闘争の理由とはならない。我々は等しく〈いのち〉を生きているからだ。その理解こそが、新しい文明の思想軸となる。

 私は昔から「宗教の限界」を多角的視野から提言してきたが、畑違いながら、そろそろ「政治の限界」を訴えなくてはならない。もはや日本の政治家の幼稚度は眼を覆うばかりだが、アメリカやヨーロッパの議会民主主義を見ていても、その限界を感じる。刑事被告人が次期大統領候補として圧倒的支持を得ている事実も、衆愚政治の典型例だ。ロシア・中国・北朝鮮で独裁者がやりたい放題なのも、西側の民主主義がきちんと機能していないからだ。社会民主主義や民主社会主義といった概念は昔から存在し、ヨーロッパではそのような名称の政党も誕生したが、理想とはほど遠い。現代世界の混乱は、強いリーダーシップと民主主義が融合するようなイデオロギーが必要になったことを示している。秀逸な企業では既にそれが実現しているから、国家組織でも不可能ではないはずだ。私は富士山の麓で火を焚くことしか出来ない田舎坊主だが、新しい時代の新しいリーダーが輩出するまで真剣な祈りを続けたいと思っている。護摩883回 直近の予定はHPてのイベント欄を御覧ください。「弘法護摩&オンライン護摩」は随時受付中。町田宗鳳 | ありがとう禅 (arigatozen.com)