句集「良き世」(4) 全句
「透析に生きる」(宮本巧)

1 透析の片手で拝む原爆忌 

2 サイレンの多き病院マーガレット

3 病みてなほ俳句を作る子規忌かな 

4 高々と四代目なり鯉幟

5 引出しの児の写真集小鳥来る

6 裸木の地は五色敷く桃源郷

7 母想ひ目は赤くなり兎かな

8 とりとめし透析しての冬籠り

9 炬燵寝の四時間過ぎる透析日

10 バス待ちの手をさしのべし懐炉かな


11 風邪薬主治医一服治まりぬ

12 透析の首巻しての長時間

13 テラスにて井戸端会議日向ぼこ

14 林檎剥く透析食にコンポート

15 頂上のやさしい風や冬の小屋

16 島訛忘れぬ友とおでん酒

17 茶の花の路傍に咲きしきいろかな

18 大仏の積もりて耐へし冬紅葉

19 滝しずか細まる川の初氷

20 露の世は伴侶現れ良き世なり


21 咳込んでいる妻の顔覗きけり

22 冬枯やギシギシ青く残りけり

23 悴める手で妻の手を取りにけり

24 還暦やおみくじ結び鬼やらひ

25 初夢や何にも見ずによき目覚め

26 風花は冬の嫁入りキツネ舞ふ

27 玄関におちし一片冬薔薇

28 一匹の透き通る黒白魚よ

29 麦踏の幼き頃の相撲かな

30 古里の母の手作り粽かな


31 麦扱きの今は懐かし穂の山に

32 飛魚の船と競ひて玄界灘

33 透析日避けたる日々の明け易し

34 特急の風に煽られ合歓の花

35 透析の生死呻吟(さまよ)ふ汗の出し

36 妻看病へ霧の中より通ひけり

37 丘に揚ぐ船にかかりて天の川

38 麦笛のロマンチストに聞こえたる

39 桜東風喉の渇きて透析日

40 床屋にも燕行き交ふ港町


41 山寺の崖の真ん中すみれ咲く

42 春雨や傘もたずして妻帰る

43 病棟の見舞客あり山笑ふ

44 演歌聴くボリューム上げて細雪

45 春寒の透析する日指青し

46 一斉に海岸沿ひに大根干す

「それから」(宮本由美子)

1 遺言の一日一つ暮の秋

2 冬銀河夫の覚悟の止められず

3 寒空の一ト日欠かさず夫見舞ふ

4 罪無くて死にゆく夫や千代の春

5 夕顔や夫の最期の病院灯

6 透析の生死彷徨ひ寒椿

7 誕生花亡夫も吾も福寿草

8 一月に生れたる夫の逝く一月

9 一月の柩も亡夫も白一色

10 浄土へと夫は還りぬ菊遺し


11 短命の夫の行く先白木蓮

12 早世の夫の乗りたる花筏

13 花明り釈迦に微笑む亡夫の夢

14 闘病の夫の終止符鼓草

  ※「鼓草」はたんぽぽの別名。

15 風光る亡夫乗せ還れ鸛(こうのとり)

16 父の日や今胸に手をありがたう

17 緑さす茶会の席に夫の亡く

18 遺影前湯気立つ新茶百箇日

19 梅雨入りや夫の墓に傘置きぬ

20 男梅雨避難に夫の遺影抱き


21 三密を守る弔客豆御飯

22 白百合の絹の花弁や夫亡くて

23 遺品抱き胸の溢るる白百合よ

24 独り居や雨に聞こゆる蟬時雨

25 白靴の残りの日々を亡き夫と

26 夏蝶の元に亡夫の見えにけり

27 透析の夫の絶筆原爆忌

28 紙魚棲める夫の仏壇愛しける

29 鬼灯を提灯として迎盆

30 鬼灯に夫笑み返す遺影かな


31 一冊の句集の供養初の盆

32 夫恋へば瞼膨るる盂蘭盆会

33 初盆の亡夫を憩はせ僧の経

34 夫遺す家の周りの草むしり

35 台風来亡夫の遺影をお守りに

36 亡き夫の眠れる島や曼珠沙華

37 亡夫と香の十七年の金木犀

38 命日の早めぐり来る栗ごはん

39 面影の秋服今も吊りしまま

40 男郎花ふたりで生きると誓ひし日


41 ふたりして花野へ行かうと亡夫言ひし

42 夫逝きて独り茶漬けの秋の暮

43 露の夜や亡夫に詫びたきことあまた

44 肩落し歩みし亡夫や石蕗の花

45 亡き夫の古着は捨てず冬支度

46 懸命に生きたる亡夫や帰り花

47 亡夫あらば炬燵出す日の話かな

48 喪中なる身の蕎麦啜る一茶の忌

49 オリオンの距離を保ちて平和なり

50 夫逝きて荒屋に増えし石蕗の花


51 独り身に応へて咲きし姫椿

52 亡夫連れて冬日の中の散歩かな

53 夫逝きて我が身一人のクリスマス

54 今年又台所俳句雑煮膳

55 初句会夫の遺影に声かけて

56 一周忌了へて一息冬ぬくし

◎宮本巧・由美子句集「良き世」(1)

https://ameblo.jp/kawaokaameba/entry-12851588863.html

◎句集「良き世」(2)「透析に生きる」(宮本巧)

https://ameblo.jp/kawaokaameba/entry-12851625805.html

◎句集「良き世」(3)「それから」(宮本由美子)

https://ameblo.jp/kawaokaameba/entry-12851825727.html