のっけから結論を先に言ってしまうが、「ふるさと納税」制度は再考すべきだ。
 日本国内の任意の地方自治体(都道府県や市町村、特別区)に寄付することにより、寄付した額のほぼ全額が税額控除される制度である。

寄付の4割は返礼品費
 「任意の」がみそで、「ふるさと」のネーミングにもかかわらず、自分と無関係の自治体に寄付してもいい。だから寄付金目当てに自治体は、返礼品の実額と豪華さを競うようになる。
 総務省の調べでは、全国の自治体が2015年度に受け取った寄付額と返礼品の費用は、寄付額が全国合計で1652億円だったのに対し、返礼品の調達費は632億円、返礼品送付費が42億円で、自治体の支出は674億円にもなった。
 つまり寄付の4割が返礼品で消えている。

7割を本来の趣旨でない費用に使った都城
 特産の和牛と焼酎という返礼品の豪華さで人気の宮崎県都城市は、全国で最高の42億円の寄付を受け取ったが、このうち31億円を返礼品で使った。つまり7割を本来の趣旨でない費用に使ったのだ。長野県飯山市も、寄付額17億円に対して返礼品費が12億円だ。
 「寄付」する側にすれば、2000円を除いた額の全額を住民税から控除できる。つまり全国の特産品(中には特産品とはとうてい言えない家電製品を出す所もある)を払うべき税金で購入しているようなものだ。その分、その寄付者の自治体は、住民税を取りはぐれるのだ。
 それを誘うサイトもたくさんある。どこに寄付すればどれだけ得かや、特産品のお得度などを紹介する。

商品券を出す自治体も
 商品券まで返礼品にして、それをネットオークションで現金化する手合いが頻出し、千葉県大多喜町のようにやむなく商品券「ふるさと感謝券」を5月末で除外した所も出ている。総務省の自粛要請を受けての措置だ。しかし一方で、新潟県湯沢町のように、6月1日から返礼品としてあえて商品券に変更した自治体もある。
 出す方も受ける方も、ふるさと納税制度の趣旨への共感など、どこにもない。
 そもそも東京など都心部で働くサラリーパースンが、育った田舎に「育ててくれてありがとう」という感謝の意思で寄付する――というのが、創設の趣旨だった。
 それが地方在住の富裕者が返礼品欲しさに全く無関係の自治体に寄付する、という事態に陥っている。その分、その地方自治体は本来得られるべき住民税を減らしている。
 もう、これは「ふるさと納税」ではない。ただの返礼品欲しさのgreedである。

住む街が税収不足に陥ってもよいのか
 前述のように4月に総務省は自粛を要請したが、なお高額の返戻率を誇る自治体は多数ある。一方、出さない自治体への寄付は、微々たるものだ。制度は、形骸化している。
 納税自主権を活かすことも大切だが、現状はそれが大きく歪んでいる。
 だからこの制度を廃止するか、続けるにしても返礼品費に上限(例えば寄付額の1割以内とか)を設ける改正をすべきだと思う。でないと、制度の趣旨に沿って返礼品を出さない都市部自治体の税収だけが細っていくからだ。
 「ふるさと」納税で返礼品に喜んでいる人たちは、住民サービスを享受している自分の住む街が税収不足に陥り、サービスが低下してもよい、と思っているのだろうか

イヤス王の宮殿とファシリデス王の城

ヨハンネス1世の図書館

イヤス王の宮殿

 写真は補遺として、エチオピアのゴンダール城。


昨年の今日の日記:「上高地紀行・下:作家、北杜夫の小説に描かれた「聖地」=上高地と梓川に浸る」