原理講論和訳研究55
「イエス路程」の「第三次世界的カナン復帰路程」で、

「サタンは、自己の最大の実権を行使して、イエスを十字架で殺害することによって、彼が四〇〇〇年の歴史路程を通じて、その目的としてきたところのものを、達成したことになったのである。このように、イエスをサタンに引き渡された神は、その代償として、イスラエルをはじめとする全人類を救うことができる条件を立て得るようになられた。」

代償」は、原文では「代価」である。これもニュアンスが違うと思う。忠実に訳す方がいいのではないか。
ここで使われているハングルは「대가」だから、直訳で「代価」。
もし、「대상」とあれば、「代償」と直訳すればいいのではないか。
原理講論和訳研究54
「第五章 復活論」の「最初の復活」のところで、

「神の復帰摂理路程において、家庭復帰の使命者であったヤコブは、十二の子息を中心として出発し、民族復帰のために出発したモーセは、十二部族を率いたが、この各部族が再び十二部族型に増えれば、一四四数になる。世界復帰の使命者として来られたイエスは、霊肉共に、この一四四数を蕩減復帰するために十二弟子を立てられたが、十字架につけられたので、霊的にのみこれを蕩減復帰してこられたのである。ゆえに、サタンに奪われたノアからヤコブまでの縦的な十二代を、横的に蕩減復帰するため、ヤコブが十二子息を立てたように、再臨主は初臨以後、霊的にのみ一四四部族型を立ててきた縦的な摂理路程を、霊肉共に横的に、一時に蕩減復帰されるため、一四四数に該当する一定の必要数の信徒たちを探し立てなければならないのである。」

この和訳文で「サタンに奪われた」としたところは、原文直訳すると「サタンに引き渡した」である。
原理講論和訳研究53
後編「第四章 摂理的同時性から見た復帰摂理時代と復帰摂理延長時代」の
「第七節 復帰摂理から見た歴史発展 (二)復帰摂理延長時代における歴史発展 (7) 共生共栄共義主義と共産主義」に、

「あたかも君主主義の政治的な独裁を防いで、その主権を、人民のものとして取り戻すところから、民主主義が生じたように、国家の財産が、ある特定の個人階級に独占される帝国主義的な経済体制を打破して、人民が、それを均等に享有するようになる経済体制を樹立するために、社会主義を経て、天の側からは、共生共栄共義主義を指向し、サタンの側からはそれに先立って共産主義を指向するのである。従って、社会主義は、あくまでも真実なる民主主義的な経済社会をつくるために、生じたものであると見なければならない。」

とある。この「個人階級に」と訳したところの原文は「개인이나 계급에」である。
このハングルの意味は「個人や階級に」であるので、日本語版原理講論の和訳文は間違いである。単純なミスであろう。
原理講論和訳研究52
「キリスト論」の「創造目的を完成した人間の価値」で、

「従って、神に内在しているある個性体の主体的な二性性相に対する刺激的な喜びを、相対的に起こすことができる実体対象は、その二性性相の実体として展開されたその一個性体しかないのである(前編第一章第三節(二))。ゆえに、創造目的を完成した人間はだれでもこの宇宙間において、唯一無二の存在である。釈迦が「天上天下唯我独尊」と言われたのは、このような原理から見て妥当である。」

とある。ここで「その一個性体しかないのである」和訳されているところは、原文では「個体」という言葉が使われている。「個性体」と「個体」は厳密には違うのであろうから、ここは原文通りの「個体」としておけばいいのではないか。

<み言より>
男性は、男性の生殖器を千年、万年きちんと守る主人にならなければならず、
女性は、その生殖器を千年、万年きちんと守る女性になりなさい
と教えるのが文総裁です。
そのようにこれを間違いなく守るようにして、そのようにさせる責任を負った人が、
「真の父母」の名前をもった父母だというのです。
真の父母は簡単です。浮気者の女性と男性を連れてきて、
浮気をせず絶対的に節操を守る男性と女性にすることができる力をもった人
真の父母です。
希望がありますか、ありませんか。」[「天聖経」の「宇宙の根本」より]
原理講論和訳研究51
「モーセ路程」の「第二次民族的カナン復帰路程」で、

「このように神は、第二次のカナン復帰路程においては、その第一次のときよりももっと大きな恩賜をもって「出発のための摂理」をされたのである。しかし、これはあくまでも彼らの不信のためであったから、第二次路程においてイスラエル民族が立てるべき蕩減条件は、更に一層加重されたのであった。すなわち、第一次路程においては、彼らがモーセを信じ、彼に従ったならば、ペリシテの近道に導かれ、…」

ペリシテの近道」のところは、他のところのように、ここも直訳して「ペリシテのまっすぐな道」でいいのではないか。「近道」はそれを表わすハングルがある。「지름길」である。
原理講論和訳研究50
「第五章 復活論」の「最初の復活」のところで、

「神の復帰摂理路程において、家庭復帰の使命者であったヤコブは、十二の子息を中心として出発し、民族復帰のために出発したモーセは、十二部族を率いたが、この各部族が再び十二部族型に増えれば、一四四数になる。世界復帰の使命者として来られたイエスは、霊肉共に、この一四四数を蕩減復帰するために十二弟子を立てられたが、十字架につけられたので、霊的にのみこれを蕩減復帰してこられたのである。ゆえに、サタンに奪われたノアからヤコブまでの縦的な十二代を、横的に蕩減復帰するため、ヤコブが十二子息を立てたように、再臨主は初臨以後、霊的にのみ一四四部族型を立ててきた縦的な摂理路程を、霊肉共に横的に、一時に蕩減復帰されるため、一四四数に該当する一定の必要数の信徒たちを探し立てなければならないのである。」

この和訳文で「サタンに奪われた」としたところは、原文直訳すると「サタンに引き渡した」である。
「四大属性」をお持ちの神は、人間にも「四大属性」を持つことを願われる。
人間を男女に分ける「生殖器」に対しても、絶対、唯一、永遠、不変であることを願われる。

「生殖器」が「四大属性」を持つようになることによって、
その「生殖器」を「基盤」としてはじめて、神を求めていくことができるというのである。
それほど「生殖器」はもっとも大切な器官である。
男女が、「四大属性」を持った「生殖器」合わせてこそ、
「真の」「真の生命」「真の血統」「真の良心」の基盤になり、
その夫婦から「真の家庭」「真の国家」「真の世界」も連結されるのであるという。
驚くべきことである。

<み言より>
「皆さんは今、絶対純潔生殖器、唯一生殖器、不変生殖器、永遠生殖器を中心として、これを基盤にして神様を求めていかれるようお願いします。この基盤が真のの基盤、真の生命の基盤、真の血統の基盤、真の良心の基盤にならなければならず、ここから真の家庭が真の国家と真の世界に連結することによって、平和世界、理想世界が形成されるでしょう。どこに行かれても、テレビやその他、言論機関を通してレバレンド・ムーンの話を伝えてみてください。そのようにすれば絶対に滅びません」[韓日対訳み言シリーズⅡ「宇宙の根本をさがして」p41]

原理講論和訳研究48
「イエス路程」の「第一次世界的カナン復帰路程」で、

「それゆえに、イエスがこの条件を避けるには、彼の降臨のための基台をつくっていく選民たちが、将来来られるメシヤの形象体である神殿を中心として、一つにならなければならなかったのである。ところが、イスラエル民族は、常に不信仰の道を歩むようになり、将来来られようとするイエスの前に、サタンが侵入し得る条件を成立させてきたので、このような条件を防いで新しい摂理をするために、預言者エリヤが来て、バアルの預言者とアシラの預言者とを合わせて、八五〇名を滅ぼすなど(列王上一八・19)、サタン分立の役割をして昇天したのであった(列王下二・11)。」

のところ。「新しい摂理をする」は、原文にはなく、日本語版原理講論の和訳者が補って付け足したものである。
原理講論和訳研究48
後編「第三章 摂理歴史の各時代とその年数の形成」の「第二節 復帰基台摂理時代の代数とその年数の形成、(五)代数を中心とする同時性の時代」の冒頭の部分に、

「神はアダムより十代、一六〇〇年目にノアを選ばれ、「信仰基台」を復帰するための中心人物を立たせられた。我々は、ここで、一六〇〇年と十代は、いかなる数を復帰する蕩減期間としての意義をもつかを調べてみることにしよう。」

という訳文がある。しかし、「中心人物を」ではなく、「中心人物として」と原文には記されている。