統一教会員の合同ニュースブログより転載
(連合ニュース)“DMZ平和公園、文鮮明総裁も提案していた”
2013年8月13日 | Filed underトピックス,統一教会,統一運動 | Posted by Eiji Harikawa

梁昌植統一教韓国会長「世の中に必要な生活宗教になる」
2013年8月12日
(ソウル=聯合ニュース)孔 ビョンソル記者=「非武装地帯(DMZ)平和公園は文鮮明前総裁も北韓に提案していた内容だ


ヤンチャンシク(梁昌植)統一教(現在の世界平和統一家庭連合)韓国会長兼統一グループ総会長は23日、文鮮明総裁の陰暦(7月17日)の一周忌を控えて12日、ソウルのプレスセンターでプレス懇談会を開いてこのように明らかにした。

南北の平和と統一のために努力した文総裁が2000年6月の国連総会で、DMZ(DeMilitarized Zoneの略:非武装地帯)平和公園を造成しようと北朝鮮に提案したのだ。

DMZ平和公園は朴大統領が推進していることで、パク・サングォン(朴相権)平和自動車社長と最近会談した北朝鮮のキム•ヤンゴン(金養建)労働党統一戦線部部長は、 “開城工団がよくなればDMZ平和公園の造成もすることができる”と述べたことを明らかにした。

文総裁は、1993年に統一教会幹部をエギボン統一展望台に連れて行って北の地を眺めながら平和公園造成の夢を明かしたと梁会長は伝えた。

現在の統一教会を導く文総裁の夫人韓鶴子総裁は、健康な方で、多忙な日程を送っているという。

韓総裁は、特に文総裁の教えを盛り込んだ “天一国経典の編纂を重点事業として推進している。この聖典は、文総裁の思想をテーマ別にまとめた”天聖経”、講演内容をまとめた”平和経”、文総裁夫妻の生涯を描いた”真の父母経”の3巻からなっている。

韓総裁は、奨学財団をはじめとする教育・文化事業や多文化家庭支援事業にも大きな愛情をみせている。

梁会長は”お金が入れば奨学財団に注がれる。昨年の文総裁の聖和(死去)に集まった基金は全額奨学事業に入った。現在5万人と推定されている多文化家庭の子どものうち2万人が文総裁夫妻の祝福の中で生まれた子供達だ”と説明した。

今回の一周忌行事には、統一財団と統一教会を分担して担当していたが今はアメリカに住んでいる四男國進氏、七男亨進氏など、家族のほとんどが参加すると梁会長は述べた。

國進氏は、米国の銃製造会社を経営しており、亨進氏は、環境関連分野を勉強していることが分かった。

2兆ウォン規模の汝矣島パークワン開発事業をめぐり、統一グループ側と訴訟を繰り広げる三男顕進氏が追慕行事に参加するかどうかも関心事である。顕進氏は、昨年の文総裁の葬儀で事実上、排除され弔問できなかった。

統一教会は、17~23日を追慕期間と定め、23日午前10時、京畿道加平清心平和ワールドセンターで2万人が参加する中、文鮮明天地人真の父母天宙聖和一周年追慕式を開催する。

24日には在日同胞たちが日本の北海道から福岡まで自転車で縦断した後、船便で釜山を経てイムジンカク(臨津閣)に到着し、平和統一念願祈願祭を開く。

また、現代美術作家100人余りが参与する追慕展示会、統一協会の記念博物館の天正宮の開放、北朝鮮、金正恩国防委員会第一委員長が送った豊山犬公開なども計画している。

梁会長は「文総裁のみ心を育て、社会の中に入って行って、社会統合に寄与する宗教、世の中が必要とする生活の中の宗教になるために努力する」と話した。

訳 itukoF, Harikawa

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日本の南北統一指導者天正宮晩餐会を開催
2013年8月12日 | Filed underできごと,トピックス | Posted by kakitaro

日本の南北統一指導者研修会が天宙清平修練院で天一国元年天暦6月18日~21日(陽7.25~28)まで南北統一指導者142人が参加した中で進行されました。

南北統一指導者研修会は南北統一8講座教育を中心に訓読会、聖地祈祷、役事、心情交流、祈祷会、戦争記念館見学、歴史博物館見学など南北統一に関連したプログラム日程で3泊4日間進行されました。
研修会日程三日目である天一国元年天暦6月20日(陽7.27)午後6時天正宮では真のご父母様を迎えて天正宮晩餐会が開かれました。

以下は真のお母様が晩餐会で日本南北統一担当者に語られたみ言です。

本当に私たちが想像できない痛みと苦痛の時間を生きてこられた天の父母様、真のご父母様。ここに座った皆さんは祝福家庭として20年~40年以上なった祝福家庭だと考えると天と真のご父母様から受けた愛と祝福の前に私たちはあまりにも足りない存在であり、あまりにも不足でした。
今日出てきて皆さんは日本の民団朝鮮総連が平和軍、平和警察としてのこの韓半島、大韓民国が神様の祖国、統一された祖国としてたつことができるように第一線で最善を尽くさなければならないでしょう。
100%、120%、200%以上皆さんの誠意と忠誠で、Vision 2020の前にこの国が皆さんによって神様の祖国とることができるように、そういう天の父母様と人類の希望が神様の祖国で立てられるように最善を尽くす皆さんになって下さい。
誇らしい隊列に参加する皆さんになることを願って、皆さんによってより大きく環境創造をし、世界70億人類が真のご父母様を迎えて天の父母様を栄華を極めて迎えて差し上げる大韓民国になることができるように皆さんが最善を尽くしてくださるようお願いします。


一方日本の南北統一指導者が所属している平和統一連合では国民連合をはじめとする国内NGO団体らと共に天宙聖和1周期追慕を記念して「平和統一祈願! 自転車国土縦断企画2013プロジェクト」を推進中です。

記事元:韓国家庭連合公式サイト
翻訳:kakitaro(公式的な翻訳ではありません)




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●(天地日報)・・・宗教超えた文鮮明、唯一の平和の人生を歩く
2013年8月12日 | Filed underトピックス,ニュース,統一教会,統一運動 | Posted by Eiji Harikawa
韓国仏教の最大宗派である大韓仏教曹渓宗の機関紙 『天地日報』で2013年8月10日掲載

宗教超えた文鮮明、唯一の平和の人生を歩く
世界を舞台に愛と平和を叫ぶ宗教であり、平和運動家として広く知られている統一教(現在の世界平和統一家庭連合)の創始者文鮮明。彼は自分の人生を告白した回顧録(自叙伝)で自らを”平和を愛する人物”と説明した。
『私は、たった三文字にすぎないこの名前を言うだけでも世の中がざわざわと騒ぎだす、問題の人物です。お金も、名誉も貪ることなく、ただ平和のみを語って生きてきただけなのですが、世の中は、私の名前の前に数多くの異名を付け、拒否し、石を投げつけました。』
生涯の生活を回顧したこの一言は、彼の信念や価値観、そして数々の逆境と試練を乗り越えてきた年月の足跡がそのまま溶け込んでいる。
文鮮明総裁は、1920年1月6日平安北道定州のキリスト教徒の家に生まれた。平安北道定州郡徳彦面上思里で独立運動家の子孫である父、文慶裕、母、金慶継の8人兄弟の次男に生まれたのだ。彼の叔父である文潤國牧師は、3.1運動平安北道の責任者として2年間の獄中生活を送った。彼が10歳の時に家族全員がキリスト教に入信した。16歳になった復活祭の日の朝に文総裁は幻想のような体験をすることになる。以来、彼は宣教の心を抱いて信仰生活をすることになる。光復前後で活発な宣教活動のために刑務所に行くこともあった。

◆ 平和を唱える宗教指導者文鮮明は、彼の始動期には、多くの学生が従うことになる。文総裁は、朝鮮戦争休戦翌年の1954年、ソウル北鶴洞で”世界基督教統一神霊協会”を創設する。以来、教勢が爆発的に成長する新興宗教を警戒する韓国教会の迫害で再び服役することになった。文総裁が立てた統一教は、わずか50年で世界194カ国300万信徒を擁する宗教団体に成長する。

現在は、世界的に拡大する組織として、その名声が全世界の人々に知られているが、宣教初期はそれほどたやすくはなかった。彼は1950年後半に国内の宣教活動の制約を受け、困難を伴うようになるとともに、いち早く世界に目を向ける。
文総裁は、1958年に日本を皮切りに、海外宣教に向けて出発した。彼は1965年に弟子2人と一緒に日本、アメリカ、ヨーロッパなど世界40カ国を巡回し、講演を行った。 1970年代初め、米国に渡って伝道を陣頭指揮するなど、海外宣教を本格化し、統一教の教勢は爆発的な成長を見せる。
回顧録で”平和の世界を実現するために、私は生涯、この世の底辺や辺境の地を訪ね回りました。”と明らかにした彼は、1970年代から世界の平和運動に邁進し始めている。
文総裁は、宗教を超えて、政治、経済などの分野を広げながら影響力を高めていった。 70年代前後の米国首脳との出会いを通じて、世界平和に対するビジョンを説明しもした。アメリカのアイゼンハワー大統領とニクソン大統領に会った席で、彼は、アメリカは神の祝福を受けた国として、平和な世界を作ることに率先しなければならないと強調した。
彼の世界平和への熱い想いとビジョンは、宗教や民族を超越し、世界の人々の心の中に感動を与え始めている。鉄の壁クレムリンのゴルバチョフ旧ソ連共産党書記長と北朝鮮の金日成も、文総裁の前に心の扉を開いて世界平和の話をする奇跡のようなことを起こして感動を与えた。

訳・文責Harikawa

統一教会員の合同ニュースブログより転載

統一教関連の最近の動きを報道・・・京郷新聞8月8日記事から
2013年8月10日 | Filed underコラム,トピックス,ニュース,統一教会,統一運動 | Posted by Eiji Harikawa

韓国の京郷新聞WEB版が8月8日付記事で統一教関連の最近の動きに関して、梁昌植会長への書面によるインタビュ―も含めて報道していました。
その記事を和訳したものをアップします。


京郷新聞 2013-8-8
文鮮明総裁一周忌前にした統一教…2世の後継体制中断し韓鶴子総裁前面に

                                 キム・ソクチョン選任記者
23日(旧暦7月17日)は、統一教会(世界平和統一家庭連合)創始者である文鮮明教主(総裁)一周忌である。
文総裁亡き後、統一教会に対する世間の関心は”ポスト文鮮明”時代の後継者に集中した。当初、統一協会、後継構図は、四男國進氏(43)が財団とグループを、七男亨進氏(34)が宗教の分野を担当することで整理された。文総裁の夫人韓鶴子女史(70)は、総裁の2人の息子を支援する役割を担った。しかし、亨進•國進ツートップの後継体制は長続きしなかった。

亨進氏は文総裁の葬儀直後の昨年月9月末統一教会韓国総会長の座を明け渡してアメリカに発った。統一教側は亨進氏は現在、世界会長の肩書きで活動していると明言した。國進氏も3月に統一財団理事長兼統一グループ会長から退いた。國進氏は、米国に滞在し、自分が所有する銃の会社を経営しているという。
國進氏が統一協会の中核から離れたのは三男顕進氏(44)との葛藤が一つの原因になったとする。顕進氏は統一教会後継者から押し出された後、UCI理事長兼グローバルピースフェスティバル(GPF)財団理事長として統一教側と距離を置いたまま、独自路線を歩んでいる。統一教側と顕進氏は、ソウル汝矣島の国際金融業務地区の敷地に63階、53階建てのオフィスビル2棟を建設する工事を置いて訴訟を起こした。國進氏は文総裁の意志に従って顕進氏を相手に起した汝矣島地上権売却反対訴訟1、2審で敗訴した。この過程で、3月に統一財団理事会が國進氏の解任を決定した。
統一教会は、二世後継構図の撤回と共に文総裁後の実質的”教主”となった韓鶴子総裁親政体制に迅速に移行された。韓総裁は文総裁生前にも統一教会の共同総裁として信者から “真のお母様”と呼ばれた。韓総裁は、今年の新年祝賀会で『二世はまだ時間を置かなければならないようだ。もっと育てなければならないようだ。私たちの家の息子や娘も同じだ』と述べたという。統一教会側は”真の母として神様と、真の父である文鮮明総裁の代身者になると同時に、同格•同位として、その使命を遂行する”と公表した。
ここに長い間、文総裁夫妻の最側近として活動してきた実務型指導者たちが韓総裁を支援する新しい役割を果たしている。梁昌植元米国総会長(59)は、1月亨進氏の後任として、統一協会の韓国総会長に就任した。朴ノ-ヒ・ユニバーサル文化財団副理事長(72)は、國進氏の後任として統一財団理事長を務めた。統一教の宗教•企業•財団運営のCEOの役割を息子ではなく、弟子たちに任せたのだ。
統一教は韓総裁が前面に出て、組織の再編と統合に乗り出した。まず、2010年の初めに’統一教’に変えた正式名称を元の名前だった”世界平和統一家庭連合”に戻した。また、毎年150億~200億ウォンがかかる国際クラブ対抗サッカー大会ピースカップを暫定的に延期することを決定した。統一教の対北投資事業の象徴として、文総裁が力点をおいた、北朝鮮の平和自動車と普通江ホテル運営権を北朝鮮に渡した。
韓総裁は、特に次世代リーダーの育成と統一協会の伝道を強調している。このため、1000億ウォン規模の奨学財団である “圓母平愛財団”と統一教会の指導者の教育機関である”天宙平和士官学校”を新たに設立した。 5月には京畿道加平郡清心平和ワールドセンターで “ビジョン2020の勝利のための世界出征礼拝”を開催した。ビジョン2020は、文総裁生誕100周年となる2020年に合わせて統一教のすべての力を結集するというのが主な内容だ。統一教会は、23日午前10時、京畿道加平郡清心平和ワールドセンターで2万人余りが参加する文鮮明総裁聖和(他界)一周年追悼式を開く。
■梁昌植統一教会韓国総会長
“亨進・國進兄弟、今後も多くの役割をすることになる”
世界平和統一家庭連合梁昌植韓国総会長(写真)は、あ現在、正式に韓国統一教会を代表する。彼は43年前の高校生の時、故郷である全羅南道咸平から徒歩で上京して、文鮮明総裁に初めて会った。統一グループ、北米会長など統一教会の主な役職を経験した。去る8日梁会長に書面インタビューを行った。
- 亨進氏と國進氏の近況は。
“教会から去ったという噂は事実ではない。文亨進世界会長は、アメリカで活動しておられるし、文国進会長は、世界日報会長と鮮文学院理事を続けて務めている。今後も多くの役割をされることになる。”
- 現在、統一教の教主であり、実質的リーダーである韓鶴子総裁が重点を置くのは何か。
“韓総裁は家庭連合の共同創設者として強力なリーダーシップと推進力を備えておられる。文総裁は、東洋的思想と文化をもとに西洋の宗教を消化して家庭連合を作られた。その意図をよく知る総裁は、家庭の根幹である孝思想を最も強調しておられる。また、文総裁生前に編纂された 天聖経を増補編纂された。”
- 梁会長は統一教で、どのような役割をしているのか。
“韓国総会長として、韓国教会全体の実務を担当している。世界宣教本部首席副会長として文亨進世界会長を助け、世界宣教の現場をサポートする役割をしている。また韓総裁を特別補佐している。”
- 汝矣島の土地訴訟はどのようになっているのか。
“それは私たちの痛みです。その敷地は全世界信徒たちの献金で世界宣教本部を建てるために購入した。現在、訴訟は最高裁に係属中である。今も世界中の信徒たちは汝矣島に世界宣教本部の建物が建てられることを祈っている。”
- 韓総裁は、どんな人物なのか。
“国内メディアにはあまり現れなかったが、女性運動と貧民救済のための救援活動などに常に大きな関心を示しておられる。特に、1992年に創設された世界平和女性連合は、現在、194カ国に支部を置く世界的な女性団体である。男性中心の力の論理を愛の論理に置き換えるために、女性の母親としての役割が重要であることを強調している。”

訳Harikawa





原理講論和訳研究177
「メシヤの降臨とその再臨の目的」の「第二節 エリヤの再臨と洗礼ヨハネ、(三)洗礼ヨハネの不信」において、

「洗礼ヨハネは、その中心が天の方にあったときには、イエスをメシヤと知って証した。けれども、彼から霊的な摂理が切れて、人間洗礼ヨハネに立ち戻るや、彼の無知は、一層イエスに対する不信を引き起こすようになったのである。自分がエリヤである事実を自覚できなかった洗礼ヨハネは、特に、獄中に入ってから、他のユダヤ人たちと同じ立場で、イエスを見るようになった。従って、イエスのすべての言行は人間洗礼ヨハネの目には、一様に理解できないものとして映るばかりであった。そればかりでなく、彼もやはり、エリヤが来る前に現れたイエスをメシヤとして信ずることができなかったので、結局、自分の弟子たちをイエスの方に送って、「『きたるべきかた』はあなたなのですか。それとも、ほかにだれかを待つべきでしょうか」(マタイ一一・3)と質問して、その疑いを解決してみようとしたのである。しかし、このような洗礼ヨハネの質問を受けたイエスは、マタイ福音書一一章3節から19節に記録されているように、悲憤やるかたない思いで、警告の意味を強く込めた内容で答えられた。洗礼ヨハネはイエスに仕えるために胎内から選ばれ(ルカ一・75)、彼の道をまっすぐにするために、荒野で苦難の修道生活をしたのであった。さらにまたイエスが公生涯路程を出発されるときに、天はだれよりも先に、イエスがだれであるかを彼に教え、また、それを証言させてくださった。このような天の恩賜をそのまま受け入れなかった洗礼ヨハネから、そのような質問を受けたので、イエスは改めて、自分がまさしくメシヤであるとは答えられなかったのである。」

という訳文があるが、ここに掲載した最後の文を考える。

「このような天の恩賜をそのまま受け入れなかった洗礼ヨハネから、そのような質問を受けたので、イエスは改めて、自分がまさしくメシヤであるとは答えられなかったのである。」である。

原文は「質問を受けたので」ではなく、「質問を受けたとき」と書かれている。
また、「答えられなかった」と訳したとき、不可能を表わしていると取り違える可能性がある。原文は不可能ではなく、単なる否定であるので、以下のように訳してはどうか。

「このような天の恩賜をそのまま受け入れなかった洗礼ヨハネから、そのような質問を受けられたとき、イエスは改めて、自分がまさしくメシヤという答えをなさらなかった。」
原理講論和訳研究176
「メシヤの降臨とその再臨の目的」の「第二節 エリヤの再臨と洗礼ヨハネ、(三)洗礼ヨハネの不信」において、

「洗礼ヨハネは、その中心が天の方にあったときには、イエスをメシヤと知って証した。けれども、彼から霊的な摂理が切れて、人間洗礼ヨハネに立ち戻るや、彼の無知は、一層イエスに対する不信を引き起こすようになったのである。自分がエリヤである事実を自覚できなかった洗礼ヨハネは、特に、獄中に入ってから、他のユダヤ人たちと同じ立場で、イエスを見るようになった。従って、イエスのすべての言行は人間洗礼ヨハネの目には、一様に理解できないものとして映るばかりであった。そればかりでなく、彼もやはり、エリヤが来る前に現れたイエスをメシヤとして信ずることができなかったので、結局、自分の弟子たちをイエスの方に送って、「『きたるべきかた』はあなたなのですか。それとも、ほかにだれかを待つべきでしょうか」(マタイ一一・3)と質問して、その疑いを解決してみようとしたのである。しかし、このような洗礼ヨハネの質問を受けたイエスは、マタイ福音書一一章3節から19節に記録されているように、悲憤やるかたない思いで、警告の意味を強く込めた内容で答えられた。」

という訳文があるが、ここに掲載した最後の文章の中に「悲憤やるかたない思いで」という表現が使われている。
原文には「悲憤」にあたる言葉ではなく「憤慨」にあたる言葉が使われている。
また、「警告」には「激しい」という形容詞で修飾されている。
よって、原文に忠実に訳すとすると、
憤慨されて激しい警告の意味を…」のような感じでいいのではないか。

原理講論和訳研究175
「メシヤの降臨とその再臨の目的」の「第二節 エリヤの再臨と洗礼ヨハネ、(三)洗礼ヨハネの不信」において、

「事実、洗礼ヨハネがイエスに洗礼を授け、彼を証したことによって、彼の証人としての使命はみな終わったのであった。では、その後における彼の使命は何であったのだろうか。彼の父親ザカリヤは聖霊によって感動させられ、まだ胎内にいた洗礼ヨハネに対して「生きている限り、きよく正しく、みまえに恐れなく仕えさせてくださるのである」(ルカ一・75)と、彼の使命を明白に預言したのであった。それゆえに、洗礼ヨハネはイエスを証したのちには、彼の前に一人の弟子の立場で彼に従い、仕えなければならなかったのである。けれども、彼はその後、イエスと離れて、別に洗礼を授けていたので、ルカ福音書三章15節を見れば、ユダヤ人たちはかえって洗礼ヨハネをメシヤと混同したのである。また、ヨハネ福音書一章20節を見れば、祭司長までも、このように混同したことが分かるのである。そのことだけでなく、イエスに従う者と、洗礼ヨハネの弟子とが、お互いに自分の先生の方が洗礼を多く授けると、潔礼を中心として争ったこともあった(ヨハネ三・25)。ヨハネ福音書三章30節で、洗礼ヨハネが、「彼は必ず栄え、わたしは衰える」と言っているのを見ても、彼はイエスと興亡盛衰の運命を共にしなかったということを、我々ははっきりと知ることができる。」

という訳文があるが、ここに掲載した文の最後に「潔礼」と訳された言葉がある。
これは日本語にない言葉なので「潔めの儀式」との訳がいいのではないか。
原理講論和訳研究174
「メシヤの降臨とその再臨の目的」の「第二節 エリヤの再臨と洗礼ヨハネ、(三)洗礼ヨハネの不信」において、

「事実、洗礼ヨハネがイエスに洗礼を授け、彼を証したことによって、彼の証人としての使命はみな終わったのであった。では、その後における彼の使命は何であったのだろうか。彼の父親ザカリヤは聖霊によって感動させられ、まだ胎内にいた洗礼ヨハネに対して「生きている限り、きよく正しく、みまえに恐れなく仕えさせてくださるのである」(ルカ一・75)と、彼の使命を明白に預言したのであった。それゆえに、洗礼ヨハネはイエスを証したのちには、彼の前に一人の弟子の立場で彼に従い、仕えなければならなかったのである。」

という訳文があるが、ここに掲載したものの最後には「従い」とあるが、原文は「侍り」である。
侍り」を「従い」と訳す必要はないと思う。
原理講論和訳研究173
「メシヤの降臨とその再臨の目的」の「第二節 エリヤの再臨と洗礼ヨハネ、(三)洗礼ヨハネの不信」において、

「既に詳述したように、当時の祭司長や、全ユダヤ人たちが、洗礼ヨハネを崇敬するその心は、ついに彼をメシヤであると信じさせるまでに至った(ルカ三・15、ヨハネ一・20)。従って、もし洗礼ヨハネが、イエスが証言されたとおり、自分が正にそのエリヤであると宣布したならば、メシヤを迎えるためにまずエリヤを待ち望んでいた全ユダヤ人たちは、当然、その洗礼ヨハネの証言を信じるようになり、みな、イエスの前に出たに相違ない。しかし、最後まで自分はエリヤではないと主張した洗礼ヨハネの、神の摂理に対する無知は、ユダヤ人たちがイエスの前に出る道をふさいでしまう主要な原因となったのである。
 かつて洗礼ヨハネは、自分は水で洗礼を授けるが、自分のあとから来る人(イエス)は、火と聖霊とによって洗礼を授ける方であり、自分は彼の靴を脱がせてあげる値打ちもないと証言した(マタイ三・11)。そればかりでなく、ヨハネ福音書一章33節から34節を見れば「わたしはこの人を知らなかった。しかし、水でバプテスマを授けるようにと、わたしをおつかわしになったそのかた(神)が、わたしに言われた、『ある人の上に、御霊が下ってとどまるのを見たら、その人(キリスト)こそは、御霊によってバプテスマを授けるかたである』。わたしはそれを見たので、このかたこそ神の子であると、あかしをしたのである」と言った洗礼ヨハネの告白が記録されている。このように、神は、イエスがメシヤであるということを、洗礼ヨハネに直接教示された。洗礼ヨハネ自身も、またそのように証した。また、ヨハネ福音書一章23節を見れば、自分は彼の道をまっすぐにするための使命をもってきたと証した。それだけではなく、ヨハネ福音書三章28節には、自分はキリストに先立って遣わされた者であることを言明した記録がある。それだから、洗礼ヨハネは、当然自分がエリヤであるという事実を、自らの知恵で悟らなければならなかった。たとえ、洗礼ヨハネがその事実をまだ自覚できなかったとしても、既に、天からイエスがメシヤであるという証を受けて知っていた上に(ヨハネ一・33、34)、イエスが親しく自分をエリヤであると証言なさったのであるから、そのみ言に従い、私こそ、まさしくエリヤであると、遅ればせながらでも宣布するのが、当然の道理であった。」

との訳文があるが、ここに掲載した最後の文章を問題にする。
遅ればせながらでも」は和訳者の挿入語句である。原文にはない。

統一教会員の合同ニュースブログより転載

アメリカの牢獄にいる見知らぬ囚人から届いた手紙

2013年8月4日 | Filed underトピックス,統一教会 | Posted by coscosk

アメリカ在住日本人宣教師のY.S.さんから届いたメッセージを紹介します。Y.S.さんご自身が伝道活動を進めている傍ら、ある日、地方の牢獄から見知らぬ囚人からの手紙が届き、文通が始まりました。文師のことを知りたいから本を送ってくれという手紙でした。
Y.S.さんが『平和を愛する世界人として』(文鮮明自叙伝)と英語版原理講論などを送ったあと、会ったこともないその牢獄の囚人は、自ら進んで自叙伝を読み、原理講論を読んで、文師を再臨のメシアとして受け入れました。やがて自叙伝や原理講論を読むその囚人を他の囚人たちも囲みようになり、休憩時間に原理講論の勉強会と祈祷会が始まったそうです。
以下はY.S.さんのメッセージ、韓鶴子総裁にさしあげた手紙の全文です。囚人が描いた文鮮明師の似顔絵とともに紹介します。
________________________________________

以下の手紙文は、アメリカの個団を通して、真のお母様(韓鶴子総裁)に差し上げたものです。拙いものですが、お父様(文鮮明師)の聖和1周年を前に、世界中の皆様に、今もなお、生きて働かれるお父様の愛と精誠を感じていただければ、と思い、掲載することにしました。添付した写真は、牢獄の中で、まだ一度も直接、お父様とも、メンバーとも、会ったことのない、一人の囚人が描いた文鮮明師の似顔絵です。
        *           *       
栄光在天
 昨年、真のお父様のご聖和と、その後のお母様の涙に触れ、子女としての道理を全く果たせなかったことを、痛感しました。そして、基元節を迎えるに当たり、過去に対する深い反省と新しい出発の機会が与えられました。これからお母様の喜びの笑顔をお父様に捧げることで、恩返しをしたい、というのが昨年から今年に向けての自分の内的目標となりました。
 まず、夫婦で話し合い、外的目標を設定しました。一つ目は、ご父母様と約束した、自叙伝の430冊配布を基元節前に終えること。二つ目は、神学校を出て、テネシーの責任者として赴任したにも関わらず、恥ずかしながら、アメリカ人を新規に一人も伝道できなかったことを反省して、今年こそ、アメリカ人の霊の子を立てよう、と決意しました。
 相対者の精誠で、基元節を迎える前に、見事、自叙伝の配布が完了しました。高校で、娘をピックアップするのを待つ間に、そこにいる学生や父兄らにどんどん配りました。「私はまだもらっていないので、くれないか」と言ってくる学生が何人も現れました。信仰的な相対者を与えられたことを、再度、天に感謝しました。
 また、1月半ば、突然、見知らぬ人から教会宛に郵便が届きました。それは、ここから車で5時間ほど離れた地方の牢屋からでした。最初は、その人が誰かもわからなかったのですが、手紙の中で、「(本人がどこかで)統一教会のこと、文師のことを知り、関心があるので、その人のことが書いてある本(ソフトカバー)を送ってくれないか」とのことでした。そこで、求めている人に断る理由はない、と思い、早速、自叙伝と、レベル4そして霊界からのメッセージの本を送ってあげました。
 すると、しばらくして、感謝の手紙と統一原理そのものの本を読みたい、と書いてきたので、Exposition of Divine Principle を送りました。彼は、原理講論が着いたその日一晩中、明け方まで原理を読んだそうです。翌朝、一日中刑務所の勤めのあと、食事を終えて、ベッドに戻り、疲れた体で、再び、原理を読み始めたのですが、そのまま、寝入ってしまったそうです。
ところが、その夢の中に、真のお父様が現れて、彼に親しげに語りかけて下さったそうです。彼も、最初は、恐る恐る応対しているうちに、心が嬉しくなったそうです。「文先生、あなたはメシアですか?」「私は、救世主です。」そして、話が終わると、びっしょり汗をかいて目が覚めたそうです。
 その時、どうしてこんな夢を見たのかわかないし、気が狂ったのかもしれないので、どう判断したらいいのか、教えて欲しい、と返事が来ました。私は、「文師は、生涯の中で、幾度と牢獄に入れられました。誰よりも、囚人の気持ちがわかるお方です。全然、心配することはありません。昨年、昇天(聖和)される前に、霊界に行ってからは、地上にいる信徒や人々の夢に現れることを予言されていましたから、文師があなたの夢に現れたと聞いても、私は、全く驚きませんよ。」と返信しました。また、お父様がダンベリー収容所にいらした時に、全米の聖職者たちに送られた牢獄からのメッセージの赤い本を送りました。
 すると、次の手紙で、その本を休憩時間に一人で読んでいると、他の囚人が寄ってきて、「何を読んでいるのか?」と訊かれたので、すかさず、「統一教会の文鮮明師のメッセージだ」と答えたそうです。そして、引き続き、声を出して、その本を読み続け、気がついたら、そこに7、8人の囚人の輪ができていて、皆が聞き入っていたそうです。そして、翌日から午後2~3時の休憩時間に、原理講論の勉強会と祈祷会が始まったそうです。もう4ヶ月間続いています。その後も、お父様が彼の夢に2度現れ、素晴らしいひとときを過ごしたそうです。しかし、最近は、彼の夢にお父様が現れないため、寂しい思いをしているそうです。それでも、数ヶ月間、他の囚人たちと毎日、原理勉強会を継続しているそうです。
 最近は、彼からの手紙が毎週、届くのですが、私の書いた手紙が2ヶ月ほど、彼の所に届かない、という奇怪な状況が続いているため、彼が、私からの返事が来ない、と私に不信感を抱き始めていました。そこで、私も独立記念日にその刑務所を訪問して、看守長に説明しましたが、250人もの囚人を抱えているため、個々の郵便事情まではわからない、と突き返されました。(もちろん、本人とも会えませんでした)
 実は、今日(7月11日)、彼から2通の手紙が届きました。先日、刑務所訪問後に私が投函した配達証明付きの絵葉書が届いたようで、看守が彼をオフィスに呼び出して、その葉書を彼に見せてくれたようです。彼の私に対する誤解と不信が少なからず解け、本人の無礼と勝手な立腹(私が彼の手紙を無視していると思っていたことに対して)を、謙虚に謝ってきました。ただ、彼は、霊的にも精神的にもかなり疲弊しているようなので、アドバイスを書いて送ろうと思います。
 彼の手紙によると、刑務所内の規則が急に変わったようです。(郵便に麻薬を紛れ込ませて送らせた囚人がいたようです)これからは、手書きの手紙だけしか送れないそうです。本もカードもダメだそうです。
 私は、彼とかれこれ半年、文通しています。未だ、会ったことも話したこともありません。ただ、確実に言えることは、彼が真のご父母様を受け入れているという事です。
 キリスト教も、統一教会も準備された人々が、メシアを受け入れることができず、牢屋(地上の底辺、地獄)から出発しました。
 今回のことを通して、私は、真のお父様が、聖和されたあと、天国ではなく、地獄に直行して、自ら伝道をされて、私たち祝福家庭を激励、指導されているんだ、と感じました。「今、伝道しなくて、いつ伝道するのか?」と。
 申し訳ないことに、テネシー州には、僅かな数の祝福家庭しかいません。しかし、お父様がこんな地方の牢屋に来て、伝道されています。また、真のご父母様にも直接、会ったことも無ければ、声も聞いたこともない、また、原理講義を直接、聞いたことも無ければ、食口にも教会長にも会ったことがない囚人が、原理の勉強会を行い、伝道しています。私は、先駆け、原理に出会い、真の父母様に出会い、祝福を授かり、祝福の子女まで頂いたものとして、恥ずかしさを隠せません。その恩恵に対して、自分が何をお返しできるだろうかと?
 私は、救いを求めている人が、私たちの周りのどこかに、必ず準備されていると確信します。
2020年に向けて、自分の本心・良心に従って伝道していきます。
 さて、ここテネシーを含む、アメリカ中南部は、トルネード(竜巻)がよく起こります。下から上にすべてのものが一気に舞い上げられます。私たちも、真のご父母様が30余年、愛とエネルギーを投入して下さったアメリカから、伝道トルネードを興していきたい、と思います。
Y.S. & M.S.(6500双)
テネシー州ナッシュビル在住
天一国元年7月11日