私選:エルヴィスの40曲・後編 | 勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

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 前後編にわたってエルヴィス・プレスリーの膨大なソング・リストから40曲を選んでおります。前編では1950年代から20曲をセレクトしたので、今回は1960年代と1970年代から10曲ずつを選びます。

 前編でも書いたように、ロック史におけるエルヴィスの高評価は1950年代に集中しています。1960年代になると映画がらみの曲や甘いバラードが増えて、1970年代はライヴ盤とカントリー志向のアルバムを連発していたので、ロック的な評価は芳しくありません。1960年代終盤のカムバック期が絶賛されているとはいえ、それは例外なのです。
 私はそうした不評も受け容れつつ、エルヴィスの歌には切り捨てられない魅力をおぼえます。それが「エルヴィスが歌っていれば、それでよし」の極言に発展していったのだけど、なかなかどうして、世の中はそんな甘いもんじゃない。そのくらいは私も理解しています。
 要するに、1960年代と1970年代とロックが隆盛をきわめている最中に、エルヴィスはその現場にいなかったのですね。当時のロック・ファンも、ビートルズやストーンズやピンク・フロイドやレッド・ツェッペリンやデヴィッド・ボウイが次々に凄いアルバムを発表していた時期に、わざわざエルヴィスのLPを買ってきて聴く気にはなれなかったでしょう。これも私には理解できます。というか、私も当時20歳だったらそうなっていたはず。
 だけど良いところだって、いっぱいあるんですよ、という話をこれから進めていきます。

「1960年代のエルヴィス 10曲」
 1968年12月のNBC・TVスペシャルに出演するまで、除隊後のエルヴィスのディスコグラフィーは映画のサントラと寄せ集めとゴスペルで埋められています。
 それらの曲での歌唱に初期のロックンロールが息づいているかとなると、残念ながら薄まっています。「ぼくはなんでも歌います」と言ったエルヴィスだけに、用意されたアレンジにも見事に応えているのですが、上滑りしていると捉える人も多いでしょう。
 しかし、ロックという尺度を少し広げて向き合えば、サントラ曲もそうでない曲にも聴きどころが多数あります。ここでセレクトした曲はその一部です。
 また1968年に映画界からカムバックしての歌も、深く分厚く逞しい。NBCの『カムバック・スペシャル』の映像からエルヴィスを再履修するという道もあります。
 さて「1960年代編」、まずは個人的な嗜好を2曲ぶんに反映させてセレクトします。

Long Legged Girl (with the short dress on)
Reconsider Baby

 こういうのもあるんですよと紹介したかった2曲です。これを選ぶのなら落としちゃいけない曲があるだろうに、と自分でも思うのだけど、この時期のエルヴィスをあまり知らない人にも興味を持っていただくために奇をてらいました。
 Long Legged Girl (with the short dress on)は1967年の『ダブル・トラブル』(日本では劇場未公開)という映画で使われた曲。イントロが1967年を感じさせるハードなギター・サウンドで、初めて聴いたときは仰け反りました。
 曲自体はロカビリーの要素が濃く、エルヴィスも往年のBlue Suede Shoesを彷彿とさせる節まわしで歌っています。ジョーダネアーズのバック・コーラスが独特の親密さでエルヴィスの歌をあたためるので、イントロのギターは徐々に気にならなくなりますが、リピートするとまたイントロでギョッとさせます。
 Reconsider Babyは「こんなのもありますよ」で括るほど知られてない曲ではないのですが、1960年にレコーディングされたブルース。オリジナルはロウエル・フルソン。前編で書いたような、ブルースを歌う時のエルヴィスの「折り目正しさ」がここでも聞けます。この曲が最初に収録された『エルヴィス・イズ・バック』や、後年にブルージーな曲ばかりを集めた『リコンシダー、ベイビー』は好きなアルバムです。

 

(Marie's The Name) His Latest Flame
Anything That's Part Of You

 1963年発売の『エルヴィスのゴールデン・レコード 第3集』は、エルヴィスが軍隊から戻ってきた1960年から1962年までのヒット曲を集めたコンピレーションです。

 1曲目のIt's Now Or Neverがカンツォーネをアレンジしており、この時期のエルヴィスがロックンローラーでなくなっていったと指摘されたりもするようです。しかしサン・レコード時代から彼のレパートリーにはポピュラー楽曲もあったし、私は『ゴールデン・レコード 第2集』でも聞き取れるポップな趣きが伸長したこの『第3集』の味わいがとても好きです。

 (Marie's The Name) His Latest Flameはボ・ディドリー的なビートをポップに洗練させて取り込んだ佳曲で、軽快なリズムにのってエルヴィスは失恋の痛手(自分の愛する女性を親友に持っていかれた)を歌っています。この曲を私が知ったのはザ・スミスのライヴ盤でカヴァーされていたからです。モリッシーといいブライアン・フェリーといい、エルヴィスの大ファンですよね。そして文学青年の失恋よりも不良の兄ちゃんの失恋のほうが、瞬間的な絶望が深いような気がします。

 Anything That's Part Of Youは私がいちばん好きなエルヴィスのバラード。センチメンタルな曲ですが、わずかに帯びた苦みが利いてます。


Viva Las Vegas
Kissin' Cousins
Can't Help Falling In Love

 サントラ盤に収録された曲で大好きなものがこれらの3曲です。それぞれ、『ラスベガス万才』『キッスン・カズン』『ブルー・ハワイ』で使われました。

 Viva Las Vegasのリズムのノリには、いまだに興奮します。カヴァーではないので、お手本がない状態であそこまでパーカッシヴに跳ねて歌ってるんです。これを聴くと、エルヴィスが映画用の曲で新たに身につけていった技が確実にあったのだなと実感します。

 Kissin' Cousinのヴォーカルは1950年代のふてぶてしさに立ち返り、より肉厚のエイト・ビートを歌で叩きつけています。力の抜き具合も巧みで、サラリとやってのけてる。

 Can't Help Falling In Loveでのスケールの大きい表現も見事。それでいて情熱がパーソナルに伝わってきます。聴き飽きた感を与えるくらいに有名な曲ですが、恋する気持ちのふとした隙間に忍び寄って心を満たす効果は絶大。この曲も収録されている『ブルー・ハワイ』は、表題曲のみならず、すべてが楽しいアルバムです。エルヴィスのサントラ盤、けっこう良い曲が見つかりますよ。


One Night With You(『カムバック・スペシャル』)

Wearin' That Loved On Look
Suspicious Minds

 1968年12月、エルヴィスはNBCテレビの『エルヴィス』に出演します。これがファンのあいだでは、映画界からの帰還という意味合いで、『カムバック・スペシャル』と呼ばれる番組。このときの目玉は(今で言う)アンプラグドなスタイルでのセッションで、ラフに崩したり笑ったりしながらも、圧倒的なパワーを聞かせるエルヴィスの歌は現在の私たちの心をも動かします。1968年というロックの一大転換期に、いっさいの装飾を排した条件のもとで、エルヴィスがただひたすら歌いまくる。この選択は正しかったと思います。むちゃくちゃにカッコいいです。

 翌1969年にはアルバム『エルヴィス・イン・メンフィス』を発表。故郷メンフィスでコッテリとした南部産のロックを作り上げます。これは傑作です。Wearin' That Loved On Lookはその充実ぶりが手に取るように伝わる曲。

 そのアルバムにはIn The Ghettoを収録し、レコーディング・セッションからはSuspicious Mindsが生まれています。エルヴィスが1970年代への足掛かりを掴んだレコーディングであり、以降、これがもっと活かされる道があったのではないかと思えるほど素晴らしい内容です。

 

「1970年代のエルヴィス 10曲」

 

 そしてここからが1970年代。わが叔父とは違って、この時期のエルヴィスを長年苦手としていた私でしたが、今では「エルヴィスが歌っていれば、それでよし」と思って愛聴しています。

 この時期のエルヴィスは律儀にアルバム単位で追うよりも、プレイリストでランダムに聴くほうが滋味に触れやすいのではないでしょうか。Spotifyの「Elvis Country Ballads」などをシャッフルさせて楽しんでいると、そんな気がするのです。

 どの歌の歩幅も大きく、波長が揃っています。ただ、プロデュースがエルヴィスのテリトリーの奥に踏み込んでいないのが歯がゆくもあり、アルバム作品としては同時代のロックの水準に達していない。

 であるがゆえに、それらのアルバムが抱えた空虚の向こう側に、歌の強靭さと背中合わせになった寂寥がにじみ出るのです。もっとも、これはエルヴィスの音楽というより人生に偏った聴き方ではありますが。

 ともあれ、円熟した歌の大海にどっぷりと浸れるのが1970年代のエルヴィスです。個人的に、この時期への糸口となったのはブライアン・フェリーによるカヴァーの数々でした。セレクトした10曲にもそのことが表れています。

 

See See Rider(『エルヴィス・イン・ハワイ』)

Walk A Mile In My Shoes(『エルヴィス・オン・ステージ』)

 1970年代のエルヴィスを聴いていくときに、ジャケットからスタジオ盤なのかライヴ盤なのか判別つかないのに戸惑いました。多くがステージのエルヴィスをとらえた写真なのです。

 それを克服すると、今度はライヴ盤が何種類もあるというハードル。だいたい似たような感じの構成で、金太郎飴みたいだと思いました。ちゃんと向き合うと、カヴァーする曲や歌う声に変化があるのを確認できるし、なによりもバック・バンドの南部フィーリングあふれる演奏がたまらない。

 1973年のハワイでのSee See Riderは、アルバム『エルヴィス・イン・ハワイ』のオープニングとしても申し分なく、世界中継された同ライヴへの緊張感と、グルーヴに乗って快調に飛ばすエルヴィスの歌を堪能できるヴァージョンです。

 Walk A Mile In My Shoesのヴォーカルもいいです。以前、1970年代エルヴィスのボックスが編まれた際に、タイトルはこの曲名が冠されていました。「俺をケナしたり批判する前に、俺の靴を履いて1マイル歩いてみろよ」という歌詞は、まったくもってこの時期のエルヴィスにふさわしいです。私はこの曲をブライアン・フェリーのソロ・アルバムで知りました。 

 

Promised Land

T-R-O-U-B-L-E

Burning Love

 スタジオ録音盤から、カントリー・ロックを3曲。Promised Landは『約束の地』、T-R-O-U-B-L-Eは『エルヴィス・トゥデイ』と、どちらも1975年のアルバムに収録されています。

 Burning Loveは1972年のシングルで全米2位。こちらは『バーニング・ラブ』なるコンピレーションのトップを飾るも、ほかの収録曲は1960年代のサントラから、しかもヒットしていないものばかりという適当な作りのアルバムです。こういう事態がエルヴィスのディスコグラフィーを把握しづらくしているのではないでしょうか。

 上記の3曲、どれも代わり映えがしないと言われればそうなのですが、アメリカン・ロックの王道です。R&Bとはニュアンスの異なる「ファンキー」な感覚で演奏がバウンドしていて、モグモグとした歌いまわしもエルヴィスならではの匂いでいっぱい。

 Burning Loveはそこに爽快なメロディーが加わり、ダイナミックにドライヴしていきます。この曲調なんかは当時のコンテンポラリーなポップ・ヒットの表情をしています。とても好きな曲です。

 

I Washed My Hands In Muddy Water

Funny How Time Slips Away

 1971年のアルバム『エルヴィス・カントリー』から2曲。前年にナッシュヴィルでおこなわれたセッションをまとめたアルバムで、これはコンセプト・アルバムと呼べるでしょう。

 私はカントリーが苦手だったにもかかわらず、このアルバムはかなり楽しんで聴きました。もちろんエルヴィスが歌っているからですが、これのカセット・テープをグレイスランドの売店で買って、メンフィスの地で聴いたのも大きかったのです。土地に根ざした音楽には、そういう作用を及ぼすことがあります。

 I Washed My Hands In Muddy Waterのタイトルと演奏はブルース・ファンにもアピールします。エルヴィスの歌もイキイキと飛び跳ねてます。

 そして、これまたブライアン・フェリー経由で知ったFunny How Time Slips Away。ものすごい重量の歌で表現される、昔の恋人との再会劇です。ささやかな喜びとともに、恋の未練と皮肉が歌の闇に響いています。たいへんなシンガーだったことを改めて思い知らされたのでした。

 

Always On My Mind

Let Me Be There (『ライヴ・イン・メンフィス』)

It's Easy For You

 最後の3曲は、1970年代エルヴィスのメロディアスな曲。

 不朽の名曲、Always On My Mind。この曲をエルヴィスは1972年にプリシラと離婚した直後にシングルで発表しました。B面はSeparate Ways。つまり「別々の道」。もちろん彼が書いた曲ではないのですが、まるで1972年アメリカのシンガー=ソングライターです。

 エルヴィスはシンガーとして充分すぎるくらいに偉大でした。でも彼の人生の局面とポップ・ミュージックにおけるシンガー=ソングライターの時代とが、偶然であれ1972年に交差したのですね。ここでのエルヴィスは歌うことで曲を書きあげていくかのようです。

 オリヴィア・ニュートン・ジョンのヒット曲、Let Me Be Thereは晩年のエルヴィスのライヴで重要なレパートリーとなりました。1974年の『ライヴ・インメンフィス』でのヴァージョンには、陽光を浴びるかのような幸福感とゴスペル的な昂揚感をおぼえます。「どんなときも君のそばにいたい 君の成長を見守りたい」というメッセージを、もしかすると娘に向けて歌っていたのかもしれませんね。

 It's Easy For Youは生前最後のアルバムとなった『ムーディー・ブルー』から。前にこのアルバムについて記事にしたとき(こちら)、「追悼盤の『エルヴィス・イン・コンサート』のような貫禄も重みも感じられませんが、そのことがかえって終結点の口を開かせており、そこから覗くまだ弔われる直前のエルヴィスのルーティン・ワークにリアルな息づかいを汲み取れるのです。」と書きました。この曲なんかは特にそうです。

 エルヴィスにさして興味のないままロックを聴いていた私が、30年前にエルヴィスの歌のとりこになり、写真集を買ったり、メンフィスの街を訪ねたり、気がつくとこうして40曲を選んでいるのも不思議です。

 最初は1950年代のエルヴィスにハマり、続いて1960年代の曲も軽快でいいなと感じるようになって、やがて1970年代だって味わい深いじゃないかと捉え直したり。すべてを肯定しているのではないのに、良くないところも含めて、すべてを受け入れられるんです。

 「ぼくはなんでも歌います」「ぼくは誰にも似てません」──きっと私はその自信の具体的な実証例をエルヴィスの音楽に聴き、同時にその言葉に翳さす寂寥をも聴いているのだと思います。なんでも歌えて誰にも似てないって、とても豊かで、もの悲しいことじゃないですか。

 

(「エルヴィスの40曲」前編「1950年代編」はこちら

 

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