実写版「白雪姫」 vs ディズニー版人類補完計画 | katoo the world

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ディズニー映画の魔法は、解けてしまったのだろうか。今年公開された大型タイトルのほぼすべてが不調に終わっている。

ウォルト・ディズニー・カンパニーの創設100周年を記念し、『アナと雪の女王』スタッフが再集結した入魂の最新アニメーション映画『ウィッシュ(WISH)』。日本では公開3日間で興行収入6億円と、一見好調だ。

だが、ディズニーが今年公開した作品は軒並み、100周年の祝賀ムードに水を差す厳しい事態を迎えている。米有力エンタメ誌の『バラエティ』は、パンデミック期間を除く2014年以降で初めて、世界興収10億ドル超の作品を年間通じて1作も出していないと指摘する。CNBCは、ディズニーは「星に願いを」などと言っている場合ではない、と発破をかける。

近々でディズニー周辺が実にキナ臭い。

我が愛する映画「STAR WARS」がディズニー傘下となってから、もうホント残念な仕上がりとなってしまった。

ジェダイのライトサイドを描く部分には差して違和感は無いが、やはりシスのダークサイドに関しては悪に染まる過程も、その邪悪さも、ヴィランとしての格好良さも、どれもがボヤけていると言うか、そもそも納得の行く描かれ方をしていない。

祖父であるダース・ベイダーに心酔するカイロ・レンは、単純に格好悪いダメ息子だし、ファースト・オーダーの指導者であるスノーク最高指導者に関しては、まー、謎と言うか、大した説明も無いまま、弟子であるカイロ・レンに殺されると言う、良く分からない顛末である。

その後もポリコレかどうかは知らんが、臆病な黒人ヒーローとブサイクなアジア人ヒロインを無理矢理結び付けるなど、まー、変な力が働いているのが、実に興ざめである。

流石にルーク・スカイウォーカーやダース・シディアスに関しては旧作へのリスペクトが勝ったか、当時の空気感をパッケージしていたのは良かったが、ソレでも「STAR WARS」の大ファンであるこの私かとぅが実に遣る瀬無い想いをした訳で、ディズニーの罪は重いと言わざるを得ない。

王道のディズニー作品も「アナと雪の女王」以降はパッとしない。

ミュージカル版「美女と野獣」に於いて、ヒロインのベルを演じるのは太った黒人女性である。
初見では「なんだ、コチラが野獣か?」と勘違いしてしまったが、是等ポリティカル・コレクトネスを歪に扱わないで頂きたい。

人種、信条、性別などの違いによる偏見や差別を含まない中立的な表現は素晴らしいが、太った黒人女性に「そう、私がベル…。何時になったら私を迎えに来てくれる王子様が現れるのかしら?ウフフッ…」と言わせて、冒頭の市場のシーンを表現した所で、誰も納得などしない。

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特に2024年公開の実写版「白雪姫」の主人公スノー・ホワイト役を演ずるのは、コロンビア系アメリカ人の若手俳優レイチェル・ゼグラー。

私が拝見した限りでは、白雪姫のイメージとは360°違う、ラテン系の少女と言わざるを得ない。

また、ヴィランである“女王”を演じるのは、映画「ワンダーウーマン」で著名なガル・ガドット。

個人的に”ガル・ガドット”と言うジオン軍の新型モビルスーツかの名称は好きだが、「鏡よ鏡よ鏡さん!世界で一番美しいのは誰?」と言う冷酷なイメージより、中東出身のラテン系の彼女は実に肉感的で健康的だ。

レゲェダンス宜しく、尻をブルブルブルブルと振り回して頂きたい次第ではある。

まあ、戯言はこの程度として、要するにこんな「白雪姫」など、私は望んでいないのだ。

ディズニーの凋落は別に今に始まった事では無い。

先述の通り、ディズニーの世界が「STAR WARS」やMARVEL作品、韓国ドラマ…と、節操無く浸食している。

是等、ディズニー作品と一線を画する作品のファンからすれば、「ディズニー?何で?」となるのも当然だし、何より大手資本によりその世界観が壊される事を嫌うだろう。

更に山間の村「供花村」に赴任してきた駐在・阿川大悟と供花村民の闘いを、禁忌である”カニバリズム”を通して描く、衝撃のヴィレッジ・サイコスリラーのドラマ版「ガンニバル」迄もが、ディズニー傘下である。

ドラマ版「ガンニバル」に至っては、原作に忠実に制作され人気を獲得。
第2シーズンも予定されているとの事で、数少ない成功例とも言えるだろうが、何も”カニバリズム”をディズニーが手掛ける事は無いだろう。

究極のエログロカルト映画「ネクロマンティック」を配給した、アルバトロス・フィルム配給辺りが順当であるから、資本にモノを言わせたディズニーが闇雲に手を出すのでは無く、その企業毎の特色を作品を通じて打ち出すべきと、私は考える。

だが、此処まで好き勝手言わせて頂いておいて何だが、もしかしたらディズニーが目指しているのは、人類補完計画そのモノなのかも知れない。

「出来損ないの群体として既に行き詰まった人類を、完全な単体としての生物へ人工進化させる計画」

「人類を神(あるいはそれに近いもの)に人工進化させる計画」

ジェンダー、国籍、種別、宗教、言語、文化…。

其等、我々人類の持つ個々人の個性や多様性の全てを画一化し、完全な単体としての生物へ人工進化させる事が、ディズニーの最終目的だとしたら、彼等が目指す世界は実に恐ろしいモノに感じる。

人類が黄色い液体(LCL)に分解され、人類全員で一つの究極生命体に進化する事が、何を意味するのかは不明だが、少なくとも私は究極生命体になどなりたくも無いし、ディズニー傘下にも入らない。

エヴァンゲリオンこそが私だ!

かとぅ