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カトネの小部屋

福岡在住。日々の徒然を書き留めます。

「岸辺の旅」を観てきた。私にとって、初の黒沢清監督作品。

浅野忠信が素晴らしい。この世とあの世のあわいを漂う存在。ねじ式を思い出す。

幽霊たちがたくさん出てくるが、それらはこちら側が出てきて欲しいと渇望している存在だったり、または自分自身が死んだことがわかっていない幽霊である。なので、まったく怖くない。むしろ怖いのは、生きた人同士である深津絵里と蒼井優の場面。映画「羅生門」に、人間が一番怖い、というようなセリフがあったかと思うがそれを思い出した。

ライティングの効果の美しさ。浅野が村で最後に講義する場面で、天井の明かりが順々に灯ってゆく。「啓蒙」の原語に明るくする、という意味があったかと思うが、村民の頭の中が明るくなっていることも示しているのか。

私にこの映画を勧めた夫は、村の場面で畑に人が多すぎだろう、と笑っていたが私は全然気にならなかった。なぜなら、この映画は頭から私の中で「ファンタジー」であり、美しい村には働く大勢の村人がいても変ではないから。

小松政夫さんのすごさ。最初、小松さんと気づかなかった位の役柄へのなじみ感。

映画が終わってエンドロールが音楽とともに流れる時、泣いたまま外に出るのが恥ずかしいし、この高ぶった感情を抑えるのにしばらく時間がかかると感じた。映画館の外は賑やかな川辺であり、夜風に当たりながらふらふらと帰宅した。

(最初に書いた記事、変なボタンを押してしまって消えた。これも幽霊のしわざ?そういえば今日は祖父の命日です。祖父、そんないたずらはしないと思うけど…)
いま住んでいる地域は子ども会や町内会組織がまだしっかり機能しており、秋には校区の運動会(小学校の運動会は春に終了)、町別対抗の子どものドッジボール大会などがあります。

子ども会は基本的には小学生が全員加入、そして高学年の保護者(といっても実質的は母親)が1年間役員を引き受けます。仕事をしている親には負担が大きいのですが、町内の様子について色々と知ることができ、また自分の世帯以外の子どもについても気を配ることができるので、私自身は引き受けてよかったと思っております。どうしても無理なご家庭には負担を軽くするとか、私の町内は助け合いの気持ちが残っているので助かりますね。

そのような前置きはさておき。11月の初めに町別対抗のドッジボール大会があり、参加希望者には数回の練習があります。今日は低学年チームの練習日で私が当番の一人だったので、集合場所から小学校の体育館までの付き添い、体育館での練習補助をしてきました。

そして、子どもたちと一緒に準備運動をして、彼ら彼女らのキャッチボールの玉拾いなどをしているうちに、30年以上の昔に私もバレー部の部員だったということを思い出しました。体育館という場所にいたことやその匂いも記憶の扉を開けることにつながったのだと思います。

現役の中学生の頃、私は本当に不出来な部員で、遅刻したりはしょっちゅう、休むこともあって全然技術が上がりませんでした。私の中学の部自体が強いチームではなかったこともあり、それを言い訳にしていたと思います。厳しい先輩後輩の上下関係、尊敬しきれないコーチ、公式戦で1勝もできないほどの弱い部なのにレギュラーにもなれず、中学のバレー部については、どちらかというとネガティブな気持ちしか残っていなかったのです。

しかも当時の私たちの中学校はいびつな地形の場所にあって、体育館は校舎から階段を下って行くのです。今思えば、何か、墓場とか刑場とかに行く感じ(体育館の裏手は高山植物が咲く山でした)。部活に行くとき、何か気持ちが落ちていく感じがしたのは一つにはあの体育館のロケーションがあったのかもしれません。

それなのに。今日、体育館に入ってボールのはずむ音を聞いた時にとても心がはずむ自分がおりました。わ~!運動したい~!身体を鍛え直したたいし、汗を飛び散らして何か球技をしたい~!!
あのバレー部にしても、それなりの楽しさはあったのではないか。更衣室代わりに使っていた倉庫のマットに寝転がって、私同様に「不良」だった部員の友だちの悩み相談をしたり、とか。友だちと連れだって帰宅中に、たまり場の菓子店に行って生活指導の先生の陰におびえながらジュース飲んだり、とか。春の新緑、夏の大汗、秋の涼風、冬の星空。そして何よりも、汗をかいて身体を動かすことの気持ちよさを私も知ってはいたでしょう。

どうせ弱いバレー部だから、と練習して強くなることにブレーキをかけていた当時の私たちですが、そうやって可能性を狭めていたのかなあ。それ以降の自分も色々と言い訳していると思いますが。

記憶って書き換えられるものなんですね。そのうち「バレー部にいたことはいい思い出です」と言い出しそうです。そして、中学校の短い期間でしたけど部活動を続けていたことが自分にとってはありがたい体験としてあることに気づきました。とはいっても、もちろん全ての人に部活動を推奨するつもりはありませんが。

(FBへの投稿とのクロスポスト)
世の中はシルバーウィークだそうで…私は最初の二日間が出張、昨日は疲れを取るために多めに寝たり、衣替えっぽいことをしたり。その間、子どもたちは夫の実家に行ったり、外で友だちと遊んだりと全く手がかからなかったので助かりました。

ただ、何か「普段やりそびれていこと」をしてみたい気持ちもあり。本日、小学校低学年の下の子を誘って、自宅から近くの公園に行ってきました。公園、といっても、元はとある武家の方の別荘だった場所できちんと管理がされており、池や樹木が気持ちいい場所です。

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子どもは鯉にエサをやるのを楽しみにしているのですが、ここでのお楽しみがもう一つ。公園の中央にある書院造の休憩所でいただくお抹茶です。この休憩所は池に面しており、池やその周囲の緑を眺めながらのお茶は本当に美味しいのです。

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お菓子を口に入れ、甘さの余韻が残るうちにお抹茶をいただく。ふだん、食事の時も、間食をするときも、なんというか余裕もなく食べたり飲んだりしていることが思い起こされます。こんなふうに、じっくりと味わっていただくことのなんと少ないことか。

子どもも、赤い毛氈の上で正座をして、一人前にお茶をいただいているのが可愛らしいです。家から近いのだし、また来れる時に来て、自分のふだんの生活を省みたいと思ったのでした。