体育館の香りに部活時代のことを思い出す | カトネの小部屋

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福岡在住。日々の徒然を書き留めます。

いま住んでいる地域は子ども会や町内会組織がまだしっかり機能しており、秋には校区の運動会(小学校の運動会は春に終了)、町別対抗の子どものドッジボール大会などがあります。

子ども会は基本的には小学生が全員加入、そして高学年の保護者(といっても実質的は母親)が1年間役員を引き受けます。仕事をしている親には負担が大きいのですが、町内の様子について色々と知ることができ、また自分の世帯以外の子どもについても気を配ることができるので、私自身は引き受けてよかったと思っております。どうしても無理なご家庭には負担を軽くするとか、私の町内は助け合いの気持ちが残っているので助かりますね。

そのような前置きはさておき。11月の初めに町別対抗のドッジボール大会があり、参加希望者には数回の練習があります。今日は低学年チームの練習日で私が当番の一人だったので、集合場所から小学校の体育館までの付き添い、体育館での練習補助をしてきました。

そして、子どもたちと一緒に準備運動をして、彼ら彼女らのキャッチボールの玉拾いなどをしているうちに、30年以上の昔に私もバレー部の部員だったということを思い出しました。体育館という場所にいたことやその匂いも記憶の扉を開けることにつながったのだと思います。

現役の中学生の頃、私は本当に不出来な部員で、遅刻したりはしょっちゅう、休むこともあって全然技術が上がりませんでした。私の中学の部自体が強いチームではなかったこともあり、それを言い訳にしていたと思います。厳しい先輩後輩の上下関係、尊敬しきれないコーチ、公式戦で1勝もできないほどの弱い部なのにレギュラーにもなれず、中学のバレー部については、どちらかというとネガティブな気持ちしか残っていなかったのです。

しかも当時の私たちの中学校はいびつな地形の場所にあって、体育館は校舎から階段を下って行くのです。今思えば、何か、墓場とか刑場とかに行く感じ(体育館の裏手は高山植物が咲く山でした)。部活に行くとき、何か気持ちが落ちていく感じがしたのは一つにはあの体育館のロケーションがあったのかもしれません。

それなのに。今日、体育館に入ってボールのはずむ音を聞いた時にとても心がはずむ自分がおりました。わ~!運動したい~!身体を鍛え直したたいし、汗を飛び散らして何か球技をしたい~!!
あのバレー部にしても、それなりの楽しさはあったのではないか。更衣室代わりに使っていた倉庫のマットに寝転がって、私同様に「不良」だった部員の友だちの悩み相談をしたり、とか。友だちと連れだって帰宅中に、たまり場の菓子店に行って生活指導の先生の陰におびえながらジュース飲んだり、とか。春の新緑、夏の大汗、秋の涼風、冬の星空。そして何よりも、汗をかいて身体を動かすことの気持ちよさを私も知ってはいたでしょう。

どうせ弱いバレー部だから、と練習して強くなることにブレーキをかけていた当時の私たちですが、そうやって可能性を狭めていたのかなあ。それ以降の自分も色々と言い訳していると思いますが。

記憶って書き換えられるものなんですね。そのうち「バレー部にいたことはいい思い出です」と言い出しそうです。そして、中学校の短い期間でしたけど部活動を続けていたことが自分にとってはありがたい体験としてあることに気づきました。とはいっても、もちろん全ての人に部活動を推奨するつもりはありませんが。

(FBへの投稿とのクロスポスト)