戸惑う子どもたち
フツーの家にあるネグレクト その2
私が校長を務めていたころ、大酒飲みのPTA会長がいた。飲み始めると止まらない。一定量を超えると前後不覚に陥り、何をしゃべっているのか分からないほどになる。翌朝がどうなってしまうのか、心配だ。しかしこの人は、
「朝だけは絶対、息子といっしょに食卓に座りますよ。」と自信を持って言う。どんなにふつか酔いでも、どんなに眠たくても、これだけは欠かさず続けているそうだ。この思い、この行動は、必ず子どもに伝わる。
スーザン・フォワード『毒になる親』によれば、養育者(親)として果たすべき責任は次の5項目となる。
1、 親は子供の肉体的なニーズ(衣食住をはじめ、体の健康に必要としていること)に応えなくてはならない。
2、 親は子供を、肉体的な危険や害から守らなくてはならない。
3、 親は子供の精神的なニーズ(愛情や安心感、常に注目してやることなど、心の面で必要としていること)に応えなくてはならない。
4、 子供を、心の面でも危険や害から守らなくてはならない。
5、 親は子供に、道徳観念と倫理観を教えなければならない。
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たとえば毎朝必ず子どもといっしょに食卓に座るという行為は、「常に注目してやること」に通じるだろうし、子どもの精神的なニーズに応えることにもなる。
ただし、毎日毎日この5項目を意識しながら子育てをしている親は、ほとんどいないにちがいない。意識し過ぎれば息が詰まる。「親は何をなすべきか」時折立ち止まって考えてみればそれでいいと思う。何より「子育ては楽しい!」と感じていれば、そのことだけでもう上記5項目の基礎は満たされるし、ネグレクト傾向もなくなるだろう。
わが身を振り返ってみても、子どもと過ごす時間は輝かしい充実感として甦る。子育ては楽しい!というメッセージを、もっと世の中で共有したいものである。
だが近ごろでは、ここにやっかいな問題が生じている。「子どもといっしょにいることが楽しくない」と感じる親がいるのだそうだ。スクールカウンセラーの話によれば、楽しくないどころか「自分の子どもを可愛いと思わない、思えない」という親が増えているというのである。
そうした親にどんなアドバイスをするのかと言えば、「自分の子どもを可愛いと思えない人はいる。あなただけではない。可愛いと思えない自分を責めたりしてはいけない。自分を認めることが大切だ」というものだった。
カウンセラーとしてはおそらく、相手を安心させるためにまっとうなアドバイスをしているつもりではあるのだろうが、私としてはどうにも違和感が拭えない。「なぜ可愛いと思えないのか」その切り込みが感じられないからであろう。せめてそういう親がどんな境遇で育ち、どんな教育を受けてきたのかなど、分析がほしいところである。
かくして、自分たちの会話に夢中になった挙句「あんた、何イジケてんだよ!」と息子の頭を叩くような母親が増えていく。これも根っこには、時代とともに変化した家庭・家族の在りようの問題が横たわっていると思われる。フツーの家にあるネグレクトについて、学校も近隣地域も、もっと関心を持つべきである。
