第二章の前に・【コラム1】「学級崩壊」への誤解(2)
コラム1「学級崩壊」への誤解―その(2)
もう一度小浜逸郎氏の論を見てみる。(小学校の)1年生の担任になったら「地獄から天国に来たようだ」と、「聞いたことがある」という伝聞の形で書いている。もちろん、そのような先生はいるし、小学校では、低学年ばかりを担当している先生には高学年を任せることが難しいという現実も知っている。
しかし小浜氏の論調の前提にあるのは、そして世の中の誤解としてあるのは、「学級崩壊は低学年では起きない」という神話である。「小1プロブレム」の項で述べるように、もはや学級崩壊は、1年生でも2年生でも起きるのである。テレビの映像では、授業中に机の上を飛び歩く1年生の姿が映し出されたことがある。
また、『いま、先生は』(岩波書店)の中では、1年生のクラスで「授業中、教室を這い回って、友だちにちょっかいをだし、制止しようとすると『あほ、死ね、ボケ、包丁で刺すぞ』という言葉が返ってきた。」という取材記事が紹介されている。
他人の著作の揚げ足を取ろうというわけではない。世の中全体がおかしくなって、子どもの行動もおかしくなってきている、そういう厳しい現実が学校にはあるのだということを言いたいのである。同時に、マスメディアで安易に使われている言葉を、何の疑念も持たず鵜呑みにして使うことが、現実認識の大きな妨げになるということも言いたいのである。
ところで尾木直樹氏と言えば、反権力・反文部科学省の旗手として気骨ある論を展開してきた「硬派」の論客である。「学校評議員には子どもも参加させるべきだ」など、小学生や中学生を一人前の大人と同じように扱おうとする過度な「子ども中心主義」には同意できないし、子どもをめぐっての今日の諸問題の原因を「学校がよくない。そのシステムが悪い」と繰り返し評論されると、ちょっと待ってよと言いたくなるが、その主張には現場を反映した臨床的・実証的な鋭い論が多く、考えさせられる点も多い。
しかし「尾木ママ」はどうにも受け容れがたい。テレビのトーク番組で明石家さんまというお笑い芸人が命名して、あっと言う間に広まってしまったそうだ。「自民党政権が進めた教育政策に反対し、精力的に戦い続けてきた」と朝日新聞が評する(ということは尾木氏の言動が左翼的とも言えるのだが)あの気骨あふれる研究者はどこへ行ってしまったのか。「おねえキャラ」とかいう時流に乗って単なるタレントと化してしまい、本人もすっかりその気になっているのは、なんとも見苦しい。
間寛平というテレビタレントが、2年ほど日本を留守にしていて帰国したとき「ぼくのいない間に、日本のテレビはオカマだらけになってしまってるじゃないか!どういうこっちゃ?」と怒りを込めて嘆いていたが、よく言ってくれたなと思う。おそらくテレビというのは「はやり」を追いかけ「はやり」を作り出すものだ。中には間寛平でなくとも「芸がないのにこれが芸人?」と疑いたくなる人がいたり、なんとかデラックスなどというタレントは「極端な二重アゴでこんな太り方して、健康は大丈夫なの?」と心配になったりする。あのまさにデラックスな身体から繰り出される「上から目線」の偉そうな物言いに「視聴者が生理的な拒否反応や反発を起こさないの?」など疑問だらけではあるが、間寛平の憤りも所詮はゴマメの歯ぎしり、現実は何も変わっていない。テレビの創造力のなさといっそうの劣化を思う。
尾木直樹氏もただその流れに乗っているだけだと言えばそれまでだが、それにしても、自分の大学での講義では決して使わない「おねえ言葉」をテレビの枠の中で操り、そのキャラを「演じて」いるのは、どうしても違和感が拭えず、やはり見苦しいとしか言いようがない。作り出された流行に乗っている点では、そして歯切れのよい反権力を貫いてきた氏の論を評価の対象としてきた人間には、「ブルータスお前もか!」という感が拭えないのではなかろうか。
「性同一性障害」という、生まれつきの傷害を抱えた人がいる。女子中学生でも自分のことを「オレ」と呼び、スカートでなくズボンで登校させてほしいと要望する生徒がいる。バレー部で大活躍していた「男子生徒」が、実は自分のことを女の子でありたいとずっと願っていたという例もある。
だから我々は、性的マイノリティーを差別や偏見の目で見てはいけない。東京都世田谷区の「元男性」は、性同一性障害をカミングアウトして女性となり2期連続区議会議員に当選し、社会的弱者のために活躍している。時代はそうしたところでも変化している。しかし作今のテレビのおねえキャラブームは、それとは違うだろう。尾木直樹氏は性同一性障害なのか?明らかに、そうではない。おもしろおかしく振舞うことが、今のテレビには求められているだけである。
彼の著作は300冊ほどもあるそうだ。その論を1行も読んだことがなく、従ってもちろん彼の思想や考え方など一切知らぬ大学生が、「昨日の尾木ママ、面白かったね。かわいいよね」などと話している。まことにテレビの力は恐ろしい。「学級崩壊」という言葉に限らず、マスメディアの流行や誤用に何の疑問も持たずに、それを鵜呑みにしてしまうと、現実認識の妨げとなってしまう。子どもはもっと影響を受けやすい。視聴者への警告として書いておきたい。

