第二章「親の態度で子どもも変わる」
叱らない親と叱り過ぎる親―その(1)
子どもを叱るのは、たいへんに難しい。
「てめぇ!ホントにわかってんのかよぉ!」焼き肉店で遭遇した叱責の言葉である。30歳前後の母親と思われる。その言い方にもびっくりさせられたが、もっと驚いたのは、叱られている子どもが、まだ3~4歳の小さな女の子だったことだ。
一方、私が電車の中で居眠りをしていたところ、5歳ぐらいの男の子が、何かの拍子に私の足に靴をぶつけてしまった。私にとっては、体力回復のための貴重な居眠りだった。それを妨げられたことにいささかムッとしながら、ズボンを見ると泥がついて汚れている。何かひとこと言ってくれるかなぁと期待し、母親の顔を見つめると、その母親は笑顔で私を見返すだけだった。そうなると当然、子どもを叱責したり謝らせたりすることもない。
「そんなに言うことが聞けないんなら、施設に入れちゃうぞ。」と小学校4年生の女の子を叱った父親もいる。叱られた女の子は母親の連れ子で、お父さんは実の父親ではない。小さな胸で、子どもはこの言葉をどう受け止めるのだろう。
学力の二極化や体力の二極化と言われているが、子どもを叱るという点でも二極化が進んでいるように見える。
野球の才能では、周りの子どもより格段に優れている中学生がいた。後に高校でも野球を続け、甲子園にも行っている。この父親は、子どもを叱ることしかできない。それが父親の責務だと、錯覚しているのではないかとさえ思える。時には、殴る蹴るもする。
中学生の子どもはどうなるか。そのウップンを、どこかで吐き出そうとするのである。彼は、同級生への「いじめ」を開始する。物を隠すとか仲間はずれにするとかの行動は取らない。彼にしてみれば、それは「卑劣な行為」なのだ。
気に入らない相手がいると、罵倒する。怪我をさせるほどではないが、時には手を出す。そしてそのターゲットは特定の同級生に集中する。スポーツが苦手の、おっとりしたタイプは、彼をイラつかせていたようだ。おそらく、いつの間にか父親の感情や価値観が乗り移ってしまっていたのではないかと思われる。暴力の中で育った子どもは、暴力に罪悪感がない。被害を受ける子は、たまったもんではない。
幸い、いじめにあっていた子が声を挙げてくれたために、加害者・被害者双方の父親が同席して話し合いの席が設けられ、私も校長として立ち会った。その場で誓約書も書かせた。あわせて、加害生徒の父親には、叱ることの意義と方法について考えてもらうよい機会にもなったが、教師がこうした事態に気付かぬまま過ごしていたら、双方ともどうなっていたのだろう。こんな例は他にもあったのかもしれないし、今もどこかであるのではないかと思う。
保育園児でも同様のことはある。私の娘が2~3歳のころ、肩にアザを作って帰ってきた。聞いてみると「○○○○○が噛んだぁ!」と、相手の男の子をフルネームで呼び捨てにして泣く。こんな場合、保育園に怒鳴り込む親もいるんだろうなと想像しつつ、保育士と毎日交換される「連絡帳」には、娘の訴えだけを穏やかに書き込んでおいた。
保育士の対応は見事と言うしかない。男の子の父親は職人さんで、その気質が子育てにも表れてしまい、初めての長男への過剰な責任感が「叱る」ことにのみ注がれてしまっている、と保育士は分析する。その男の子は保育園では、他にも乱暴な行動があるらしい。そのことに園としても気づいていたので、親とは何度か話し合っているという。
そうであるなら、「噛まれたことをどうしてくれる!」と追及しても何も生まれない。保育園や相手の親に謝罪してもらっても、何の解決にもならない。私たち夫婦はこれを機会に、その子と、その子の両親とも接触の機会を増やし、仲良くなっていった。父親が、どれほど息子をかわいがっているかも知った。その後、男の子からの意地悪や暴力めいた言動は無く、後に成長して彼が結婚式を挙げるときには、娘はその披露宴準備を主導するまでの間柄になる。二人の子どもにとっても、そして私たち親同士も、貴重な経験をしたと今では思っている。

