『 パーフェクトデイズ 』
映画『パーフェクトデイズ』を、2回見ました。
1回目は、2月中に友人と。 2回目は、昨日、妻と。
松山なら、シネマルナティックで、4月19(金)までやっています。
大げさな言い方ですが、これからの日本の有り方に関わる、大事な映画だと思いました。
主人公、平山(役所広司)は、東京の便所掃除を請け負っている会社で、都の公衆便所を掃除するのを仕事としています。
担当するいくつかの公衆トイレを回って、ゴミを片付け、床も壁も洗面台、鏡、便器、ウォシュレットのノズルまで、ていねいに拭きあげていきます。
時間も限られるから、素早く、しかし、ていねいに。
そのていねいで熱心な仕事ぶりが、何度も繰り返し写されます。
担当のトイレの中には、以前、ニュースになった、壁が特殊な液晶パネルでできていて、ふだんは透明で中が見えているが、中からカギをかけると、見えなくなる仕掛けのものも。
東京都は金があるから、平山が担当しているトイレは、どれも小シャレたデザインの物ばかり。
平山は、仕事にかかると、トイレの入り口に、<清掃中>の看板を出しますが、誰かトイレに入ろうとすると、すぐに道具を持って外に出て、使おうとする人を、待たせたりは決してしません。
これが、彼の便所掃除人としての、ポリシーなんでしょう。
これが、平山が住んでいるアパート。
場所は、東京スカイツリーが、近くに見えるから、江東区、墨田区、葛飾区あたりでしょうか。
このアパートの前に、掃除の道具を詰めこんだ軽四ワゴンを置いています。
アパートの1階の戸を開けると、すぐ2階に上がる階段があって、その2階の部屋です。
アパートの外観は汚いけど、平山の部屋は、最低限の物しか置いてなくて、小ざっぱりしています。
ときどき、濡れた新聞紙をちぎって撒いて、ほうきで掃いています。
1階の階段の下にも部屋があって、ふだん使わない荷物が、そこに詰め込んであるようでした。
日本の将来の在り方、みたいな大げさな話しというのは、30年くらい前、日本の公衆便所は、駅でも、公園でも、まあ汚いものでした。
臭くて鼻を摘まんで、急いで用を足すのは、まだ良いほう。
足の踏む場所をよく見定めないといけなかったり、詰まって流れない便器が大半だったり。
でも、今はきれいです。
第一に、トイレの設置者が、お金をかけていること。
そして、平山のように、まじめな人が、ちゃんと掃除をしてくれるからです。
この写真で、車のハンドルを握っているのは、平山の同僚のタカシ。
スマホの動画を見ながら、便器をみがいていて、「平山さん、どうしてこの仕事、そんなに熱心にやれるんすか?」 などと言っています。
公衆便所を使う側も、そこがキレイだったら、人により幅はあるけど、まあ、キレイに使おうとするでしょう。
こんなことを考えるのは、次男が、数年前にパリに行ったときの話し。
地下鉄の路線によって、電車の車内が小便臭いのだ、と。
日本では、地下鉄の車内では、小便はしません。 いまは。
いまは、掃除ににお金を掛けているし、平山のようなまじめな人が、掃除を受け持ってくれています。
それがこの先も、続けられるのかどうか?
重大な分岐点に、来ているような気がします。
お金が無くなる、人手が無くなる。
そのときに、公衆便所をキレイに維持できるかどうか。
公衆便所が汚れたままだと、そのうち、地下鉄の中で小便するようになりはしないかと、考えます。
同僚のタカシは、平山に金を借りたまま、いなくなって、迷惑をかける、ロクでもない若者ですが、彼が叫ぶ、「金が無いと、恋もできないんすか?この国は!」という言葉は、真実です。
便所掃除の仕事を続けて、ワゴン車に一緒に乗ってる金髪のユミちゃんと、将来を語れる収入は無理でしょう。
偉そうなことを言いましたが、この映画にみんなが感動するのは、便所と日本の将来ではなくて、主人公、平山の生き方です。
上の写真が、この映画のポスターです。
上半分が木の茂み、下では寝ころんだ男が本を読んでるところ。
まん中の3分の1が、真っ黒で、どうにも地味で人目を引きませんが、じつは、映画の中身を示しています。
平山は、毎晩、寝る前に布団の中で本を読みます。
始めはウィリアム・フォークナーの『野生の棕櫚』という本を読んでいて、読み終えると古本屋の100円均一の幸田文の『木』を買った。
また、パトリシア・ハイスミス『11の物語』という本も出てきました。
映画を見たあとで、松山のジュンク堂書店にいくと、『野生の棕櫚』と『木』が、さりげなく陳列してありました。
また、木の茂みが表わしているのは、平山のこだわりの趣味です。
フィルムのコンパクトカメラで、昼休みに神社の境内で、木々の<木漏れ日>の写真を撮っては、定期的に現像に出して、出来の悪い写真は破って、出来の良いものは缶に保管しています。
映画のエンドロールに、<木漏れ日>という日本語の解説が、英語で出てきます。
また、映画の中で重要な役をしているのが、彼が集めている、70~80年代のソウルやロックのカセットテープ。
軽四ワゴンで仕事に出るとき、カーステレオで、その日の気分の曲を選んでかけます。
ホントに、平山は趣味が良くて、いい曲ばかりが出てきます。
<パーフェクトデイズ 音楽>で検索すると、便利に聞けるはずです。
個人的には、平山、行きつけのスナックのママ、石川さゆりが歌った、「朝日の当たる家」 浅川マキバージョンは衝撃でした。
わたしがついたのは ニューオリンズの
朝日楼という名の 女郎屋だった
愛したおとこが 帰らなかった
あんとき わたしは クニを出たのさ
汽車に乗って また 汽車に乗って
貧しい わたしに 変わりはないさ
ドイツ人のヴィム・ヴェンダースが、なんで浅川マキの歌を知っているのか、不思議です。
平山は便所掃除という、あまり世間受けの良くない仕事ですが、その仕事には熱心に誠実に取り組んでいます。
でも、その仕事に、誇りを持っている、というのとは、ちょっと違う感じ。そんなに、偉そうなもんではない、と彼は言うでしょう。
そして、彼の独特の趣味の世界は、妙なこだわりがあって、世間の人には分からないけど、豊かな世界を作っています。
平山は、極端に無口ですが、行きつけの場所、神社や近所の銭湯、安酒場、カメラ屋などのお馴染みさんとは、小さく会釈して、応答を交わしています。
この映画を見た、何人かの友人は、「これは、オレの映画だ。」と、言いました。
わたしも、同じ感想です。
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