わからないなりに、なんとか その2 | 松山市はなみずき通り近くの漢方専門薬局・針灸院 春日漢方

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      分からないなりに、何とか その2


10年来のお付き合いのある患者さんですが、急な体調の変化に考えさせられた例です。

  <女性  25歳  急な嘔吐・目まい・食欲不振>

10年近く、アトピー性皮膚炎の治療で漢方薬を服用されています。
アトピー自体は、ずっと落ち着いていますが、季節の変わり目に、肘の内側が痒くなったり、花粉症のころには、咳や痰、鼻水が出たりに対して、その都度、生薬を加減して対処しています。

この方の基本の処方は、「肝」や「腎」の血を増やす「四物湯」に、血が停滞してこびり付いた「瘀血」を除く「桂枝茯苓丸」を合わせたもの。
そこに、その季節の症状に対応する生薬を、加減して加えています。

「四物湯」も「桂枝茯苓丸」も、胃腸が弱い人には使えない処方です。
たとえば、食欲が乏しい、食べ過ぎや変わった物を食べるとすぐに、胃が痞える、下痢しやすい、ふだんから軟便、などという人には使いにくい。

さいわいこの方は、胃腸は丈夫なほうで、いつもお腹が空いて、美味しくご飯が食べられるし、めったに下痢はしない。
そういう方の漢方薬は、選択肢が広いので、こちらも考えやすいのです。



   <急な嘔吐・不食・目まい>

ところが、今回、お渡ししたお薬がまだ半分以上残っている時に、お電話があって、急な体調不良だから、診てほしいと。

お話しをうかがうと、数日前に、食後にゲップが立て続けに出始めて、それが咽喉に詰まって苦しく、ついに劇しく何度も吐いた。

吐いた直後に下痢もして、頭痛と目まいがして、生あくびも出て全身ぐったりした。
手足が冷えるので、布団に入ってそのまま寝てしまった。

目が覚めてからも、嘔気と頭痛、目まいは続いていた。

次の日は、食欲がほとんど無い。ゆるいお粥を茶碗に少量。
食べた後に、ゲップが続けて出る。

それでも、うちに来られた日には、それなりに回復して、お粥ならふだんの量が入るようになった。
頭痛や目まいも軽くなって、身体は動けるようになった。
足は冷たいけど、手は温もっていました。


    <いまの漢方的な病気の状態は?>

ここまでのお話しで、いまが漢方的には、どういう身体の状態になっていたかは、ほぼ見当がつきました。

漢方の理論では、人体を働かせるエネルギーを「陽気」といいます。
その陽気は、「胃」と「腎」から発生します。
「胃」の陽気は、胃腸を働かせて、飲食をこなして、血や「陽気」を作りだします。

また「腎」の陽気は、下半身の生殖・排泄をコントロールし、また「胃」の陽気の元となる<種火>でもあります。

この方の劇しい嘔吐、下痢、頭痛、目まい、全身倦怠、不食、手足の冷え、などは、「胃」と「腎」、両方の陽気が無くなった状態です。

とくに嘔吐、不食、目まい、ゲップは「胃」の陽気不足から起こります。
また、下痢、全身倦怠、手足の冷えは、「腎」の陽気不足です。

「胃」と「腎」両方の陽気とも無くなるのは、急性の嘔吐下痢症では、たまに起こりますが、それなりに重症で、慎重に扱わないといけない状態です。

  <急な嘔吐のきっかけは?>  

しかし、知りたいのは、何故、急にそんなことになったのか? そのきっかけは何か?、ということです。

食べ過ぎたとか、変な物を食べたとか、すごく疲れたとか、身体を冷やしたとか、すごくイヤな思いをしたとか、何かない?

いやー、とくに無いですね。

これで、病気のきっかけという、重要な手掛かりは無くなりました。

 

    < 診察 >

仕方がないので、普通の問診をしていきます。

お通じは?
緩い目のが、1日、1~2回

では、お口は乾きますか?  
いいえ。 家族は水分を摂れと言うけれど、無理に飲むと嘔気がする。

そこで、舌を診せてもらいました。



上の写真は、以前のこの方の舌の写真です。
小さくて、表面が赤く、乾いて、ヒビ割れています。
これは、この方が慢性的に体内を潤す「血」が不足した状態にあることを示しています。

しかし、意外なことに、いまも舌はほぼ同じ状態でした。
小さくて、赤く、乾いてヒビ割れている。

「胃」と「腎」の陽気が無ければ、身体の内部は冷え切って、さらに水はけが悪くなっています。
それなら、舌も赤みが無く、濡れて、ぽってりと膨らんでいるはずが、そうでもない。

 

いま考えると、体調の変化が急だったので、舌には、その急な変化が現れる間が無かったのでしょう。

 
 <治療方針 附子・乾姜・生姜>

劇しく吐いた直後の状態は、「胃」と「腎」の陽気が、両方とも無くなっていました。

その時なら、「腎」の陽気を強力に補う「附子」の入った「真武湯」、あるいはそこに「胃」の陽気を補う「乾姜」の両方が入った「四逆湯」でないと治らなかったでしょう。


    附子のボトル  生薬では珍しい劇薬指定


しかし、いまはそれなりに陽気は回復して、食欲も体力もそれなりに戻って、手も温かくなっています。

そこで考えたのは、「乾姜」と「生姜」です。

 

          生姜

 「生姜」は、八百屋さんで売っているヒネショウガです。

          乾姜

いっぽう「乾姜」は、ヒネショウガを蒸し焼きにしてから、刻んで乾燥させたもの。
どちらも「胃」の陽気を補いますが、「乾姜」は胃の深部をじっくり温めます。
「胃」の元から冷えこんで、胃が働かなくなったときに使います。

しかし「生姜」は「胃」の陽気を、外にまで発散して、胃の上部に停滞した気分・水分を巡らして、嘔気、ゲップ、しゃっくりなどを納めます。

「胃」が内部から冷え切った状態よりは、「胃」からみぞおち、咽喉にかけて、気分・水分が停滞して、嘔気・ゲップ・食欲不振などが起こっている状態に見えるので、ここは、「乾姜」よりも「生姜」の入った処方が必要です。
そこで、私が今まで一度も使ったことのない、「茯苓飲」という処方を思いつきました。


              < 茯苓飲 > 

 

 
           茯苓

「茯苓飲」は、漢方医学の古典『金匱要略』の痰飲病編(胃の水滞の病気)に出てきます。
「心胸中に停痰宿水があって、水を嘔吐した後、胸の辺りが空虚になり、そこに気が詰まって、食べられない時に、痰気を消し、食べられるようにする。」とあります。

この条文の中で、私が参考にしたのは、「水を吐いた後」「胸に気が詰まって」という句です。

嘔吐することで、「胃」の陽気を失って、胃から咽喉にかけての陽気の流れが悪くなって、水分が停滞して、食べられなくなっています。

処方内容は<茯苓・人参・白朮 各3g 陳皮2.5g 枳実2g 生姜4g>

  <茯苓飲と六君子湯>

「茯苓飲」に近い処方としてもっともよく使われるのが、「六君子湯」です。

処方内容は、<茯苓・人参・白朮・陳皮・甘草・生姜・半夏>

細かい分量は別にして、大きな違いは、「半夏」が有るか無いか、です。
私が、「半夏」を避けた理由は、「水を吐いた後」と関係あります。

     
           半夏
嘔吐したことで、胃から咽喉にかけて、余計な水分が停滞したことになっていますが、
その裏では、「胃」という臓器の必要な「津液」(=体液)は失われて、それで「胃」の機能が低下しています。

その「胃」の「津液」を、「茯苓」と「人参」が補っています。

しかし「半夏」は、「胃」から咽喉にかけての余計な水分を強力にさばきます。

嘔吐によって、「胃」の臓器内の「津液」が失われている人にとっては、「半夏」の強力な利水作用が、かえって「胃」に無理をかけることがあります。
この方の、乾いてヒビ割れた舌は、やはり「津液」不足の印象があります。

もう一つ、「茯苓飲」と「六君子湯」の違いは、「茯苓飲」の「枳実」です。

 
           枳実
「茯苓飲」は、「胃」の「陽気」不足の処方と説明してきましたが、「枳実」は、「胃」の「陰気」を補います。

漢方の理屈の話しは、どこまでもややこしくなりますが、「胃」の「陽気」不足で、嘔気やゲップが起こりますが、その部の水分の停滞をより強く動かすために、「枳実」で「陰気」も補っている、と考えられます。


    <治療>

緊急事態ですから、「茯苓飲」を、まず3日分、おあげしました。
「生姜」は、患者さんのほうで、八百屋さんで売っているヒネショウガを4グラム分、刻んで加えて煎じてもらいました。

3日分を服用して、嘔気はほぼ無くなり、食欲が出て、お粥は卒業できました。
しかし、やはり、食事中からゲップが続けて出てきます。
何か咽喉に違和感があるのか、よく咳ばらいをします。

「気分的な咽喉の違和感」といえば、これも『金匱要略』にある「半夏厚朴湯」という処方を思い浮かべます。
この方には、花粉症のころに、咳ばらいが増える時にも、「半夏厚朴湯」の生薬を加えていました。

今回は「茯苓飲」に、「半夏」「厚朴」「紫蘇葉」を2グラムずつ、足してみました。

この処方の1週間分で、食欲は、元どうり。食後のゲップと咳払いもかなり減りました。


気温も上がってきて、アトピーがまた出てこようとしているので、ふだん飲んでいた、「四物湯」+「桂枝茯苓丸」に、近づけていこうと思います。

  <考察  なぜ「胃」と「腎」の陽虚証になったか?>

 

さて、なぜこの方は、今回、急に「胃」と「腎」の陽気が無くなったのでしょうか?

それは、劇しく嘔吐したからです。

 

急に「胃」と「腎」の陽虚になったから、吐いたのではありません。

 

身体から、何らかの物質が出ていくときには、それなりに「陽気」や「津液」が失われます。

汗をかくのも、体表の「陽気」を発散させて、体温が下がります。

同様に、おしっこが出たときも、ブルっと寒気がしますよね。

 

それが、急な嘔吐を何度も繰り返したら、もっと強く「胃」と「腎」の「陽気」を失います。

そのせいで、食欲不振・全身倦怠・寒気・頭痛・目まい・ゲップなどが起こりました。

 

  <では、何故、急に吐いたのか?>

 

この方の問診をしていて、もっとも引っかかったのが、何故、急に吐いたのか? でした。

以前にも、2、3度、このような嘔吐になったことがあるそうです。

 

考えてみると、小さなお子さんは、食後、何かの拍子に急に吐くことがあります。

自分でも、食後に、ゲップがスムーズに出ないで、ウプっと吐きそうになったりします。

この方は、ふだんから咳払いなど、咽喉の違和感を起こしやすい状態なのが、何かの理由で、ゲップが続いて、それがうまく出ないで、吐くことになったのではないかと、いまは考えています。

 

だから、そんなに心配したことでは無かったのかと、いまは思います。

 

 

花の写真は、上からサンシュユ(生薬は山茱萸)、ボタン(牡丹皮)、

コブシ、(辛夷)











 















おしっこは?
ふだんと変わらない。
出具合が悪いとか、量が少ないとか、思わない?
ええ、いつもと変わらない。