一周まわって柴胡剤
《 40歳 女性 赤み痒みの強い湿疹》
連翹の花
<発症と経過>
3か月前から、耳の後ろから始まり、首すじにかけて赤い発疹が密集してできて、かなり痒い。
痒みが強く、掻いた場所はジクジクと汁がでて、いまは痛くなっている。
何か症状が起こったときに、何をきっかけに症状が始まったか。
そして、何をしたら症状が悪化するかは、漢方の見立てをつけるときに、大事な手掛かりになります。
しかし、なぜ、湿疹が始まったのか、思い当たる原因はない。
そのころから、少し忙しくなったからだろうか?
朝の寝起きのころに、より痒いか? 乾燥すると、余計に痒いかも。
これも、あまりはっきりした情報は得られませんでした。
ただ、夜、寝入ったころに痒みが悪化するのではない。
つまり、身体の内部の強い熱気のせいではない、ということは分かります。
また、生理の周期で、痒みが左右されない、というので、「血の道」系の原因は、ひとまず保留に。
<湿疹の漢方的な考え方>
湿疹は、皮膚の表面で起こっている症状です。
だから漢方的にも、身体の表面だけで、エネルギーの流れが停滞して湿疹になったとして、治療する場合があります。
そのために体表面のエネルギーを巡らせて、皮膚に停滞した熱気を発散して治す処方があります。
「桂枝」や「麻黄」、「石膏」などを組合せた、「桂枝二越婢一湯」などです。
石膏
こういう処方は、身体の内部には、なにも問題がない。体表面だけエネルギーの流れが悪い、という場合に使えます。
しかし、そこは漢方屋。
身体の内部に、なにか原因があって、そのせいで体表のエネルギーの流れが悪くなって、皮膚に湿疹を作った場合も考えられます。
では、内部の原因とは何か?
まず「熱」。熱気がどこかに停滞している。
多いのは、「肺」か、「肝胆」、でしょうか。
湿疹のできた耳~側頸部は、「少陽胆経」の通り道ではあります。
やはり「肝胆」と関係がありそうです。
あるいは、「血」の不足、または停滞=「瘀血」
「血」が不足すると、自動車のラジエーターが不足してオーバーヒートするように、熱が生じて湿疹を作ります。
また「瘀血」も、血が外に巡らず、皮膚が乾いて、湿疹になります。
<漢方的な診察>
1、脈診

左手の中央の部位が、他の部位よりすこし強く、やや大きめに感じられます。
これは、「肝胆」に、熱気が集まっていることを、示しています。
2、触診
足の小指と薬指のあいだに、強い圧痛があります。
ここは、「少陽胆経」の反応が現れるツボで、 やはり「肝胆」に
熱気が多いことを示します。
3、腹診
これで右の肋骨下に、抵抗と圧痛があれば、やはり「肝胆」に熱気
が詰まっていると言えます。
「肝胆」熱実証の腹証
しかし、そこはほとんど反応が無く、下腹の鼠径部の圧痛が目立ちます。
この反応は、「血」の不足、の状態を示します。
「血」不足=「肝虚証の腹証
漢方では、「肝」は「血」をストックして全身に巡らせる臓器なので、「血」の不足の体質はは、「肝虚証」と表現します。
4、舌診
「肝胆」の熱気旺盛という見立てに傾いていたのが、この舌のようすで、判断を替えざるを得ませんでした。 
熱気の多い舌
「肝胆」に熱気が詰まっていれば、その熱が胃や肺にも及んで、舌は乾いて、汚く黄色い苔が着いたりします。
水分の多い舌
しかし、この方の舌や口の中は、水分が多く潤っていて、舌の色は淡く、熱感がありません。
つまり、身体の内部は、冷えて、余計な水分が停滞していることを示しています。
この方は、かなりのコーヒー好きで、仕事中はずっと大きなマグカップでコーヒーを飲んでいるらしい。
それで、いつも舌に水気が多いのでしょうか?
5、結論
さて、このように互いに矛盾した情報が集まったときに、どう考えるのか?
思い切って勝負に出るよりは、より無難なほうの結論に従うべきでしょう。
「肝胆」の熱実証として、そこの熱気を取り除く治療は、失敗した場合のダメージが大きくなります。
ここでは、3、腹診、の情報に従って、「血」が少ない状態=「肝虚証」という見立てにしました。
「血」が少ないと、身体の内部が潤せないくて、「虚熱」が生じます。
「虚熱」は、「少陽胆経」を上って、耳の周りに湿疹を作ったのでしょう。
他の症状を尋ねてみると、若いころから肩こりがひどくて、それが頭痛にもなって、苦しんでいる。
こういう症状は、「血の道」系、「肝虚証」の人にありがちです。
また、足の冷えがひどいのに、手の平は火照る感じがある、と。
これは、『金匱要略』、婦人病編の「温経湯」の症状です。
「血」が少ないと、下半身は温められず、足は冷える。
しかし、生じた「虚熱」は、上に上がるので、手の平は火照る、という状態になります。

当帰
「温経湯」は、「血」を増やす「当帰」「芍薬」「川芎」などと、上半身の「虚熱」を冷ます「麦門冬」「牡丹皮」を合わせた処方です。
麦門冬
<処方 1回目>
「温経湯」に、皮膚の熱気を冷ます、「連翹」「地黄」「苦参」などを加えて、1週間分、お出ししました。
連翹
1週間後には、痒みは減ってきて、患部のジクジクした湿気は無くなりました。
また、お通じがスムーズに出るようになったのも、喜ばれました。
そこで同じ処方を、さらに1週間、続けました。
<処方 2回目>
そのまま良くなりそうなのに、生理が近づくと、首周りから、背中や腕、太腿に発疹が広がり、痒みが強まりました。
生理前には、それまで無かった寝汗をかきました。
寝汗は、内部の「虚熱」が多い証拠です。
脈を診ると、生理で「血」が抜けたせいか、「肝胆」の部の脈はかえって弱まり、右手の先=「肺」の部が強く感じます。
これは、「肝」の「血」が抜けて不足して、「虚熱」が「肺」に集まったことを示します。

牡丹皮
そこで処方は、「当帰」「芍薬」「地黄」で、「肝」の「血を」増して、「柴胡」「牡丹皮」「梔子」「薄荷」で、「肺熱」を冷ます「加味逍遥散」としました。
しかし、それから患者さんの連絡は途絶えてしまいました。
おそらく、あまり効果がなくて、漢方薬に対する期待を失ったのでしょう。
<処方 3回目>
2回目の処方から、1ヶ月後、またお電話があって、来店。
また前回のように、生理前に湿疹が全身に広がって、強烈に痒くなった。
ふだんの生理では、トラブルは少ないのに、今回は生理がすぐに始まらず、生理痛が強く、血塊が出てから出血した。それから、痒みは少なくなった。
これでようやく分かりました。これは「婦人、熱入血室」だったんだと。
「婦人、熱入血室」は、『金匱要略』の婦人病編に出てきます。
女性が生理の時に風邪を引くと、風邪の熱が、血の抜けた子宮に入って、血と熱が結んで、ひどくこじれた状態になります。それを「熱入血室」といいます。
女性なら、生理と風邪が合わさって、こじらせた経験があるでしょう。
高熱が出たり、ひどく重だるく、食欲が無く口だけ渇いたり。また血塊が出たり、強い生理痛になったり。
「血室」は、子宮を指しているようですが、そこはいい加減な漢方のこと、それを「肝胆」だと読み替えます。
「婦人、熱入血室」をやると、ほぼ確実に「肝胆」の熱実証=柴胡剤の状態になるのです。

柴胡
脈を診ると、今回は、「肝胆」の部がはっきり強く打ってます。
また、お腹を診ると、右の肋骨の下が固く詰まって圧痛があります。
これで「肝胆」の熱実証と見てよいでしょう。
ただし、舌のほうは、前よりは乾いていますが、水分多めで「柴胡剤」のようには見えません。
処方は、「小柴胡湯」に、血の熱気を冷ます「地黄」、皮膚の痒みをとる「連翹」「苦参」を加えました。
この処方、1週間分をあげて、まず生理痛や血塊が無くなり、皮膚の痒みが減りました。
同じ処方を、さらに2週間続けて、発疹はまったく無くなったので、それで治療を終えました。
<考察>

山茱萸の花 3月の早いうちに咲きます。
実は、「肝腎」の陰虚を補う漢方薬として用いられます。
さて、今回の治療をふりかえってみて、この方の従来の体質は、「血」の不足=「肝虚証」だったと思います。
自営業で、毎日忙しく気を使って働いて、「血」を浪費するから、ひどい肩こり、頭痛に悩まされていました。
食事、食欲について尋ねると、一日で晩ご飯しか食べない。それでお腹が空いたとは思わない、食べれば、ちゃんと食べている、と。
こういう、お腹が空いたとは思わないが、食べれば、ちゃんと入るというのが、「肝虚証」の方の食欲です。
その状態が長く続いて、さすがに疲れがたまってきて、「血」の浪費から「虚熱」が生じて、「少陽胆経」の上部、耳の周りに湿疹ができた。
そこに「温経湯」を服用したので、一時的に「血の不足」、「虚熱」は抑えられて、湿疹はすこし収まった。
しかし、その後、生理が近づくと、「熱入血室」=「肝胆」の熱実証になったのは、何故でしょうか?
この方は、以前は、生理時のトラブルは少ない方だったと言います。
そこを無理にこじつけて考えてみると、「温経湯」や「加味逍遥散」を服用して、ある程度、「血」の不足が補われたので、「熱入血室」を起こすだけの「血」のエネルギーが出来たから?
うちに来られるまでの様子では、首の湿疹は、特に生理の前後で、悪化するようなことは無いと言われていました。
それが、漢方薬を飲みはじめて、1か月後には、生理の直前に、全身に広がるように悪化しました。
これはやはり、不足していた「肝血」が、補われた結果、より劇しい反応が起こるようになった、と見るべきでしょう。









































