崩壊へ道(8)
母は、今で言うマルチ商法に手を染めていった
そのマルチ商法も一種類ではなく、布団と化粧品、サプリメントなど
数種類にも及んだ。
ともみに毎月これだけ稼げたとか、来月は、これだけ稼げるとか...
とにかくお金の亡者になっていた
そして、そのマルチ商法がうまくいっていたからなのか
ゴルフの会員権、絵画の購入、その絵画も1枚数十万もするものらしく
それをともみの記憶では、3.4枚は購入していたようでした。
ともみや兄には、この作者はとても有名な作者であと何年かしたら、
価値も上がって大もうけが出来ると話していた
家の中が、マルチ商法関係の商品と絵画などで溢れていた。
ともみは、何か嫌な予感がしていた...
いくら稼いでいたとは言っても、
母の買い物は、あまりにも凄まじくて疑問を持っていた。
そして、何かのきっかけで、
ともみが母に儲けたからといって全部使ってしまうのは、
よくないんじゃないかと言ったら...
「何言ってるの!! 私が儲けたお金をどう使おうと私の勝手でしょ。
そんなこというんだったら、出て行って」
と ともみに食って掛かり、人の意見を受け付けなくなってしまったのです。
母の勢いは、止まりませんでした。
そしてそれが、自滅への道、家庭崩壊への道へ突き進むことになるのでした。
運命の日
ついに、兄の裁判の判決が出る日です。
ともみは、ともみの担当の弁護士さんと待ち合わせをして、
一緒に裁判所へ向かいました。
ともみは、裁判を実際に見るのは初めてで、とても緊張しました。
裁判所の中は、正しくドラマのまま...
でも、想像していたよりかは、こじんまりしていたという印象でした。
真正面の一番高い位置に裁判官の方がいらして、
兄の担当の方は女性の裁判官でした。
向かって左は、検察官の方が二人並んで座っていました。
まだ、20代30代くらいの若い検察官のようでした。
そして、右側に弁護士の方が一人座っていて、
弁護士の方は1度兄の裁判のことで、電話でお話をしたのですが
50代くらいの年配の弁護士のさんのようでした。
そして、兄が入廷してきました。
やはり手には手錠を掛けられ、ひもで繋がれ...
確かに、兄に対しては憤りがあるけれども、
身内としてなんとも言えない切ない気持ちになりました。
そして、兄が裁判官にうながされ、裁判官の正面に立ちました。
そして... 判決が述べられたのです。
「懲役3年、執行猶予5年」その判決を言い渡たされ、
兄は泣いていたようでした。
そして、裁判官が言われた言葉を一つ一つ噛み締めるように、
うなずいていました。
でも、ともみとしては、手放しで喜べない、正直そんな感情でした。
この後、兄との戦いが待っている... そう思うととても気が重かったのです。
そして、弁護士さんから
「今日、執行猶予って判決が出されたので、即釈放されると思いますよ。
もし、お兄さんから連絡があったら、私の名前と連絡先を教えて結構ですから、
後見人の件は、私からお話しします」
いよいよか... とその時、思いました。
執行猶予とは言っても、何か事を起こしたら、即刑務所送りだから、
兄は、変なことはしないでしょう と弁護士さんは言ったけれど...
とても、不安でした。
そして、案の定、その日の夕方、兄から電話があったのです。
キター!! と思わず思ってしまいました。
ともみは、兄から後見人の件で責められると覚悟をしていたのですが
意外にも、兄は穏やかな話しぶりだったので、とても拍子抜けしてしまいました。
兄は借金を抱えていて、新たに部屋を借りるのは大変なので、
しばらく母名義の実家に住むつもりだそう
後見人は、もし裁判所の判断で自分のままでよければ、
そのまま継続していきたい。
借金は、支払いがもう少し安くなるかどうか弁護士と相談中だ
来週から職場に復帰するらしいけど、執行猶予がついたけれど
前科は付いてしまって、それなりに世間は、厳しく扱われると思うし、
亡くなられたおばあさまは、
娘さんとお孫さんと幸せに暮らしておられたそうです。
年齢は、85歳ということですが、やはり遺族の方にとっては、
かけがえのない家族の尊い命だったことには変わらないことです。
兄は、損害賠償600万円、月々5万円を、
給料から天引きされて支払うということですが、
お金を支払えば終わりでなく、
一生その償いをしていく気持ちで臨んで欲しいと思いました。
兄は、借金の返済、亡くなられたおばあさんへの償い、
あと、自分自身の信頼回復などなど
いろんな十字架を背負ってこれから生きていかなければなりません。
それと、ともみとも後見人の件で争わないといけないかもしれません。
本当にこれからなんだと思いました。
孤独(7)
ともみは、あれ以来、心を閉ざし
母とも兄とも関わることを避けてしまった。
会話もない、冷え切った家庭になっていました。
学校でも担任の先生にともみの忌わしい過去を知られ、
担任がともみより母の言ってることを信頼したことに失意し、
学校に行くこと自体が苦痛になっていた。
友達に対しても、ともみは、心を開くことが無かった。
孤独に孤独をまとい、自分の心をがんじがらめにしていた。
でも、心の中では、助けを求めていた...
ともみの気持ちを分かって!!と叫び続けていた
でも、誰にも届くことの無い叫びだった
今でも、あの時は、何が支えであったのだろうと思う。
大げさかもしれないけど、何も楽しいこともなく支えも無く
よく生きていけたのだと、思う。
そんな時、母が訳が分からなくなっていった...
今考えても理解のできない行動を起こし始めていたのだった。