ともみの罪(3)
4人分のキャンセル料、あの当時で1人1万円で4万円
ともみは、当時高校生、バイトをしている訳ではなく、
どういうふうにお金を工面しようか、悩みました。
ともみが中学の時、お世話になっていた祖母に
お金を貸してもらうようにお願いしました。
祖母は、最初、やはり嫌な顔をしたけれど、
ともみがとても困っている様子だったので、
渋々、貸してくれたのです。
そして、彼氏にお金を渡したのですが...
彼が言うには、悪徳な旅行会社らしく、
それでは、キャンセルに応じてくれないと言い、
また、更に4万円を請求してきたのです。
ともみは、さすがにもう払えないと言ったら、
お前のせいで、キャンセルすることになったんだから
払うのが当たり前だとまた、更に4万円を請求されてしまいました。
ともみは、途方に暮れました。
もう、そんな大金を貸してくれる当てなどありませんでした。
でも、もし、そのお金を払わなかったら、
彼は、ともみが通っている高校へ乗り込んでやると脅かしてきたのでした。
ともみは、がけっぷちでした。
そして、ともみは、最低な行動を起こしてしまったのです。
兄のサイフからお金を持ち出し
更に、母の保険の集金のお金に手を出してしまったのでした。
堕落していくともみ (2)
母は、その男性に夢中のような感じでした。
ともみの前でも、ベタベタしたり、一緒にお風呂に入っている様子もあり、
見てられないというか...
娘として母親の女の部分を見せつけられるのは、
当時のともみの心を深く傷つけていったのです。
まだ、母が少しでも母親らしいところがあれば、
ともみも少しは救いはあったのですが...
その時は、仕事とその男性で手一杯でともみのことは、そっちのけ
ほとんど家事はともみがやるハメになっていました。
兄は、特に協力してくれる訳でもなく、母に文句つけるのでなく
母の言いなりというか、うまくあしらっていたという風でした。
ともみは、だんだんその家庭が嫌で仕方なくなっていました。
あの時のともみの心は、孤独感でいっぱいでした。
そんな時、ともみは、文通を通じて、ある男性と知り合いました。
ともみより1つ年上で本来なら高校へ通っている年齢ですが
中学を卒業して、調理師をやっている人でした。
最初は、何回か文通でその人とやり取りをしていたのですが
電話でやり取りするようになり、会うことになりました
そして、ついにその方と体の関係も持つことになりました。
ともみの初めての人でした。
今思うと、なんであんな人に処女をあげちゃったのだろう...
本当に好きな人では無かったのに...
というか、好きと錯覚していたというか、恋に恋していたという感じでした。
あの時のともみは、きっと寂しすぎて孤独すぎて、
少しでも自分を必要としてくれる人に報いることしか、
自分を保つ手立てが無かったのかもしれません。
そして、その彼とその彼の友達と旅行へ行こうという話しが出たのです。
その彼が、旅費などを負担してくれると言ってくれたのです。
でも、その彼から、いきなり別れ話が...
ともみが彼の友達にちょっかいを出したと勘違いして
それが原因で彼が怒ってしまったからでした。
今思うと、かなりくだらない理由だったんだけど、
当時のともみは、彼が全てだったから、かなり落ち込み失意のどん底に...
そして更に、それに輪をかけるように、その彼から、
旅行のキャンセル料を負担してくれという請求がきました。
ともみは、別れることになったのは、自分の責任と思い、
それを承知して、彼氏の友達の分合わせて
4人分のキャンセル料を負担することになったのです。
母のこと (1)
先日の兄の後見人の件など、
思いも寄らない振って沸いたようなことが人生にはあるのだと、
つくづく思いました。
後見人は、一度ともみも委任状にサインをしてしまい、
多少自分にも甘いところがあったと反省しています。
そして、自分の今までの人生、家族のことを思い返してみるいい機会だと思い、
母のことや兄のこと、ともみのたどっていった人生をお話したいと思います。
もう、かれこれ27年前の話になりますが...
父が約8ヶ月という長い闘病生活の末、肝臓がんで他界しました。
享年42才... 若すぎる死、働き盛りの時期の死
そして、兄が14歳、ともみが12歳、きっと父は、子供の成長や行く末を気になり
旅立っていってしまったのだと思います。
母は、その時、35歳、今のともみよりも若かったし、
子供もこれからお金が掛かる年頃で
余命は告げられていたとしても、
やはり、父の死は、母の心に計り知れない痛手をもたらしたようでした。
うつ病になり、度々「死にたい」と言ったり... 自らの首をひもで絞めたり...
精神不安定が続き、日常生活もままならない状態が続きました。
ともみは、そんな母の姿を見るのが嫌になり、祖母の家へ行くことが多くなり、
中学生時代は、ほとんど祖母の家から通学していました。
母も通院して、少しずつ回復に向かい、
父の生前からやっていた競輪のチケット売りと
保険の外交の仕事に就き、生計を立てていました。
母に保険の仕事が向いていたのか、成績をメキメキ伸ばし、
順調ではあったものの、
それに伴い、いろんな付き合いが生じ、夜飲みに行ったり
自宅に帰るのが深夜になることもしばしば
家庭のこと、子供のことがおろそかになり、
ともみと母との距離もまた、さらに離れていってしまいました。
きっと、母なりに一生懸命、生計を立てようとがんばっていたのかと思います。
ともみも母が父が亡くなった時の心辛さを理解しようとする気持ちがあって、
母の仕事のことも理解してあげればと思うのですが...
言い訳かもしれないですけど、あの時は10代の多感な年頃
母を理解する心の広さは持ち合わせていなかったのでした。
そして、ともみは、高校生になり、
祖母から「高校生になったら、お家から通いなさい」と告げられていたので、
高校生になってからは、自宅から通うことになりました。
その時くらいから、母は、彼氏が出来たみたいで、
度々その男の人を家に連れてきていました。
後から知ったのですが、その男性は、妻子もちだったそう...
ともみは、益々、母を避けるようになりました。