・痴漢対策放置を利用した新たな「ビジネス」
かさこ近未来ニュースをお伝えします。
わざと痴漢させるように仕向け、痴漢をした男性を恐喝して大金を騙し取る犯罪組織があることが発覚しました。
いつまでたっても痴漢対策に乗り出さないJRを利用し、
露出のある服装をさせたおとり女性を、埼京線の最も痴漢されやすいスポット、
最後尾のドア付近に立たせ、誰かが痴漢したところ、
おとり女性とグルになった男性数人が、痴漢男性を取り囲み、
「会社(学校)に知られなくないなら、警察にいわれたくないなら、100万円払え」と恐喝。
こういった「被害」が昨年、100件以上起こっていることが、判明しました。
この組織は「犯行」声明なるものをインターネットで発表。
「痴漢犯罪者を罰する会」と名乗り、
「政府も警察も鉄道会社も企業も誰も真剣に痴漢対策に乗り出さず、
泣き寝入りして深い傷を追う女性が年々増えている。
われわれは痴漢者を取り締まるために、独自におとり捜査を実施し、
現行犯で捕まえた痴漢者に罰を与える」と述べている。
この「痴漢犯罪者を罰する会」の「おとり捜査」が増えているおかげか、
埼京線では痴漢件数が大幅に減ったとの報告もある。
「おとり捜査」にあった痴漢者は「恐い男に取り囲まれ金を払わなければ痴漢をばらすといわれた。
恐くなったので100万円払った。それ以降、どの女性をみてもおとり捜査かもしれないと思うと、
痴漢ができなくなった」と証言しており、一定の痴漢対策効果になっている側面もあるようだ。
警察は恐喝罪・詐欺罪の容疑でこの「痴漢犯罪者を罰する会」の捜査を行なっているが、
「実際に痴漢をしたという犯罪行為はあるので、その後の恐喝罪・詐欺罪というのは無理ではないか」
とある弁護士は語っている。
また痴漢の被害にあった女性たちからも「ぜひおとり捜査をして、
許せない痴漢犯罪者から金をむしりとってほしい」と応援メールも届いているという。
・女性専用「車両」ではなく女性専用「列車」を。
警視庁の路線別痴漢件数が発表され、首都圏のJR路線が上位4路線を占めた。
1位埼京線、2位中央線、3位総武線、4位山手線である。
関西では女性専用車両の導入率が高いが、東京圏はいつまでたっても、導入されない。
JR東日本の大塚陸毅社長は「(痴漢対策)取り組みを強化する必要がある」と話しているそうだが、
朝のピーク時の混雑率(各社平均)は、関西圏137%に対して首都圏171%と差が大きく、
専用車両の導入で他車両の混雑が激化することが懸念されるほか、
相互乗り入れがあって車両規格の統一が難しいと言い訳がましいことをいって、
ちっとも被害の深刻さに目を向けていない始末だ。
(ちなみに上位4路線は私鉄の乗り入れはないので車両規格うんぬんは関係ない)
確かに女性専用車両を作れば車両別混雑率の問題などが起こるかもしれない。
だったら女性専用「電車」を作ればいい。
10分に1本とか女性だけしか乗れない女性専用「車両」ではなく「電車」を作る。
そうすれば車両間の混雑率激化の問題は起こらないだろうし、混乱も比較的少ないだろう。
ああだこうだいっていつまでたっても対策をしない鉄道会社は、
痴漢誘因罪で犯罪幇助の責任を取らされたっておかしくはないのだ。
JRには女性から「埼京線は痴漢が多いので、朝も専用車両を設定してほしい」との意見が寄せられているほか、
男性からも「痴漢の疑いをかけられることもある。いっそのこと、車両を男女別に区分してほしい」
といった拡大を望む声に耳を傾けてほしい。
17歳の若者が卒業した小学校に包丁を持って訪れ、
52歳の教師が刺されて死亡、他2人の刺された職員も重傷とのことだ。
また凄惨な事件が起きたにもかかわらず、まったくとんちんかんなことをいっている、
マスコミ、政府に開いた口がふさがらない。
1:子供が殺されなかったから大きなニュースにならない
「この程度」の事件ならたいしたことないのか。
もう頻繁にこのような事件が起きているからセンセーショナル性がないのか、
意外にもこれだけの大惨事(教師が一人死亡しているのだ)にもかかわらず、
ニュースの取り上げ方は非常に小さいといわざるを得ない。
こういう事件こそ、なぜこのようなことが起きてしまったのかを分析し、
再発防止に努めねばならないのに、
多分、子供が殺された事件ではないせいか、マスコミの取り上げ方は小さい。
2:なぜ学校防犯システムを問題にするのか?
さらにとんちんかんなマスコミはこの学校の防犯システムの不備ばかりをあげつらうことに時間を割いている。
おいおい、馬鹿じゃないのか。だからライブドアに買収狙われるんだよ。
まったく事件分析ができていない。
どんなに防犯システムがきっちりしたところで、
17歳の卒業生が先生を訪ねてきたら、それを阻止することはできまい。
まさかその卒業生が先生を刺し殺すためにきたとは思えまい。
それはどんなに監視カメラを設置しようが防ぐことのできない問題である。
それを防犯システムがどうのと、まるでこの事件が起きたのを、
学校の防犯システム不備に押し付けようとするマスコミの紋切り型対応に、うんざりしてしまう。
なぜ17歳の卒業生が先生を殺したいと思い、またそのような行動を簡単にさせてしまうか。
そういう世の中の仕組みを問うのがマスコミの使命だろう。
3:17歳の凶行より学力向上に熱心
ヤフーニュースにはこの事件と同じカテゴリーの中に、
中山成彬文部科学相が「ゆとり教育」を掲げた学習指導要領を全面的に見直すよう、
中央教育審議会に要請したことが報じられている。
世界トップレベルの学力復活を掲げ、国語や理数教育の充実や内容を改善し、
休日となった土曜日や、夏休みなど長期休みの活用による授業時間数の確保などを柱とするそうだ。
こういうことしてるから、17歳が凶行に走ってしまうわけでしょうに。
「学力」「学力」ってしょうもない丸暗記知識詰め込みばかりの押し付け教育を強制してる。
だからそれに意味を見出せない子供、それに合わない子供たちが、
不登校になったり、学校のレールから外れていじめにあったり、
勉強することが嫌になり家に閉じこもってゲームやネットに夢中になり、
「学力」ではなく人間として生きていくための教育を学ばず、
わけの分からん行動に出てしまう。そういうことじゃないのか?
それをわからず、このような惨事が起こっている矢先に、
「世界トップレベルの学力復活」なんて非常に薄ら寒い目標を掲げている。
だからこのような惨事がなくならないということに、まだ気づかないのか。
朝日新聞の夕刊も驚きだ。
1面トップには「小論文 2秒で自動採点」という記事がイラスト入りで紹介され、
17歳の少年がなぜ教師を刺したかの供述記事が脇に追いやられている。
つまり、朝日新聞は「小論文 2秒で自動採点」システム試作ができたニュースの方が、
なぜ17歳の少年がこんな凶行に及んでしまったのかということより重要というわけだ。
こんなことしてるから、若者は子供たちは凶行に走るわけよ。
小論文が機械で自動採点される時代、その試験を受験し、
それで「学力」のできるできないのレッテル・レベル分けをされる身にもなってみろ。
そのようなことを生理的に受け入れることのできない子供が何十人かに1人いて、
そういう子供が真の教育を受けていないから、
人を平気で殺してしまえるわけですよ。
あんたら、学力低下を嘆くより、人殺しを簡単にさせない子供を育てるために、
何を教えたらいいか考えるべきだよ。
このような惨事を起こさないために必要な教育が、「国語や理数教育の充実」なのか?
あんたら、子供に殺されるよ。
4:少子社会で受験戦争が加速化
小学校6年生が私立中学入試を受ける率はなんと15%(首都圏)を越え、
今、新たな中学受験戦争ブームなのだそうだ。
「学力」低下をわあわあ周囲が騒ぐせいで、
中高一貫校の人気が高いというのだが、
そんなに今の「学力」が身に付けて役立つものか、大いに疑問でならない。
難しい方程式を解けることと、りんごの皮をむけること、どちらが生きていく上での優先順位だろうか。
歴史の年号をすべて覚えることと、今の社会がどのようなからくりになっているかを教えること、どちらが大切だろうか。
英語の熟語を覚えることと、自分の意見を自分の言葉で他人に伝えられること、どちらが重要だろうか。
結局、大学受験というペーパー学力のために、おかしな子供を量産している社会が未だに続いていて、
そういうった歪みが子供の心に闇を宿し、時に爆発させてしまう結果になっているのではないか。
先生を包丁で刺し殺してしまう子供を生んでいる教育をもう一度、真剣に考える必要があるんじゃないか。
そしたら理数学科の強化とかわけのわからん「学力」強化論は出てこないと思うんだけどな。
こんな大惨事が起きているのに、文部科学大臣は「ゆとり教育の脱却」を唱え、
マスコミは「学校の防犯体制の不備」を指摘し、
家族のいる52歳の先生が殺されてしまったという重大な事件が起きてしまった、
根本的な社会的原因に目を向けず、加害者がゲームマニアだったとか、
しょうもない事実をおっかけて、時代を読めないフジテレビが、
加害者実名がわかってしまう卒業文集を数秒流していたという始末。
まだまだ、大人の「生贄」は足りないようだ。
52歳の教師が刺されて死亡、他2人の刺された職員も重傷とのことだ。
また凄惨な事件が起きたにもかかわらず、まったくとんちんかんなことをいっている、
マスコミ、政府に開いた口がふさがらない。
1:子供が殺されなかったから大きなニュースにならない
「この程度」の事件ならたいしたことないのか。
もう頻繁にこのような事件が起きているからセンセーショナル性がないのか、
意外にもこれだけの大惨事(教師が一人死亡しているのだ)にもかかわらず、
ニュースの取り上げ方は非常に小さいといわざるを得ない。
こういう事件こそ、なぜこのようなことが起きてしまったのかを分析し、
再発防止に努めねばならないのに、
多分、子供が殺された事件ではないせいか、マスコミの取り上げ方は小さい。
2:なぜ学校防犯システムを問題にするのか?
さらにとんちんかんなマスコミはこの学校の防犯システムの不備ばかりをあげつらうことに時間を割いている。
おいおい、馬鹿じゃないのか。だからライブドアに買収狙われるんだよ。
まったく事件分析ができていない。
どんなに防犯システムがきっちりしたところで、
17歳の卒業生が先生を訪ねてきたら、それを阻止することはできまい。
まさかその卒業生が先生を刺し殺すためにきたとは思えまい。
それはどんなに監視カメラを設置しようが防ぐことのできない問題である。
それを防犯システムがどうのと、まるでこの事件が起きたのを、
学校の防犯システム不備に押し付けようとするマスコミの紋切り型対応に、うんざりしてしまう。
なぜ17歳の卒業生が先生を殺したいと思い、またそのような行動を簡単にさせてしまうか。
そういう世の中の仕組みを問うのがマスコミの使命だろう。
3:17歳の凶行より学力向上に熱心
ヤフーニュースにはこの事件と同じカテゴリーの中に、
中山成彬文部科学相が「ゆとり教育」を掲げた学習指導要領を全面的に見直すよう、
中央教育審議会に要請したことが報じられている。
世界トップレベルの学力復活を掲げ、国語や理数教育の充実や内容を改善し、
休日となった土曜日や、夏休みなど長期休みの活用による授業時間数の確保などを柱とするそうだ。
こういうことしてるから、17歳が凶行に走ってしまうわけでしょうに。
「学力」「学力」ってしょうもない丸暗記知識詰め込みばかりの押し付け教育を強制してる。
だからそれに意味を見出せない子供、それに合わない子供たちが、
不登校になったり、学校のレールから外れていじめにあったり、
勉強することが嫌になり家に閉じこもってゲームやネットに夢中になり、
「学力」ではなく人間として生きていくための教育を学ばず、
わけの分からん行動に出てしまう。そういうことじゃないのか?
それをわからず、このような惨事が起こっている矢先に、
「世界トップレベルの学力復活」なんて非常に薄ら寒い目標を掲げている。
だからこのような惨事がなくならないということに、まだ気づかないのか。
朝日新聞の夕刊も驚きだ。
1面トップには「小論文 2秒で自動採点」という記事がイラスト入りで紹介され、
17歳の少年がなぜ教師を刺したかの供述記事が脇に追いやられている。
つまり、朝日新聞は「小論文 2秒で自動採点」システム試作ができたニュースの方が、
なぜ17歳の少年がこんな凶行に及んでしまったのかということより重要というわけだ。
こんなことしてるから、若者は子供たちは凶行に走るわけよ。
小論文が機械で自動採点される時代、その試験を受験し、
それで「学力」のできるできないのレッテル・レベル分けをされる身にもなってみろ。
そのようなことを生理的に受け入れることのできない子供が何十人かに1人いて、
そういう子供が真の教育を受けていないから、
人を平気で殺してしまえるわけですよ。
あんたら、学力低下を嘆くより、人殺しを簡単にさせない子供を育てるために、
何を教えたらいいか考えるべきだよ。
このような惨事を起こさないために必要な教育が、「国語や理数教育の充実」なのか?
あんたら、子供に殺されるよ。
4:少子社会で受験戦争が加速化
小学校6年生が私立中学入試を受ける率はなんと15%(首都圏)を越え、
今、新たな中学受験戦争ブームなのだそうだ。
「学力」低下をわあわあ周囲が騒ぐせいで、
中高一貫校の人気が高いというのだが、
そんなに今の「学力」が身に付けて役立つものか、大いに疑問でならない。
難しい方程式を解けることと、りんごの皮をむけること、どちらが生きていく上での優先順位だろうか。
歴史の年号をすべて覚えることと、今の社会がどのようなからくりになっているかを教えること、どちらが大切だろうか。
英語の熟語を覚えることと、自分の意見を自分の言葉で他人に伝えられること、どちらが重要だろうか。
結局、大学受験というペーパー学力のために、おかしな子供を量産している社会が未だに続いていて、
そういうった歪みが子供の心に闇を宿し、時に爆発させてしまう結果になっているのではないか。
先生を包丁で刺し殺してしまう子供を生んでいる教育をもう一度、真剣に考える必要があるんじゃないか。
そしたら理数学科の強化とかわけのわからん「学力」強化論は出てこないと思うんだけどな。
こんな大惨事が起きているのに、文部科学大臣は「ゆとり教育の脱却」を唱え、
マスコミは「学校の防犯体制の不備」を指摘し、
家族のいる52歳の先生が殺されてしまったという重大な事件が起きてしまった、
根本的な社会的原因に目を向けず、加害者がゲームマニアだったとか、
しょうもない事実をおっかけて、時代を読めないフジテレビが、
加害者実名がわかってしまう卒業文集を数秒流していたという始末。
まだまだ、大人の「生贄」は足りないようだ。
ライブドアがニッポン放送の株を取得したことで、
報道方針なきメディアへの買収阻止みたいな論評をする輩も多いが、
「1年ぶりの牛丼復活!」と題して吉野家を報道する愚かな既存メディアをみるにつけ、
既存メディアの内容のレベルの低さから考えれば、
どっかに買収された方がましな番組やニュースができるのではないかと思わざるを得ない。
2月11日、牛丼業界負け組代表の吉野家が、1年ぶりに1日だけ牛丼を復活した。
それをマスコミがこぞって過剰報道した。
そんなすごいニュースなのか?
日本から牛丼が消えてしまったならこれはすごいニュースだけど、
すきやも松屋もすでに牛丼を復活しているわけだし、
牛丼チェーン店以外で、もともとアメリカ産の牛肉を使わず牛丼を出している店は、
牛丼が消えるという観念すらないだろう。
吉野家の牛丼復活は吉野家の宣伝でしかない。
吉野家の宣伝をマスコミがこぞってニュースとして放送する。
これが既存メディアのレベルの低さを端的に表している。
こういったマスコミの過剰な報道のせいもあるのか、
驚くべきことに吉野家には行列ができていた。
私が鶴見駅前を歩いていると通りいっぱいに妙な行列ができていて、
競輪場行きのバス待ち行列かと思いきや、なんとその先は吉野家だった。
並んでまで食うほどのものか?
100m先の松屋に行けば、並ばずみそ汁付きで牛丼が食べられるというのに。
こういうバカな騒ぎをするからおかしな輩が出てくる。
1つは大阪であった車が吉野家につっこむという事故。
牛丼を食いにきた男が駐車の際、アクセルとブレーキを間違えて、店に突っ込んだのだ。
幸いにして巻き込まれた客は軽傷で済んだらしいが、一歩間違えれば大惨事である。
もう1つ、兵庫県の吉野家で26歳の男が牛丼売り切れに腹をたて、
店員を突き飛ばし、暴行容疑で逮捕されたという。
私は思うんだけど、どちらの事故・事件もマスコミの過剰報道が起こしたものだ。
何も吉野家に行かなくてもすきやや松屋で牛丼は食えるのに、
まるで日本の牛丼は吉野家しかないみたいに「1年ぶり1日限り復活」と煽り立てるから、
上記のようなバカな客が出てくるわけだ。
まあそれはともかく、マスコミが吉野家を過剰報道することでもっと大きな問題が起きる可能性がある。
吉野家騒動の問題の本質、アメリカ産牛肉の輸入禁止の問題だ。
そもそもなぜこのような事態になったかというと、アメリカ産の牛肉の検査体制がしっかりしておらず、
世界的な狂牛病問題に拍車をかける恐れがあるから、
食の安全を最優先に考える日本政府が、輸入する牛の全頭検査を要望していることに際し、
そんな面倒な検査はできないけど、輸入は再開してくれとアメリカが騒いでいるというわけだ。
マスコミが吉野家騒動を取り上げれば取り上げるほど、
「これだけ消費者が待ち望んでいるのだからアメリカ産牛肉を再開しろ」といったムードを作ることになりかねず、
そうなった時に、もし危険な牛肉が輸入されることになり、
日本で狂牛病が今以上に拡大したら大変なことになる。
アメリカ産の牛丼を食わなくても誰も困らないわけだが、
マスコミの過剰報道で吉野家の牛丼が復活し、もし狂牛病でも発祥したらこれは大問題になる。
吉野家の牛丼を食えることが大事なのか、それとも狂牛病を水際で防ぐことが大事なのか、
そういう問題の軽重判断をできないマスコミがおもしろおかしく騒いでいるというわけだ。
しかし日本のマスコミ風評は実に恐ろしい。
数年前、はじめて狂牛病騒動が起こった時、アメリカ産の牛肉の問題ではなかったにもかかわらず、
「牛丼はすべて危険」みたいな煽り方をしたために、
牛丼しか売っていない吉野家はがらがらに空いていた。
空いていた吉野家でよく牛丼を食べたんだけど、
「牛丼食べて大丈夫なんですか?」とわけのわからん心配をする人も多かった。
問題の本質を隠蔽し、噂先行の真実なきマスコミ報道の威力がいかにすごいかを物語った事件だった。
ところが今、そのアメリカ産の牛肉が危険かもしれないというのに、
輸入禁止される前のアメリカ産牛肉を使った吉野家の牛丼を、
行列してまで食べようとしている連中がいる。
いかにマスコミ報道に国民が踊らされているかがわかる。
もう一度いう。
吉野家に牛丼はないが、すきやや松屋には牛丼がある。
牛丼食べたいならそっちに行け。
吉野家騒動をマスコミは必要以上に報道するな。
騒げば騒ぐほど、食の安全が愚かされる。
報道方針なきメディアへの買収阻止みたいな論評をする輩も多いが、
「1年ぶりの牛丼復活!」と題して吉野家を報道する愚かな既存メディアをみるにつけ、
既存メディアの内容のレベルの低さから考えれば、
どっかに買収された方がましな番組やニュースができるのではないかと思わざるを得ない。
2月11日、牛丼業界負け組代表の吉野家が、1年ぶりに1日だけ牛丼を復活した。
それをマスコミがこぞって過剰報道した。
そんなすごいニュースなのか?
日本から牛丼が消えてしまったならこれはすごいニュースだけど、
すきやも松屋もすでに牛丼を復活しているわけだし、
牛丼チェーン店以外で、もともとアメリカ産の牛肉を使わず牛丼を出している店は、
牛丼が消えるという観念すらないだろう。
吉野家の牛丼復活は吉野家の宣伝でしかない。
吉野家の宣伝をマスコミがこぞってニュースとして放送する。
これが既存メディアのレベルの低さを端的に表している。
こういったマスコミの過剰な報道のせいもあるのか、
驚くべきことに吉野家には行列ができていた。
私が鶴見駅前を歩いていると通りいっぱいに妙な行列ができていて、
競輪場行きのバス待ち行列かと思いきや、なんとその先は吉野家だった。
並んでまで食うほどのものか?
100m先の松屋に行けば、並ばずみそ汁付きで牛丼が食べられるというのに。
こういうバカな騒ぎをするからおかしな輩が出てくる。
1つは大阪であった車が吉野家につっこむという事故。
牛丼を食いにきた男が駐車の際、アクセルとブレーキを間違えて、店に突っ込んだのだ。
幸いにして巻き込まれた客は軽傷で済んだらしいが、一歩間違えれば大惨事である。
もう1つ、兵庫県の吉野家で26歳の男が牛丼売り切れに腹をたて、
店員を突き飛ばし、暴行容疑で逮捕されたという。
私は思うんだけど、どちらの事故・事件もマスコミの過剰報道が起こしたものだ。
何も吉野家に行かなくてもすきやや松屋で牛丼は食えるのに、
まるで日本の牛丼は吉野家しかないみたいに「1年ぶり1日限り復活」と煽り立てるから、
上記のようなバカな客が出てくるわけだ。
まあそれはともかく、マスコミが吉野家を過剰報道することでもっと大きな問題が起きる可能性がある。
吉野家騒動の問題の本質、アメリカ産牛肉の輸入禁止の問題だ。
そもそもなぜこのような事態になったかというと、アメリカ産の牛肉の検査体制がしっかりしておらず、
世界的な狂牛病問題に拍車をかける恐れがあるから、
食の安全を最優先に考える日本政府が、輸入する牛の全頭検査を要望していることに際し、
そんな面倒な検査はできないけど、輸入は再開してくれとアメリカが騒いでいるというわけだ。
マスコミが吉野家騒動を取り上げれば取り上げるほど、
「これだけ消費者が待ち望んでいるのだからアメリカ産牛肉を再開しろ」といったムードを作ることになりかねず、
そうなった時に、もし危険な牛肉が輸入されることになり、
日本で狂牛病が今以上に拡大したら大変なことになる。
アメリカ産の牛丼を食わなくても誰も困らないわけだが、
マスコミの過剰報道で吉野家の牛丼が復活し、もし狂牛病でも発祥したらこれは大問題になる。
吉野家の牛丼を食えることが大事なのか、それとも狂牛病を水際で防ぐことが大事なのか、
そういう問題の軽重判断をできないマスコミがおもしろおかしく騒いでいるというわけだ。
しかし日本のマスコミ風評は実に恐ろしい。
数年前、はじめて狂牛病騒動が起こった時、アメリカ産の牛肉の問題ではなかったにもかかわらず、
「牛丼はすべて危険」みたいな煽り方をしたために、
牛丼しか売っていない吉野家はがらがらに空いていた。
空いていた吉野家でよく牛丼を食べたんだけど、
「牛丼食べて大丈夫なんですか?」とわけのわからん心配をする人も多かった。
問題の本質を隠蔽し、噂先行の真実なきマスコミ報道の威力がいかにすごいかを物語った事件だった。
ところが今、そのアメリカ産の牛肉が危険かもしれないというのに、
輸入禁止される前のアメリカ産牛肉を使った吉野家の牛丼を、
行列してまで食べようとしている連中がいる。
いかにマスコミ報道に国民が踊らされているかがわかる。
もう一度いう。
吉野家に牛丼はないが、すきやや松屋には牛丼がある。
牛丼食べたいならそっちに行け。
吉野家騒動をマスコミは必要以上に報道するな。
騒げば騒ぐほど、食の安全が愚かされる。
私は突然、椎間板ヘルニアになり、到底、何週間も入院する切開手術などできるわけはないと思い、「日帰り入院可能!」というレーザー手術を受けに、東京八重洲クリニックに行ったが、結果は失敗だった。
東京八重洲クリニックなのですが、
あそこがいいか悪いか、本当に効くのか効かないのか、
それはなんともいえないところですが、
私は2002年、間違いなくあそこでレーザー手術を受けました。
小さいですが、手術室もあり、
手術室には、やはりレーザーがあやしいのではと思ったうちの父親にも、
手術室に入ってみてもらいました。
ただ残念ながら僕の場合はまったく効かず、
それどころかそれ以降、完全に寝たきり状態になってしまい、
自然回復および最終的には切開手術をせざるを得ませんでした。
もしかしたらレーザーで効き目がある人もいるのかもしれませんが、
あそこの宣伝文句のように60%もの人たちがはたして効果があったのかは、
病院のみぞ知るで、本当のことはわかりません。
また3ヶ月後に2回目をやれば80%以上の人が治るという数値も、
本当か嘘かまったくわかりません。
ただあそこの宣伝文句をみると、切開手術は悪で、レーザーは善だみたいな言い方をして、
レーザーなら簡単に日帰りでなおっちゃうみたいな気軽さがありますが、
こうして失敗した人も中にはいるのだということを伝えておきたくて、HPに掲載しています。
かといってレーザーはやめて切開手術がいいかどうかは微妙なところです。
切開手術をすれば物理的に切られるわけですし、入院に1ヶ月ちかくかかります。
そしてその後、完全に治るかというのも微妙です。
レーザーほど不確実性はありませんし、やればまずよくなりますが、
再発の危険性はあるようです。
それと八重洲クリニックではレーザー手術をやる直前に念書を書かされます。
「レーザー手術が失敗した場合、切開手術を受けざるを得なくなっても文句はいわない」
みたいな文言だと思いました。
これって相当効かない人がいるってことを裏付けているように思えますが、
手術前に差し出されてもとりあえず書くしかないでしょう・・・
レーザー手術は他にもいろんなところがやっているようです。
ただ八重洲クリニックではないレーザー手術だからいいとも言いがたいです。
そんなわけで、はっきりレーザはだめだとかいいとかいえなくてすみません。
ただ失敗した人は結構いるだろうということをまず知ってほしいということです。
逆に可能性は低いかもしれないけど、競馬の万馬券を買うみたいに、
60万円はたいてもいちかばちかに勝負してみるか、
失敗するのを覚悟で60万円捨てる覚悟でやってみる賭けとしては、
1つの選択肢になりうるのではないかと思います。
今、2年が経ちましたが、とりあえず切開手術をしたおかげで、
日常生活は問題なく過ごせています。
ただ前のような完全な状態にはなってしまったからには二度とならないとは思いますが。
ただヘルニアはかなり人によって違うようで、
「あやしげな東洋気功法でなおった」だの「電気治療でまたたくまになおった」
「何にもしないのが一番」「牽引をやったらなおった」だの
みんないろいろなことをいうので困ってしまうので、
一概にどの治療法がいいかわからないのが現在の状況かと思います。
東京八重洲クリニックなのですが、
あそこがいいか悪いか、本当に効くのか効かないのか、
それはなんともいえないところですが、
私は2002年、間違いなくあそこでレーザー手術を受けました。
小さいですが、手術室もあり、
手術室には、やはりレーザーがあやしいのではと思ったうちの父親にも、
手術室に入ってみてもらいました。
ただ残念ながら僕の場合はまったく効かず、
それどころかそれ以降、完全に寝たきり状態になってしまい、
自然回復および最終的には切開手術をせざるを得ませんでした。
もしかしたらレーザーで効き目がある人もいるのかもしれませんが、
あそこの宣伝文句のように60%もの人たちがはたして効果があったのかは、
病院のみぞ知るで、本当のことはわかりません。
また3ヶ月後に2回目をやれば80%以上の人が治るという数値も、
本当か嘘かまったくわかりません。
ただあそこの宣伝文句をみると、切開手術は悪で、レーザーは善だみたいな言い方をして、
レーザーなら簡単に日帰りでなおっちゃうみたいな気軽さがありますが、
こうして失敗した人も中にはいるのだということを伝えておきたくて、HPに掲載しています。
かといってレーザーはやめて切開手術がいいかどうかは微妙なところです。
切開手術をすれば物理的に切られるわけですし、入院に1ヶ月ちかくかかります。
そしてその後、完全に治るかというのも微妙です。
レーザーほど不確実性はありませんし、やればまずよくなりますが、
再発の危険性はあるようです。
それと八重洲クリニックではレーザー手術をやる直前に念書を書かされます。
「レーザー手術が失敗した場合、切開手術を受けざるを得なくなっても文句はいわない」
みたいな文言だと思いました。
これって相当効かない人がいるってことを裏付けているように思えますが、
手術前に差し出されてもとりあえず書くしかないでしょう・・・
レーザー手術は他にもいろんなところがやっているようです。
ただ八重洲クリニックではないレーザー手術だからいいとも言いがたいです。
そんなわけで、はっきりレーザはだめだとかいいとかいえなくてすみません。
ただ失敗した人は結構いるだろうということをまず知ってほしいということです。
逆に可能性は低いかもしれないけど、競馬の万馬券を買うみたいに、
60万円はたいてもいちかばちかに勝負してみるか、
失敗するのを覚悟で60万円捨てる覚悟でやってみる賭けとしては、
1つの選択肢になりうるのではないかと思います。
今、2年が経ちましたが、とりあえず切開手術をしたおかげで、
日常生活は問題なく過ごせています。
ただ前のような完全な状態にはなってしまったからには二度とならないとは思いますが。
ただヘルニアはかなり人によって違うようで、
「あやしげな東洋気功法でなおった」だの「電気治療でまたたくまになおった」
「何にもしないのが一番」「牽引をやったらなおった」だの
みんないろいろなことをいうので困ってしまうので、
一概にどの治療法がいいかわからないのが現在の状況かと思います。
「鶴見川をずっと上流にさかのぼっていくと、こどものくにに行けるんだよ」
といった同級生の言葉を信じて、その子と一緒に、自転車で、
鶴見川のぼりをしたのは、今から約20年前のこと。
僕が小学校3年生か4年生の時のことだ。
確か、何かイレギュラーなことがあって、平日、学校が休みになった。
退屈していた。
いつも遊んでいる社宅の友達はなぜかその時いなかった。
ふだんあまり遊ぶことのない同級生の古田君とどういうわけか遊ぶことになり、
「さて何をしようか」と思った時、彼から驚くべき言葉が発せられたというわけだ。
「こどものくに」という響きに魅かれて、
僕と彼は無謀にも鶴見川のぼりをすることにしたのだった。
自転車で行った。出発したのはそんなに早くはなかったと思う。
10時か11時ぐらいだったんじゃないか。
「川に沿っていけば着ける」というから迷子になる心配はないと思った。
でもこどものくにまで一体どれほどの時間がかかるかまったく知らなかった。
鶴見川に出て、森永工場を横目にしながら、東横線の綱島駅付近を通り過ぎ、
川沿いにどでかいラブホテル群が連なる、
新横浜付近に着いた頃にはもうへとへとだったと思う。
自転車で1時間か2時間だったか。
途中、商店でおにぎりだかパンだかを買って2人で食べて、また出発した。
新横浜を過ぎると、今までの鶴見川と違って、随分、川幅が狭くなり、
川の周囲は畑や小さな工場や空き地が点在する風景に変わっていた。
進めば進むほど、僕は恐くなっていた。
こどものくになんか着けるんだろうか。
こんな知らない遠くの場所に来てしまって大丈夫だろうか。
というか、日が明るいうちに帰れるのだろうか。
古田君は何の心配もしている様子もなく、どんどん自転車を飛ばしていく。
何度か戻ろうと声を掛けたが、聞き入れてくれなかった。
時計も持っていなかった。
僕はずっとずっといつかいおういつかいおうと思い、やっと古田君にいうことができた。
「僕はもう戻る」と。
そういったら古田君も戻るというと思っていたが、
「僕は行ってみるよ」といわれてしまった。
戻れることにほっとしたものの、行動を共にする友達がいず、
一人で帰ることを心細く思っていた。
川に沿って、来た道を帰ればいいだけだと言い聞かせて、
日が暗くならないうちに帰らねばと、僕は懸命に自転車をこぎだした。
僕は15時ぐらいに家に帰ってこれた。
古田君も16時ぐらいには戻ってきた。
「古田君はこどものくにへ行けたの?」と聞くと、「行けなかった」と答えた。
それ以来、僕の心に中に「ここではないどこか」=それはまるでユートピアのように、
「こどものくに」というまだ見ぬ場所への憧憬が募っていた。
縁あって小学校時代に住んだ鶴見に再び住むことになり、
いつか鶴見川をさかのぼってこどものくにへ行こうと思っていた。
そして昨日、僕は20年来の念願を実行に移すことができたのだ。
神奈川の地図を買ってきて、鶴見川からこどものくにまでどのぐらい距離があるのか調べた。
だいたい20kmぐらいだった。
(ちなみにずっと鶴見川をさかのぼるわけではなかった。
鶴見川から途中、恩田川にそれ、さらに恩田川から奈良川にそれる)
当時と同じように自転車で行こうかと思ったが、写真を撮りながら行きたいと思ったので、歩くことにした。
歩きなら帰りは電車にすれば、往復・自転車を使うのと時間的に変わらないだろう。
1km=15分と余裕を見て計算しても、20kmなら5時間で到着できるはずだ。
朝8時、鶴見川の森永工場を出発点とする。
道標があって、この地点は河口から4kmの地点らしい。
僕は20年前と同じように、こどものくにめざして、川沿いをさかのぼることにした。
10時ー2時間歩いて河口から13km地点の新横浜に到着。
2時間9km歩き続けたらかなり足がしんどい。
ひとまずベローチェに入り、一休憩。
10時30分過ぎ、再び歩き始める。
新横浜の鶴見川付近は横浜国際競技場ができていたり、そのおかげで、
「ワールドカップ大橋」なるものができていたり、
河川敷に平成22年完成予定の公園を作るための工事をしていて、
まるで雰囲気は変わっていた。
新横浜から鶴見川沿いを歩いていくのはほぼ横浜線と並行して歩くような感じで、横浜線の姿が見える。
どうやら20年前は新横浜で鶴見川本流でからそれて、早渕川に行ってしまったようで、
もう昔の面影を辿る川のぼりという意味はなしていないので、
ここまで歩いたのだから、横浜線に乗ってこどものくにへ行ってしまおうかという、
誘惑もあったが、断ち切ることにして、黙々と歩き出す。
やはり、こどものくにまで自力で行くことに意味があるのだ。
鶴見川をそれ、恩田川に入ってすぐ、中山駅付近のすかいらーくで昼食をとることに。
約2時間歩いて、およそ7kmぐらい歩いただろうか。
ここまでくれば2/3は終わったようなものだろう。
昼食を食べ終えると再び歩き出す。
恩田川に入ると川幅も狭く、人通りも少なく、これまでの川沿い散歩とは違った感じ。
周囲は畑ばかりで、どこか遠くの田舎町に来たような感じだ。
1時間およそ4kmほど歩いて、東急田園都市線の田奈駅に到着。
ここの東急ストア内のマックで一休憩して、ラストスパートに入る。
今、14時。あともう少しでこどものくにに到着できる。
恩田川から奈良川にそれ、こどものくに線と並行しながら歩いていく。
奈良川は川というよりドブという感じ。
疲れもピークに達し、日もだんだん薄くなり始め、こどものくにに着けるという高揚感があまりない。
そして15時、今まで憧れてきたユートピア、こどものくにに歩いてたどり着くことができた。
8時に出発し15時。ほぼ予定通り。20kmの道のりを川沿いに歩く酔狂な旅が終わったのである。
こどものくににはこどもがいっぱいいた。
大人になった僕に魅力のある場所ではないのははじめからわかっている。
ただ20年前、着くことのできなかったこどものくにに、
電車ではなく、川をさかのぼって歩いて行ったという感慨がなんともいえなかった。
もしかしたら旅とは、目的地が楽ししのではなく、
目的地に行くまでの道程が楽しいのかもしれないなと思った。
だから何で行くかが重要になる。
「いつか鶴見川をさかのぼって果たせなかったこどものくにに行ってみたい」
僕の中にあるささやかな「やりたいこ」の1つがここに終了した。
大人っていいよなとあらためて思う。
子供の時にできなかったことをこうしていとも簡単に(だいぶ疲れはしたが)実現できるのだから。
だから、大人でやりもしないで失敗することばかり恐れて、
くずくず文句をいっているやつはもったいないと思う。
その気になればなんでもできる。それが大人なんじゃないかな。
といった同級生の言葉を信じて、その子と一緒に、自転車で、
鶴見川のぼりをしたのは、今から約20年前のこと。
僕が小学校3年生か4年生の時のことだ。
確か、何かイレギュラーなことがあって、平日、学校が休みになった。
退屈していた。
いつも遊んでいる社宅の友達はなぜかその時いなかった。
ふだんあまり遊ぶことのない同級生の古田君とどういうわけか遊ぶことになり、
「さて何をしようか」と思った時、彼から驚くべき言葉が発せられたというわけだ。
「こどものくに」という響きに魅かれて、
僕と彼は無謀にも鶴見川のぼりをすることにしたのだった。
自転車で行った。出発したのはそんなに早くはなかったと思う。
10時か11時ぐらいだったんじゃないか。
「川に沿っていけば着ける」というから迷子になる心配はないと思った。
でもこどものくにまで一体どれほどの時間がかかるかまったく知らなかった。
鶴見川に出て、森永工場を横目にしながら、東横線の綱島駅付近を通り過ぎ、
川沿いにどでかいラブホテル群が連なる、
新横浜付近に着いた頃にはもうへとへとだったと思う。
自転車で1時間か2時間だったか。
途中、商店でおにぎりだかパンだかを買って2人で食べて、また出発した。
新横浜を過ぎると、今までの鶴見川と違って、随分、川幅が狭くなり、
川の周囲は畑や小さな工場や空き地が点在する風景に変わっていた。
進めば進むほど、僕は恐くなっていた。
こどものくになんか着けるんだろうか。
こんな知らない遠くの場所に来てしまって大丈夫だろうか。
というか、日が明るいうちに帰れるのだろうか。
古田君は何の心配もしている様子もなく、どんどん自転車を飛ばしていく。
何度か戻ろうと声を掛けたが、聞き入れてくれなかった。
時計も持っていなかった。
僕はずっとずっといつかいおういつかいおうと思い、やっと古田君にいうことができた。
「僕はもう戻る」と。
そういったら古田君も戻るというと思っていたが、
「僕は行ってみるよ」といわれてしまった。
戻れることにほっとしたものの、行動を共にする友達がいず、
一人で帰ることを心細く思っていた。
川に沿って、来た道を帰ればいいだけだと言い聞かせて、
日が暗くならないうちに帰らねばと、僕は懸命に自転車をこぎだした。
僕は15時ぐらいに家に帰ってこれた。
古田君も16時ぐらいには戻ってきた。
「古田君はこどものくにへ行けたの?」と聞くと、「行けなかった」と答えた。
それ以来、僕の心に中に「ここではないどこか」=それはまるでユートピアのように、
「こどものくに」というまだ見ぬ場所への憧憬が募っていた。
縁あって小学校時代に住んだ鶴見に再び住むことになり、
いつか鶴見川をさかのぼってこどものくにへ行こうと思っていた。
そして昨日、僕は20年来の念願を実行に移すことができたのだ。
神奈川の地図を買ってきて、鶴見川からこどものくにまでどのぐらい距離があるのか調べた。
だいたい20kmぐらいだった。
(ちなみにずっと鶴見川をさかのぼるわけではなかった。
鶴見川から途中、恩田川にそれ、さらに恩田川から奈良川にそれる)
当時と同じように自転車で行こうかと思ったが、写真を撮りながら行きたいと思ったので、歩くことにした。
歩きなら帰りは電車にすれば、往復・自転車を使うのと時間的に変わらないだろう。
1km=15分と余裕を見て計算しても、20kmなら5時間で到着できるはずだ。
朝8時、鶴見川の森永工場を出発点とする。
道標があって、この地点は河口から4kmの地点らしい。
僕は20年前と同じように、こどものくにめざして、川沿いをさかのぼることにした。
10時ー2時間歩いて河口から13km地点の新横浜に到着。
2時間9km歩き続けたらかなり足がしんどい。
ひとまずベローチェに入り、一休憩。
10時30分過ぎ、再び歩き始める。
新横浜の鶴見川付近は横浜国際競技場ができていたり、そのおかげで、
「ワールドカップ大橋」なるものができていたり、
河川敷に平成22年完成予定の公園を作るための工事をしていて、
まるで雰囲気は変わっていた。
新横浜から鶴見川沿いを歩いていくのはほぼ横浜線と並行して歩くような感じで、横浜線の姿が見える。
どうやら20年前は新横浜で鶴見川本流でからそれて、早渕川に行ってしまったようで、
もう昔の面影を辿る川のぼりという意味はなしていないので、
ここまで歩いたのだから、横浜線に乗ってこどものくにへ行ってしまおうかという、
誘惑もあったが、断ち切ることにして、黙々と歩き出す。
やはり、こどものくにまで自力で行くことに意味があるのだ。
鶴見川をそれ、恩田川に入ってすぐ、中山駅付近のすかいらーくで昼食をとることに。
約2時間歩いて、およそ7kmぐらい歩いただろうか。
ここまでくれば2/3は終わったようなものだろう。
昼食を食べ終えると再び歩き出す。
恩田川に入ると川幅も狭く、人通りも少なく、これまでの川沿い散歩とは違った感じ。
周囲は畑ばかりで、どこか遠くの田舎町に来たような感じだ。
1時間およそ4kmほど歩いて、東急田園都市線の田奈駅に到着。
ここの東急ストア内のマックで一休憩して、ラストスパートに入る。
今、14時。あともう少しでこどものくにに到着できる。
恩田川から奈良川にそれ、こどものくに線と並行しながら歩いていく。
奈良川は川というよりドブという感じ。
疲れもピークに達し、日もだんだん薄くなり始め、こどものくにに着けるという高揚感があまりない。
そして15時、今まで憧れてきたユートピア、こどものくにに歩いてたどり着くことができた。
8時に出発し15時。ほぼ予定通り。20kmの道のりを川沿いに歩く酔狂な旅が終わったのである。
こどものくににはこどもがいっぱいいた。
大人になった僕に魅力のある場所ではないのははじめからわかっている。
ただ20年前、着くことのできなかったこどものくにに、
電車ではなく、川をさかのぼって歩いて行ったという感慨がなんともいえなかった。
もしかしたら旅とは、目的地が楽ししのではなく、
目的地に行くまでの道程が楽しいのかもしれないなと思った。
だから何で行くかが重要になる。
「いつか鶴見川をさかのぼって果たせなかったこどものくにに行ってみたい」
僕の中にあるささやかな「やりたいこ」の1つがここに終了した。
大人っていいよなとあらためて思う。
子供の時にできなかったことをこうしていとも簡単に(だいぶ疲れはしたが)実現できるのだから。
だから、大人でやりもしないで失敗することばかり恐れて、
くずくず文句をいっているやつはもったいないと思う。
その気になればなんでもできる。それが大人なんじゃないかな。
バカなのはNHKだけじゃない。朝日新聞もフジテレビも同じだ。
結局、でかくなりすぎて大企業病化した既存メディアは、300年に一度の大革命IT革命で、
ヤフー、楽天、ライブドアにとってくわれるのは時間の問題だな。
つぶやきで最近何度も述べているが、テレビとそしてテレビ局は消滅する。
すべてインターネット発信のネット番組とネット局にとってかわられる。
テレビがパソコンになるからだ。
ポータルサイトを中心としたネットコンテンツ運営企業は、
情報発信の玄関口として、あらゆるコンテンツを買収で手に入れている。
すべての情報発信の窓口がネットになるからだ。
これからどんどんバカな銀行をぶっ潰し、買収し、ノウハウだけ手に入れて、
すべてネットに移行するというネット金融分野が大きな流れだが、
もう1つはプロ野球を含めた、映像コンテンツだ。
テレビが無料のようにネットも無料だ。
集客のあるネットは広告料金が高くなり、それで運営費をまかなえる。
だから今、ネットコンテンツ企業が映像分野にどんどん進出している。
プロ野球買収はその1つで、そのうち全球団ヤフーが買収するんじゃないかな。
ヤフーがすべてプロ野球団を運営する。
ヤフーでしかプロ野球が見れない。
関連グッズやチケット販売、広告など、あらゆる野球ビジネスが、
買収したヤフーの手に入るのだから。
情報発信の「場」を持っているところが勝つ。そういう時代になるのだ。
そうした一貫として、ライブドアのニッポン放送の株を35%取得という今回の「騒動」がある。
ラジオもテレビも、ビデオもDVDもなくなる時代がすぐそこまで来ている。
そういうものは、すべてパソコンとネットでできる時代なのだから。
なんとしてもヤフーの一人勝ちを阻止したいライブドアがなんとかして対抗するために、
フジサンケイグループの一角に進出したというわけだ。
ラジオのニッポン放送を足がかりに、テレビのフジテレビ、新聞の産経新聞、出版の扶桑社、
さらには音楽のポニーキャニオンと、
これまで築き上げてきたフジメディアを買収する足がかりといえる。
すべてがインターネットになる時代が近づいているのに、
時代についていけない頭の硬いバカな連中は、自分の私利私欲を含めた既得権益のために、
今回のライブドアの行動を批難しているわけだ。合法的に行なわれたにもかかわらず。
フジテレビはライブドア堀江社長の出演番組を休止したり、
今回の騒動にニッポン放送側は「会ったこともない人物に業務提携もくそもない」と、
時代錯誤もはなはだしい情けない恥さらしのコメントをしているわけだが、
時代を先読みしてニュースを流す朝日新聞までもが、
今回の騒動に対する愚かな社説を展開しているので、紹介しよう。
朝日:社説タイトル「マネーゲームでは困る」
解説:天下の朝日も落ちたな。
これはマネーゲームではない。株を取得しそれで儲けようなんて、
そういう相場師みたいな意図でライブドアが今回株を買ったわけではないのは明らかだ。
あらゆる情報発信の場がインターネットになる、そういう時代を見据えた、
映像コンテンツ買収の流れのなかでの株取得という解釈ができないのか、
あまりの情けない社説タイトルに、開いた口がふさがらない。
朝日:「昨年のプロ野球騒動のなかで何度も登場した32歳の企業経営者が、またニュースの主役となった。」
解説:この文面を読んで思うこと、
「世間の常識も知らない若造がまた騒動を起こしやがった」
そういう視点で書かれている。
頭の硬い時代錯誤な連中と一緒だな。
確かに、堀江社長のルックスを含めた態度、行動は、
好感度を損なう、マイナスイメージが強いが、
彼がやっている行動そのものと時代への先読み感はまったく狂っていない。
彼の好感度のなさが損をして、結局、彼が既存権益の扉をこじ開けたところで、
ソフトバンクと楽天がごっさぁんゴールをいただくという、そういう構造ができあがっているよな。
朝日:「忘れてはならないのは、ニッポン放送もフジテレビも、国民の公共財である電波を利用する事業であることだ」
解説:この社説を書いた人間ってほんとバカだね。
フジテレビが国民の公共財?
公共財だからライブドアのような新興企業に運営する資格はないという論理なんだろうけど、
フジテレビは公共財ではないし、テレビ局で唯一の「公共」財であるNHKの不祥事しかり、
あらゆる国営事業のずさんな経営をあげるまでもなく、
「公共」という観念が崩壊しつつある今、
「公共」だから32歳の若造が進出するとは何事だみたいな、
青臭い感情論で天下の大新聞の社説を書いていることを恥ずかしいとは思わないのかな。
朝日:「これからのメディア経営は、視聴率だけでなく、
株主や国民の意向にも敏感でなければ乗り切れない時代である」
解説:だから既存のメディアはだめで、ライブドアのようなところが、
買収して時代にあった経営、運営をすべきだという、歓迎論にならなければならないのに、
それを書いている意図が、視聴率ばかりにこだわっている既存メディアを擁護し、
新しい経営感覚を持ち込もうとしているライブドアを批難しているところに、
この社説を書いた朝日新聞の担当者の情けなさが如実に現れている。
ライブドアがニッポン放送の株を35%買ったぐらいで「騒動」なんて騒ぐ方がおかしい。
これからどんどん、そういう話が出てくるよ。
ヤフー、楽天あたりがライブドアを出しにして重い扉を開かせた後に、
テレビ局を買収したりNHKやNTTを買収したりする時代が、すぐそこまで近づいている。
それによって視聴者は、今のような時間割でのくだらん番組のオンパレードではなく、
多種多様な番組をいつでも見ることができる恩恵を受けることができるだろうな。
朝日新聞の社説がこんな情けないとは。
ライブドアあたりに買収されるんじゃないか。朝日新聞も。
結局、でかくなりすぎて大企業病化した既存メディアは、300年に一度の大革命IT革命で、
ヤフー、楽天、ライブドアにとってくわれるのは時間の問題だな。
つぶやきで最近何度も述べているが、テレビとそしてテレビ局は消滅する。
すべてインターネット発信のネット番組とネット局にとってかわられる。
テレビがパソコンになるからだ。
ポータルサイトを中心としたネットコンテンツ運営企業は、
情報発信の玄関口として、あらゆるコンテンツを買収で手に入れている。
すべての情報発信の窓口がネットになるからだ。
これからどんどんバカな銀行をぶっ潰し、買収し、ノウハウだけ手に入れて、
すべてネットに移行するというネット金融分野が大きな流れだが、
もう1つはプロ野球を含めた、映像コンテンツだ。
テレビが無料のようにネットも無料だ。
集客のあるネットは広告料金が高くなり、それで運営費をまかなえる。
だから今、ネットコンテンツ企業が映像分野にどんどん進出している。
プロ野球買収はその1つで、そのうち全球団ヤフーが買収するんじゃないかな。
ヤフーがすべてプロ野球団を運営する。
ヤフーでしかプロ野球が見れない。
関連グッズやチケット販売、広告など、あらゆる野球ビジネスが、
買収したヤフーの手に入るのだから。
情報発信の「場」を持っているところが勝つ。そういう時代になるのだ。
そうした一貫として、ライブドアのニッポン放送の株を35%取得という今回の「騒動」がある。
ラジオもテレビも、ビデオもDVDもなくなる時代がすぐそこまで来ている。
そういうものは、すべてパソコンとネットでできる時代なのだから。
なんとしてもヤフーの一人勝ちを阻止したいライブドアがなんとかして対抗するために、
フジサンケイグループの一角に進出したというわけだ。
ラジオのニッポン放送を足がかりに、テレビのフジテレビ、新聞の産経新聞、出版の扶桑社、
さらには音楽のポニーキャニオンと、
これまで築き上げてきたフジメディアを買収する足がかりといえる。
すべてがインターネットになる時代が近づいているのに、
時代についていけない頭の硬いバカな連中は、自分の私利私欲を含めた既得権益のために、
今回のライブドアの行動を批難しているわけだ。合法的に行なわれたにもかかわらず。
フジテレビはライブドア堀江社長の出演番組を休止したり、
今回の騒動にニッポン放送側は「会ったこともない人物に業務提携もくそもない」と、
時代錯誤もはなはだしい情けない恥さらしのコメントをしているわけだが、
時代を先読みしてニュースを流す朝日新聞までもが、
今回の騒動に対する愚かな社説を展開しているので、紹介しよう。
朝日:社説タイトル「マネーゲームでは困る」
解説:天下の朝日も落ちたな。
これはマネーゲームではない。株を取得しそれで儲けようなんて、
そういう相場師みたいな意図でライブドアが今回株を買ったわけではないのは明らかだ。
あらゆる情報発信の場がインターネットになる、そういう時代を見据えた、
映像コンテンツ買収の流れのなかでの株取得という解釈ができないのか、
あまりの情けない社説タイトルに、開いた口がふさがらない。
朝日:「昨年のプロ野球騒動のなかで何度も登場した32歳の企業経営者が、またニュースの主役となった。」
解説:この文面を読んで思うこと、
「世間の常識も知らない若造がまた騒動を起こしやがった」
そういう視点で書かれている。
頭の硬い時代錯誤な連中と一緒だな。
確かに、堀江社長のルックスを含めた態度、行動は、
好感度を損なう、マイナスイメージが強いが、
彼がやっている行動そのものと時代への先読み感はまったく狂っていない。
彼の好感度のなさが損をして、結局、彼が既存権益の扉をこじ開けたところで、
ソフトバンクと楽天がごっさぁんゴールをいただくという、そういう構造ができあがっているよな。
朝日:「忘れてはならないのは、ニッポン放送もフジテレビも、国民の公共財である電波を利用する事業であることだ」
解説:この社説を書いた人間ってほんとバカだね。
フジテレビが国民の公共財?
公共財だからライブドアのような新興企業に運営する資格はないという論理なんだろうけど、
フジテレビは公共財ではないし、テレビ局で唯一の「公共」財であるNHKの不祥事しかり、
あらゆる国営事業のずさんな経営をあげるまでもなく、
「公共」という観念が崩壊しつつある今、
「公共」だから32歳の若造が進出するとは何事だみたいな、
青臭い感情論で天下の大新聞の社説を書いていることを恥ずかしいとは思わないのかな。
朝日:「これからのメディア経営は、視聴率だけでなく、
株主や国民の意向にも敏感でなければ乗り切れない時代である」
解説:だから既存のメディアはだめで、ライブドアのようなところが、
買収して時代にあった経営、運営をすべきだという、歓迎論にならなければならないのに、
それを書いている意図が、視聴率ばかりにこだわっている既存メディアを擁護し、
新しい経営感覚を持ち込もうとしているライブドアを批難しているところに、
この社説を書いた朝日新聞の担当者の情けなさが如実に現れている。
ライブドアがニッポン放送の株を35%買ったぐらいで「騒動」なんて騒ぐ方がおかしい。
これからどんどん、そういう話が出てくるよ。
ヤフー、楽天あたりがライブドアを出しにして重い扉を開かせた後に、
テレビ局を買収したりNHKやNTTを買収したりする時代が、すぐそこまで近づいている。
それによって視聴者は、今のような時間割でのくだらん番組のオンパレードではなく、
多種多様な番組をいつでも見ることができる恩恵を受けることができるだろうな。
朝日新聞の社説がこんな情けないとは。
ライブドアあたりに買収されるんじゃないか。朝日新聞も。
昨年のアジアワールドカップ1次予選、格下オマーン相手に、
初戦ホームであわや引き分けかと思いきや、
なんとか最後、運よく久保が決めてやっと1-0で勝った。
まさしくその時からなんの進歩もしていないジーコ。
今回もベンチワークの完全なミスで、格下楽勝相手の北朝鮮に、
あわや負けに等しい引き分けと思いきや、
たまたま運よく最後ロスタイムで勝ち越すという、
非常に危ない試合をしている。
勝ったからいいじゃないか?
こんなんじゃ、見る気がうせる。
ジーコではない誰かが監督をやっていれば快勝していただろう。
1:北朝鮮のベンチワークミスのおかげで前半1-0
バカなことをした監督はジーコだけではなかった。
北朝鮮の監督はエースキムヨンスを外し、
初スタメンの2人を起用するという「奇襲」に出たため、
まったくリズムがつかめずいらん失点をした。
このおかげで日本は助けられた。
2:キムヨンス投入後の流れを変えるベンチーワークのできないジーコ
ミスに気づいた北朝鮮の監督は前半28分、あわててエースを投入。
途端、北朝鮮のリズムがよくなった。
前半はしのいだが後半。
日本にまったく集中力がなく、逆に北朝鮮が非常に集中していた。
これはまずいな。
いつか同点に追いつかれてしまう。
後半、早い段階で監督はその見極めをし、選手を変えるべきだった。
3:後半采配ミス:高原はいらない
まず帰るべきはFW玉田を大黒にチェンジすること。
しかしバカなジーコがまったく動かなかったせいで、
まんまと北朝鮮にゴールを入れられ、それからあせってFWを変えた。
事もあろうに、玉田ではなく鈴木を変えた。
これが第一のミスだ。
玉田は確かに前半いい働きをしていたが、後半集中力なく、バテ気味でミスを連発していた。
ポストとして機能していて、まだ疲れていない鈴木を残し、
練習試合で非常に調子のよいFW大黒を早く投入すべきだった。
私は海外組をもっと呼ぶべきだといったが、稲本と高原はいらないと思っている。
まして高原は昨日帰ってきたばかりでしょ。
機能するはずがない。
その高原を似たタイプの玉田を残して使った。
見事にシュートチャンスのミスを連発する。
これは明らかにジーコのミスだ。
この後、大黒がミラクルゴールを決めてくれるわけだけど、
早めに投入していれば、北朝鮮に追いつかれることもなく、
2-0、3-1ぐらいで勝利していただろう。
3:なぜ俊輔をDFと変えるのか?
後半、北朝鮮に追いつかれてあせったジーコは、高原に続き俊輔も投入。
しかも小笠原ではなくDFを変え、システムを3バックから4バックに変えた。
あのね、ジーコさん、結局は海外組頼りの采配じゃないですか。
しかもチームとして連係をしていない海外組を同点で2人同時に入れ、
普段やっていないシステムを採用する。
そんなバカなことするんだったら、国内組もくそもなく、
はじめっから海外組集めて機能するシステムでやればいいわけで、
何をこの段階で中途半端なことやってるんだよ。
国内組中心といいつつ、昨日帰ってきたばかりで、チームでプレーしていない2人を同時投入し、
しかもシステムを変える。
俊輔はこの代表にいなくてはならないスーパープレーヤーだから、
見せ場を何度か見せていたけど、小笠原と無理に併用するから、
おかしなことになっていた。
小笠原は後半、集中力がきれ、ミスを連発していた。
変えるなら俊輔から小笠原だろう。
結局ジーコは選手を何も見ていない。
ただこれまで調子のよかった玉田と小笠原を使いたかっただけだ。
最も後半集中力なく変えるべき選手2人を使い続けたために、
楽勝で勝てる試合を大激戦にしてしまった。
4:ボランチに小野や中田がいれば
そもそも代表のメンバー選びから間違っているジーコ。
小野、中田を呼んでおけば、この試合でまったく機能していない、
福西・遠藤を小野や中田を使えることができるのに。
それとなぜ三都主を使うのか。ほんとあいついらない。
機能してない。ミスする。ファールする。審判に文句つけ流れを悪くする。
ジーコのえこひいき采配のせいで、チームとしてそもそも機能不全に陥っている。
今、これだけタレントぞろいの日本。
ジーコでなければこんなへぼい日本代表スタメンにはならないだろう。
たとえ国内組だけでやったとしても。
5:3枚のカードを残り10分で使い切る愚策
結局、アホなスタメンで、効果的なメンバー交代ができないから、
北朝鮮に追いつかれ、あわや引き分けかという焦りで、
残り10分を残して3枚の交代カードを使ってしまう愚かさ。
最低でも1枚はとっておかないと不慮の自体に対処できなくなる。
負けているならともかく、3枚の交代カードを10分残して使い切ってしまうというのは、
いかにジーコのメンバー選び、スタメン選び、選手交代が悪いかの証左である。
ほんと、ジーコはいらない。
強い日本を弱くさせて戦っている。
格下・北朝鮮相手にこの程度の試合しかできず、
これから先、強敵イラン、バーレーンでどう戦うのか?
その時のためにも今から海外組を呼んでおいて連係させなくてどうするのか?
この試合、運よく勝ってしまったけど、どうせなら、
引き分けでジーコが責任を追って解任させた方が、
今後の日本代表にとってはいい結果だったのではないかと残念で仕方がない。
初戦ホームであわや引き分けかと思いきや、
なんとか最後、運よく久保が決めてやっと1-0で勝った。
まさしくその時からなんの進歩もしていないジーコ。
今回もベンチワークの完全なミスで、格下楽勝相手の北朝鮮に、
あわや負けに等しい引き分けと思いきや、
たまたま運よく最後ロスタイムで勝ち越すという、
非常に危ない試合をしている。
勝ったからいいじゃないか?
こんなんじゃ、見る気がうせる。
ジーコではない誰かが監督をやっていれば快勝していただろう。
1:北朝鮮のベンチワークミスのおかげで前半1-0
バカなことをした監督はジーコだけではなかった。
北朝鮮の監督はエースキムヨンスを外し、
初スタメンの2人を起用するという「奇襲」に出たため、
まったくリズムがつかめずいらん失点をした。
このおかげで日本は助けられた。
2:キムヨンス投入後の流れを変えるベンチーワークのできないジーコ
ミスに気づいた北朝鮮の監督は前半28分、あわててエースを投入。
途端、北朝鮮のリズムがよくなった。
前半はしのいだが後半。
日本にまったく集中力がなく、逆に北朝鮮が非常に集中していた。
これはまずいな。
いつか同点に追いつかれてしまう。
後半、早い段階で監督はその見極めをし、選手を変えるべきだった。
3:後半采配ミス:高原はいらない
まず帰るべきはFW玉田を大黒にチェンジすること。
しかしバカなジーコがまったく動かなかったせいで、
まんまと北朝鮮にゴールを入れられ、それからあせってFWを変えた。
事もあろうに、玉田ではなく鈴木を変えた。
これが第一のミスだ。
玉田は確かに前半いい働きをしていたが、後半集中力なく、バテ気味でミスを連発していた。
ポストとして機能していて、まだ疲れていない鈴木を残し、
練習試合で非常に調子のよいFW大黒を早く投入すべきだった。
私は海外組をもっと呼ぶべきだといったが、稲本と高原はいらないと思っている。
まして高原は昨日帰ってきたばかりでしょ。
機能するはずがない。
その高原を似たタイプの玉田を残して使った。
見事にシュートチャンスのミスを連発する。
これは明らかにジーコのミスだ。
この後、大黒がミラクルゴールを決めてくれるわけだけど、
早めに投入していれば、北朝鮮に追いつかれることもなく、
2-0、3-1ぐらいで勝利していただろう。
3:なぜ俊輔をDFと変えるのか?
後半、北朝鮮に追いつかれてあせったジーコは、高原に続き俊輔も投入。
しかも小笠原ではなくDFを変え、システムを3バックから4バックに変えた。
あのね、ジーコさん、結局は海外組頼りの采配じゃないですか。
しかもチームとして連係をしていない海外組を同点で2人同時に入れ、
普段やっていないシステムを採用する。
そんなバカなことするんだったら、国内組もくそもなく、
はじめっから海外組集めて機能するシステムでやればいいわけで、
何をこの段階で中途半端なことやってるんだよ。
国内組中心といいつつ、昨日帰ってきたばかりで、チームでプレーしていない2人を同時投入し、
しかもシステムを変える。
俊輔はこの代表にいなくてはならないスーパープレーヤーだから、
見せ場を何度か見せていたけど、小笠原と無理に併用するから、
おかしなことになっていた。
小笠原は後半、集中力がきれ、ミスを連発していた。
変えるなら俊輔から小笠原だろう。
結局ジーコは選手を何も見ていない。
ただこれまで調子のよかった玉田と小笠原を使いたかっただけだ。
最も後半集中力なく変えるべき選手2人を使い続けたために、
楽勝で勝てる試合を大激戦にしてしまった。
4:ボランチに小野や中田がいれば
そもそも代表のメンバー選びから間違っているジーコ。
小野、中田を呼んでおけば、この試合でまったく機能していない、
福西・遠藤を小野や中田を使えることができるのに。
それとなぜ三都主を使うのか。ほんとあいついらない。
機能してない。ミスする。ファールする。審判に文句つけ流れを悪くする。
ジーコのえこひいき采配のせいで、チームとしてそもそも機能不全に陥っている。
今、これだけタレントぞろいの日本。
ジーコでなければこんなへぼい日本代表スタメンにはならないだろう。
たとえ国内組だけでやったとしても。
5:3枚のカードを残り10分で使い切る愚策
結局、アホなスタメンで、効果的なメンバー交代ができないから、
北朝鮮に追いつかれ、あわや引き分けかという焦りで、
残り10分を残して3枚の交代カードを使ってしまう愚かさ。
最低でも1枚はとっておかないと不慮の自体に対処できなくなる。
負けているならともかく、3枚の交代カードを10分残して使い切ってしまうというのは、
いかにジーコのメンバー選び、スタメン選び、選手交代が悪いかの証左である。
ほんと、ジーコはいらない。
強い日本を弱くさせて戦っている。
格下・北朝鮮相手にこの程度の試合しかできず、
これから先、強敵イラン、バーレーンでどう戦うのか?
その時のためにも今から海外組を呼んでおいて連係させなくてどうするのか?
この試合、運よく勝ってしまったけど、どうせなら、
引き分けでジーコが責任を追って解任させた方が、
今後の日本代表にとってはいい結果だったのではないかと残念で仕方がない。
いよいよ今日の19時30分、政治的にも非常に注目の、
日本VS北朝鮮のサッカーワールドカップ・アジア最終予選初戦が埼玉で行なわれる。
2/4のつぶやきで述べたように、日本はイラン、バーレーン、北朝鮮の3チームとリーグ戦を行なうわけだが、
最も格下の北朝鮮戦、しかもホーム(日本)での戦いでしかも初戦、
絶対に落とせない、絶対に勝たなくてはならない試合だ。
就任当初はバカの一つ覚えのごとく、海外組を多用した。
その反動で、今度はバカの一つ覚えのごとく、国内組を多用する。
しかも俊輔をスタメンで使わないというとんでもないミスをしそうだ。
もし今日の試合、負けか引き分けになるようだったら、
ジーコ監督の責任は重大だろう。
そして今までジーコ監督体制を許してきたサッカー協会の責任も問われるだろう。
そして何より、北朝鮮との外交問題がある最中である。
北朝鮮の政治的高圧態度を加速化させないためにも、
絶対に負けられない試合でもある。
ここで落とすようなことがあれば、ジーコは政治的悪影響も及ぼすことになる。
注目の試合。ぜひサッカーに興味がない人もこの一戦の結果に注目してほしい。
※昨日の朝、テレビ朝日のニュース番組が北朝鮮戦の警備が多いことを批判していたが、
まったくナンセンスだ。
拉致問題の結果、弱腰現政権にあれほど罵声を浴びせた日本国民の、
北朝鮮に対する悪感情をあまりに軽視しすぎている。
もし誰か一人でも、北朝鮮選手にバカなことをするような輩がいたら、
日本と北朝鮮は「戦争」になるかもしれないほど、危機的状況にある。
警備を徹底するのは当たり前のことで、
「警備しすぎるとかえって刺激する」なんてバカなことをいっている評論家は、
二度とテレビに出ない方がいい。
そのぐらい、非常に政治的に神経質な対戦なのだ。
ただ本当に恐ろしいのは日本での戦いではない。
対北朝鮮とはもう1回、今度(6/8)は平壌でやるわけだ。
これも非常に政治的には何事かあってはならない、神経質な戦いになるだろう。
両国の友好を深めるはずのスポーツが、まるで代理戦争のような形になってしまうのは、
残念ながら現実としては他国でもあること。
徹底した警備が必要なのはいうまでもない。
日本VS北朝鮮のサッカーワールドカップ・アジア最終予選初戦が埼玉で行なわれる。
2/4のつぶやきで述べたように、日本はイラン、バーレーン、北朝鮮の3チームとリーグ戦を行なうわけだが、
最も格下の北朝鮮戦、しかもホーム(日本)での戦いでしかも初戦、
絶対に落とせない、絶対に勝たなくてはならない試合だ。
就任当初はバカの一つ覚えのごとく、海外組を多用した。
その反動で、今度はバカの一つ覚えのごとく、国内組を多用する。
しかも俊輔をスタメンで使わないというとんでもないミスをしそうだ。
もし今日の試合、負けか引き分けになるようだったら、
ジーコ監督の責任は重大だろう。
そして今までジーコ監督体制を許してきたサッカー協会の責任も問われるだろう。
そして何より、北朝鮮との外交問題がある最中である。
北朝鮮の政治的高圧態度を加速化させないためにも、
絶対に負けられない試合でもある。
ここで落とすようなことがあれば、ジーコは政治的悪影響も及ぼすことになる。
注目の試合。ぜひサッカーに興味がない人もこの一戦の結果に注目してほしい。
※昨日の朝、テレビ朝日のニュース番組が北朝鮮戦の警備が多いことを批判していたが、
まったくナンセンスだ。
拉致問題の結果、弱腰現政権にあれほど罵声を浴びせた日本国民の、
北朝鮮に対する悪感情をあまりに軽視しすぎている。
もし誰か一人でも、北朝鮮選手にバカなことをするような輩がいたら、
日本と北朝鮮は「戦争」になるかもしれないほど、危機的状況にある。
警備を徹底するのは当たり前のことで、
「警備しすぎるとかえって刺激する」なんてバカなことをいっている評論家は、
二度とテレビに出ない方がいい。
そのぐらい、非常に政治的に神経質な対戦なのだ。
ただ本当に恐ろしいのは日本での戦いではない。
対北朝鮮とはもう1回、今度(6/8)は平壌でやるわけだ。
これも非常に政治的には何事かあってはならない、神経質な戦いになるだろう。
両国の友好を深めるはずのスポーツが、まるで代理戦争のような形になってしまうのは、
残念ながら現実としては他国でもあること。
徹底した警備が必要なのはいうまでもない。
アメリカの牛肉輸入禁止が予想以上に長引き、
オーストラリア産や中国産で牛丼を登場させた、
「すき家」や「松屋」はそれほど売り上げを落ち込ませずに済んでいるのだが、
(※すき家は落ち込むどころか、牛丼大手4社で前年比増だ)
私が吉野家にメールで忠告したにもかかわらず、
相変わらず、牛丼を販売できない、牛丼単品経営のはずの吉野家が、
壊滅的な打撃を受けているこの状況下で、
松屋に実においしそうな新メニューが登場したので紹介しよう。
キムチチゲである。
キムチチゲ定食というのがそれは頼んではいけない。
これは490円でただのごはんに、このキムチチゲと、
(キムチと豚肉と豆腐の入ったキムチ鍋スープといった感じ)
そしてなぜか意味不明の温泉卵がつくんだけど、
これは味気ないので注文はしないように。
(昨日の昼、食って後悔した)
同じキムチチゲでも豚めしとこの大きな器に入ったキムチチゲセット490円がおすすめなのである。
豚めしと同じほどの器に入った量の多さにまず驚く。
みそ汁の代わりというより1品多くついた感じのボリューム感。
そして何より、豚めしにこのキムチをのっけると、豚キムチ丼としても食え、
でも単なる豚キムチ丼だけでなく、キムチスープとしても味わえるし、
豆腐や肉も入っているので、物足りない豚めしに大きなプラスアルファになるのだ。
このキムチチゲが実にうまい。
まあ別にこの安い値段にもかかわらずという意味でだが、よくできてますよ。
うまいので、昼、キムチチゲ定食を食ったにもかかわらず、
同じ日の夜に豚めし&キムチチゲセットを食べた次第です。
牛肉が輸入できないという逆境があったからこそ、創意工夫で生まれた商品。
ピンチはチャンスなんだよな。
マイナスをプラスに転ずることができる発想。
それが企業でも人でも必要なんだと思う。
その点、吉野家は完全に「負け組」だな。
オーストラリア産や中国産で牛丼を登場させた、
「すき家」や「松屋」はそれほど売り上げを落ち込ませずに済んでいるのだが、
(※すき家は落ち込むどころか、牛丼大手4社で前年比増だ)
私が吉野家にメールで忠告したにもかかわらず、
相変わらず、牛丼を販売できない、牛丼単品経営のはずの吉野家が、
壊滅的な打撃を受けているこの状況下で、
松屋に実においしそうな新メニューが登場したので紹介しよう。
キムチチゲである。
キムチチゲ定食というのがそれは頼んではいけない。
これは490円でただのごはんに、このキムチチゲと、
(キムチと豚肉と豆腐の入ったキムチ鍋スープといった感じ)
そしてなぜか意味不明の温泉卵がつくんだけど、
これは味気ないので注文はしないように。
(昨日の昼、食って後悔した)
同じキムチチゲでも豚めしとこの大きな器に入ったキムチチゲセット490円がおすすめなのである。
豚めしと同じほどの器に入った量の多さにまず驚く。
みそ汁の代わりというより1品多くついた感じのボリューム感。
そして何より、豚めしにこのキムチをのっけると、豚キムチ丼としても食え、
でも単なる豚キムチ丼だけでなく、キムチスープとしても味わえるし、
豆腐や肉も入っているので、物足りない豚めしに大きなプラスアルファになるのだ。
このキムチチゲが実にうまい。
まあ別にこの安い値段にもかかわらずという意味でだが、よくできてますよ。
うまいので、昼、キムチチゲ定食を食ったにもかかわらず、
同じ日の夜に豚めし&キムチチゲセットを食べた次第です。
牛肉が輸入できないという逆境があったからこそ、創意工夫で生まれた商品。
ピンチはチャンスなんだよな。
マイナスをプラスに転ずることができる発想。
それが企業でも人でも必要なんだと思う。
その点、吉野家は完全に「負け組」だな。
最高の書です!
もう先が読みたくて仕方がなく、本を持っていないとそわそわしてしまうぐらい、実にすばらしい作品。
文句なしの最高偏差値75の評価です。
物語のおもしろさあり、歴史としてのおもしろさあり、
そして今後のさまざまな政治、社会を考えさせられる書としてもおもしろく、
ぜひみなさんに「すぐ」読んでほしい本です。
集英社文庫から出てます。
ちなみに上巻のはじめのプロローグはたった12ページといえどつまらないので、
ここでくれぐれも短気をおこして挫折しないように。
1968年、チェコスロバキアで起きた自由を求める民衆運動「プラハの春」が、
ソ連軍を中心とした共産主義国家に押しつぶされるまでの状況を、
日本大使館勤務だった外交官の著者の体験をもとに書いた作品。
非常に政治的な話だが、そこにうまいこと恋愛を織り込むことにより、
実に奥が深く、そして読みやすく、劇的な政治&恋愛ドラマとなっている。
本を読んで驚いたのは、旧共産主義諸国の政治のひどさ。
ここまでひどいとは思わなかった。
権力の集中による権力者のどうしようもない腐敗と、民衆の自由を制限する圧政。
権力内部にあっても密告や監視を恐れて誰も信用できない社会。
まるでナチスの生まれ変わりであるかのような、ファシズムの双生児といっていいコミュニズム。
その実態が赤裸々に書かれて、ここまで「東」側の国がひどかったことにショックを受けた。
それともう1つ。
ここではその腐敗した社会主義を「真」の社会主義再生をするために、
力を注ぐ人々が描かれることにより、
必ずしも社会主義=悪い体制ということではないことがわかる。
社会主義が腐敗したのは民主主義を放棄し、独裁共産主義になってしまったからだ。
政治的には自由民主主義で、経済的には社会主義といった体制をのぞんだのが、
既存社会主義勢力に反対した民衆の声であり、「プラハの春」などの政治運動だった。
そしてこの本の中では、そういった社会主義再生運動にかかわった人々のセリフや手紙という形で、
今の社会状況を予感させるようなことが書かれていることも、
単に過去の歴史物語ではなく、今読んでもまさしく同時代の問題として、
身に寄せて考えながら読むことができるのがすばらしい。
中でも、1989年に劇的に崩壊した東側諸国の体制と冷戦時代の崩壊、
しかしその「東」の敗北によって、西側の勝利、資本主義の勝利になるどころか、
アンチテーゼを失った西側・資本主義が、社会主義国の崩壊に伴い、
ともに没落していくことを示唆した次の文章(手紙)はすばらしい。
「歪曲された、まやかしの既成社会主義体制が崩壊することで(中略)、
資本主義はとどまることなく暴走し、本性をさらけ出すことでしょう。
競争と弱肉強食の独占論理が人間社会の隅々にまで行き渡り、
好むと好まざるとにかかわらず、人々を窒息させるのです。
社会主義の自滅のゆえに、資本主義そして経済帝国主義が野放しになるとき、
大資本による果てしない搾取と人心の荒廃、そして環境破壊が進行し、人類滅亡の危機が迫るでしょう。
人々が気づくときにはもう遅いのです」
これはまさしく僕が常日頃から、つぶやきかさこなどで現社会体制に疑問を投げ掛けている、
問題提起の根源をなすものと、まったく同じ指摘だ。
独裁共産主義を改革しようと考えた人々は、
単に独裁共産主義のまやかしを見抜いただけにとどまらず、
形は違えど同じ穴のむじなの欲望資本主義のまやかしをも直感していたのだ。
政治、社会、そして人々の生活と、平和、幸せ。
いろいろなことを考えさせる、日本最高傑作の書といってもいいぐらい。
「深夜特急」沢木耕太郎著以来の、超感動感激作品です。
もう先が読みたくて仕方がなく、本を持っていないとそわそわしてしまうぐらい、実にすばらしい作品。
文句なしの最高偏差値75の評価です。
物語のおもしろさあり、歴史としてのおもしろさあり、
そして今後のさまざまな政治、社会を考えさせられる書としてもおもしろく、
ぜひみなさんに「すぐ」読んでほしい本です。
集英社文庫から出てます。
ちなみに上巻のはじめのプロローグはたった12ページといえどつまらないので、
ここでくれぐれも短気をおこして挫折しないように。
1968年、チェコスロバキアで起きた自由を求める民衆運動「プラハの春」が、
ソ連軍を中心とした共産主義国家に押しつぶされるまでの状況を、
日本大使館勤務だった外交官の著者の体験をもとに書いた作品。
非常に政治的な話だが、そこにうまいこと恋愛を織り込むことにより、
実に奥が深く、そして読みやすく、劇的な政治&恋愛ドラマとなっている。
本を読んで驚いたのは、旧共産主義諸国の政治のひどさ。
ここまでひどいとは思わなかった。
権力の集中による権力者のどうしようもない腐敗と、民衆の自由を制限する圧政。
権力内部にあっても密告や監視を恐れて誰も信用できない社会。
まるでナチスの生まれ変わりであるかのような、ファシズムの双生児といっていいコミュニズム。
その実態が赤裸々に書かれて、ここまで「東」側の国がひどかったことにショックを受けた。
それともう1つ。
ここではその腐敗した社会主義を「真」の社会主義再生をするために、
力を注ぐ人々が描かれることにより、
必ずしも社会主義=悪い体制ということではないことがわかる。
社会主義が腐敗したのは民主主義を放棄し、独裁共産主義になってしまったからだ。
政治的には自由民主主義で、経済的には社会主義といった体制をのぞんだのが、
既存社会主義勢力に反対した民衆の声であり、「プラハの春」などの政治運動だった。
そしてこの本の中では、そういった社会主義再生運動にかかわった人々のセリフや手紙という形で、
今の社会状況を予感させるようなことが書かれていることも、
単に過去の歴史物語ではなく、今読んでもまさしく同時代の問題として、
身に寄せて考えながら読むことができるのがすばらしい。
中でも、1989年に劇的に崩壊した東側諸国の体制と冷戦時代の崩壊、
しかしその「東」の敗北によって、西側の勝利、資本主義の勝利になるどころか、
アンチテーゼを失った西側・資本主義が、社会主義国の崩壊に伴い、
ともに没落していくことを示唆した次の文章(手紙)はすばらしい。
「歪曲された、まやかしの既成社会主義体制が崩壊することで(中略)、
資本主義はとどまることなく暴走し、本性をさらけ出すことでしょう。
競争と弱肉強食の独占論理が人間社会の隅々にまで行き渡り、
好むと好まざるとにかかわらず、人々を窒息させるのです。
社会主義の自滅のゆえに、資本主義そして経済帝国主義が野放しになるとき、
大資本による果てしない搾取と人心の荒廃、そして環境破壊が進行し、人類滅亡の危機が迫るでしょう。
人々が気づくときにはもう遅いのです」
これはまさしく僕が常日頃から、つぶやきかさこなどで現社会体制に疑問を投げ掛けている、
問題提起の根源をなすものと、まったく同じ指摘だ。
独裁共産主義を改革しようと考えた人々は、
単に独裁共産主義のまやかしを見抜いただけにとどまらず、
形は違えど同じ穴のむじなの欲望資本主義のまやかしをも直感していたのだ。
政治、社会、そして人々の生活と、平和、幸せ。
いろいろなことを考えさせる、日本最高傑作の書といってもいいぐらい。
「深夜特急」沢木耕太郎著以来の、超感動感激作品です。