墓地という場所は、日常生活の中で、そう何度も訪れるところではない。
墓地というと、暗くて、悲しくて、怖い場所と思うかもしれない。
墓地は死者を埋葬した「死」の場所でありながら、
実は生者が死者を1つの「シンボル」とみたてて、
生者たちの「生」を生きていくための場所だ。
だから、ある意味では、暗くもないし、悲しくもないし、怖くもない。
生活感があって、人の行き来があって、そして死者との出会いの場でもある。
そんな墓地の「明るさ」「生き生きしさ」を撮りたいと思った。
墓地は日常生活のすぐそばにあり、1つの生者の生活の場の1つでもあり、
時に滑稽なほど生の匂いがする、雑然とした場所でもある。
有限の生を実感するために、いわば死者を契機に、
自分の生をよりよく生きていくための、前向きな場所でもあるのだ。
だから、そこに、祈りがある。
死者への弔いより、生者のお願いになるのはそのためだろう。
メメント・モリ~死を想え~という藤原新也の写真集に込められた意味を知った時、
それは1つの大きな生きるためのヒントになった。
死を意識するからまっとうな生が生きられると。
「死に物狂い」だとか「死ぬ気になれば」といった生を生き抜くための「はげまし」の言葉があるが、
日常生活を送っていると、しばし自分の生が果てしない「無限」に思えるけど、
実は生は限りなくはかない、有限なものでしかないのだ。
その人間の人生の有限性を常に意識して生きることができれば、
人生は充実したものになるのではないかと、そういうわけだ。
私の「明るい」墓地写真が、死を想う1つの契機となりうるのならば、これ幸いである。
http://kasako.web.infoseek.co.jp/hakafoto0502.html
21世紀の「桶狭間の戦い」ともいわれている、
肥大化した既得権力に胡坐をかくフジテレビ(今川義元)と、
既成の概念を打ち破るライブドア(織田信長)の戦いが、毎日のように報道されていて、
明らかに既得権力の方がイリーガルにもかかわらず、
(ライブドアの時間外取引は明らかに合法だが、
フジテレビ=ニッポン放送の新株予約権発行(ポイズンピル)は非合法の可能性がある)
よってたかってライブドアを潰してしまおうという老害どものヒステリー要因には、
単に「32歳の若造が」という思いだけでなく、
その背後に隠れていると思い込んでいる、対外資アレルギーが大きなウエイトを占めている。
今回のライブドアのようなことを許すと、放送業界が外資に乗っ取られてしまうという思いがあるのだろう。
これに対して堀江社長は実に当たり前のことをいっていて、
「たとえばディズニーが日本の放送業界を買って誰が困るんですか?
消費者は喜ぶんじゃないですか?」と見事な正論をいっているわけだが、
戦後からひたすら「独立」をめざして高度成長を支えた自負のある既成勢力は、
未だにただ「外国」というわけで「ペリーの黒船来航」がごとき、
日本が占領されてしまうのではないかという、アホな妄想を描いている。
(もしくは外資参入で自分らのおいしいウワマエをはねることができなくなるかもしれないという、
現実的な私利私欲の防衛反応かもしれないが)
しかしその一方で、老害連中は、10年ぐらい前から、
「グローバル化」だの「ボーダレス化」などとスローガンだけは一丁前のことをいっており、
そういった観点からすると「何をいまさら」という感じがしないでもない。
そもそも老害連中の「グローバル化」は非常に勝手なもので、
海外から日本への参入は強固に拒むくせに、
日本から海外への乗っ取りはやりたい放題やる(アメリカやアジア)という、
自分勝手なジャイアン論理(おまえのものはおれのもの、おれのものはおれのもの)を振りかざしているのである。
これまで単なるスローガンだった「グローバル化」「ボーダレス化」といった言葉が、
実はインターネット革命によって、まさしく急速に加速化しつつあり、
外資だとか日本だとかそういう区別は実はもうほとんど意味をなくしていることに未だに気づいていないのである。
インターネットにつなげば、何も日本企業のサービスに限らず、
消費者は直接、海外企業のホームページにアクセスできるわけであり、
さまざまな取引ややりとりができてしまうのだから。
インターネットが世界をつないでしまった今、
表層的な法規制はほとんど意味をなさなくなってしまっているのだ。
だって放送事業に外資を参入させないようにしたところで、
消費者がくだらないフジテレビの番組ではなく、
ネットにつないでアメリカのニュース番組や映画番組を動画配信で見れてしまう世の中なのだから。
ボーダレスな競争がネットではじまっている今、法的な規制で既得権力を守ろうという発想は、
無駄な国営企業・公共事業を温存させようとする発想と同じなのである。
それはともかくとして、老害たちに未だに明治時代からの強固な外資アレルギーがあり、
消費者にとっては便利な生活になるかもしれない外資参入を猛烈に否定していながら、
それだけのアレルギーがあるにもかかわらず、驚くべきことに、
なぜか政治面での対米従属は簡単に行ってしまうというおかしな状況はなんだろうかと思うわけである。
放送事業への外資参入なんかで日本は乗っ取られはしないけど、
日本に米軍基地をおき、米軍のヘリが落下しても現場検証すらできない日本の状況および、
対米従属政策による、無意味なイラク戦争への参加と自衛隊派遣の方が、
実はよっぽども国益を損なう「アメリカ乗っ取り」占領化にあるのではないか。
なぜかその「外資占領」は黙認し、いな、自民党と結びついて率先して自ら従属を選択していながら、
放送事業1つにあれだけ大騒ぎする外資断固拒否の思考構造は明らかに矛盾しており、
ようはライブドアに反対する既得権益にしがみつく連中は、
自分の私利私欲を守るだけの感情的行動しかとっておらず、
まったく一貫した行動指針・ビジョンなき連中だということが、
外資アレルギーと対米従属を平気で並存させるその行動からも端的にわかる。
外資を放送事業に入れるなといっている連中は、
結局インターネットがもたらす革命的意義をまったく理解していないわけだ。
いくら日本のメディアが香田君の首切り映像を放送しなくても、
海外のメディアで流れればその映像を読者は見れてしまうというボータレス性にまだ気づいていないのだ。
外資規制をしておけば、NHKのように政治家が局に圧力をかけ、
自分たちに都合の悪い報道はさせないような権力を温存しておけるけど、
外資が参入してしまったらそうはいかなくなってしまうという、
自分たちの権力危機感から単に反発してるんだろう。
そしてまたライブドアがいっている読者の双方向性が実現されてしまうような番組ができてしまうと、
若い連中の関心が高まってしまい、自分たちの都合のいいように、
国民をコントロールできなくなってしまうという危機感もあるに違いない。
先日、テレビ東京で携帯電話によるアンケート調査を行なったところ、
フジテレビVSライブドアでライブドア支持が75%にもなった。
これは多分、携帯電話投票という方式から、年寄りより若い人たちが多く参加した結果なのだろうけど、
これを見て堀江君が実におもしろいことをいった。
「携帯電話で投票できたら民主党は圧勝しますね」
まさしくその通りである。
外資参入やインターネットとの融合によるインタラクティブ性が導入されることで、
国民、特に若い連中の社会に対する不満が政治的意見・政治的世論として形成されてしまうからこそ、
何が何でもライブドアという若者の入口から叩き潰しておきたいのだろう。
インターネット革命はものすごい勢いで政治・社会を変える。
ライブドアの戦いは、実は単なる桶狭間の戦い程度の歴史的事件ではなく、
ペリーの黒船来航による江戸時代の終焉と明治維新による四民平等という、
まったく新しい政治・社会を作り出してしまうインパクトがあるものだという風に認識した方がよいだろうな。
ライブドアがもし仮に失敗したとしても、インターネット革命は誰にもとめられない。
肥大化した既得権力に胡坐をかくフジテレビ(今川義元)と、
既成の概念を打ち破るライブドア(織田信長)の戦いが、毎日のように報道されていて、
明らかに既得権力の方がイリーガルにもかかわらず、
(ライブドアの時間外取引は明らかに合法だが、
フジテレビ=ニッポン放送の新株予約権発行(ポイズンピル)は非合法の可能性がある)
よってたかってライブドアを潰してしまおうという老害どものヒステリー要因には、
単に「32歳の若造が」という思いだけでなく、
その背後に隠れていると思い込んでいる、対外資アレルギーが大きなウエイトを占めている。
今回のライブドアのようなことを許すと、放送業界が外資に乗っ取られてしまうという思いがあるのだろう。
これに対して堀江社長は実に当たり前のことをいっていて、
「たとえばディズニーが日本の放送業界を買って誰が困るんですか?
消費者は喜ぶんじゃないですか?」と見事な正論をいっているわけだが、
戦後からひたすら「独立」をめざして高度成長を支えた自負のある既成勢力は、
未だにただ「外国」というわけで「ペリーの黒船来航」がごとき、
日本が占領されてしまうのではないかという、アホな妄想を描いている。
(もしくは外資参入で自分らのおいしいウワマエをはねることができなくなるかもしれないという、
現実的な私利私欲の防衛反応かもしれないが)
しかしその一方で、老害連中は、10年ぐらい前から、
「グローバル化」だの「ボーダレス化」などとスローガンだけは一丁前のことをいっており、
そういった観点からすると「何をいまさら」という感じがしないでもない。
そもそも老害連中の「グローバル化」は非常に勝手なもので、
海外から日本への参入は強固に拒むくせに、
日本から海外への乗っ取りはやりたい放題やる(アメリカやアジア)という、
自分勝手なジャイアン論理(おまえのものはおれのもの、おれのものはおれのもの)を振りかざしているのである。
これまで単なるスローガンだった「グローバル化」「ボーダレス化」といった言葉が、
実はインターネット革命によって、まさしく急速に加速化しつつあり、
外資だとか日本だとかそういう区別は実はもうほとんど意味をなくしていることに未だに気づいていないのである。
インターネットにつなげば、何も日本企業のサービスに限らず、
消費者は直接、海外企業のホームページにアクセスできるわけであり、
さまざまな取引ややりとりができてしまうのだから。
インターネットが世界をつないでしまった今、
表層的な法規制はほとんど意味をなさなくなってしまっているのだ。
だって放送事業に外資を参入させないようにしたところで、
消費者がくだらないフジテレビの番組ではなく、
ネットにつないでアメリカのニュース番組や映画番組を動画配信で見れてしまう世の中なのだから。
ボーダレスな競争がネットではじまっている今、法的な規制で既得権力を守ろうという発想は、
無駄な国営企業・公共事業を温存させようとする発想と同じなのである。
それはともかくとして、老害たちに未だに明治時代からの強固な外資アレルギーがあり、
消費者にとっては便利な生活になるかもしれない外資参入を猛烈に否定していながら、
それだけのアレルギーがあるにもかかわらず、驚くべきことに、
なぜか政治面での対米従属は簡単に行ってしまうというおかしな状況はなんだろうかと思うわけである。
放送事業への外資参入なんかで日本は乗っ取られはしないけど、
日本に米軍基地をおき、米軍のヘリが落下しても現場検証すらできない日本の状況および、
対米従属政策による、無意味なイラク戦争への参加と自衛隊派遣の方が、
実はよっぽども国益を損なう「アメリカ乗っ取り」占領化にあるのではないか。
なぜかその「外資占領」は黙認し、いな、自民党と結びついて率先して自ら従属を選択していながら、
放送事業1つにあれだけ大騒ぎする外資断固拒否の思考構造は明らかに矛盾しており、
ようはライブドアに反対する既得権益にしがみつく連中は、
自分の私利私欲を守るだけの感情的行動しかとっておらず、
まったく一貫した行動指針・ビジョンなき連中だということが、
外資アレルギーと対米従属を平気で並存させるその行動からも端的にわかる。
外資を放送事業に入れるなといっている連中は、
結局インターネットがもたらす革命的意義をまったく理解していないわけだ。
いくら日本のメディアが香田君の首切り映像を放送しなくても、
海外のメディアで流れればその映像を読者は見れてしまうというボータレス性にまだ気づいていないのだ。
外資規制をしておけば、NHKのように政治家が局に圧力をかけ、
自分たちに都合の悪い報道はさせないような権力を温存しておけるけど、
外資が参入してしまったらそうはいかなくなってしまうという、
自分たちの権力危機感から単に反発してるんだろう。
そしてまたライブドアがいっている読者の双方向性が実現されてしまうような番組ができてしまうと、
若い連中の関心が高まってしまい、自分たちの都合のいいように、
国民をコントロールできなくなってしまうという危機感もあるに違いない。
先日、テレビ東京で携帯電話によるアンケート調査を行なったところ、
フジテレビVSライブドアでライブドア支持が75%にもなった。
これは多分、携帯電話投票という方式から、年寄りより若い人たちが多く参加した結果なのだろうけど、
これを見て堀江君が実におもしろいことをいった。
「携帯電話で投票できたら民主党は圧勝しますね」
まさしくその通りである。
外資参入やインターネットとの融合によるインタラクティブ性が導入されることで、
国民、特に若い連中の社会に対する不満が政治的意見・政治的世論として形成されてしまうからこそ、
何が何でもライブドアという若者の入口から叩き潰しておきたいのだろう。
インターネット革命はものすごい勢いで政治・社会を変える。
ライブドアの戦いは、実は単なる桶狭間の戦い程度の歴史的事件ではなく、
ペリーの黒船来航による江戸時代の終焉と明治維新による四民平等という、
まったく新しい政治・社会を作り出してしまうインパクトがあるものだという風に認識した方がよいだろうな。
ライブドアがもし仮に失敗したとしても、インターネット革命は誰にもとめられない。
私はライブドアがいいとは思わないが、
(なぜならライブドアのトップページは、ライバル・ヤフーと何ら変わりない、
というかパクリのような同じページつくりをしている)
フジテレビ・グループの恐ろしいまでの勘違いと時代錯誤の言動を耳にする度に、
「日本をダメにしているのはこいらなんだな」と憤りに近い思いをする。
信じられないフジテレビの「ご信託」を聞きながら、
偉そうなフジテレビがさて一体どんな番組をつくっているのか紹介しよう。
フジテレビの日枝君はこのようなことを口にしていた。
・電波は「公共」のもの。
・だから「国民」の利益にかなった「健全な」放送を行なう義務がある。
・「ビジョン」なきライブドアなんかに放送業務はつとまらない。
とこう三段論法なわけである。
フジテレビの村上光一社長も、民放他局の堀江社長の取り上げ方について、
「自省を込めて言うが、面白おかしくやればいいというのは違う。
よそがやっているのを見ると、あまりにも狂騒曲に見える。
当事者だから思うのかもしれないが、こういう時期だからこそ、
公共の電波を預かるテレビ局の責任はある。娯楽番組はいいが、
報道の中でもクレージーなチャラチャラしたエーッという番組が頻発していると思う」と話した。
さてさて、この日枝君と村上君は、まるで国民から受信料をもらって、
国営放送をしているNHKのような存在だと思っているのだろうか?
とんだ勘違いもはなはだしい。
よくまあもっとも低俗な番組を放送しているフジテレビがこれだけのことをいえるなと、空いた口がふさがらない。
そもそも驚くべきことだが「ビジョンなき堀江社長」を、
自局の「たいそうな」娯楽番組「平成教育2005予備校」のレギュラーにしていたのだから大笑いである。
・めざましテレビ(月~金 5:25~8:00)
朝、出掛ける前に大きなニュースがあれば抑えておきたいのに、ニュースをみたいのに、
しょうもない低俗な芸能ニュースばかりを放送。
さらにどうしようもないのは「きょうのわんこ」。
あのね、昼間、暇な人間が見る時間帯にやるような、
単なるかわいいだけの「犬」をこの時間に放送する意味はあるのか。
これが「報道の中でもクレージーなチャラチャラしたエーッという番組が頻発している」(フジ・村上社長)という、
フジテレビの実態である。
・とくダネ!(月~金 8:00~9:55)
ライブドアのニッポン放送株問題真っ盛りの2月15日、
「とくダネ!」の番組中に、大阪府寝屋川市の教職員殺傷事件で逮捕された無職少年(17)の、
小学校時代の卒業文集が紹介された際、少年の実名が画面で読み取れる問題があった。
VTRでは少年の卒業文集を計14秒間、紹介。少年が書いた文章を右から追った際、
左下に書かれた少年の実名が一瞬、映り込んだ。
さらに、少年が書いた文章を大写しにした際は、氏名にかけたマスキングが薄く、氏名が透けて見える状態だったという。
すごいよな。ライブドアに「ビジョンがない」だの「歴史がない」だのいっている局が、
こういうことを平気でやってしまうんだから。
・こたえてちょーだい!(月~金 9:55~11:25)
夜逃げ寸前に大当たり▽直感で1200万ゲット▽招き猫が運ぶ幸運▽
驚異のウエスト減少肉体改造の救世主!!▽バカ夫の不審な行動▽
先週の番組内容のタイトル一例である。
これが「公共」の電波を使った「国民」のための「良俗」な番組とでもいうのだろうか。
・ほんとにあった怖い話
「芸能人心霊体験ドラマ島崎和歌子に生き霊が新企画! 恐怖心霊写真死を予知! 超能力少女」
・爆笑おすピー大問題!!
「「幸せ呼ぶ(秘)大変身」感動…太田18歳キャラ変身ドラマ▽195万円格安(秘)豪邸&温泉つき」
・クイズ$ミリオネア どうしても復讐したい芸能人大歓迎SP
「大恥かいた石原良純が再挑戦! 敵か味方か? 安藤優子▽石田純一の母が語った息子の真相▽保坂尚輝まで激白!
▽島倉千代子のために特別ルール▽三宅久之VSハマコー▽ガレッジゴリの戦い」
・脳内エステ IQサプリ
「菊川怜が罰ゲーム危機クイズの仏様?江守徹娘に見せられない麻木石塚連覇か」
以上は19時からやっているフジテレビの番組である。
さすが「公共」の電波を使って「ジャーナリズム」が長年築き上げてきたフジテレビ様の番組である。
・HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP
「オレンジレンジ超意外タレントとの(秘)関係!!東京行きつけの店紹介▽アイコが浜田松本の珍似顔絵!!」
・SMAP×SMAP
「大竹しのぶ&寺尾聰が来店で優しいブランチ▽宮里藍VS木村ゴルフついに決着▽カツケン振り付け編」
・とんねるずのみなさんのおかげでした
「食わず嫌い! 中村雅俊VS工藤静香▽新企画! 笑ったら負け! 一発ギャグ鼓笛隊珍ネタ連発」
芸能人が嫌いなものを食べてそれを当てるというしょうもない企画。
飽食ニッポンの金あまり物あまりの最も低俗なこの番組もフジテレビ様だ。
さすが「歴史のない、ビジョンのないライブドアなんかに放送事業は務まらない」と豪語するだけはある。
・めちゃ×2イケてるッ!
「笑わず嫌いジャニーズキンキVSトキオが実現さまぁ~ず連覇の夢にM1強者やベテランや(秘)
若手挑戦で剛&国分も抱腹絶倒」
視聴者が低俗なのか、それとも番組を提供する局が低俗なのか。
別に私は娯楽番組が悪いといっているわけではないのだが、
今、フジテレビでやっている娯楽番組はほんと情けない。
・水10!ココリコミラクルタイプ
「ミラクル妖怪図鑑SP奇妙な男女が爆笑出現」
同番組は、ダイエーの王貞治監督を侮辱するようなコントを放送し、王監督と同球団に謝罪したばかり。
この件で社内処分も行ったフジテレビだが、同じ番組内の別のコントで、
今度は粉ミルクのメーカーに謝罪していたことが明らかになった。
妊婦役の小池栄子に、粉ミルクをかけ続けるという内容で、
そのコントで使われた粉ミルクのメーカー「和光堂」が、フジテレビに抗議。
「商品のイメージダウンになったこと、赤ちゃんの命をつなぐミルクをお笑いのタネにするという、
モラルを欠いた行為であること、出産後の母親に対する精神的な配慮が欠如している」などと指摘している。
フジテレビ側は「同社と消費者の方々におわび申し上げます」と謝罪文を提出、ホームページでも重ねて謝罪した。
こんな「すばらしい」番組を作っているのが、「ライブドアに放送事業なんかできない」とほざいている、
フジテレビの実態である。
もちろんフジテレビにもいい番組はあるかもしれないが、
「公共」だの「国民」だの偉そうなことを抜かす資格があるとは思えない局だし、
民放であってNHKではないのだから、公共だの国民だの持ち出すことそのものがおかしい。
こんなんが既存メディアの実態である。
すさまじいインターネット革命で、フジテレビの存在そのものが、
このままでは消滅する危機だってあるぐらいの気持ちが本当は必要なのにな。
(なぜならライブドアのトップページは、ライバル・ヤフーと何ら変わりない、
というかパクリのような同じページつくりをしている)
フジテレビ・グループの恐ろしいまでの勘違いと時代錯誤の言動を耳にする度に、
「日本をダメにしているのはこいらなんだな」と憤りに近い思いをする。
信じられないフジテレビの「ご信託」を聞きながら、
偉そうなフジテレビがさて一体どんな番組をつくっているのか紹介しよう。
フジテレビの日枝君はこのようなことを口にしていた。
・電波は「公共」のもの。
・だから「国民」の利益にかなった「健全な」放送を行なう義務がある。
・「ビジョン」なきライブドアなんかに放送業務はつとまらない。
とこう三段論法なわけである。
フジテレビの村上光一社長も、民放他局の堀江社長の取り上げ方について、
「自省を込めて言うが、面白おかしくやればいいというのは違う。
よそがやっているのを見ると、あまりにも狂騒曲に見える。
当事者だから思うのかもしれないが、こういう時期だからこそ、
公共の電波を預かるテレビ局の責任はある。娯楽番組はいいが、
報道の中でもクレージーなチャラチャラしたエーッという番組が頻発していると思う」と話した。
さてさて、この日枝君と村上君は、まるで国民から受信料をもらって、
国営放送をしているNHKのような存在だと思っているのだろうか?
とんだ勘違いもはなはだしい。
よくまあもっとも低俗な番組を放送しているフジテレビがこれだけのことをいえるなと、空いた口がふさがらない。
そもそも驚くべきことだが「ビジョンなき堀江社長」を、
自局の「たいそうな」娯楽番組「平成教育2005予備校」のレギュラーにしていたのだから大笑いである。
・めざましテレビ(月~金 5:25~8:00)
朝、出掛ける前に大きなニュースがあれば抑えておきたいのに、ニュースをみたいのに、
しょうもない低俗な芸能ニュースばかりを放送。
さらにどうしようもないのは「きょうのわんこ」。
あのね、昼間、暇な人間が見る時間帯にやるような、
単なるかわいいだけの「犬」をこの時間に放送する意味はあるのか。
これが「報道の中でもクレージーなチャラチャラしたエーッという番組が頻発している」(フジ・村上社長)という、
フジテレビの実態である。
・とくダネ!(月~金 8:00~9:55)
ライブドアのニッポン放送株問題真っ盛りの2月15日、
「とくダネ!」の番組中に、大阪府寝屋川市の教職員殺傷事件で逮捕された無職少年(17)の、
小学校時代の卒業文集が紹介された際、少年の実名が画面で読み取れる問題があった。
VTRでは少年の卒業文集を計14秒間、紹介。少年が書いた文章を右から追った際、
左下に書かれた少年の実名が一瞬、映り込んだ。
さらに、少年が書いた文章を大写しにした際は、氏名にかけたマスキングが薄く、氏名が透けて見える状態だったという。
すごいよな。ライブドアに「ビジョンがない」だの「歴史がない」だのいっている局が、
こういうことを平気でやってしまうんだから。
・こたえてちょーだい!(月~金 9:55~11:25)
夜逃げ寸前に大当たり▽直感で1200万ゲット▽招き猫が運ぶ幸運▽
驚異のウエスト減少肉体改造の救世主!!▽バカ夫の不審な行動▽
先週の番組内容のタイトル一例である。
これが「公共」の電波を使った「国民」のための「良俗」な番組とでもいうのだろうか。
・ほんとにあった怖い話
「芸能人心霊体験ドラマ島崎和歌子に生き霊が新企画! 恐怖心霊写真死を予知! 超能力少女」
・爆笑おすピー大問題!!
「「幸せ呼ぶ(秘)大変身」感動…太田18歳キャラ変身ドラマ▽195万円格安(秘)豪邸&温泉つき」
・クイズ$ミリオネア どうしても復讐したい芸能人大歓迎SP
「大恥かいた石原良純が再挑戦! 敵か味方か? 安藤優子▽石田純一の母が語った息子の真相▽保坂尚輝まで激白!
▽島倉千代子のために特別ルール▽三宅久之VSハマコー▽ガレッジゴリの戦い」
・脳内エステ IQサプリ
「菊川怜が罰ゲーム危機クイズの仏様?江守徹娘に見せられない麻木石塚連覇か」
以上は19時からやっているフジテレビの番組である。
さすが「公共」の電波を使って「ジャーナリズム」が長年築き上げてきたフジテレビ様の番組である。
・HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP
「オレンジレンジ超意外タレントとの(秘)関係!!東京行きつけの店紹介▽アイコが浜田松本の珍似顔絵!!」
・SMAP×SMAP
「大竹しのぶ&寺尾聰が来店で優しいブランチ▽宮里藍VS木村ゴルフついに決着▽カツケン振り付け編」
・とんねるずのみなさんのおかげでした
「食わず嫌い! 中村雅俊VS工藤静香▽新企画! 笑ったら負け! 一発ギャグ鼓笛隊珍ネタ連発」
芸能人が嫌いなものを食べてそれを当てるというしょうもない企画。
飽食ニッポンの金あまり物あまりの最も低俗なこの番組もフジテレビ様だ。
さすが「歴史のない、ビジョンのないライブドアなんかに放送事業は務まらない」と豪語するだけはある。
・めちゃ×2イケてるッ!
「笑わず嫌いジャニーズキンキVSトキオが実現さまぁ~ず連覇の夢にM1強者やベテランや(秘)
若手挑戦で剛&国分も抱腹絶倒」
視聴者が低俗なのか、それとも番組を提供する局が低俗なのか。
別に私は娯楽番組が悪いといっているわけではないのだが、
今、フジテレビでやっている娯楽番組はほんと情けない。
・水10!ココリコミラクルタイプ
「ミラクル妖怪図鑑SP奇妙な男女が爆笑出現」
同番組は、ダイエーの王貞治監督を侮辱するようなコントを放送し、王監督と同球団に謝罪したばかり。
この件で社内処分も行ったフジテレビだが、同じ番組内の別のコントで、
今度は粉ミルクのメーカーに謝罪していたことが明らかになった。
妊婦役の小池栄子に、粉ミルクをかけ続けるという内容で、
そのコントで使われた粉ミルクのメーカー「和光堂」が、フジテレビに抗議。
「商品のイメージダウンになったこと、赤ちゃんの命をつなぐミルクをお笑いのタネにするという、
モラルを欠いた行為であること、出産後の母親に対する精神的な配慮が欠如している」などと指摘している。
フジテレビ側は「同社と消費者の方々におわび申し上げます」と謝罪文を提出、ホームページでも重ねて謝罪した。
こんな「すばらしい」番組を作っているのが、「ライブドアに放送事業なんかできない」とほざいている、
フジテレビの実態である。
もちろんフジテレビにもいい番組はあるかもしれないが、
「公共」だの「国民」だの偉そうなことを抜かす資格があるとは思えない局だし、
民放であってNHKではないのだから、公共だの国民だの持ち出すことそのものがおかしい。
こんなんが既存メディアの実態である。
すさまじいインターネット革命で、フジテレビの存在そのものが、
このままでは消滅する危機だってあるぐらいの気持ちが本当は必要なのにな。
専ら話題のライブドアーニッポン放送ーフジテレビ問題だが、
ちょっと別の角度からこの問題を考えてみよう。
この個別問題がどのような結果になるかはさておき、
インターネット革命がいかにすさまじい勢いで、既存のメディアを変えようとしているかを、
メディア別の広告費の推移をもとにお話しよう。
メディア(マスコミ)は雑誌・新聞を除いて基本的に利用者は無料だ。
テレビも無料で見れるし(NHKは論外)、ラジオも無料で聞ける。
インターネットも無料だ。
雑誌・新聞だけ広告だらけなのに有料だが、
フリーペーパーが出始め、海外では無料の雑誌や新聞も多くなっている現状を考えると、
近い将来、広告だらけのホットペッパーとかアルバイト情報誌に限らず、
普通の情報誌もフリーペーパー化する可能性があり、
新聞ももちろんフリーペーパー化する可能性が高い。
このようになぜメディアが無料で利用できるかというと、莫大な広告費で運営されているからだ。
ここ5年ぐらいはメディアの広告費はだいたい年間約6兆円規模。
その中で、媒体別の広告費とその推移はどうなっているのか、
下記、電通「2004年日本の広告費」調査から見てみよう。
テレビ:2兆円
新聞:1兆円
SP(DM、折込、屋外、交通など):2兆円
上記のように、総広告費6兆円のうち5兆円は、テレビ、新聞、SP(セールス・プロモーション)で占められている。
では残り1兆円の内訳はどうなっているか。
雑誌:4000億円
ラジオ:1800億円(正確には1795億円)
ネット:1800億円(正確には1814億円)
2004年の広告費は1つの転換点だった。
ラジオの広告費をインターネットの広告費が抜かしてしまったのだ。
皮肉にもマスコミ主要4媒体とは、テレビ、新聞、雑誌、ラジオのことをいうのだが、
今後、主要4媒体から「ラジオ」という言葉がなくなり、
新たにインターネットという言葉に代わるのは時間の問題だろう。
しかも、それはたまたま昨年だけということにとどまらない、大きな潮流になっている。
ラジオ広告費は4年連続減少しているのに対し、ネット広告費の伸び率は実に驚異的。
たとえば1997年の媒体別広告費と比較するとよくわかる。
市場規模は約6兆円で変わりなく、テレビ:2兆円、SP:1兆円は変わりない。
ところが、
新聞:1.2兆円 -2000億円
雑誌:4400億円 -400億円
ラジオ:2250億円 -450億円
ネット:60億円 +1750億円
インターネットの一人勝ちで、テレビ以外のメディアはすべて減少を続けていることになるのだ。
ネット広告費のこの驚異的な伸び率は今後も続くと思われ、
はっきりいって広告費において、ネットがラジオを抜いたなんて、
本当はたいしたニュースじゃなく、ネット広告は、3年内には雑誌を、
6年内には新聞、テレビを、広告費では上回り、最大主要メディアになる可能性があるのだ。
もちろんインターネットだけになるわけではなく、
人間がデジタルではなくアナログである以上、新聞も雑誌も残るとは思うが、
まず圧倒的に規模は減るだろう。
そしてラジオやテレビは、厳密な意味で今の存在はなくなってしまうだろう。
これまではラジオでしかラジオは聞けなったし、テレビでしかテレビを見れなかったが、
インターネットの音声配信、動画配信による、ネットラジオ、ネットテレビにとって変わられることは、
間違いのない時代の趨勢なのだ。
広告費の推移から見てわかるように、ライブドアが今、勝つとか勝たないとか、
勝たせない、ぶっ潰してしまえとか、そういう狭い議論ではなく、
ネットVSラジオ・テレビ・雑誌・新聞という流れの中で、
大幅伸びは見込めない、市場規模の変わらない広告費の中でのパイの奪い合いという状況の中で、
利用者が最も多く利便性の高いインターネットが今後この5年で、劇的にトップに踊り出るという、
そういう時代の大きな潮流の中での一出来事なのだ。
1996年にソフトバンク(ようはヤフーだな)がテレビ朝日を買収しようとして失敗に終わったけど、
時代の流れは変えられないわけだ。
ライブドアのラジオ局買収が、インターネット広告費がラジオ広告費を抜かした翌年に行なわれている事実だけを見ても、
実にタイミングのよいというか、敢えていうならこのままでは間違いなく斜陽産業のラジオを、
そのノウハウを使ってインターネットで再活用しようという時代の流れに乗った提案なのだ。
ただ残念ながら既存権力にしがみつく老害たちが、国民を無視した自分たちの既得権益のためにつるんで、
ライブドアをぶっ潰そうという現状と、
ネット家電がまだまだ普及していない現状を考えると、なかなか一般にも受け入れられかねないのかもしれないが、
タイミングとしては間違っていないし、我々の生活のためになるのはライブドアなど、
ネット企業が参入することに他ならない。
ラジオは車の中で聞く人も多いが、今、車にラジオは装備されているが、ネットは装備されていないので、
なかなかまだまだというところだろうけど、
カーナビシステム一つとっても車の中でインターネットが使える状況になると、
地図の更新や渋滞情報、付近の店情報、天気など、さまざまな情報がリアルタイムに更新されることになり、
そのネット画面で当然、音声配信のネットラジオやネット音楽番組を聴いたりする時代が、
すぐそこまで来ているのだ。
だからこそ、ネット企業とラジオ・テレビは「敵対的」ではなく業務提携になるはずなのだが、
年齢的に考えればもうあと10年ぐらいしか生きれない日枝会長のような老人と、
あと少なくとも40年は生きるだろう32歳の堀江社長を比べたら、
時代の先取り感覚、時代の今を感じる感性が決定的に違うのは致し方がないことだろう。
本来なら、老害は老害らしく、自分のその時代感覚の衰えを自覚しつつ、
かつ、これまで培ってきた自分たちのノウハウを活かせるよう、
若い世代にバトンタッチしていくのが本来の役割なのだが、
日枝会長の自宅が誰かから買ってもらったんじゃないかという疑惑がおきているように、
既得権益にしがみついて離さないみっともない状況をさらしているのは、
まさに政財界と癒着して視聴者無視の自分の王国を作り上げてきた、
NHKと海老沢会長問題とたいした差はないなと思う。
今後もこうした世代間「闘争」と、ネット企業の全産業への進出が急激な勢いで進んでいき、
実はそれを後押しする方が、私たちの生活は今より便利になるということを忘れてはならないと思う。
ちょっと別の角度からこの問題を考えてみよう。
この個別問題がどのような結果になるかはさておき、
インターネット革命がいかにすさまじい勢いで、既存のメディアを変えようとしているかを、
メディア別の広告費の推移をもとにお話しよう。
メディア(マスコミ)は雑誌・新聞を除いて基本的に利用者は無料だ。
テレビも無料で見れるし(NHKは論外)、ラジオも無料で聞ける。
インターネットも無料だ。
雑誌・新聞だけ広告だらけなのに有料だが、
フリーペーパーが出始め、海外では無料の雑誌や新聞も多くなっている現状を考えると、
近い将来、広告だらけのホットペッパーとかアルバイト情報誌に限らず、
普通の情報誌もフリーペーパー化する可能性があり、
新聞ももちろんフリーペーパー化する可能性が高い。
このようになぜメディアが無料で利用できるかというと、莫大な広告費で運営されているからだ。
ここ5年ぐらいはメディアの広告費はだいたい年間約6兆円規模。
その中で、媒体別の広告費とその推移はどうなっているのか、
下記、電通「2004年日本の広告費」調査から見てみよう。
テレビ:2兆円
新聞:1兆円
SP(DM、折込、屋外、交通など):2兆円
上記のように、総広告費6兆円のうち5兆円は、テレビ、新聞、SP(セールス・プロモーション)で占められている。
では残り1兆円の内訳はどうなっているか。
雑誌:4000億円
ラジオ:1800億円(正確には1795億円)
ネット:1800億円(正確には1814億円)
2004年の広告費は1つの転換点だった。
ラジオの広告費をインターネットの広告費が抜かしてしまったのだ。
皮肉にもマスコミ主要4媒体とは、テレビ、新聞、雑誌、ラジオのことをいうのだが、
今後、主要4媒体から「ラジオ」という言葉がなくなり、
新たにインターネットという言葉に代わるのは時間の問題だろう。
しかも、それはたまたま昨年だけということにとどまらない、大きな潮流になっている。
ラジオ広告費は4年連続減少しているのに対し、ネット広告費の伸び率は実に驚異的。
たとえば1997年の媒体別広告費と比較するとよくわかる。
市場規模は約6兆円で変わりなく、テレビ:2兆円、SP:1兆円は変わりない。
ところが、
新聞:1.2兆円 -2000億円
雑誌:4400億円 -400億円
ラジオ:2250億円 -450億円
ネット:60億円 +1750億円
インターネットの一人勝ちで、テレビ以外のメディアはすべて減少を続けていることになるのだ。
ネット広告費のこの驚異的な伸び率は今後も続くと思われ、
はっきりいって広告費において、ネットがラジオを抜いたなんて、
本当はたいしたニュースじゃなく、ネット広告は、3年内には雑誌を、
6年内には新聞、テレビを、広告費では上回り、最大主要メディアになる可能性があるのだ。
もちろんインターネットだけになるわけではなく、
人間がデジタルではなくアナログである以上、新聞も雑誌も残るとは思うが、
まず圧倒的に規模は減るだろう。
そしてラジオやテレビは、厳密な意味で今の存在はなくなってしまうだろう。
これまではラジオでしかラジオは聞けなったし、テレビでしかテレビを見れなかったが、
インターネットの音声配信、動画配信による、ネットラジオ、ネットテレビにとって変わられることは、
間違いのない時代の趨勢なのだ。
広告費の推移から見てわかるように、ライブドアが今、勝つとか勝たないとか、
勝たせない、ぶっ潰してしまえとか、そういう狭い議論ではなく、
ネットVSラジオ・テレビ・雑誌・新聞という流れの中で、
大幅伸びは見込めない、市場規模の変わらない広告費の中でのパイの奪い合いという状況の中で、
利用者が最も多く利便性の高いインターネットが今後この5年で、劇的にトップに踊り出るという、
そういう時代の大きな潮流の中での一出来事なのだ。
1996年にソフトバンク(ようはヤフーだな)がテレビ朝日を買収しようとして失敗に終わったけど、
時代の流れは変えられないわけだ。
ライブドアのラジオ局買収が、インターネット広告費がラジオ広告費を抜かした翌年に行なわれている事実だけを見ても、
実にタイミングのよいというか、敢えていうならこのままでは間違いなく斜陽産業のラジオを、
そのノウハウを使ってインターネットで再活用しようという時代の流れに乗った提案なのだ。
ただ残念ながら既存権力にしがみつく老害たちが、国民を無視した自分たちの既得権益のためにつるんで、
ライブドアをぶっ潰そうという現状と、
ネット家電がまだまだ普及していない現状を考えると、なかなか一般にも受け入れられかねないのかもしれないが、
タイミングとしては間違っていないし、我々の生活のためになるのはライブドアなど、
ネット企業が参入することに他ならない。
ラジオは車の中で聞く人も多いが、今、車にラジオは装備されているが、ネットは装備されていないので、
なかなかまだまだというところだろうけど、
カーナビシステム一つとっても車の中でインターネットが使える状況になると、
地図の更新や渋滞情報、付近の店情報、天気など、さまざまな情報がリアルタイムに更新されることになり、
そのネット画面で当然、音声配信のネットラジオやネット音楽番組を聴いたりする時代が、
すぐそこまで来ているのだ。
だからこそ、ネット企業とラジオ・テレビは「敵対的」ではなく業務提携になるはずなのだが、
年齢的に考えればもうあと10年ぐらいしか生きれない日枝会長のような老人と、
あと少なくとも40年は生きるだろう32歳の堀江社長を比べたら、
時代の先取り感覚、時代の今を感じる感性が決定的に違うのは致し方がないことだろう。
本来なら、老害は老害らしく、自分のその時代感覚の衰えを自覚しつつ、
かつ、これまで培ってきた自分たちのノウハウを活かせるよう、
若い世代にバトンタッチしていくのが本来の役割なのだが、
日枝会長の自宅が誰かから買ってもらったんじゃないかという疑惑がおきているように、
既得権益にしがみついて離さないみっともない状況をさらしているのは、
まさに政財界と癒着して視聴者無視の自分の王国を作り上げてきた、
NHKと海老沢会長問題とたいした差はないなと思う。
今後もこうした世代間「闘争」と、ネット企業の全産業への進出が急激な勢いで進んでいき、
実はそれを後押しする方が、私たちの生活は今より便利になるということを忘れてはならないと思う。
有価証券報告書の虚偽記載問題で事情聴取中に自殺した。
自殺した小柳前社長の経歴
東京大学法学部卒→運輸省入省→西武鉄道常務就任
「見事」な経歴だよな。
良くも悪くも今の日本を「作ってきた」といってもいい、典型的なエリートコース。
その結末が、企業不祥事の事情聴取中に自殺。
これが今の日本なんだよな。
もう従来の価値観ではやっていけないんだよ。
結局、この人にとって人生のすべては会社だったってことでしょ。
だから会社の不祥事で自殺してしまう。
何も死ぬことはないのに。
でもプライベートがなく人生のすべてが会社だから、
会社が否定されると死ぬしかない。
もうそんな時代じゃないのにな。
ちなみに今、話題のライブドア社長・堀江君は、
今月の日経マネーのインタビューでこう答えている。
「ライブドアは世界一になれる。
だが命を削ってまでやりたくないので、せいぜい40歳ぐらいまでがリミット」
こういう感覚がないんだよ、今の権力を持った馬鹿どもは。
だからよってたかってライブドアを叩くわけですよ。
でもね、今の若い人の感覚ってこんなものだと思う。
会社のことで自殺するなんて、同情もされない、ただの馬鹿。
いや「馬鹿」で済むならいいかもしれない。
はっきりいって捜査妨害をして事実を隠蔽したまま死んでしまうというのは、責任逃れの犯罪者とさえいえる。
こういう会社オンリー世代はもう社会から退場して、
金があるんだからのんびり遊べばいいんだよ。
でもかわいそうなことに、この世代の多くは、会社・仕事が趣味で、
他にやることが何もないんだよな。
自殺した小柳前社長の経歴
東京大学法学部卒→運輸省入省→西武鉄道常務就任
「見事」な経歴だよな。
良くも悪くも今の日本を「作ってきた」といってもいい、典型的なエリートコース。
その結末が、企業不祥事の事情聴取中に自殺。
これが今の日本なんだよな。
もう従来の価値観ではやっていけないんだよ。
結局、この人にとって人生のすべては会社だったってことでしょ。
だから会社の不祥事で自殺してしまう。
何も死ぬことはないのに。
でもプライベートがなく人生のすべてが会社だから、
会社が否定されると死ぬしかない。
もうそんな時代じゃないのにな。
ちなみに今、話題のライブドア社長・堀江君は、
今月の日経マネーのインタビューでこう答えている。
「ライブドアは世界一になれる。
だが命を削ってまでやりたくないので、せいぜい40歳ぐらいまでがリミット」
こういう感覚がないんだよ、今の権力を持った馬鹿どもは。
だからよってたかってライブドアを叩くわけですよ。
でもね、今の若い人の感覚ってこんなものだと思う。
会社のことで自殺するなんて、同情もされない、ただの馬鹿。
いや「馬鹿」で済むならいいかもしれない。
はっきりいって捜査妨害をして事実を隠蔽したまま死んでしまうというのは、責任逃れの犯罪者とさえいえる。
こういう会社オンリー世代はもう社会から退場して、
金があるんだからのんびり遊べばいいんだよ。
でもかわいそうなことに、この世代の多くは、会社・仕事が趣味で、
他にやることが何もないんだよな。
紅白にも出場したバンド・ヒステリックブルーのメンバー赤松(25歳)が、
2003年11月-2004年2月に通行中の女性9人を襲い、
ナイフで脅して性的暴行を加えた判決がたったの懲役14年。
こういう卑劣な犯罪を犯したのに、39歳で出てこれてしまう。
最低でも去勢手術して、30年ぐらい刑務所に入れるぐらいが普通でしょう。
9人も襲ってたった14年。
奈良の小1殺害事件で性犯罪者の追跡システムがどうのとかいってるけど、
まず、犯罪者を厳しく罰することからはじめる必要があるのではないか。
加害者に人権はない。被害者の人権無視の今の軽い刑罰にも大きな犯罪誘因があると思う。
2003年11月-2004年2月に通行中の女性9人を襲い、
ナイフで脅して性的暴行を加えた判決がたったの懲役14年。
こういう卑劣な犯罪を犯したのに、39歳で出てこれてしまう。
最低でも去勢手術して、30年ぐらい刑務所に入れるぐらいが普通でしょう。
9人も襲ってたった14年。
奈良の小1殺害事件で性犯罪者の追跡システムがどうのとかいってるけど、
まず、犯罪者を厳しく罰することからはじめる必要があるのではないか。
加害者に人権はない。被害者の人権無視の今の軽い刑罰にも大きな犯罪誘因があると思う。
先日「旅行ガイドブックの仕事の現場」で、あまり取材はなく、取材なし仕事が多いと書いたが、
もちろん、取材する機会もあるし、それがなければ、いい本は作れないだろうし、
安い給料で長い労働時間で働く意義がない。
今回は取材ありの場合の仕事の流れを紹介しよう。
まずガイドブックの仕事で取材ありの場合はどんな時か。
1:日本人観光客が大挙して押し寄せる地域で、広告もいっぱい入る場所
国内のガイドブックなどは2~3年に1度の新規取材では読者から飽きられてしまうので、
書籍形式はともかくムック形式のものは毎年取材しなおし作り直すことが多い。
しかも見て分かるとおり、いっぱい広告ページが入るエリアは、
それだけ広告収入も入るので制作費が豊富なわけだ。
海外ガイドブックではなかなか毎年新規取材があるというのは非常に少ないが、
日本人が大挙して押し寄せるハワイとかパリといった場所は、
頭の巻頭ページを新規取材しなおして変えるといった場合が多い。
よく日本人が行く地域ほど、読者がいろいろ知っているので、
「多少でも現地取材をして新しくした感を出さなくてはまずい」という制作側の意図が働くからだ。
2:これまでに掲載されていない地域を作る場合
市販のガイドブックでまだ出ていない地域のガイドブックを作る場合は、もちろん新規取材がある。
出ていない地域といっても何も辺境エリア、辺境国に限らず、
たとえば、今まで「中国シルクロード」という本はあったんだけど、
カシュガルは載せてないからそこを追加しようとか、
「横浜・川崎」という本だったんだけど、川崎だけで1冊作るから、
川崎のページが大幅に増えるので取材をし直さなくてはならないとか、
そういった形での新規取材ができる可能性がある。
そのチャンスにうまく出会えれば自身が取材に行けるチャンスがあるのだ。
※私の場合でいうと、ポーランドはそのパターン。
これまでポーランドはなかったが、チェコとハンガリーとくっつけて、
新たにポーランドを紹介するということで、ポーランドへの新規取材にいけた。
ただしそこに加えたブルガリア、ルーマニア、スロヴァキアなどは、
わざわざ取材するほどのことでもなく、掲載ページ数も少なかったので、
観光局やカメラマンや団体などから写真と資料を借りて取材なしで制作した。
●取材の流れ
1:まずどんなページを作るかイメージ(ラフ)を作る。
レストラン紹介ページが何ページあり、1ページに何軒紹介するのか、
特集は何にするのかといった大まかなページイメージを作る。
その上でそれに対応した取材すべき物件(みどころ、ショップ、レストラン、交通、ホテルなど)をピックアップし、
取材に出掛ける。
2:取材する物件のリストはある程度、自分でネットや観光局や他ガイドブックや旅行パンフを参考にして、
ピックアップするが、当然それだけでは情報としてあまり新鮮ではないので、
日本にある各国の観光局(または大使館)、国内の場合や役所の観光課や観光協会、現地の旅行会社など、
または取材する地域に詳しい人もしくは取材地域に住んでいる人をみつけて、
その人から情報を仕入れ、おいしいレストランやめぼしい店などをピックアップしてもらう。
そういった人に、取材のアポイントもしてもらう。
もちろん、取材先をリストアップしたりアポイントをとってもらうにはお金を払う場合が多い。
3:アポイントをとってもらった上で実際に現地取材に出掛ける。
媒体によっても地域によっても違うのだが、アポイントなしで、
現地で適当に店を見つけてそこを取材してしまう場合ももちろんある。
基本的にアポイントがなかろうがあろうが、取材先には掲載するということを断った上で取材なり撮影なりを行なう。
時と場合と地域によっては、掲載許可をとることなくそのまま勝手に取材して掲載する場合もある。
みどころの場合は、教会内とか城内とか館内の撮影には許可が必要な場合が多く、
無断で掲載するといった場合は少ない。
観光客の撮影が禁止されているところでもガイドブックに掲載するということで、
特別に許可をもらうことも多い。
そういった複雑な交渉はこちらではできず、上記の取材コーディネートをお願いする人に、
取材前に事前にお願いする場合がほとんど。
4:現地取材にはガイドがつく場合とつかない場合がある。
ようは制作費の予算次第ということもあるが、エリアによってどうしても必要なところとそうでないところがあるので、
それで現地ガイドのありなしを決める。
たとえばアメリカなどは英語が通じるのでまずいらない。西欧もしかり。
しかし中国だとかロシアだとか英語がまず通じず、
基本的に現地語でないと取材ができない場合は現地ガイドをつける場合が多い。
現地ガイドは、現地在住の日本人、旅行会社の日本語が話せるガイド、旅行会社の英語が話せるガイドといったパターンがある。
私の場合、中国東北地方取材では、日本語が話せる中国人ガイドについてもらって取材、
チェコでは英語が話せるチェコ人ガイドについてもらって取材、
ラスベガスでは一部だけど日本語が話せる現地在住の日本人ガイドについてもらって取材、
といったパターンを経験している。
ハンガリーやサンフランシスコなどではガイドなしで一人で取材した。
5:また現地取材の際、カメラマンと一緒に行く場合と一人で兼ねる場合とがある。
カメラマンと一緒に行く場合は、ライターとして取材しながら、
カメラマンに撮ってほしい写真を指示するといった編集的仕事もこなす。
予算がない場合、予算を節約する場合、ある程度写真が撮れるライターである場合、
それほどクオリティの高い写真を必要としない場合は、トラベルライターがカメラマンも兼ねる。
取材をして写真も撮る。旅行ガイドブック取材の場合は、当然、長丁場の現地取材になり、
一人で取材するか、カメラマンもつけて二人で取材するかで、取材費用は雲泥の差だ。
当然、一人で取材すれば取材費用を半額に抑えることができるので、
カメラがある程度撮れるライターが重宝されるというわけだ。
もちろん、カメラマンに行かせて、カメラマンがライターを兼ねるという場合もある。
それゆえ、この業界では「カメライター=カメラマン+ライター」という聞きなれない言葉がまかり通っている。
6:さてさて現地取材は楽しいな。現地で空いた日もあって遊べるんじゃないか、
なんてただで旅行ができてうれしいななんて動機だけでこの職種をめざすとえらいめにあう。
旅行ガイドブックは金がかかるわりに情報の更新頻度が高いために、
労多くして儲けの少ない類であるから、取材にいったらみっちり、
朝から晩まで、1日たりとも自由日などなく取材三昧となる。
しかも取材対象はいわゆる観光名所より、レストラン・ショップ・ホテルばかりになる。
(観光名所は毎年撮らなくても同じなので)
1日7~10件ぐらいレストラン、ショップ、ホテルをめぐる日が、
1週間~3週間ぐらい続くわけである。
これを楽しめないと、当然、仕事は辛いだけになる。
7:そして帰ってきてから、膨大な写真と資料と格闘し、
写真を選び、文章を書き、データをチェックし、実作業をする。
取材して仕事が終りではなく、その後もそれと同じぐらいの時間を、
原稿を書き、整理するという作業をしなくてはならない。
ここまで含めておもしろいと思えるなら、トラベルライターをめざすとよいだろう。
もちろん、取材する機会もあるし、それがなければ、いい本は作れないだろうし、
安い給料で長い労働時間で働く意義がない。
今回は取材ありの場合の仕事の流れを紹介しよう。
まずガイドブックの仕事で取材ありの場合はどんな時か。
1:日本人観光客が大挙して押し寄せる地域で、広告もいっぱい入る場所
国内のガイドブックなどは2~3年に1度の新規取材では読者から飽きられてしまうので、
書籍形式はともかくムック形式のものは毎年取材しなおし作り直すことが多い。
しかも見て分かるとおり、いっぱい広告ページが入るエリアは、
それだけ広告収入も入るので制作費が豊富なわけだ。
海外ガイドブックではなかなか毎年新規取材があるというのは非常に少ないが、
日本人が大挙して押し寄せるハワイとかパリといった場所は、
頭の巻頭ページを新規取材しなおして変えるといった場合が多い。
よく日本人が行く地域ほど、読者がいろいろ知っているので、
「多少でも現地取材をして新しくした感を出さなくてはまずい」という制作側の意図が働くからだ。
2:これまでに掲載されていない地域を作る場合
市販のガイドブックでまだ出ていない地域のガイドブックを作る場合は、もちろん新規取材がある。
出ていない地域といっても何も辺境エリア、辺境国に限らず、
たとえば、今まで「中国シルクロード」という本はあったんだけど、
カシュガルは載せてないからそこを追加しようとか、
「横浜・川崎」という本だったんだけど、川崎だけで1冊作るから、
川崎のページが大幅に増えるので取材をし直さなくてはならないとか、
そういった形での新規取材ができる可能性がある。
そのチャンスにうまく出会えれば自身が取材に行けるチャンスがあるのだ。
※私の場合でいうと、ポーランドはそのパターン。
これまでポーランドはなかったが、チェコとハンガリーとくっつけて、
新たにポーランドを紹介するということで、ポーランドへの新規取材にいけた。
ただしそこに加えたブルガリア、ルーマニア、スロヴァキアなどは、
わざわざ取材するほどのことでもなく、掲載ページ数も少なかったので、
観光局やカメラマンや団体などから写真と資料を借りて取材なしで制作した。
●取材の流れ
1:まずどんなページを作るかイメージ(ラフ)を作る。
レストラン紹介ページが何ページあり、1ページに何軒紹介するのか、
特集は何にするのかといった大まかなページイメージを作る。
その上でそれに対応した取材すべき物件(みどころ、ショップ、レストラン、交通、ホテルなど)をピックアップし、
取材に出掛ける。
2:取材する物件のリストはある程度、自分でネットや観光局や他ガイドブックや旅行パンフを参考にして、
ピックアップするが、当然それだけでは情報としてあまり新鮮ではないので、
日本にある各国の観光局(または大使館)、国内の場合や役所の観光課や観光協会、現地の旅行会社など、
または取材する地域に詳しい人もしくは取材地域に住んでいる人をみつけて、
その人から情報を仕入れ、おいしいレストランやめぼしい店などをピックアップしてもらう。
そういった人に、取材のアポイントもしてもらう。
もちろん、取材先をリストアップしたりアポイントをとってもらうにはお金を払う場合が多い。
3:アポイントをとってもらった上で実際に現地取材に出掛ける。
媒体によっても地域によっても違うのだが、アポイントなしで、
現地で適当に店を見つけてそこを取材してしまう場合ももちろんある。
基本的にアポイントがなかろうがあろうが、取材先には掲載するということを断った上で取材なり撮影なりを行なう。
時と場合と地域によっては、掲載許可をとることなくそのまま勝手に取材して掲載する場合もある。
みどころの場合は、教会内とか城内とか館内の撮影には許可が必要な場合が多く、
無断で掲載するといった場合は少ない。
観光客の撮影が禁止されているところでもガイドブックに掲載するということで、
特別に許可をもらうことも多い。
そういった複雑な交渉はこちらではできず、上記の取材コーディネートをお願いする人に、
取材前に事前にお願いする場合がほとんど。
4:現地取材にはガイドがつく場合とつかない場合がある。
ようは制作費の予算次第ということもあるが、エリアによってどうしても必要なところとそうでないところがあるので、
それで現地ガイドのありなしを決める。
たとえばアメリカなどは英語が通じるのでまずいらない。西欧もしかり。
しかし中国だとかロシアだとか英語がまず通じず、
基本的に現地語でないと取材ができない場合は現地ガイドをつける場合が多い。
現地ガイドは、現地在住の日本人、旅行会社の日本語が話せるガイド、旅行会社の英語が話せるガイドといったパターンがある。
私の場合、中国東北地方取材では、日本語が話せる中国人ガイドについてもらって取材、
チェコでは英語が話せるチェコ人ガイドについてもらって取材、
ラスベガスでは一部だけど日本語が話せる現地在住の日本人ガイドについてもらって取材、
といったパターンを経験している。
ハンガリーやサンフランシスコなどではガイドなしで一人で取材した。
5:また現地取材の際、カメラマンと一緒に行く場合と一人で兼ねる場合とがある。
カメラマンと一緒に行く場合は、ライターとして取材しながら、
カメラマンに撮ってほしい写真を指示するといった編集的仕事もこなす。
予算がない場合、予算を節約する場合、ある程度写真が撮れるライターである場合、
それほどクオリティの高い写真を必要としない場合は、トラベルライターがカメラマンも兼ねる。
取材をして写真も撮る。旅行ガイドブック取材の場合は、当然、長丁場の現地取材になり、
一人で取材するか、カメラマンもつけて二人で取材するかで、取材費用は雲泥の差だ。
当然、一人で取材すれば取材費用を半額に抑えることができるので、
カメラがある程度撮れるライターが重宝されるというわけだ。
もちろん、カメラマンに行かせて、カメラマンがライターを兼ねるという場合もある。
それゆえ、この業界では「カメライター=カメラマン+ライター」という聞きなれない言葉がまかり通っている。
6:さてさて現地取材は楽しいな。現地で空いた日もあって遊べるんじゃないか、
なんてただで旅行ができてうれしいななんて動機だけでこの職種をめざすとえらいめにあう。
旅行ガイドブックは金がかかるわりに情報の更新頻度が高いために、
労多くして儲けの少ない類であるから、取材にいったらみっちり、
朝から晩まで、1日たりとも自由日などなく取材三昧となる。
しかも取材対象はいわゆる観光名所より、レストラン・ショップ・ホテルばかりになる。
(観光名所は毎年撮らなくても同じなので)
1日7~10件ぐらいレストラン、ショップ、ホテルをめぐる日が、
1週間~3週間ぐらい続くわけである。
これを楽しめないと、当然、仕事は辛いだけになる。
7:そして帰ってきてから、膨大な写真と資料と格闘し、
写真を選び、文章を書き、データをチェックし、実作業をする。
取材して仕事が終りではなく、その後もそれと同じぐらいの時間を、
原稿を書き、整理するという作業をしなくてはならない。
ここまで含めておもしろいと思えるなら、トラベルライターをめざすとよいだろう。
●森喜朗前首相のライブドア批判
「金さえあれば何でもいい、力ずくでやれるという考え方は今の教育の成果なのかなあ」
そんな森喜朗の輝かしいプロフィール
・1984年:リクルート社から接待ゴルフ
・1984年:リクルートコスモス・未公開株購入※1987年売却で1億円以上の利益
・1986年:東洋水産「ヒモ付き献金1億円」※1994年発覚
・1989年:佐川急便・佐川清社長(当時)から小判、北陸佐川急便から550万円の献金・2000年:金沢医大から通算11年に亘って毎年250万円の顧問料を得ていた。
私学助成金などの補助金を受けている金沢医大は献金を禁じられているが、顧問料はその抜け道。
・2000年:国から補助金を受けている石川県内の医療法人や社会福祉法人計3団体から計33万円の違法献金を受けていた事を、
参院予算委員会で指摘された。補助金を受けた団体は1年以内の政治献金が禁止されている。
・2000年:東京都内のホテルで開かれた神道政治連盟国会議員懇談会(会長・綿貫民輔代議士)の結成30周年記念祝賀会であいさつし、
「(懇談会は)昭和の日の制定や先帝陛下60年の即位(の式典)とか、政府側が若干及び腰になるようなことを前面に出して、
日本の国はまさに天皇を中心とする神の国であるということを国民にしっかりと承知していただくという思いで活動をしてきた」と述べた。
・2001年:金融庁に破綻処理を申請した石川銀行から95年~99年の5年間に計192万円の政治献金を受けていた。
政治資金規正法は3事業年度以上連続して赤字を出している会社の政治献金を禁止している。
石川銀行は99年3月期から01年3月期決算まで3期連続赤字だった。
・2003年:『定期借家法』成立の為献金攻勢を行っていた「全国不動産政治連盟」などから、首相当時890万円の献金を受けていた。
・2005年:自民党森派(政治団体名・清和政策研究会、森喜朗会長)が同派の政治資金収支報告書に、
最近数年にわたり所属する国会議員に配った資金の明細を記載していなかった可能性の高いことが22日、関係者の証言で分かった。
旧橋本派と同様に、実態のない繰越金を記載していた疑いも浮上した。森派が所属議員に渡す資金は合計で年間1億円前後とみられる。
・2005年:森喜朗前首相が会長を務めていた財団法人「世界青少年交流協会」(解散)の幹部らによる補助金の不正受給事件で、
文部科学省は16日までに、同協会に対し、不正に受け取った補助金と加算金計約1億7000万円の返還を命じた。
同協会は昨年10月に破産宣告を受け清算手続きを進めており、命令は15日、破産管財人に手渡された。
返還対象は、1999年度から2003年度までの間に「民間社会教育活動振興費」として支出した、
補助金や委託費計約4億8000万円のうち、不正受給が確認できた約1億4000万円と、
年10・95%の加算金約3000万円。返還期限は3月4日としている。
●野田毅元自治相
「ああいうやり方は本来日本にはなじまない。金の力で競争して(経営権を)取っていくやり方でいいのか」
●久間章生総務会長
「ああいう形で金さえ持っていれば何でもできるような風潮をはびこらせるのは良くない」
・10年に渡り累積赤字を隠し破産法違反容疑で元社長らが逮捕された建築資材会社「山田興産」から、
2000年に、代表を務める自民党支部に300万円の献金を受けていた。
政治資金規正法は3事業年度以上連続して赤字を出している会社の政治献金を禁止している。
・2000年6月の衆院選の折、公共事業を受託している企業から880万円の『特定寄付』の受け取りが疑われる。
●武部勤幹事長
「報道は社会の公器。他の民間企業とは違う。自由競争、市場原理でゆがめられる恐れがあるなら好ましいことではない」
・2000年6月の衆院選の折、公共事業を受託している企業から424万円の『特定寄付』の受け取りが疑われる。
●麻生太郎総務相
「(放送)電波は個人的な特殊な人にぽっと持って行かれちゃうイメージは日本では受けない。公共のものという意識がある」
●日本商工会議所の山口信夫会頭
「奇襲作戦だ。あまり歓迎するものではない」「資本主義の悪い面が出ている」
「従来の財界人の考えで言うと、正攻法ではないと感じる」
●日本貿易会の佐々木幹夫会長(三菱商事会長)
「やり方に疑問を感じる」「安易な企業の合併・買収(M&A)は単なるマネーゲームに過ぎない」
●批判の論点
1:資本主義の悪い面
おまえらアホか!資本主義とは何たるかをもう一度勉強しなおせ!
そんなに批判したいなら資本主義をやめたらいいだろう。
あんたらの顔ぶれをみる限り、資本主義にどっぷり浸かっておいしい目に合ってきた連中が言う言葉か。
というか日本型不平等不公平資本主義を温存し、自分たちの既得権益を脅かされるのが恐いから、
ルールにのっとった堀江君を批判するんだろう。
2:時間外取引批判
今回、ニッポン放送株を時間外取引したことで批判する連中がいるが、
堀江君を批判せず、そんなルールを作った政治家・官僚批判をしたらどうだ。
ルール上許されても道義上許されないとかいうわけのわからん指摘で堀江君を批判しているが、
あんたらに道義を語る資格はないし、経済というのは道義で動くのではなく、
市場原理と公平なルールにのっとって行なわれるべきもの。
堀江君の行なった取引は完全な合法である。
ルールを利用せず「おまえはずるい」というのはガキの戯言だよ。
3:電波は公共のもの
果たしてそうだろうか?
スマップ使ってくだらん番組をやっているフジテレビが「公共的事業」で「利益だけを追求しない社会公共事業」なのか。
くだらんバラエティ番組ばかりやっているフジテレビが「国民の財産」なのか。
民放だけでなくNHKまでもが国民の声を無視して、企業の利益すら無視して、
政治家のいいなりになったり、受信料で愛人と遊んだりしてる。
それが「国民の財産」たる「公共性のある事業」なのか。
私がフジテレビの社員だったら、67歳の資本主義の原理原則すらわからん日枝会長より、
32歳の時代の先見性を持った堀江君の方がはるかに信頼できる。
4:マネーゲーム
なんでもかんでも合併・買収=マネーゲームと決めつけているが、
マネーゲーム批判するならニッポン放送の株を取得している村上ファンドこそ批判するべきであって、
堀江君のように経営に参画して業務提携を行ないたいといっている意図の行動を、
マネーゲームという言葉で片付ける輩のニュースを見る目のなさに驚きを感じる。
彼は目先の利益を追い求めるマネーゲームをしてるんじゃなく、
メディアを買収して、それを自身の本業であるインターネット事業に活かそうとしているわけだよ。
それはマネーゲームじゃない。
批判している輩は、変わってほしくないんだよ。
自分たちが築き上げてきた既得権益を守るために。
しかもそれは国民の利益にも財産にもなってない。
自分たちの私腹を肥やすこと。自分たちの権利を守ることだけ。
「時代錯誤もはなはだしい」(堀江社長)
まさしくその通りだよ。
でも間違いなく時代は変わる。
今まで遅々として進まなかった政・財・官の癒着構造を、
インターネットという武器を持った新興産業がぶっつぶすかもしれない。
がんばれ、堀江社長。
くたばれ、政治家・財界人たち。
「金さえあれば何でもいい、力ずくでやれるという考え方は今の教育の成果なのかなあ」
そんな森喜朗の輝かしいプロフィール
・1984年:リクルート社から接待ゴルフ
・1984年:リクルートコスモス・未公開株購入※1987年売却で1億円以上の利益
・1986年:東洋水産「ヒモ付き献金1億円」※1994年発覚
・1989年:佐川急便・佐川清社長(当時)から小判、北陸佐川急便から550万円の献金・2000年:金沢医大から通算11年に亘って毎年250万円の顧問料を得ていた。
私学助成金などの補助金を受けている金沢医大は献金を禁じられているが、顧問料はその抜け道。
・2000年:国から補助金を受けている石川県内の医療法人や社会福祉法人計3団体から計33万円の違法献金を受けていた事を、
参院予算委員会で指摘された。補助金を受けた団体は1年以内の政治献金が禁止されている。
・2000年:東京都内のホテルで開かれた神道政治連盟国会議員懇談会(会長・綿貫民輔代議士)の結成30周年記念祝賀会であいさつし、
「(懇談会は)昭和の日の制定や先帝陛下60年の即位(の式典)とか、政府側が若干及び腰になるようなことを前面に出して、
日本の国はまさに天皇を中心とする神の国であるということを国民にしっかりと承知していただくという思いで活動をしてきた」と述べた。
・2001年:金融庁に破綻処理を申請した石川銀行から95年~99年の5年間に計192万円の政治献金を受けていた。
政治資金規正法は3事業年度以上連続して赤字を出している会社の政治献金を禁止している。
石川銀行は99年3月期から01年3月期決算まで3期連続赤字だった。
・2003年:『定期借家法』成立の為献金攻勢を行っていた「全国不動産政治連盟」などから、首相当時890万円の献金を受けていた。
・2005年:自民党森派(政治団体名・清和政策研究会、森喜朗会長)が同派の政治資金収支報告書に、
最近数年にわたり所属する国会議員に配った資金の明細を記載していなかった可能性の高いことが22日、関係者の証言で分かった。
旧橋本派と同様に、実態のない繰越金を記載していた疑いも浮上した。森派が所属議員に渡す資金は合計で年間1億円前後とみられる。
・2005年:森喜朗前首相が会長を務めていた財団法人「世界青少年交流協会」(解散)の幹部らによる補助金の不正受給事件で、
文部科学省は16日までに、同協会に対し、不正に受け取った補助金と加算金計約1億7000万円の返還を命じた。
同協会は昨年10月に破産宣告を受け清算手続きを進めており、命令は15日、破産管財人に手渡された。
返還対象は、1999年度から2003年度までの間に「民間社会教育活動振興費」として支出した、
補助金や委託費計約4億8000万円のうち、不正受給が確認できた約1億4000万円と、
年10・95%の加算金約3000万円。返還期限は3月4日としている。
●野田毅元自治相
「ああいうやり方は本来日本にはなじまない。金の力で競争して(経営権を)取っていくやり方でいいのか」
●久間章生総務会長
「ああいう形で金さえ持っていれば何でもできるような風潮をはびこらせるのは良くない」
・10年に渡り累積赤字を隠し破産法違反容疑で元社長らが逮捕された建築資材会社「山田興産」から、
2000年に、代表を務める自民党支部に300万円の献金を受けていた。
政治資金規正法は3事業年度以上連続して赤字を出している会社の政治献金を禁止している。
・2000年6月の衆院選の折、公共事業を受託している企業から880万円の『特定寄付』の受け取りが疑われる。
●武部勤幹事長
「報道は社会の公器。他の民間企業とは違う。自由競争、市場原理でゆがめられる恐れがあるなら好ましいことではない」
・2000年6月の衆院選の折、公共事業を受託している企業から424万円の『特定寄付』の受け取りが疑われる。
●麻生太郎総務相
「(放送)電波は個人的な特殊な人にぽっと持って行かれちゃうイメージは日本では受けない。公共のものという意識がある」
●日本商工会議所の山口信夫会頭
「奇襲作戦だ。あまり歓迎するものではない」「資本主義の悪い面が出ている」
「従来の財界人の考えで言うと、正攻法ではないと感じる」
●日本貿易会の佐々木幹夫会長(三菱商事会長)
「やり方に疑問を感じる」「安易な企業の合併・買収(M&A)は単なるマネーゲームに過ぎない」
●批判の論点
1:資本主義の悪い面
おまえらアホか!資本主義とは何たるかをもう一度勉強しなおせ!
そんなに批判したいなら資本主義をやめたらいいだろう。
あんたらの顔ぶれをみる限り、資本主義にどっぷり浸かっておいしい目に合ってきた連中が言う言葉か。
というか日本型不平等不公平資本主義を温存し、自分たちの既得権益を脅かされるのが恐いから、
ルールにのっとった堀江君を批判するんだろう。
2:時間外取引批判
今回、ニッポン放送株を時間外取引したことで批判する連中がいるが、
堀江君を批判せず、そんなルールを作った政治家・官僚批判をしたらどうだ。
ルール上許されても道義上許されないとかいうわけのわからん指摘で堀江君を批判しているが、
あんたらに道義を語る資格はないし、経済というのは道義で動くのではなく、
市場原理と公平なルールにのっとって行なわれるべきもの。
堀江君の行なった取引は完全な合法である。
ルールを利用せず「おまえはずるい」というのはガキの戯言だよ。
3:電波は公共のもの
果たしてそうだろうか?
スマップ使ってくだらん番組をやっているフジテレビが「公共的事業」で「利益だけを追求しない社会公共事業」なのか。
くだらんバラエティ番組ばかりやっているフジテレビが「国民の財産」なのか。
民放だけでなくNHKまでもが国民の声を無視して、企業の利益すら無視して、
政治家のいいなりになったり、受信料で愛人と遊んだりしてる。
それが「国民の財産」たる「公共性のある事業」なのか。
私がフジテレビの社員だったら、67歳の資本主義の原理原則すらわからん日枝会長より、
32歳の時代の先見性を持った堀江君の方がはるかに信頼できる。
4:マネーゲーム
なんでもかんでも合併・買収=マネーゲームと決めつけているが、
マネーゲーム批判するならニッポン放送の株を取得している村上ファンドこそ批判するべきであって、
堀江君のように経営に参画して業務提携を行ないたいといっている意図の行動を、
マネーゲームという言葉で片付ける輩のニュースを見る目のなさに驚きを感じる。
彼は目先の利益を追い求めるマネーゲームをしてるんじゃなく、
メディアを買収して、それを自身の本業であるインターネット事業に活かそうとしているわけだよ。
それはマネーゲームじゃない。
批判している輩は、変わってほしくないんだよ。
自分たちが築き上げてきた既得権益を守るために。
しかもそれは国民の利益にも財産にもなってない。
自分たちの私腹を肥やすこと。自分たちの権利を守ることだけ。
「時代錯誤もはなはだしい」(堀江社長)
まさしくその通りだよ。
でも間違いなく時代は変わる。
今まで遅々として進まなかった政・財・官の癒着構造を、
インターネットという武器を持った新興産業がぶっつぶすかもしれない。
がんばれ、堀江社長。
くたばれ、政治家・財界人たち。
旅行ガイドブックの仕事は大きく分けて、取材なしパターンと取材ありパターンとがある。
「旅行ガイドブックにもかかわらず取材がないの?」と、
取材がしたくてトラベルライターになろうと思っている人にとっては不満かもしれないが、
毎年たいして変わらない情報のために取材費を使っていたら金がかかってしまうので、
取材を行なわないでガイドブックを作ってしまう年もあるのだ。
国内でも海外でもそうだが、主な観光名所とか有名なレストランとかは、
たいして内容は変わらないわけです。
それをいちいち取材しなおすなんてお金をかけていたら商売にならない。
だから数年前に取材した写真や内容を基本的にそのまま「流用」するわけです。
こうすれば取材はいらない。
ただし、営業時間だとか若干の内容変更だとか潰れてしまった物件とかもあるかもしれない。
そこで1~2年に1度、掲載している情報が正しいかチェックをする。
チェックするのは国内だったら電話とかファックスで確認してしまえばいいし、
海外だったら現地に住んでいる日本人などに電話してもらって確認してしまう。
そのチェック結果をもとに、去年掲載した情報に訂正の赤字を入れていけば、
「取材なしガイドブック」が見事に完成するわけである。
だから必ずしも旅行ガイドブックの制作の仕事に携わったからといって、
毎回、取材があるわけではない。
ただ当然、チェックした結果、掲載しているレストランが10軒つぶれてたとか、
新しい地下鉄ができたとか、新しいテーマパークができたとか、
どうしても新しい情報に差し替えしなくてはならない箇所が出てくる。
それがあまりに多い場合は短期取材を行なう場合もあるが、
ほとんどの場合は取材なしで済ませてしまう。
取材なしで新しい情報をどうやって掲載するか?
簡単なことである。新しく掲載する物件元に電話なりメールなりして、
情報と写真を送ってもらうのである。
大きなホテルやレストランなどはいい状態で撮った広告用の写真を持っていて、
それを貸し出ししてくれる。
もちろん情報についても「プレスキット」というのがあり、
営業時間からメニューについての情報からシェフのプロフィールから、
さまざまな情報が書いてあるものをくれる。
こうなるとまったく取材がいらない。
国内のガイドブックで有名レストランの料理写真だとかホテル内の料理写真とか見てもらえればわかるだろうけど、
違うガイドブックで同じ写真をよくみるのは上記の理由からだ。
取材元からの写真提供で取材なしでガイドブックを作っているからこのようなことが起こる。
当然、情報元も紙ないしPDFないしホームページからとった情報になるので、
文章も似たようなものになる。
別にこれが悪いといっているわけではない。
取材される側としても取材者やカメラマンの力量によって、
自分のところのおいしい料理がまずそうに写されたらかえってマイナスイメージになりかねないし、
間違った情報を載せられたら困ってしまうので、このような形をとる場合が多い。
ちなみに国内の場合だと、大概、店取材をした先に、
本になる前に原稿と写真を確認してもらうのである。
これは間違った情報を載せないための対策といえるが、
逆にいえば、こうして取材先に原稿を確認してもらうわけだから、悪いことは書けないわけである。
たとえば眺望を売り文句にしているレストランがあったとして、
でもそれは数少ない窓側の席だけの話であって、
ほとんどの席からはたいして眺望が良くないとしても、そう正直に書くことはできなくなる。
本来なら読者に誤認されないように、
「窓側の席からの眺めは非常によいが、ほとんどの席はあまりよくない」
と書いてあげればわかりやすいんだけど、取材先に原稿確認してもらうから、
「窓側の席からの眺めは最高!」という書き方になる。
もちろん嘘をいってはいけないけど、上の書き方なら嘘をついてはいないのでOKとなるわけだ。
中にはクレームを恐れる店側が、眺めのよい席は少ないので、あまり強調して書かないでくれといった、
リクエストがある場合もあるが。
海外は原稿確認は基本的にしないが、国内の場合は原稿確認が多いので、
たいしておいしくもない店が過大に書いてあったり、
ラーメン本のように300軒どこもすべておいしい店みたいな、
あり得ない本ができてしまうわけである。
もちろん味については人によって感じ方が違うので、一概にいうことはできないが、
明らかにスタッフの対応が悪いだとか店が汚いだとか、
客観的にわかることでもマイナス的なことは書けなくなる。
だから、「ガイドブックに載っていた店に行ったのにたいしたことなかった」と、
がっかりすることも多いわけだ。
※だからこそ私は個人的な感想であっても正直に思ったことを書く、
ラーメン探訪のようなコーナーを本音がいえるネットで作っているわけだが。
多少、話は脱線したが、ようは取材なしパターンで作るガイドブックというのが結構多いことは事実である。
フリーでトラベルライターになれば、取材があるガイドブックの仕事をしている、
何社もの編集プロダクションに営業に行き、そこから仕事をもらえばいいわけだが、
特定の編集プロダクションに勤めている場合は、
担当している仕事が取材なしパターンの年かそうでないかによって、
自分が取材に行ける行けないが決まってくるというわけだ。
「旅行ガイドブックにもかかわらず取材がないの?」と、
取材がしたくてトラベルライターになろうと思っている人にとっては不満かもしれないが、
毎年たいして変わらない情報のために取材費を使っていたら金がかかってしまうので、
取材を行なわないでガイドブックを作ってしまう年もあるのだ。
国内でも海外でもそうだが、主な観光名所とか有名なレストランとかは、
たいして内容は変わらないわけです。
それをいちいち取材しなおすなんてお金をかけていたら商売にならない。
だから数年前に取材した写真や内容を基本的にそのまま「流用」するわけです。
こうすれば取材はいらない。
ただし、営業時間だとか若干の内容変更だとか潰れてしまった物件とかもあるかもしれない。
そこで1~2年に1度、掲載している情報が正しいかチェックをする。
チェックするのは国内だったら電話とかファックスで確認してしまえばいいし、
海外だったら現地に住んでいる日本人などに電話してもらって確認してしまう。
そのチェック結果をもとに、去年掲載した情報に訂正の赤字を入れていけば、
「取材なしガイドブック」が見事に完成するわけである。
だから必ずしも旅行ガイドブックの制作の仕事に携わったからといって、
毎回、取材があるわけではない。
ただ当然、チェックした結果、掲載しているレストランが10軒つぶれてたとか、
新しい地下鉄ができたとか、新しいテーマパークができたとか、
どうしても新しい情報に差し替えしなくてはならない箇所が出てくる。
それがあまりに多い場合は短期取材を行なう場合もあるが、
ほとんどの場合は取材なしで済ませてしまう。
取材なしで新しい情報をどうやって掲載するか?
簡単なことである。新しく掲載する物件元に電話なりメールなりして、
情報と写真を送ってもらうのである。
大きなホテルやレストランなどはいい状態で撮った広告用の写真を持っていて、
それを貸し出ししてくれる。
もちろん情報についても「プレスキット」というのがあり、
営業時間からメニューについての情報からシェフのプロフィールから、
さまざまな情報が書いてあるものをくれる。
こうなるとまったく取材がいらない。
国内のガイドブックで有名レストランの料理写真だとかホテル内の料理写真とか見てもらえればわかるだろうけど、
違うガイドブックで同じ写真をよくみるのは上記の理由からだ。
取材元からの写真提供で取材なしでガイドブックを作っているからこのようなことが起こる。
当然、情報元も紙ないしPDFないしホームページからとった情報になるので、
文章も似たようなものになる。
別にこれが悪いといっているわけではない。
取材される側としても取材者やカメラマンの力量によって、
自分のところのおいしい料理がまずそうに写されたらかえってマイナスイメージになりかねないし、
間違った情報を載せられたら困ってしまうので、このような形をとる場合が多い。
ちなみに国内の場合だと、大概、店取材をした先に、
本になる前に原稿と写真を確認してもらうのである。
これは間違った情報を載せないための対策といえるが、
逆にいえば、こうして取材先に原稿を確認してもらうわけだから、悪いことは書けないわけである。
たとえば眺望を売り文句にしているレストランがあったとして、
でもそれは数少ない窓側の席だけの話であって、
ほとんどの席からはたいして眺望が良くないとしても、そう正直に書くことはできなくなる。
本来なら読者に誤認されないように、
「窓側の席からの眺めは非常によいが、ほとんどの席はあまりよくない」
と書いてあげればわかりやすいんだけど、取材先に原稿確認してもらうから、
「窓側の席からの眺めは最高!」という書き方になる。
もちろん嘘をいってはいけないけど、上の書き方なら嘘をついてはいないのでOKとなるわけだ。
中にはクレームを恐れる店側が、眺めのよい席は少ないので、あまり強調して書かないでくれといった、
リクエストがある場合もあるが。
海外は原稿確認は基本的にしないが、国内の場合は原稿確認が多いので、
たいしておいしくもない店が過大に書いてあったり、
ラーメン本のように300軒どこもすべておいしい店みたいな、
あり得ない本ができてしまうわけである。
もちろん味については人によって感じ方が違うので、一概にいうことはできないが、
明らかにスタッフの対応が悪いだとか店が汚いだとか、
客観的にわかることでもマイナス的なことは書けなくなる。
だから、「ガイドブックに載っていた店に行ったのにたいしたことなかった」と、
がっかりすることも多いわけだ。
※だからこそ私は個人的な感想であっても正直に思ったことを書く、
ラーメン探訪のようなコーナーを本音がいえるネットで作っているわけだが。
多少、話は脱線したが、ようは取材なしパターンで作るガイドブックというのが結構多いことは事実である。
フリーでトラベルライターになれば、取材があるガイドブックの仕事をしている、
何社もの編集プロダクションに営業に行き、そこから仕事をもらえばいいわけだが、
特定の編集プロダクションに勤めている場合は、
担当している仕事が取材なしパターンの年かそうでないかによって、
自分が取材に行ける行けないが決まってくるというわけだ。
「ホームページ」に変わって途端、流行になりはじめた「ブログ」。
見ての通り、自分専用の日記掲示板みたいなものだ。
ホームページより簡単に運営・更新できるので、急速に個人に広まっているようだ。
すでにホームページを持っている人にはあまり意味はないように思える。
ただホームページでは更新がかったるい場合に、ブログに乗り換える人もいるようだ。
ブログはホームページと同じで、基本的に無料で利用できるものがほとんど。
たとえばライブドアとかヤフーとか、ポータルサイトが集客のために、
ブログスペースを無料レンタルさせるという仕組みだ。
ホームページより手軽に更新できることから、内容の「質」はホームページより下がっている。
ようは、小学校の絵日記帳をインターネットで公開しているようなものだ。
ただ公開するから、毎日書かなくてはという強制力が働くのと、
誰かが見るということを意識した内容にはなっている。
他人には見られたくないような、自分の心境を正直に書くことによって、
自分の気持ちを整理したりとかできるのではないかと思う。
今、私はアメーバブログを実験的にやって1ヵ月が過ぎた。
さまざまなブログスペースがある中からアメーバを選んだ理由は、
アクセス数の多かったブログサイトを出版化するということだったからだ。
鬼嫁日記という嫁の悪口を書いたものが一番アクセス数が多く、
それが本になるというから驚きだ。
確かに、ネットで見るからおもしろいかもしれないけど、
本を買ってまで読みたいものだろうか?と疑問には思う。
アメーバブログを1ヵ月やってみて不思議なことがある。
アクセス数が多いのだ。
はじめたばかりで「つぶやきかさこ」というなんらかのテーマに絞ったブログではないのにもかかわらず、
常時20アクセス、時に60アクセスある。
どういうカウントの仕方をしているかは知らんが、異様に多い数字である。
私が5年前にホームページをはじめたところ、
見るページが4枚ぐらいしかなかったこともあるし、
何か特定のテーマだけを追いかけているホームページではなかったので、
はじめのころは1日のアクセス数は5とか6とかそんなものだ。
逆にいえば、そのぐらいが普通だと思う。
その後、5年続けて、今のように膨大な量になり、
ラーメンだけでも、映画だけでも、書評だけでも、ミスチルだけでも、
旅行だけでも、サラ金だけでも・・・といった具合に、
1つのコンテンツだけでも十分1つのホームページとして耐えうる量になり、
ヤフーなどにも引っかかるようになった今、1日50アクセスとかである。
にもかかわらず、最近はじめたまだ量のないブログに1日60アクセスもあるというのは、
どう考えてもおかしい。
ただ私としてはできるだけ多くの人に自分のメッセージを伝えたいという思いからは、
ホームページは見ないけどブログを見るような人が、新たな読者になってくれ、
つぶやきで書いてあるような社会批評に何かの気づきを感じてくれればそれはそれでいいわけなんだけど、
今のところ、非常に感触が薄い感じがする。
これはアメーバブログならではのシステムのせいかもしれないけど、
ブログをアップしてから、私のブログの読者になりたいという人が、何人かメールで来た。
ところが、その感想を見るとどうもたいして読んでいないような気がするのである。
何人かの方はよく読んでくれてその上で気に入ったから読者になるという意図なのだろうが、
他の何人かはたいして読んでないけど、見つけたからとりあえず読者になっておくといった感じなのである。
そうまでしてなぜ読者になるか?
読者になると、自分のブログにリンクが張られるからである。
アメーバブログは月のアクセス数ランキングで上位者には賞金がある。
そういうこともあってか、とにかくいろいろなブログの読者になり、
そこから自分のアクセス数をあげたいという意図が見え隠れしているようだ。
すごい人になると読者が何百人もいて、そのブログリンクがだああっと貼ってある。
もうそれだけでうんざりである。
これは他のブログにはない、アメーバならでなのシステムのせいかもしれないけど、
この読者システムのせいで、たいして読んでいなくても、
自分のアクセス数を増やすために様子見て見に来ている人が結構いて、
そのせいでブログのアクセス数が多いのではないかという気がする。
そしてこれも驚くべきことなのだが、アクセス数を競うためか、
それともブログという非常に手軽にアップできるシステムだからなのか、
海外とかのおもしろいサイトの写真とかを勝手に取ってきて、
それをただ貼り付けただけのブログだとか、
他サイトのおもしろいニュースを見つけてはそれをコピーペーストして更新しているブログだとか、
映画ブログにしても映画の1シーンの画像を勝手に貼り付けて映画紹介している輩とか、
ちょっと信じられないぐらい、他人のふんどしで相撲をとるようなブログが氾濫しているのだ。
ホームページより手軽にできることが、そういった質の低下を招いている要因だと思う。
ブログスペース提供者もそういった管理をしてないようだしな。
ま、そんなわけで、簡単に情報発信できるという意味で、
単に情報の受けてになるだけでなく、自分ならではの情報を発信できる有効な手段である一方、
実際上は、しょうもないブログが氾濫してどうしようもなくなっているような気がしてならない。
ただしょうもないブログが多いけど、簡単に更新できるせいか、
みんなせっせと毎日毎日更新してるんだよな。
私もホームページをやっているから、情報を発信する楽しさというのはわかるけど、
日記みたいなものとか他サイトの情報流用とか、
そんなものを発信して楽しいのかなと思わざるを得ない。
みんな、暇なのか、それとも、ブログでストレス発散でもしてるのだろうか。
ま、何もやらないより、やった方がいいのかもしれないけど、ブログはまだまだ微妙だな。
まだ私もブログをはじめて1ヵ月。
つぶやきかさこの単なるコピペのブログ 「つぶやきかさこ」と、
ブログならではのコンテンツ 「アジア90日間旅行フォトエッセイ」と、
当面、実験的にブログも続けていきますが、
今のところ、あまりブログをやることに大きな意味は見出せず、
より一層、ホームページのコンテンツを充実させていくことに注力していきたいと思います。
アジア90日間旅行フォトエッセイで掲載している、かさこワールド未掲載の写真も、
かさこワールドでもきちんとアップしていく予定です。
※ただ1ついえることは、海外から簡単にアップできること。
そういう意味ではアジア90日間旅行みたいなものを、
リアルタイムで更新できるツールとしては、ホームページよりブログの方がやりやすいかもしれない。
見ての通り、自分専用の日記掲示板みたいなものだ。
ホームページより簡単に運営・更新できるので、急速に個人に広まっているようだ。
すでにホームページを持っている人にはあまり意味はないように思える。
ただホームページでは更新がかったるい場合に、ブログに乗り換える人もいるようだ。
ブログはホームページと同じで、基本的に無料で利用できるものがほとんど。
たとえばライブドアとかヤフーとか、ポータルサイトが集客のために、
ブログスペースを無料レンタルさせるという仕組みだ。
ホームページより手軽に更新できることから、内容の「質」はホームページより下がっている。
ようは、小学校の絵日記帳をインターネットで公開しているようなものだ。
ただ公開するから、毎日書かなくてはという強制力が働くのと、
誰かが見るということを意識した内容にはなっている。
他人には見られたくないような、自分の心境を正直に書くことによって、
自分の気持ちを整理したりとかできるのではないかと思う。
今、私はアメーバブログを実験的にやって1ヵ月が過ぎた。
さまざまなブログスペースがある中からアメーバを選んだ理由は、
アクセス数の多かったブログサイトを出版化するということだったからだ。
鬼嫁日記という嫁の悪口を書いたものが一番アクセス数が多く、
それが本になるというから驚きだ。
確かに、ネットで見るからおもしろいかもしれないけど、
本を買ってまで読みたいものだろうか?と疑問には思う。
アメーバブログを1ヵ月やってみて不思議なことがある。
アクセス数が多いのだ。
はじめたばかりで「つぶやきかさこ」というなんらかのテーマに絞ったブログではないのにもかかわらず、
常時20アクセス、時に60アクセスある。
どういうカウントの仕方をしているかは知らんが、異様に多い数字である。
私が5年前にホームページをはじめたところ、
見るページが4枚ぐらいしかなかったこともあるし、
何か特定のテーマだけを追いかけているホームページではなかったので、
はじめのころは1日のアクセス数は5とか6とかそんなものだ。
逆にいえば、そのぐらいが普通だと思う。
その後、5年続けて、今のように膨大な量になり、
ラーメンだけでも、映画だけでも、書評だけでも、ミスチルだけでも、
旅行だけでも、サラ金だけでも・・・といった具合に、
1つのコンテンツだけでも十分1つのホームページとして耐えうる量になり、
ヤフーなどにも引っかかるようになった今、1日50アクセスとかである。
にもかかわらず、最近はじめたまだ量のないブログに1日60アクセスもあるというのは、
どう考えてもおかしい。
ただ私としてはできるだけ多くの人に自分のメッセージを伝えたいという思いからは、
ホームページは見ないけどブログを見るような人が、新たな読者になってくれ、
つぶやきで書いてあるような社会批評に何かの気づきを感じてくれればそれはそれでいいわけなんだけど、
今のところ、非常に感触が薄い感じがする。
これはアメーバブログならではのシステムのせいかもしれないけど、
ブログをアップしてから、私のブログの読者になりたいという人が、何人かメールで来た。
ところが、その感想を見るとどうもたいして読んでいないような気がするのである。
何人かの方はよく読んでくれてその上で気に入ったから読者になるという意図なのだろうが、
他の何人かはたいして読んでないけど、見つけたからとりあえず読者になっておくといった感じなのである。
そうまでしてなぜ読者になるか?
読者になると、自分のブログにリンクが張られるからである。
アメーバブログは月のアクセス数ランキングで上位者には賞金がある。
そういうこともあってか、とにかくいろいろなブログの読者になり、
そこから自分のアクセス数をあげたいという意図が見え隠れしているようだ。
すごい人になると読者が何百人もいて、そのブログリンクがだああっと貼ってある。
もうそれだけでうんざりである。
これは他のブログにはない、アメーバならでなのシステムのせいかもしれないけど、
この読者システムのせいで、たいして読んでいなくても、
自分のアクセス数を増やすために様子見て見に来ている人が結構いて、
そのせいでブログのアクセス数が多いのではないかという気がする。
そしてこれも驚くべきことなのだが、アクセス数を競うためか、
それともブログという非常に手軽にアップできるシステムだからなのか、
海外とかのおもしろいサイトの写真とかを勝手に取ってきて、
それをただ貼り付けただけのブログだとか、
他サイトのおもしろいニュースを見つけてはそれをコピーペーストして更新しているブログだとか、
映画ブログにしても映画の1シーンの画像を勝手に貼り付けて映画紹介している輩とか、
ちょっと信じられないぐらい、他人のふんどしで相撲をとるようなブログが氾濫しているのだ。
ホームページより手軽にできることが、そういった質の低下を招いている要因だと思う。
ブログスペース提供者もそういった管理をしてないようだしな。
ま、そんなわけで、簡単に情報発信できるという意味で、
単に情報の受けてになるだけでなく、自分ならではの情報を発信できる有効な手段である一方、
実際上は、しょうもないブログが氾濫してどうしようもなくなっているような気がしてならない。
ただしょうもないブログが多いけど、簡単に更新できるせいか、
みんなせっせと毎日毎日更新してるんだよな。
私もホームページをやっているから、情報を発信する楽しさというのはわかるけど、
日記みたいなものとか他サイトの情報流用とか、
そんなものを発信して楽しいのかなと思わざるを得ない。
みんな、暇なのか、それとも、ブログでストレス発散でもしてるのだろうか。
ま、何もやらないより、やった方がいいのかもしれないけど、ブログはまだまだ微妙だな。
まだ私もブログをはじめて1ヵ月。
つぶやきかさこの単なるコピペのブログ 「つぶやきかさこ」と、
ブログならではのコンテンツ 「アジア90日間旅行フォトエッセイ」と、
当面、実験的にブログも続けていきますが、
今のところ、あまりブログをやることに大きな意味は見出せず、
より一層、ホームページのコンテンツを充実させていくことに注力していきたいと思います。
アジア90日間旅行フォトエッセイで掲載している、かさこワールド未掲載の写真も、
かさこワールドでもきちんとアップしていく予定です。
※ただ1ついえることは、海外から簡単にアップできること。
そういう意味ではアジア90日間旅行みたいなものを、
リアルタイムで更新できるツールとしては、ホームページよりブログの方がやりやすいかもしれない。