「はじめまして、翔くん」
母親に連れて行かれた大きなホテルの広いロビーで
緊張のせいか口をへの字に結び、不機嫌そうな顔をしていた俺に、彼女はにっこり微笑んだ。
「わたしの名前は櫻井有紀、よろしくね」
男の子みたいに短い髪
でも、水色のワンピースがとってもよく似合っていて
多分、きっと
一目惚れだった。
母親が再婚すると知った時はすごく驚いたし、新しい父親も新しい家族も欲しいなんて思わなかった。
でも……
「翔ちゃんて呼んでもいい?」
「翔ちゃん、一緒にテレビ観よう」
「翔ちゃん、これ食べてみて。すっごく美味しいよ」
「私、翔ちゃんみたいな可愛い弟が出来て
とっても嬉しいな」
翔ちゃん
翔ちゃん……
仕事で忙しい両親の代わりに、いつも俺の傍にいてくれた。
それなのに……
「姉さん、家を出るって本当なの?」
「ごめんね、翔ちゃん」
「父さんも母さんも
姉さんのことが心配だから反対してるんだよ」
「わかってる。わかってるけど……」
「姉さん、もう一度よく考え直してよ」
「翔ちゃん、ごめんね」
本当にごめんなさい。
「姉さん……」
姉さん、姉さん……
「姉さん!!」
海の底から一気に引き上げられるように、眠っていた意識がパッと目覚めた。
視界に広がる見慣れた天井。
いるはずもない人を呼んでる俺。
「夢か……」
今日だけじゃない。
これまで何度となく見てきた夢。
「はぁぁ……」
あれからどれくらい経ったと思ってんだよ。
右腕を閉じた瞼の上に置き、大きくため息をつくと
コンコン……
「翔くん、入るよ」
返事を待たず、部屋のドアが開いた。
つづく