正月三日、孫たちをつれて安土城へ行って来ました。安土城は天主焼失のイメージから跡形もないものと思い込んでいたのですが、標高199メートルの安土山の麓から頂上まで石垣や、石仏などを無造作に埋め込んだ石段などがしっかりと残っています。彦根城や姫路城など城郭がしっかり残っている城以上に、想像がふくらんで来ます。
大手門跡に建つ木戸を通ると、巾10メートル以上はありそうな大手道が天主に向かっています。5分ほど登ると、左手に「伝・羽柴筑前邸」の石柱が見えます。傾斜を利用し、二段に分かれた敷地は5千平方メートルとありますが、意外に小さく見えました。大手門から最初の砦としての役割も担っていたのでしょうか。当時の織田家中における秀吉の地位もうかがわせます。大手道を挟んでお向かいは「伝・前田利家邸」。
帰り道を心配するような急な石の階段が続きます。一段の高さが結構高いので小柄だと伝えられる秀吉が、駆け上がる姿などを想像すると思わず笑いがこみ上げてきます。「伝・徳川家康邸」などおなじみの武将の屋敷跡が続いて、いよいよ本丸から天主へと続く「黒金門」に達します。この「本丸」には天皇を招き入れる「御幸の間」があったと「信長公記」に記されているそうです。御所の清涼殿と酷似した建物で、天皇の御座所を天主から見下ろす形で、天皇を超える存在を象徴する構造であり、それが信長暗殺の直接の動機だったという小説もあったように思います。さて、ほぼ一時間をかけて天主跡に達しました。背丈ほどの石垣に囲まれた東西、南北それぞれ28メートルの台地。現在は礎石が数十個、1,2メートルおきに並んでいます。ここは、五層7階(地上6階、地下1階)の天守の地階部分、この上に絢爛、豪華な天守閣が聳えていたと思うと、天正時代がぐっと身近に引き寄せられました。
周囲の石垣に登ると、大中の湖の干拓地が眼下に広がっています。現在「有明海」で問題になっている、戦後まもなく食料増産の合い言葉で始まった埋め立て地の一つで、今は近江米の産地になっていますが、築城当時からほんの50年前まで安土山は湖に囲まれていました。私が現役時代、「大中之湖」の通過は、同志社のヨット部の夏の周航の楽しみの一つでした。柳ヶ崎を出、長命寺で泊めてもらい、早朝、津田内湖の葦の群生の中を漕いだり、帆走したりして北航すると突然視界が開けます。それが大中之湖でした。葦原があるだけで琵琶湖とは一体でした。現在、近江八幡の水郷巡りをしている「西の湖」は当時の名残ですが、おそらく当時の10分の1にも満たないと思います。石垣の上に立って見下ろしていると、50年前の我々のフリートと信長の船団が重なって見えて来るようでした。ここからまだ33メートル上の天主(東京タワーの展望台と同じ高さだそうですが)から信長は何を見ていたのでしょうか。秀吉の中国攻めの最中とはいえ、ほぼ日本の天下は信長の手中にありました。
一説には、海外雄飛の構想を持っていたという説もあるそうです。当時、信長の所有していた鉄砲の数は2百年後のナポレオン軍の数倍あったそうですし、安土城の天主を見たルイス・フロイスは「ヨーロッパにあるとは思えないほどの壮大さ」と言っています。当時の軍事力、技術力、経済力は当時のヨーロッパを遙かに凌いでいたものと思われます。ただ一つ外洋航海力を除いて。信長は琵琶湖を見ながら遙か南海に思いを馳せていたと思いたいのですが・・・。もし本能寺なかりせば、ヨーロッパ列強のアジア進出の遙か前に、日本を中心とする一大勢力圏が出来上がり世界の歴史は大いに変わっていたようにも思います。
突然、話は変わりますが1月11日、税理士界の新年会で高野孟氏の講演を聴きました。サブプライム、年金、ドル崩壊、ねじれ国会などなど暗い話題ばっかりのようで、アメリカの衰退とともに、日本が沈没しそうなマスコミの報道です。しかし、日本のGDPは5兆ドル、世界のGDPは40兆ドルですから、日本だけで世界の付加価値の8分の1を創り出している。世界の人口は60億、日本の人口は1億ですからその実力と世界への貢献度は突出している。しかも燃料電池を初めとする先端技術は群を抜いている。水素燃料はすでに技術的には解決しているので、中国の公害問題などは問題ではない。後は政治力と指導力だけという話でした。安土の山の上からとんでもないところに話が下りてきました。しかし、満更無関係な話でもない。その後秀吉、家康に進路を託した日本は、300年の国内の平和をもたらしましたが、世界の技術発展には遅れをとり今の問題まで歴史は続いています。日本の方向性を指し示せるリーダーが待望されます。
追伸 絢爛かつ壮大な安土城の天守閣が、城跡のすぐ近く「安土城天主信長の館」で見られます。5階、6階は実物大、天主全体は20分の1で展示しています。平成4年のセビリア万博に出展するために現代の名工を集め10億円以上をかけて造られたもので、一見の価値はあります。