行雲流水 ~所長の雑感~ -12ページ目

行雲流水 ~所長の雑感~

松田進税理士事務所 所長の松田が日々思うことを思うままに綴った雑記帳

先   立 お晩です。ナマハゲ来たす。


先立・主人 お目出度うございます。


主   人 寒びどご良ぐ来てけだすな。


先   立 山から来るに容易でねがったす。


ナマハゲ  ウオー、(玄関で7回シコを踏む)泣ぐ子はいねが。怠け者はいねが。言うごど聞がね子どらいねが。親の面倒みない悪りい嫁いねが。ウオー(家中探しまわる)


主   人 ナマハゲさん、まんず座って酒っこ飲んでくなんしぇ。(ナマハゲ、お膳に着く前に5回シコを踏んで座る)

主人・ナマハゲ お目出度うございます。



主   人 なんと、深け雪の中、容易でねがったすべ。今年も来てけでえがったすな。


ナマハゲ  親父、今年の作なんとであった。



主   人 お陰でいい作であったすでば。



ナマハゲ  んだが。まだいい作なるよう拝んでいくがらな。子どら皆まじめに勉強しているが。


主   人 おらい(私の家)の子どら、まじめで、親の言うごどよぐ聞ぐいい子だから。



ナマハゲ  どらどら、本当だが。ナマハゲの台帳見てみるが。何々テレビばり見で何も勉強さねし、手伝いもさねて書いであるど。親父、子どら言うごど聞がねがったら、手っコ三つただげ。へばいづでも山がら降りて来るがらな。どれもうひとげり(一回)探してみるが。(ナマハゲお膳を離れる前に3回シコを踏む)。

      ウオー、ウオー。(又家中まわる)


主   人 ナマハゲさん、まんず、この餅こで御免してくなんしぇ。


ナマハゲ  親父、子どらのしづけ(躾)がりっと(ちゃんと)して、え(家)の者皆まめ(健康)でれよ。来年まだくるがらな。

            …   …   …   …   …



 秋田県の最西端、男鹿半島真山に伝わるナマハゲ行事、昭和53年、国の重要無形民俗文化財に指定されています。この問答はナマハゲ習俗を体験、理解する学習講座でのやり取りです。秋田に行けばどこの飲食店でもナマハゲを売りにしているので、もっとおどろおどろしいものと思っていました。しかしここ真山伝承館での実演は、顔に鬼面をつけ体に蓑をまとい、姿こそ恐ろし気ですが、家の主人との真面目なやり取りに思わず引き込まれていました。真山・本山に鎮座する神々の化身が、災禍を祓い豊漁・豊作・吉事をもたらす来訪神として丁重に迎えもてなす様子が、良くわかりました。また現場では半分か三分の一ぐらいしかわからなかった秋田弁、字にしてみればさすが日本語、全部分かってしまったのは驚きでした。

 

突然のナマハゲの紹介で失礼しましたが、「第81回京都家電旅行友の会」『新緑の秋田・青森、男鹿半島・白神山地・奥入瀬渓流』の第1日目の行事が大変興味深かったので、紹介してみました。この旅行の主催者、㈱杉本商事の社長は中学、高校の一年間先輩、家や事務所の電気関係を半世紀にも亘って、お世話になっていたのにこんな旅行があったのを全然知りませんでした。旅行中昔、シャープやナショナルが元気な時は、もっと豪華版やったでと聞きました。

 

2日目、最近有名なJR五能線から日本海を眺め、白神山地の十二湖へ、青池の透き通ったブルーが印象的でした。五所川原市へ入って立佞武多(たちねぷた)の館へ。紙と木だけでつくられた23メートルの高さの立佞武多が二基展示されていました。この夏の祭には現在制作中の一基とあわせ三基が練り歩くそうです。今年の2月にブラジルのサンパウロのカーニバルに参加した写真も展示されていました。

 

3日目、奥入瀬から十和田湖へ。奥入瀬渓流は3回目でしたが、相変わらず綺麗で俗化していないことに安心しました。十和田湖は震災の風評被害で観光客が激減し、土産物屋さんが無くなっているのに驚かされました。八甲田連山がずうっと望見できていました。三日間とも、非常に珍しい上天気でした。

 

今回の旅行は太平洋を見ながら仙台空港に着陸し、日本海に面した男鹿温泉へ。五所川原、青森市を通過してまたも太平洋側の古巻温泉。奥入瀬、十和田湖からは日本の背骨を走る東北自動車道を一路仙台まで1250キロのバス旅行でした。帰り際、添乗員にどうして秋田空港や青森空港を利用しないんですかと尋ねたところ、青森、秋田は小型機しか飛んでいないので60人以上の団体は利用しにくいんだそうです。





松田進税理士事務所 職員の荒木です。ここでは、所長の松田が週明けの朝礼で私たち職員に話した内容に自分なりの意見を加味したものを書いていきたいと思います。(ですから、ここのカテゴリーだけは所長の雑感 荒木視点バージョンです。)




昨日の朝礼は、先週末に植物園に行って来たということで、植物園のお話しでした。



「植物園には何べんも行っているが、考えてみたらいつも南側の正門からばかりで、北側(北山門)から入ったんは初めてやった」とのことでした。




南側から入るとなかなか北山門あたりまでは行かないということで、


今回新たな発見として、

北側は「原生林」、南側は「つくりもん」という印象を持ったとのことです。





また、植物は自分たちが生き残るための工夫をそれぞれが色々やっており、


例えば、

カエデは、種がプロペラ型をしており、風を利用してできるだけ遠くに種子を運ぶようにしており、


椎の実は、毎年実を落とさず、ある年に大量に落とすことで動物の食べ残しを狙う、というようなことをボランティアの方(7人以上の団体の場合には、頼めばボランティアで案内を付けてもらえるようです。)が話されるのを聞くとはなしに聞いていたとのことです。




そして、

植物が生き残るために様々な工夫をしているのに対し、最近の人間の変化というのは、それとは違う方向へいっとる。生存の方じゃなく絶滅の方に向かってるんちゃうか、ということを感じたようです。






もし、人間が絶滅の方へ向かっているとしたら、

それは地球自身が生き残るための地球の意思というものなのかもしれないなぁ、と所長の話しを聞きながらふと思いました。

松田進税理士事務所 職員の荒木です。ここでは、所長の松田が週明けの朝礼で私たち職員に話した内容に自分なりの意見を加味したものを書いていきたいと思います。(ですから、ここのカテゴリーだけは所長の雑感 荒木視点バージョンです。)





今朝の朝礼は、先日上七軒の歌舞練場で行われた「第五回上七軒落語会南光・米団治・吉弥三人会」に行ってきたということで、そのお話しでした。


落語は「地獄八景亡者戯」というちゃんとやったら1時間くらいかかる落語がめちゃめちゃ面白く、

地獄の世界では何でもありなので、一代目から十代目までの市川團十郎(だったような・・・)をズラッと並べて歌舞伎をやらせてみたり、


はたまた藤山寛美が出てきたり、早速いくよさんが新入りで登場してきたりと、色々盛りだくさんだったようです。




また、3人によるトークショーでは、桂米朝の子である桂米団治の若い頃のことをイジったり、と、とにかく3人が好き放題話してて、2時間笑いっぱなしだったとのこと。





お腹の底から笑うと、心も体も健康になるということを聞いたことがあります。

落語会のおかげで更に所長の健康パワーがアップしているような気がしました。



僕もあやかりたいです!

「鴨川ではね、三条から四条の河原でアユ釣りが出来るんだよ。百万都市のど真ん中で凄いでしょう。」と何年か前、関東で友人に自慢したことがあります。海から遡上する鮎が賞味出来るのは四国の四万十川だけと、長い間思い込んでいました。ところが……。

 

 45日(日)朝7NHK「おはよう日本」を見てまさにびっくりしました。昔むかし、王、長嶋が猛訓練に明け暮れたという多摩川の河川敷、「多摩川」といえば日本を代表する都市河川、山梨県から東京都と神奈川県の境を通って東京湾へ流れ込む川で全長138キロ。流域には住宅、工場おまけに空港まである、流域人口400万人。

 

 その「多摩川」に、東京都の調査によると4年前から500万尾以上の天然の鮎が、東京湾から毎年遡上していると見られているそうです。画面ではヤマトシジミも写っています。近所で喫茶店を営む方が5年前から、シジミ漁をして、お客様に振舞っています。大型のコイ科のマルタウグイ(30cm)も産卵のため遡上しているようです。

 昭和40年代の多摩川の姿も映し出されています。我々が「都市河川」といえばすぐにイメージ出来る、家庭や工場排水が直接流れ込み、底にはヘドロ水面には白や灰色の泡に覆われた姿です。それが半世紀足らずで見事に再生した「生き物が戻る、多摩川に」の姿が放映されていました。ちょっとした感動でした。
 

 多摩川再生に貢献したのは、昭和46年に20%だった下水道普及率が平成15年には95%を超えた「下水道整備」と水をきれいにする「高度処理」技術の向上が挙げられていました。また9年前から川の水量調節の為の堰を鮎の遡上に合わせ開放したり、魚が上流に上れるための魚道つくりに励む流域住民の姿もありました。しかしインターネットで「多摩川再生」を開けてみると、「下水道整備」は勿論のこと、「東京湾の水質改善」や、最上流から最下流までの「多摩川河川環境管理計画」など官民一体の努力があったようです。


さて京都に戻って、現在も釣れる鴨川の鮎は大阪湾から遡上している鮎ではありません。放流された琵琶湖の鮎です。堰の開放や魚道つくりなど、いろいろ努力はされているようですが未だ大阪湾からは遡上は見られないようです。東京で出来たことが京、大阪で出来ないはずはない、大いに期待できそうです。




NHKスペシャル「明治神宮 不思議の森」 52日に放映されたこの番組を見て「多摩川」とは違う感動を覚えました。多摩川が「再生」の物語とするならこちらは「創造」の物語です。人類の歴史は原生林の破壊の連続でした。古代世界の4大文明、エジプト、メソポタミア、インダス、黄河文明のうち、はじめの三つは今は跡形もありません。すべて原生林をエネルギーとして消費しつくし消え去りました。黄河文明が今かろうじて存在しているのは石炭の発見によるといわれています。


明治神宮の森はご存知のように、明治天皇と昭憲皇太后を祀る鎮守の森として、東京の真ん中に一から人口の森を創ろうという壮大な実験から始まりました。当初当時の政府重鎮の中には、伊勢神宮のような針葉樹林に覆われる荘厳なイメージを描いたようです。しかし日本の「公園の父」とも呼ばれる林学博士・本田静六たちは樹木の遷移という近代造園学の知識を初めて取り入れ、多様な樹木を植えて競い合わせることで永遠に続く究極の森を作るという壮大な理想を目指しました。そのため日本各地から集められた10万本もの樹木を5年がかりで植林するという、大事業が始まりました。それは150年かけて原生林のような森を作るという世界でも例のない計画でした。


今回のNHKスペシャルは、2020年の鎮座100年に向けて、3年がかりで行われた50名を超える研究者からなる特別チームに密着し、動物や昆虫では初めて、植物でも40年振りという調査を取材したものでした。その結果は当初計画の150年を待たずして、手付かずの原生林を造るというその目標がほぼ達成されていることが明らかになりました。のみならず、発見された生物はこの森の生態系の頂点にいる猛禽のオオタカ、哺乳類のタヌキ、昆虫や粘菌まで2800種以上。東京で絶滅したと思われていた稀少な生物や、なぜか沖縄とこの森にしかいない不思議な生物まで、実にミステリアスな生態系が隠されていました。




この二つを視て改めて日本人とはすごい民族だなと思っています。強度の自然破壊を犯したにも関わらず、半世紀足らずで綺麗な河川を取り戻した、昭和の官民一体となった連携プレー、150年という長期にわたった視野で世界初の人工の原生林を創り出した明治の智慧、平成以降の今後の世界に貢献できる日本民族の方向性が見えてきたように思います。

松田進税理士事務所 職員の荒木です。ここでは、所長の松田が週明けの朝礼で私たち職員に話した内容に自分なりの意見を加味したものを書いていきたいと思います。(ですから、ここのカテゴリーだけは所長の雑感 荒木視点バージョンです。)




昨日の朝礼は、「日曜日19時半からNHKの『ダーウィンが来た!』という番組見てるか?」という所長の問いかけから始まりました。




先日の日曜日は、多摩川で天然のアユが急増しているという内容だったようで、かなり面白かったとのことでした。



多摩川といえば、1970年頃から川の汚れが深刻化し、白い泡がブクブクと浮いていて「死の川」とまで呼ばれた川です。

しかしその後、生活排水を浄化して水を綺麗にしたり、アユのために地域住民が土のうを作ったり魚道を設けたりとした結果、今では東京湾から1,000万匹もの天然のアユが多摩川に遡上しているそうです。



そしてそのアユを目当てに鳥やら何やらがいっぱい集まって来てて、

その変わり様を見て改めて「日本てすごいな」と所長は思ったそうです。




お金をかけただけではきっとここまでにはなっておらず、やっぱり地域住民の色々な意識の持ちようによるところが大きかったのではないかと所長は言います。






自分たちの身の回りのことで不便に感じてることや、不満に思っていることでも同じかもしれません。行政の怠慢等を嘆く前に、まずは自分たちの意識を変えて、自分たちができることを皆がそれぞれやってみる。そしたらきっといつの間にか不便も不満も何処かに消えているってことになるのでしょうね。




それができる(可能性のある)「日本てすごい」ですね。