ダークマターの塊が銀河系を貫通した痕 | 宇宙とブラックホールのQ&A

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2019年6月6日にYahoo!ブログから引っ越してきました。よろしくお願いします。

 ・ダークマターの塊が天の川銀河を貫通した痕が見つかった

 アストロアーツ6月10日付記事、元は国立天文台野辺山宇宙電波観測所です。

 ダークマターの塊が天の川銀河を貫通した痕が見つかった - アストロアーツ (astroarts.co.jp)

 

 概要>天の川銀河できわめて高速の分子雲が見つかった。この分子雲には巨大なシェル構造や空洞などが付随していて、銀河円盤をダークマターの塊が通過した痕跡とみられる。

 

 >私たちが属している天の川銀河は、直径約10万光年の円盤部と中心のバルジ、それらを取り囲む直径約30万光年のハローで構成されている。円盤部分には主に星と星間ガスがあり、水素分子を主成分とする濃い星間ガス雲は分子雲と呼ばれている。一方、ハローにはダークマター(暗黒物質)が広がっていて、その中を球状星団や矮小銀河、希薄な水素原子雲などのハロー天体が飛び交っている。

 

 渦巻銀河のハローとは、円盤部を取り囲む球状の部分で、そこには暗黒物質や球状星団が存在しています。

 ハローの綴りは halo で、英語の発音はヘイロウです。

 元々は、(聖像などの)円光、光輪、光背、後光の意。

 

 銀河系の円盤部が直径約10万光年というのはよく知られていますが、ハローが直径約30万光年というのはそれほど知られてはいないと思います。

 この機会に覚えておきましょう。

 

 水素を主成分とする分子雲は、星が誕生する場です。

 

 ハローのなかを「球状星団や矮小銀河、希薄な水素原子雲などのハロー天体が飛び交っている」というのは、それらのハロー天体が銀河系に重力的に拘束されているからです。

 

 ここで、アストロアーツ掲載の上の画像をご覧ください。

 銀河系のイラストと主な構造です。

 中心部には老齢の星が多く集まったバルジ(Bulge)と呼ばれる膨らんだ構造があります。

 銀河を取り巻く巨大な球状の構造はハロー(Halo)と呼ばれ、希薄な星間物質や球状星団(Globular clusters)、矮小銀河などが分布しています。

 太陽(Sun)は銀河の円盤部(Disc)にあります。

 見てきたようなイラストですが、地球は銀河系のなかにあるため、銀河系のこのような姿をわれわれが直接観測することはできません。

 

 >ハロー部分のダークマターは一様に分布しているのではなく、様々なハロー天体を取り囲むようにして、ダークマターが特に集中した「暗黒物質サブハロー」がたくさん存在すると考えられている。しかし、初期宇宙でダークマターの密度ゆらぎから銀河や銀河団、大規模構造などが生まれる様子をシミュレーションした結果と実際の観測結果とを比べると、天の川銀河に存在するはずの暗黒物質サブハローの数に比べて、現実の矮小銀河の個数は圧倒的に少ない。この不一致は「ミッシング・サテライト問題」と呼ばれている。

 

 「暗黒物質サブハロー」という言葉は初めて見ましたが、定着しているのですかね?

 とにかく、その暗黒物質サブハローに重なって見えるはずの矮小銀河がシミュレーションと比べて圧倒的に少ないというのです。

 「ミッシング・サテライト問題」のサテライトは、衛星銀河を satellite galaxy と呼ぶところから付けられているのでしょう。

 なぜ矮小銀河ではなく衛星銀河の方を使うのかというと、矮小銀河は dwarf galaxy ですが、dwarf という言葉は dwarf star (矮星)、dwarf planet (準惑星)など多用され過ぎているので、ミッシング・ドワーフだと「矮星の数がシミュレーションよりも少ない」と誤解されかねないからでしょう。

 

 ダークマターは通常の物質が行うような反応はほとんどしませんが、重力的相互作用だけはするので、その密度が特に濃い場所があっても不思議ではありません。

 

 >慶應義塾大学の横塚弘樹さんたちの研究チームは、野辺山45m電波望遠鏡で2014年から2017年に実施された天の川の分子雲サーベイプロジェクト「FUGIN」の観測データを使い、天の川銀河の分子雲の中でも特に大きな速度を持つものを探査した。すると、特異な分子雲が見つかった。

 

 野辺山45m電波望遠鏡は、長野県南佐久郡南牧村の国立天文台野辺山にあります。

 1982年に完成し、「ミリ波」と呼ばれる電波を観測できる電波望遠鏡では世界最大級の口径を誇ります。

 国立天文台野辺山:https://www.nro.nao.ac.jp/

 

 >この分子雲「CO 16.134-0.553」はたて座の方向約1万3000光年の距離にあり、視線方向の速度が約40km/sという大きな速度幅を持っているが、星団などの対応天体は特に付随していない。穏やかな環境にある普通の分子雲は速度の幅が数km/sだが、それと比べて非常に高速だ。そのため、未知の天体がこの分子雲に運動エネルギーを与えたのではないかと考えられた。

 

 たて座(Scutum;Sct)は夏の星座で、わし座、いて座、へび座(尾)に囲まれています。

 17世紀末にヘヴェリウス(Johannes Hevelius)が設定しました。

 小さい星座で、最も明るいアルファ星でも4等星であり、目立ちません。

 

 40km/s がどのくらいの速度かというと、地球が太陽の周りを公転する平均軌道速度が約30 km/s なので、それより3割速いくらいです。

 

 >野辺山45m電波望遠鏡でこの分子雲を追観測したところ、CO 16.134-0.553は約15光年×3光年のサイズを持ち、その力学的エネルギーが太陽光度の780倍にも達することや、視線速度が異なる2つの雲がつながったような構造をしていること、過去に強い星間衝撃波を受けた痕跡が残されていることがわかった。

 

 >そこで、FUGINサーベイのデータから改めて分子雲の周辺の環境を調べたところ、実はこの分子雲は直径約50光年の膨張する球殻(シェル)構造の一部で、シェルの端にCO 16.134-0.553と似た分子雲が複数存在することが明らかになった。

 

 シェルは貝殻の shell ですが、この場合は中心を共有する2つの球面とその間の部分という意味です。

 

 >さらに、中性水素原子が放射する電波(21cm線)で天の川銀河を全天サーベイしたデータを使って広範囲の構造を調べると、この分子雲がある位置に直径約230光年の巨大な原子ガスの空洞が存在し、その下に長さ約900光年×幅約230光年のフィラメントが存在することもわかった。

 

 水素原子の 21 cm 線は、周波数が約 1 420 MHz、波長が約 21.106 cm の電波で、宇宙空間における水素原子の存在を観測するための手掛かりであり、天文学ではよく登場します。

 詳しくは、次の記事をご覧ください。

 △水素の21cm線て何のこと? | 宇宙とブラックホールのQ&A (ameblo.jp)

 

 ここで、アストロアーツ掲載の真ん中の画像をご覧ください。

 (a)は、分子雲CO 16.134-0.553を一酸化ケイ素分子が放射する電波(87 GHz)で見た図とその視線速度の図です。

 (b)は、「CO 16.134-0.553」を一酸化炭素分子の電波(115 GHz)で見た図とその視線速度です。

 この分子雲が、より大きなシェル構造の一部であることがわかります。

 (c)は、中性水素原子が出す電波(21cm線)で見た、より広範囲の図です。

 bのシェル構造がある辺りは水素原子が少ない空洞になっていて、そこから下方へ長大なフィラメント構造が伸びています。

 これらの画像だけでは意味がよく分からなくても、一番下の画像と照らし合わせると理解できます。

 

 >これらのシェル・空洞・フィラメントは天の川銀河を上から下に貫くように一直線上に並んでいて、あたかも、かつて銀河ハローから降ってきた何らかの天体が天の川銀河の円盤を高速で通過したように見える。しかし、フィラメントの先端には明るい天体が特に存在しないことから、降ってきた天体は矮小銀河や球状星団になり損ねた「暗黒物質サブハロー」だった可能性が高いと研究チームは考えている。

 

 >矮小銀河よりも小さな暗黒物質サブハローは、標準的な宇宙モデル(ΛCDMモデル)に基づいた構造形成のシミュレーションなどで存在が予測されていたが、実際の観測で存在が確認されたのは初めてだ。

 

 なるほど、今回の発見は標準的な宇宙モデル(ΛCDMモデル)を補強する材料になるのですね。

ΛCDMモデルという名称は、Λ(ラムダ)が宇宙項あるいはダークエネルギーの存在、CDMが冷たい暗黒物質の存在を意味します。

 熱い暗黒物質とは、暗黒物質の正体がニュートリノ(ほぼ光速で運動している)だというもので、冷たい暗黒物質はそれ以外だという意味です。

 

 ここで、アストロアーツ掲載の下の画像をご覧ください。

 左は、今回見つかった構造の成り立ちを描いたイラストです。

 銀河円盤にダークマターの塊(暗黒物質サブハロー)が高速で突入したことで、空洞・シェル・フィラメントといった構造が作られたと考えられます。

 右は、天の川に突入した暗黒物質サブハローの想像図です。

 (a)で、靑丸が暗黒物質サブハローで、その中にある小さい黒丸が通常物質の雲、太いオレンジ線が原子ガス円盤、その中心の細い赤線が分子ガス円盤です。

 (b)で靑丸のサブハローが原子ガス円盤を通過すると、小さい黒丸の雲が分子ガス円盤のところに残されます。

 (c)では、通過の勢いにより、その後空洞、シェル、フィラメントが作られる様子が描かれています。

 せっかく分かりやすい図解なんだから、クリックすると拡大するようにしてほしかったな・・・