『日本語の発音はどう変わってきたか』4 | 宇宙とブラックホールのQ&A

宇宙とブラックホールのQ&A

2019年6月6日にYahoo!ブログから引っ越してきました。よろしくお願いします。

 『日本語の発音はどう変わってきたか』1 | 宇宙とブラックホールのQ&A (ameblo.jp)

 『日本語の発音はどう変わってきたか』3 | 宇宙とブラックホールのQ&A (ameblo.jp)

 -----------------------------------------

 

  「第5章 漢字の音読みと音の歴史 ―複数の読みと日本の漢字文化―」 (承前)

 

 漢字は外来語ですが、その読み方を保存伝承するのは日本人なので、日本語の影響をまぬがれることはできません。

 その一方で、日本語に本来存在しない音声の特徴を取り入れざるを得ませんでした。

 

 日本語の特徴の一つは、音節が母音で終わることです。

 イタリア語も同じです。

 母音で終わる音節を開音節といい、上記の特徴をもつ言語を開音節言語といいます。

 

 一方、英語では、cup, shock のように子音で終わる音節がいくつもあります。

 これを閉音節といいます。

 閉音節をもつ言語を閉音節言語といいます。

 ただし、英語の例をみれば明らかなように、閉音節言語であっても開音節も多数あります。

 

 中古漢語には、-k, -t, -p, -ŋ, -n, -m など子音終りの漢字がありました。

 このうち、-k, -t, -p 終わりの漢字を入声(にっしょう)漢字といい、-k(喉内), -t(舌内), -p(唇内)の子音尾をもちます。

 入声漢字には、基本的漢字が多数ありますが、これには呉音漢音の区別はありません。

 これらを三内入声音(さんないにっしょうおん)といいます。

 三内とは、(k:インド由来の)密教の音声学である悉曇(しったん)学の分類である「喉・舌・唇」の基本的三調音を指します。

 

 三内入声音韻尾の例としては、次のようなものが挙げられます。

 -k 喉内韻尾:覚(カク)、石(サク)、木(モク)、徳(トク)、黒(コク)、国(コク)、楽(ラク)、足(ソク)、・・・

 -t 舌内韻尾:褐(カチ)、室(シチ)、筆(ヒチ)、逸(イチ)、鉢(ハチ)、仏(フチ)、埒(ラチ)、薩(サチ)、・・・ (チの代わりにツとすることもあった)

 -p 唇内韻尾:雑(サフ)、葉(エフ)、甲(コフ)、塔(タフ)、蝶(テフ)、立(リフ)、業(コフ)、接(セフ)、湿(シフ)、雑(サフ)、法(ホフ)

 

 これらは平安時代の終わり頃には仮名表記通りの母音を付けた発音をするようになりました。

 近代日本のショック(shokku)やキャッチ(kyacchi)と同じです。

 

 特に、-p 唇内韻尾の場合、ハ行子音の変化(p→f)とハ行転呼音に巻き込まれて次のような変化が生じました。

   業(こふkofu → こうkou)

 仮名表記も「ウ」で表記されるようになりました。

 

 ところが、平安時代末以後、少なくない唇内入声音に奇妙なことが起こりました。

 「執(しふ)、塔(たふ)、雑(さふ)、立(りふ)、法(ほふ)、接(せふ)、摂(せふ)、湿(しふ)」等の唇内入声音が舌内入声音 -t に合流して、「執(しつ)、雑(さつ)、立(りつ)、摂(せつ)」のように「ツ」表記に合流してしまったのです。

 この理由は、これらの漢字はサ行変格活用動詞(接す、執す、摂す等)を構成する場合が多く、無声サ行子音 s に常に接していたので、これに影響を受けて -u 韻尾が -t 韻尾へと間違った類推による誤修正を起こしたのではないかとされます。

 このような現象を言語学では「誤った回帰」といいます。

 

 現代でも誤った修正形による読みと本来の読みの両方が行われている例を挙げます。

 執:「執権(しっけん)」「執行(しっこう)」「執務(しつむ)」   ←→ 「執念(しゅうねん)」「執着(しゅうちゃく)」「我執(がしゅう)」

 「固執」は本来は「こしゅう」だが、「こしつ」が広がっている

 立:「国立(こくりつ)」「立身(りっしん)」 ←→ 「建立(こんりゅう)」「立米(りゅうべい)」

 塔:「塔頭(たっちゅう)」 ←→ 「塔(とう)」

 雑:「雑誌(ざっし)」「雑念(ざつねん)」 ←→ 「雑兵(ぞうひょう)」

 法:「法度(はっと)」「法被(はっぴ)」 ←→ 「法学(ほうがく)」「憲法(けんぽう)」

 

 三内入声音以外にも、三内鼻音というのもあります。

 三内鼻音韻尾とは、次の3種類です。

 -ŋ 喉内韻尾:相(saŋ)、東、・・・

 -n 舌内韻尾:讃、信、文、銭、・・・

 -m 唇内韻尾:金(kim)、男(nam)、三(sam)、・・・

 

 これらは、平安時代前半頃までは発音し分けられていました。

 しかし、平安時代末期以後は唇内音と舌内音が合流して、-n 韻尾「ン」撥音として定着しました。

 喉内音 -ŋ は、「相(さう)、東(とう)、喉(こう)」のように -u 音に収斂し、日本語の音体系に溶け込みました。

 

 しかし、三内鼻音韻尾の痕跡は現代語の熟語、地名、人名に残っています。

 -ŋ 韻尾:相良(さがら)、相模(さがみ)、相馬(さぐま[→そうま])、当麻(たぎま[→たいま])

 -n 韻尾:讃岐(さぬき)、因幡(いなば)、信濃(しなの)、丹波(たには)、難波(なには)、近衛(このゑ)、敦賀(つぬが[→つるが])

 -m 韻尾:三位(さんみ)、陰陽(おんみょう)、奄美(あまみ)、安曇(あづみ)

 

 もともとの日本語にはなく、漢字によってもたらされた音声には、拗音もあります。

 拗音には口の開きに応じて、開拗音と合拗音があります。

 開拗音とは、母音 [a] [u] [o] の直前に位置する子音に半母音 y ([j])が介入する音節です。

   きゃ、きゅ、きょ  ぎゃ、ぎゅ、ぎょ

   しゃ、しゅ、しょ  じゃ、じゅ、じょ

   ちゃ、ちゅ、ちょ

   にゃ、にゅ、にょ

   ひゃ、ひゅ、ひょ  びゃ、びゅ、びょ

   みゃ、みゅ、みょ

   りゃ、りゅ、りょ

 

 口の形を左右に開くので、このように呼ばれます。

 開拗音の「ヤ」「ユ」「ヨ」を「ャ」「ュ」「ョ」のように小書きするのは、明治以後の習慣です。

 明治以後は、西洋語系外来語の音訳の受け皿となっています。

 

 合拗音とは、漢字の頭の子音と母音の間に半母音 w が介入する音節です。

 両唇を丸めるのでこう呼ばれ、鎌倉時代以前では次が該当します。

   クヮ(kwa)、クィ(kwi)、クェ(kwe)  グヮ(gwa)、グィ(gwi)、グェ(gwe)

 これらのうち、近現代の日本語に残ったのは、クヮ(kwa)とグヮ(gwa)です。

 

 室町時代の『日葡辞書』による合拗音と直音の例示を挙げます。

 合拗音(クヮ(kwa)、グヮ(gwa)):

  Quanet(加熱)、Quangui(歓喜)、Quanmon(関門)、Quansat(観察)、

  Quanuon(観音)、Quanxocu(官職)、Fonguai(本懐)、Fonguan(本願)

 直音(カ(ka)、ガ(ga)):

  Canbat(旱魃)、Canbun(漢文)、Candan(寒暖)、Canji(漢字)、Canmi(甘味)  Cannin(堪忍)

 

 

 「第6章 近世の仮名遣いと古代音声再建 ―和歌の字余りから見えた古代音声―」と「おわり」は、さすがにくたびれたので省略します。

 

 

 最初にも書きましたが、私は、こういうことを知らないで「日本では昔から~」などとしたり顔で語るのはおかしいと思っています。

 

 この書評では、発音の推定など過程の部分を飛ばして結論めいた部分だけ抜き出しています。

 また、例示も現在のわれわれ(というより私)にとって分かりにくいものは省いています。

 文学作品などの例示も多いのですが、長いので引用していません。

 私の要約を読んで興味をもった方は、ぜひ本書を通して読んでいただきたいと思います。

 日本語や日本の伝統に興味をもつすべての人に推薦します。

 

 

 ★ 本日4月20日は二十四節気の一つ「穀雨」(三月中)です。「春雨降りて百穀を生化すれば也」(暦便覧) 全国的に気温が上がって、夏日(25°以上)、真夏日(30°以上)の地域もあったようですね。

 今日は、自治会の総会に向けて議案書を確定し、必要部数のコピーを行いました。製本は日曜です。