圏論の簡単な入門1:https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12572209284.html
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2 小圏
集合の圏 Set,群の圏 Grp,位相空間の圏 Top などはいずれも数学の各分野を代表する立派な圏ですが、そんなに立派でなくても、圏の定義をみたすものはいくらでもあります。
離散圏の定義 : 恒等射以外の射が存在しない圏を、離散圏(discrete category)という。
任意の集合について、その各元を対象とみなし、それぞれに恒等射を与えれば(他には射は存在しない)、圏の定義をみたし離散圏となります。
離散圏とは、対象どうしが全く無関係でバラバラな圏という意味です。
たとえば、空集合 ∅ も圏となります。
この場合、対象がないので、射も恒等射すらありません。
この圏を空圏(empty category)といい、 0 で表します。
次に、1点集合を圏としたもの、つまり対象をただ1つもちその恒等射だけを射とする圏もあります。
ただ1つの 元は何でもいいので、*と書いてこの圏を 1 ={*} で表すこともあれば、ノイマン流の自然数の定義に倣って 1 ={ 0 } とすることもあります。
前順序集合(preordered set)(X,≦)とは、集合Xの上に次の公理a, bをみたす関係≦が定義されたものことです。
a.反射律 x≦x.
b.推移律 x≦y,y≦z ならば x≦z.
(さらに、
c.反対称律 x≦y,y≦x ならば x=y
がみたされれば、順序集合になりますが、今はそちらは考えません。順序集合はもちろん前順序集合です。)
前順序集合は、元を対象とみなし順序関係 ≦ を射 → とみなせば、圏となります。
圏論において射は必ずしも写像や関数でなくてもよいのですが、圏としての前順序集合はその良い例です。
集合 2 ={0, 1}に順序関係 ≦ の射を入れると、圏としての順序集合になります。
これを 2 ={0→1}で表します。
2 の対象は 0 と 1 の2つ、射は恒等射2つと 0→1 の計3つです。
ちなみに、ブール代数としては、1 ={0}は1要素ブール代数、2 ={0→1}は2要素ブール代数です。
ついでに、3 ={0, 1, 2}に順序関係 ≦ の射を入れた圏としての順序集合を、3 ={0→1→2}で表します。
このとき、恒等射以外の3つの射について次の可換図式が成立します。
0 → 1
↘ ↓
2
「圏としての前順序集合」は、射の構造がやせ細った極限でした。
それとは反対に、 対象の構造がやせ細った極限が「圏としてのモノイド」です。
モノイド(monoid)とは、群の概念から逆元 x-1 の存在を取り除いたものです。 (群はモノイドの一種です。)
モノイドの公理系は次の通りです。
a.すべての元の間に2項演算×が定義されている。
b.結合法則 : (x×y)×z = x×(y×z).
c.単位元 1 の存在 : x×1 = 1×x = x.
対象が1つだけあるとし、モノイドの元をその対象から自身への射とみなしてできる圏が、「圏としてのモノイド」です。(対象は実質的に無意味)
これは、圏を代数系(の拡張)と見なせることを意味しますが、「圏としての前順序集合」ほど興味深くはありません。
小圏と局所小圏の定義 : 対象全体の集まりと射全体の集まりのいずれも集合となる圏を、小圏(small category)という。
また、すべてのHom集合が集合となる圏を、局所小圏(locally small category)という。
・圏としての前順序集合は、小圏である。
特に、0,1,2,3 は、いずれも小圏である。
小圏は当然、局所小圏です。
ほとんどの重要な圏は小圏でなくても局所小圏になるので、局所小圏という概念は重要です。
(Hom集合って、集合となる保証はないのに「集合」という名前が付いていますが、まあ大抵は大丈夫でしょう、ということです。)
小圏全体を対象とする圏も存在します。
圏が別の圏の対象となるのを不思議に思う人もいるかもしれませんが、集合が別の集合の元となるのと同じで、何の不思議もありません。
実は、圏論はこの種のことが得意で、どんどん“上に伸びていく”イメージです。
小圏の圏を Cat と書きます。(猫が好きな人は喜んでください(^_^)
それでは Cat の射は何かというと、圏から圏への関手というものです。
関手はすぐ後で登場します。
前に見た圏 0,1,2,3 も Cat に属し、それなりの役割を果たします。
ただし、Cat 自身は小圏ではありません。
3 関手と自然変換
対象と対象の間には射が存在しますが、圏と圏の間に存在するのが関手です。
関手の定義 : 圏 C,D に対して、C から D への共変関手(covariant functor)F とは、
a.C の対象xをD の対象Fx に写し、
b.C の射 f:x→y を、D の射 F f:Fx→Fy に写し、
c.C の射の合成 f〇g を D の射の合成 Ff〇Fg に写し、
d.C の恒等射 1x を D の恒等射 1Fx に写す
ものである。
bは、F (f:x→y) = Ff:Fx→Fy.
cは、F (f〇g) = Ff〇Fg.
dは、F 1x = 1Fx.
関手は、「射の合成と恒等射を保存する」ということができます。
上の定義で、bとcを次のように変えたものをC からD への反変関手(contravariant functor)という。
b’.C の射 f:x→y を、D の射 Ff:F y→F x に写し、
c’.C の射の合成 f〇g をD の射の合成 F g〇F f に写し、 単に関手という場合には、共変関手を意味するものとします。
“functor”はファンクターと読みますが、英語の辞書に載っておらず、MSWordの校閲機能でもエラーとされます。
関数functionファンクションから作られた比較的新しい単語で、しかも数学以外では使われないからでしょう。
紹介する順が逆になりましたが、小圏の圏 Cat では関手を射としています。
圏の同型の定義 : 圏の同型とは、一対の関手 E:C→D,F:D→C が存在して、
1C = F〇E, 1D = E〇F
となることである。
このとき、圏 C と C は自然同型(natural isomorphism)であるといい、C ~ D と書く。
圏 C と D の間に自然同型が存在するとき、2つの圏は「同じ構造をもっている」と考えることができます。
自然変換の定義 : 圏 C から D への関手 F,G に対して、F からG への自然変換(natural transformation) τ:F →G とは、C の各対象xを D の射 τx:F x→G x に写し、次の図式を可換にするものである。
τ
F → G
τx
x F x → G x
f↓ Ff↓ ↓Gf
y F y → G y
τy
τy〇Ff = Gf〇τx.
圏、関手、自然変換は、ホップ、ステップ、ジャンプのようなもので、圏だけではダメ、圏と関手だけでもダメで、自然変換までは一気に進みましょう、というのが圏論の正しい学び方のようです。
関手圏の定義 : 圏 C から D への関手すべてを対象としその間の自然変換を射とする圏を、関手圏(functor category)といい、Fun( C, D ) と書く。
Fun( C, D ) の恒等射 1 は、次の図式を可換とする自然変換である。
1
F → F
1x
x Fx → Fx
f↓ Ff↓ ↓Ff
y Fy → Fy
1y
Ff = 1y〇Ff = Ff〇1x.
4 関手の例
最初に、恒等写像と定値写像の関手版を考えます。
恒等関手の定義 : ある圏 C から C 自身への関手で、対象cをcに写し、射 f を f に写すものを、恒等関手(identity functor)といい、1C と書く。
・恒等関手は、小圏の圏 Cat における恒等射である。
定値関手の定義 : 圏 C から D への関手で、C のすべての対象を D のただ1つの対象dに写し、すべての射をdの恒等射 1d に写すものを、定値関手(constant functor)という。
圏 C から圏 1 ={*}への関手は、ただ1つだけ存在します。
この関手は、C の任意の対象xを 1 の唯一の対象*に写し、任意の射 f を 1 の唯一の射つまり恒等射 1* に写します。
(後で出てくる用語を先取りしていえば、圏 1 は小圏の圏 Cat における終対象です。)
この関手を!で表します。
! : C → 1 ; x|→*,f |→1*.
次に、圏 1 から圏C への関手は、 1 の唯一の対象*を C の対象xに写し、唯一の射つまり恒等射 1* をxの恒等射 1x に写します。
したがって、圏 1 から圏C への関手は、C の対象と1対1対応するため、後者と同一視することができます。
次は、包含写像の関手版です。
包含関手の定義 : ある圏 C の対象がすべて別の圏 D の対象であり、かつ C の射がすべて D の射であるとき、C の対象xを D のxに、C の射 f を D の f に写す関手が存在する。これを包含関手(inclusion functor)という。
I : C ⊂→D ; x|→x.
(「⊂→」は、⊂の下の横棒を右に伸ばして→としたものです。)
たとえば、有限集合の圏 FinSet から集合の圏 Set への包含関手が存在します。
ベキ集合関手の定義 : 集合Xをそのベキ集合 P (X) に写し、写像 f:X→Yをベキ集合間の逆像を与える写像 P (f):P (Y)→ P (X) に写す対応は、集合の圏 Set からそれ自身への反変関手となる。これをベキ集合関手(powered set functor)という。
P : Set→Set; X|→ P (X), f |→ P (f).
反変関手である点にご注意ください。
一般に、数学的対象は、台(基礎)となる(underlying)集合の上に特有の構造が定義されて成り立っています。
対象の台集合はそのまま、その構造の一部または全部を取り去る操作を関手としたものが、忘却関手(forgetful functor)です。
忘却関手はU で表すことが多く、おそらく台集合Underlying setの頭文字を流用したのだと思います。
たとえば、群の圏 Grp からモノイドの圏 Mon への忘却関手、Grp から集合の圏 Set への関手、Mon から Set への関手などたくさん存在します。
(簡単に復習しておくと、結合律をみたす掛け算があって単位元 1 をもつ代数系がモノイドです。群とはさらに割り算もできるモノイドのことです。)
多くの忘却関手が共通してもつ重要な性質があるのですが、何分にも定義が明確ではないこともあり、“多くの場合に”成り立つということしか言えません。
(森毅さんだったか倉田令二朗さんだったか忘れましたが、遠い昔読んだ本で忘却関手を「ど忘れファンクター」と呼んでいたのが記憶に残っています。)
共変表現可能関手の定義 : 共変表現可能関手(covariant representable functor)
C (c, -) : C →Set とは、
・任意の対象xを、Hom集合 C (c, x) ={g∈C|g:c→x} に、また
・任意の射 f:x→y を、 f* = C (c, f) : C (c, x)→C (c, y) ; (g:c→x) |→ ( f〇g:c→x→y)
に写す関手のことである。
C (c, -) : C →Set
x ⇒ C (c, x) ∋ g
f↓ ⇒ ↓f*
y ⇒ C (c, y) ∋ f〇g
g ∈ C (c, x)
x ← c
f↓ ↙ f〇g ∈ C (c, y)
y
反変表現可能関手の定義 : 反変表現可能関手(contravariant representable functor)
C (-, c) : C →Set とは、
・任意の対象xを、Hom集合 C (x, c) ={g∈C|g:x→c} に、また
・任意の射 f:x→y を、 f* = C (f, c) : C (y, c)→C (x, c) ; (g:y→c) |→ (g〇f :x→y→c)
に写す関手のことである。
C (-, c) : C →Set
x ⇒ C (x, c) ∋ g〇f
f↓ ⇒ ↑f*
y ⇒ C (y, c) ∋ g
x
f↓ ↘ g〇f ∈C (x, c)
y → c
g ∈ C (y, c)
ここで、“表現”について説明しておきます。
集合の圏 Set は、無数の圏の中でも最も扱いやすいものです。
それに対し、一般の圏C は、必ずしも扱いやすいものばかりではありません。
そこで、C を Set に写して、そこで調べてみようというわけです。
「ちょっと待って、それなら忘却関手でも同じじゃん」と思うかもしれませんが、忘却関手はC の中身を全部忘れてしまうんですよね。
それでは意味がありません。
それに対して、Hom集合にはC の大事なことが全部含まれているので、C のエッセンスを残したまま Set に写して、そこで調べることができるわけです。
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