『銀河物理学入門』1 | 宇宙とブラックホールのQ&A

宇宙とブラックホールのQ&A

2019年6月6日にYahoo!ブログから引っ越してきました。よろしくお願いします。

書評です。
祖父江 義明 著 『銀河物理学入門 銀河の形成と宇宙進化の謎を解く』 講談社 BlueBacksB-1481 197頁 2008年12月発行 本体価格\820(税込\861)

祖父江さんは1943年生まれなので、今年65歳。
ご専門は、銀河天文学、電波天文学、宇宙物理学。
現在東京大学名誉教授で、鹿児島大学教授。
日本天文学会理事長などを歴任されており、銀河研究の大家とお呼びしてもよいでしょう。
「銀河天文学」という言葉は耳慣れないと思いましたが、検索すると祖父江さんの鹿児島大学での授業を始めとして大学の講義名として一般的に用いられているようです。

本書は、同じブールバックスで以前出た 桜井 邦朋 著 『宇宙物理学入門 宇宙の誕生と進化の謎を解き明かす』 の続編として位置づけられます。
『宇宙物理学入門』 | 宇宙とブラックホールのQ&A (ameblo.jp)

『宇宙物理学入門』 は星(恒星)の進化については詳しいものの、銀河については簡単に触れただけだったので、方針としては正しいと思います。
また、表題は副題も含めて類似しており、原則横書きのブルーバックスには珍しい縦書きという点も共通です。
『宇宙物理学入門』 と同様に文系の読者を狙ったのでしょう。
しかし、狙いが十分に成功しているかどうかの判断は微妙です。

本書には銀河の写真が多数含まれていますが、いずれもモノクロです。
素人向けであればカラー写真のページがほしい気もしますが、ブルーバックスはカラーを載せない方針らしいですから、やむを得ないでしょう。
銀河のカラー写真は、同じ新書本でも以前ご紹介した、よりやさしい谷口 義明 著 『カラー版 宇宙を読む』 (中公新書) や 野本 陽代 著 『カラー版 宇宙はきらめく』 (岩波ジュニア新書)などを見てもらうのがよいと思います。

プロローグは3ページあり、銀河研究の方法論として、a.距離と質量の測定、b.銀河の形と性質、c.重力と運動の法則で記述できることの3点の重要性を説いています。

「第1章 銀河を知るということ」では、まず、宇宙における距離の測定方法が、いくつも図解入りで分かりやすく紹介されます。
次いで、ある天体が回転運動している場合に遠心力と重力を等しいと置くことにより、中心からの距離と回転速度からその天体より内側にある質量を求める方法が数式入りで記載されています。
力学の初歩ですが、いきなりの数式は文系読者にはつらいかもしれません。もう少し丁寧な解説がほしかったです。
p.37には、まとめとして銀河系の主要数値の表が掲載されています。

「第2章 銀河の骨格」では、まず「銀河の回転曲線」について研究史を踏まえながら説明が行われます。
渦巻銀河を構成する星ぼしは、銀河の中心を軸にして回転しています。
そこで、銀河中心からの距離を横軸、回転速度を縦軸にとってグラフを描いたものが回転曲線です。
銀河が仮に一枚の硬い板ならば、外側ほど回転速度が大きく、回転曲線は原点を通る右上がりの直線になります(剛体回転)。
また、太陽系の惑星と同様であれば、外側ほど回転速度が小さいため、回転曲線は右下がりになります(ケプラー回転)。
銀河についても後者のような回転曲線が予想されていましたが、観測結果はほぼ水平でした(中心近くで秒速250km、太陽付近で秒速200km)。

後半では、銀河の骨格が中心から外に向かって次の5つの成分でできていると述べています。
(1) ブラックホール、(2) マッシブコア、(3) バルジ、(4) 銀河円盤、(5) ダークハロー(銀河を取り囲むほとんどダークマターからなる空間)
(2)のマッシブコアというのは、銀河の中心にブラックホールを取り囲んで位置し、半径数百光年の範囲内に太陽の10億倍の質量が高密度につまっているというもので、私にとっても初耳です。
回転曲線が分かっている半径7万光年以内の銀河系の総質量は2000億太陽質量、その半分がダークマターで、残りは主として星とのことです。

最後に、ダークマターについて解説しています。これは平坦な回転曲線を説明するために導入されたものですが、他にも証拠は挙がってきています。
銀河系はアンドロメダ銀河まで「ダークマターで地続き」になっているという表現が斬新です。

「第3章 天の川銀河の立体地図」は表題のとおりです。
前半ではさまざまな波長の電磁波でみた銀河を写真で紹介しています。でも、白黒なので分かりづらいです。

太陽から見た各天体の視線方向の速度(ベクトル)を銀河面上に描いたものを「回転速度場」といい、その図が載っています。
これを用いると、スペクトル線のドップラー効果を使って視線速度を測るだけで距離を決めることができます。
さらに、中性水素の21cm輝線などを使えば、位置だけでなくスペクトル線の強さから水素ガス密度を計算することもできます。
このようにして、銀河系全体の星間ガスの3次元分布を描きだすことを「視線速度・位置変換法」と呼びます。
その後に、苦労して作られた銀河系の3次元地図が載っています。

ここで一言。p.67で剛体回転の例示に「レコード盤」を持ち出していますが、若い人には通じないと思います。編集者は執筆者が大家であってもきちんと指摘すべきでしょう。

「第4章 多様な銀河と腕の構造」で初めてハッブルによる銀河の形態分類が登場します。
また、メシエカタログなど銀河のカタログの歴史が簡単に紹介されます。

銀河円盤の星間物質は、密度の濃い分子雲ガスをあんに、中性水素ガスをパンに見立てたあんパンあるいはドラ焼きのような構造になっているということです。
谷口義明さんの「あんこ空中の謎」を思い出しました。銀河研究者はみんな義明という名前で甘党、なんてわけないか(^^

銀河の回転曲線がほぼ水平なので、内側ほど回転角速度が大きく、2~3周回転している間にどんどん腕が巻き込んでしまうはずです。
しかし、現実の渦巻銀河は、誕生後数十億年経っても、きれいな渦巻を維持しています。
この謎を「巻き込みの困難」といいます。
この点を説明するのが1960年代に提案された「密度波理論」です。
渦状腕は星の密度の違いによって現れる波であり、波頭の形を変えずに銀河回転よりもゆっくりとした速度で銀河円盤を伝わっていくと考えます。
波頭は、高速道路の緩い渋滞のようなものだということです。
さらに、その機構を解明した「銀河衝撃波理論」が図解と写真入りで分かりやすく説明されています。(私も初めて納得できました。)
この理論を提唱したのは藤本光昭博士で、発表時のエピソードも紹介されています。

「第5章 活動する銀河」では、銀河系中心の巨大ブラックホールとその周辺の電波ローブやいて座Bなどの激しい活動が紹介されています。
しかし、スターバーストなどのもっと激しい活動は銀河系には見られません。
それではよそ事(よその銀河の話)なのかというと、さにあらず。
私たちの銀河系でも、銀河面上下にほぼ対称の2個の巨大なシェル構造が見つかっています。直径2万光年、温度1000万度の高温ガスです。
これは今から1500万年前に銀河系中心付近において超新星爆発10万個分に匹敵するすさまじい爆発があったことためと見られます。
1500万年前というのは銀河系の年齢130億年と比べると最近のことなので、たまたまこのときに起こったというより銀河系においてもスターバーストが(宇宙の時間スケールでみて)頻繁に生じていると考えるほうが自然でしょう。

最後に、渦状銀河における「星間ダイナモ現象」と磁力線ジェットの機構が図解入りで分かりやすく解説されています。
(これまた初めて理解できました。)

「第6章 銀河規模の星形成」では、冒頭で「銀河の重元素汚染」が解説されています。

次に星と惑星の形成が扱われます。
まず星間物質収縮の条件として、ジーンズの不安定性の説明があります。
さて、星形成の際には、元々のガスがもつ角運動量をうまく抜き取らないと収縮できません。
その方法の一つが二重星の形成ですが、二重星を作らない場合には惑星系を作ることが必要となります。
恒星の8割が二重星をなしているので、残りの2割の単独星には惑星系が存在する計算になります。

本章の後半では「銀河文明」のあり方として「銀河図書館」の重要性を説いており、狭義の天文学からは外れますが、興味深いです。
ただ、今の図書館のように知識・情報が特定の場所に収まっているというよりは、そこから電波で宇宙空間に発信され四方八方に広がり続けて1000年経ってから1000光年離れた別の文明に受信されるという動的なイメージです。

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『銀河物理学入門』2 | 宇宙とブラックホールのQ&A (ameblo.jp)


★ やっぱり長すぎました(^^;