国が文盲を無くそうと考える以前に幼児期を過ごし、
三歳頃には、家の手助けになる仕事は何でもしなければならなかった、
そのような時代だったのです。
90近くになり、人々にしみじみと漏らした言葉があります。
「私には一つの悔いがあります」
それは、
字を知らないことでした。
小説家になった多喜二の本も読みたかったでしょうし、
投獄された息子にはがきの一枚でも書いて励ましたかったろうと思います。
しかし、それも出来なかった。
母として、こんな悲しいことはなかったはずです。
世の中からだけではない、
心配させまいとする子どもたちから、
東京にいる多喜二からの知らせが届いても、
「兄ちゃん元気だって」
のひと言。
「もっと何か書いてあるんだろう?」
といっても、
「母さんも元気でって書いてあるよ」
といわれれば、
「そうか・・・」
という他はない・・・
身近かな人々の輪にも入ることのできない環境だったのです。
・・・さて、しかし、
字を知るだけではない、哲学を知り、心理学を知り、
経済学を知り、はたまた神学までを身につけながら、
蓄えたその豊富な知識を、
世のため、
人のために、
いや、自分のためにすら・・・
本当に使いこなすのは難しいようだ。
それらの豊かな知識、学問をどれほど活かしているか・・・
また、何のために学問するか・・・
森羅万象を敵に回すようなことを、
さも「みなさんのため」
と、
おためごかしばかりが目に付く世の中だ。
昔、「帝国大学は悪人づくりの巣窟」
と、田中正造に言わせたそうだ。
今回上演する「母」を通して、
今、本当に大切なものは何か・・・
多喜二の母に学ぶ気持ちで、真剣に取り掛かりたいと考えています。

