演劇人生 -57ページ目

演劇人生

今日を生きる!

おっといけない・・・

どうも、現状に集中できない。

・・・というより、飽きてきました。


犬をテーマにしたインプロなんて無理なのです。

そりゃ、主人に連れられて来たには違いないが、

期待はしていないものの、興味はありました。


しかし、劇団員たちがしていることは真似事です。

悪く言えば、おままごとです。

典型的な犬を見せてもらわないと面白みがありません。

これは演じることと何等無関係です。

真っ赤なウソでしかありません。


犬は「ワンワン」と吠えていません。

喉に息を当てると「Wu~」という音声が出ますが、

母音の「あ」を出そうとして「Wa」になる。

最初から「Wa」の音ではないのです。

「Wu~」が長引くと「う~ワン」になります。

「Wu」を短めにして「A」を出そうとすれば、

「Wuは無声化してワンになります。

四つんばいになって、

「ワンワン」

を言えば犬だというのは幼稚すぎます。

いや、5~6歳の子どもたちのほうが正確な音声を出すかもしれません。


「クンクン」

もそう。

安易過ぎます。


一人など、お手をしたりチンチンをしたりして、

こともあろうに、片足を上げて、立ちション便の真似までしました。

失礼ですよ。

匂いを嗅ぐのは何故か、片足をあげるのは何故か・・・

「片足ション便をして満足顔をするな」

残尿感を残したままのション便に満足感なんてある訳ないでしょう。

「不満だなァ」


それに、目線が違うね。

みんな上から目線じゃないですか。

犬の目線は、もっともっと低いのに気付いてないのかなァ。

役者なんていい加減な生き方をしているんですね。

役者に大切な「観察」とか、してんのかなァ。

感性不足といおうか、何をどのように感じるか・・・

これは役者に限ったことではない、

どんな人間にも必要じゃないのかね。

第一、感じちゃいない・・・

ちょっとカッカし過ぎでしょか。

だめだこりゃ・・・


あ、ごめんなさい。

我輩のご主人様はちょっと質が違うかなァ。

いや、身内だからいうわけじゃなくてですね、

けっこう感性豊かで、茫洋としているようですがデリケートなんです。

だから、きっと我輩と同じような思いで見ているはずです。

そりゃわかりますよ。

貧乏ゆすりをしたり、足指の運動をしたりしています。


続く・・・

主人を見上げた。

あれッ、こんな風に、しみじみと主人を見上げたことはなかったなァ・・・

年取ったなァ。

我輩を拾ってくれた頃は若く・・・は、なかったかァ。

60を過ぎていたから・・・。


神宮の銀杏並木道で我輩は捨てられた。

妹が一緒だった。

腹が減ったので、餌を探そうと、妹に「一歩も動くなよ」と、

3度、4度念押しをして遠くに見えるレストランに向けて歩いたんだ。

かなりの距離だったが、一生懸命だった。

後ろから切なそうな妹の声が聞こえる。

「つらいなぁ」

妹に届けと、

「待っていろよ」・・・心に叫びながら歩いた。

飢え死にするわけにはいかないから必死だったよ。


ところが道半ばにあるベンチのそばを通ったときだ。

カップラーメンをすすっている男がいた。

その男はフウフウいいながら、

ほら、日清のカップヌードルとかを食べていたんだ。

「うわ~美味しそうだなァ!」

つい声が出ちまったが、男は気付きもせずにすすり続けていた。

「少し分けてくださいませんか?」

思い切って声をかけようとした時、眼に入ったものがあった。


男の横のレジ袋に、オカカと昆布のおにぎりが透けて見えた。

「おッ、頂こう」

オカカは妹が大好きなのだ。

我輩は何でもいい。


後ろ足を踏ん張ってレジ袋に手をかけた。

その時だ。

「こらッ、悪い奴だ!」

主人になる男の声だったんです。

「しまったァ!」

と思ったが遅かった。

簡単に捕まっちまった。

「逮捕する!」

なんで、エヘラエヘラしながら首根っこをつかまえて、

「お前は野良か?」

と顔を近づけて聞いてきた。

「はい!」

しっかり相手の目を見て、正直に答えた。

すると、

「お前は素直でいい。そうか野良か」

これには我輩も驚いた。

「この男、いぬ語が分かる!」


しかしそれは直ぐに裏切られた。我輩の勘違いだと分かった。

当てずっぽうに口から飛び出たことばだったのだ。


「わたし野良ですが、妹があっちにいるんです」

という訴えは、さっぱり通じませんでしたから。


あ、そうでした。

我輩、名前があるんです。

遅れて申し訳ありません。

イプセン・・・ヘンリック・イプセンといいます。

我輩が野良をしていた関係らしいのです。

イプセンという人物が書いた「人形の家」とかいう本があるそうです。

その本の主人公がノラというのだそうです。

ノラと野良、人形の家が犬小屋に結びつくのか、

皆目関連が分かりませんが、何等かの縁で命名されたようです。


我輩は「人形の家」なんて読んでませんから、

確かな関連付けを皆さんに説明するわけには参りません。

主人が見せてくれたイプセンという人の写真があります。

12月は O・ヘンリー原作「最後のひと葉」
我輩に口元がちょっと似てます。

偉そうだし、気に入ってます。


「え、妹ですか?」

あれから10年も経ちましたからねェ・・・

だれか親切な人に拾われて、幸せでいてくれればいい・・・

毎日毎晩、祈りだけは欠かしたことがありません。


続く・・・

あ、そうそう、ここで主人のことをちょいと述べたほうがいいかなァ。


この家のご婦人のように演劇をしているが、

いつまで続けられるか、我輩は危機感を持って見ています。

本人は口には出しませんが、危なっかしい生活ですよ。


はたの人に見せないのは人柄かなァ。

見るからに茫洋としている風貌が、

それを感じさせないのかもしれない。


内緒だがいろいろ滞納しているらしいのだ。

おっと・・・こんなことを書いちゃ主人の評判を落とすことになりかねない。


ま、飼われている犬の身分であっても、心配だし、

主人の苦しみは共有できるようでありたい。


でも、人間はいい。

死にたいと思えば自殺という切り札があるようだからな。

犬には、その選択の権利は与えられていない。

同じ生き物なのに何故だろうと思うことがある。


こんなことを考えていたら、

知らず知らず居眠りを始めていたようだ。


「ウ~、ワン、ワン!」

という吠え声にビックリして眼を覚ました。

そして犬の悪い習性で、反射的に「ワン、ワン・・・」と吠えてしまった。

バツが悪かったのは、身構えてしまったことだ。


周囲から笑い声と、

「Aくんすごいよ。本もののワンちゃんがうろたえたもの」

「迫真の演技だったよ」

「本ものだね」

演技で吠えた俳優をほめる言葉が飛び交った。


我輩にも徐々に様子が呑み込めてきた。

俳優の一人が犬をテーマにしたインプロとかで吠え声をあげたのだ。

それに対して、我輩が反応しちまったってわけだ。

ただただビックリしただけなのに、

ほめられた俳優は鼻の穴をヒクヒクさせて喜んでいる。

「バカバカしい!」


「はい、では次、まるちゃんね」


「おッ、今度は女優か。居眠りせずにちゃんと見よう」


寝転がった。

「クンクン」

床を舐めるような格好で、ちょこちょこ歩き出した。

「あゝ、赤ちゃん犬のつもりか」

この女優はずるいと思う。

生まれたばかりの犬は人間の赤ちゃんと同じで、

何か考えて行動するわけではないから

思いつくままに歩いたり「クンクン」言っていればいいわけだ。


しばらくして、この家のご婦人が、

「ハ~イ!」

と言って、パチンと手を打った。


「可愛い赤ちゃん犬を演じたのね?」

「はい、この世に生まれてきた喜びを表しました」

「よかったわよ。そうね、そういう具体的な目的を持つといいわね」

・・・ええッ?ショック!あせる

「へェ・・・人間は生まれて直ぐに、“その喜び”を感じられるのか!」

その上、それを表現したいと思えるとは驚いた。


だが犬の世界はそんなもんじゃない。

生まれてきたばかりで脳も発達していない。

痛い、苦しいの感覚すら備わっていない。


12月は O・ヘンリー原作「最後のひと葉」

我輩はビックリ仰天。

「これは人間様を誤解していた」

犬と一緒だと思っていた。


あゝ、そういえば、

人類は霊長類の頂点に位置していると聞いたことがある。

なるほどそうか、我輩はとんだ思い違いをしていたようだ。


続く・・・

「おはようございます」

劇団員たちだろう、玄関に数人の声がした。


「はい、おはよう」

ご婦人は声だけで応えた。


我輩と主人はゲスト扱いを受けたことがわかった。

ご婦人じきじきに、玄関まで迎えに出てきたものな・・・


そうか・・・お招きに与ったわけだから、

顎を床につけてダラ~ッとしていてはいけないと思って、

曽祖父の銅像のようにシャキンと座りなおした。


「おはようございます」

稽古場に顔を出した劇団員は3人だった。


「あ、おはよう」

主人は、明らかに年上だと自認したのだろう、

年相応の挨拶を返した。


「今日の教材のワンちゃんですね」

「秋田犬ですか?」

「何歳くらいですか?」

矢継ぎ早の質問に、主人はいささか押され気味に応えた。

「あ、そう・・・教材?」

これは逆質問だ。

「いや、秋田犬との雑種です」

「何歳だっけ・・・うん?」

我輩に聞いてきた。

これはメールでいうところの「転送」のようなものだ。


犬は17年で1歳になる。

そのせいだろう、

ほとんどの犬は自分の年齢を即座には答えられない。

1ヶ月に1歳になる計算だから、

咄嗟に聞かれて応えられる犬なんて皆無に近いのだ。


我輩は、主人の心無さが恨めしかった。

犬の生活は数字とほとんど無関係だ。

中には1という数字を見て「ワン」、

2という数字を見て「ワン、ワン」と吠えてテレビに

引っ張り出されていたが、2だったら「ツー」だろう。


彼は、2という数字を二度吠えて表現しなければならない犬の辛さを訴えていたのだ。

しかし、人類は「すごい、すごい」と表層だけを見て、

心無い拍手を送っていた。

彼の目論見は誰にも理解されずに終わった。


人間に理解されようという考えは捨て去ったほうがいい。

そのとき以来、我輩はそう思うようになった。


内緒だが・・・我輩の年齢は、もうすぐ55歳。

12月は O・ヘンリー原作「最後のひと葉」
いわゆる団塊の世代ってやつだ。

主人に拾われて間もなく10年だから・・・


それにもうひとつ・・・

質問の中に「秋田犬」を「あきたけん」と言った男がいたが、

それじゃ、秋田県になっちまうだろう。

曽祖父までは「あきたいぬ」といってもらいたいなァ。

「あっはっはっは、こんなことはどうでもいいか・・・」


「あ、このワンちゃん笑ってる」

と劇団員の一人が大声を上げた。


続く・・・

「お邪魔します」


主人が遠慮気味に中に入った。

「こいつの足を拭かせて頂いてもよろしいでしょうか?」

あゝ、やはり遠慮していると思った。

言い方が丁寧すぎるし、

我輩が土足のまま家に入らないくらい知ってるはずなのに、

わざわざ断わりを述べている。


遠慮以上に、緊張していることを表しているのかもしれない。

「あら、気を使っていただいてご免なさい」

真新しいタオルを我輩の目の前に出してくれた。

「じゃ、失礼して・・・」

前足から二度、三度こすりつけ、後足は軽く二度こすりつけた。

「すごいわねェ。よく教育されてるのねェ!」

感嘆の声をあげてもらった。


だが、また子ども扱いだよ。

教育されたので足を拭いているわけではない。

足を舐めてもいいのだが、他人の家では行儀が悪く見える。

それに、折角出してくれたのだから、その好意に甘えただけのことなのだ。


犬の思いを理解しようというデリケートさがほとんど見えてこない。

犬を課題にしたインプロなんて段々考えられなくなってきた。


主人に導かれるまま5、6歩行くと広間があった。

「お~ッ、すてきな稽古場ですね」

今度は主人が感嘆の声をあげた。


「狭いのよ。どうぞお座りになって」

お茶を入れてくると言うなりご婦人は出て行った。

向こうのほうで、

「10分もすればみんな集まりますので」

という声が聞こえてきた。


お茶の支度をしているらしい茶碗の音などが聞こえてくる。


「そうそう、ワンちゃんの飲み物は何がいいかしら?」

「いや、こいつはいいです」

そして小声で、「ション便したくなると困るものな」

と、誰にともなくつぶやいた。


やはり主人は偉い。

ちゃんと我輩の生理状態まで慮(おもんぱか)ってくれている。

12月は O・ヘンリー原作「最後のひと葉」

我輩は気が楽になり、改めて部屋を見回した。


昨日だったか、

「東京のど真ん中に稽古場を持っている劇団なんて贅沢」

と言っていた主人の言葉を耳にしている。


我が家はペット禁止のアパートだ。

小さな庭のある隣人の好意にすがって、

庭の一角を、それも鎖の長さで円を描けるだけのエリアを

無料でお借りしている身である。

部屋ひとつでその庭の数倍はある。

「狭い」なんてとんでもない話だ。


「おとなしいワンちゃんね」

ご婦人がお茶を出してくれたらしい。

我輩は顎を床につけて楽にしていた。

「これ、召し上がらないかしら?」

皿にのせた鶏のから揚げだ。

「どうする?」

主人が聞いてきた。

「いらない」

眼で応えた。

遠慮と緊張が主人を偉くしている.。

普段にないコミュニケーションを心がけている。


「お腹が一杯のようです」

「そう、じゃ、食べたくなったら召し上がれるように」

と言って、テーブルの下に移した。


違うんだよ。

鶏のから揚げは食わないんだよ。

鶏の骨は犬にとって危険なんだよ。

噛み砕けず突き刺さる恐れがあるからね。

肉だけ食べて骨を残してみろ・・・

あら、この犬可笑しいなんて言われかねない。


このご婦人の言っていることややっていることを考えると、

犬をインプロとかで、どんな風に取り上げるのかが結びつかない。

それが一層色濃くなった感じだ。


続く・・・