我輩は犬である(3) | 演劇人生

演劇人生

今日を生きる!

「お邪魔します」


主人が遠慮気味に中に入った。

「こいつの足を拭かせて頂いてもよろしいでしょうか?」

あゝ、やはり遠慮していると思った。

言い方が丁寧すぎるし、

我輩が土足のまま家に入らないくらい知ってるはずなのに、

わざわざ断わりを述べている。


遠慮以上に、緊張していることを表しているのかもしれない。

「あら、気を使っていただいてご免なさい」

真新しいタオルを我輩の目の前に出してくれた。

「じゃ、失礼して・・・」

前足から二度、三度こすりつけ、後足は軽く二度こすりつけた。

「すごいわねェ。よく教育されてるのねェ!」

感嘆の声をあげてもらった。


だが、また子ども扱いだよ。

教育されたので足を拭いているわけではない。

足を舐めてもいいのだが、他人の家では行儀が悪く見える。

それに、折角出してくれたのだから、その好意に甘えただけのことなのだ。


犬の思いを理解しようというデリケートさがほとんど見えてこない。

犬を課題にしたインプロなんて段々考えられなくなってきた。


主人に導かれるまま5、6歩行くと広間があった。

「お~ッ、すてきな稽古場ですね」

今度は主人が感嘆の声をあげた。


「狭いのよ。どうぞお座りになって」

お茶を入れてくると言うなりご婦人は出て行った。

向こうのほうで、

「10分もすればみんな集まりますので」

という声が聞こえてきた。


お茶の支度をしているらしい茶碗の音などが聞こえてくる。


「そうそう、ワンちゃんの飲み物は何がいいかしら?」

「いや、こいつはいいです」

そして小声で、「ション便したくなると困るものな」

と、誰にともなくつぶやいた。


やはり主人は偉い。

ちゃんと我輩の生理状態まで慮(おもんぱか)ってくれている。

12月は O・ヘンリー原作「最後のひと葉」

我輩は気が楽になり、改めて部屋を見回した。


昨日だったか、

「東京のど真ん中に稽古場を持っている劇団なんて贅沢」

と言っていた主人の言葉を耳にしている。


我が家はペット禁止のアパートだ。

小さな庭のある隣人の好意にすがって、

庭の一角を、それも鎖の長さで円を描けるだけのエリアを

無料でお借りしている身である。

部屋ひとつでその庭の数倍はある。

「狭い」なんてとんでもない話だ。


「おとなしいワンちゃんね」

ご婦人がお茶を出してくれたらしい。

我輩は顎を床につけて楽にしていた。

「これ、召し上がらないかしら?」

皿にのせた鶏のから揚げだ。

「どうする?」

主人が聞いてきた。

「いらない」

眼で応えた。

遠慮と緊張が主人を偉くしている.。

普段にないコミュニケーションを心がけている。


「お腹が一杯のようです」

「そう、じゃ、食べたくなったら召し上がれるように」

と言って、テーブルの下に移した。


違うんだよ。

鶏のから揚げは食わないんだよ。

鶏の骨は犬にとって危険なんだよ。

噛み砕けず突き刺さる恐れがあるからね。

肉だけ食べて骨を残してみろ・・・

あら、この犬可笑しいなんて言われかねない。


このご婦人の言っていることややっていることを考えると、

犬をインプロとかで、どんな風に取り上げるのかが結びつかない。

それが一層色濃くなった感じだ。


続く・・・