我輩は犬である(4) | 演劇人生

演劇人生

今日を生きる!

「おはようございます」

劇団員たちだろう、玄関に数人の声がした。


「はい、おはよう」

ご婦人は声だけで応えた。


我輩と主人はゲスト扱いを受けたことがわかった。

ご婦人じきじきに、玄関まで迎えに出てきたものな・・・


そうか・・・お招きに与ったわけだから、

顎を床につけてダラ~ッとしていてはいけないと思って、

曽祖父の銅像のようにシャキンと座りなおした。


「おはようございます」

稽古場に顔を出した劇団員は3人だった。


「あ、おはよう」

主人は、明らかに年上だと自認したのだろう、

年相応の挨拶を返した。


「今日の教材のワンちゃんですね」

「秋田犬ですか?」

「何歳くらいですか?」

矢継ぎ早の質問に、主人はいささか押され気味に応えた。

「あ、そう・・・教材?」

これは逆質問だ。

「いや、秋田犬との雑種です」

「何歳だっけ・・・うん?」

我輩に聞いてきた。

これはメールでいうところの「転送」のようなものだ。


犬は17年で1歳になる。

そのせいだろう、

ほとんどの犬は自分の年齢を即座には答えられない。

1ヶ月に1歳になる計算だから、

咄嗟に聞かれて応えられる犬なんて皆無に近いのだ。


我輩は、主人の心無さが恨めしかった。

犬の生活は数字とほとんど無関係だ。

中には1という数字を見て「ワン」、

2という数字を見て「ワン、ワン」と吠えてテレビに

引っ張り出されていたが、2だったら「ツー」だろう。


彼は、2という数字を二度吠えて表現しなければならない犬の辛さを訴えていたのだ。

しかし、人類は「すごい、すごい」と表層だけを見て、

心無い拍手を送っていた。

彼の目論見は誰にも理解されずに終わった。


人間に理解されようという考えは捨て去ったほうがいい。

そのとき以来、我輩はそう思うようになった。


内緒だが・・・我輩の年齢は、もうすぐ55歳。

12月は O・ヘンリー原作「最後のひと葉」
いわゆる団塊の世代ってやつだ。

主人に拾われて間もなく10年だから・・・


それにもうひとつ・・・

質問の中に「秋田犬」を「あきたけん」と言った男がいたが、

それじゃ、秋田県になっちまうだろう。

曽祖父までは「あきたいぬ」といってもらいたいなァ。

「あっはっはっは、こんなことはどうでもいいか・・・」


「あ、このワンちゃん笑ってる」

と劇団員の一人が大声を上げた。


続く・・・