長い間愛用した自転車を弔いました。
「これ弔って下さい」
自転車店のお兄ちゃんに頼みました。
「弔うんですか?」
「そう。廃車かなァ。代わりに新車買うからさ」
「あゝ、そういう意味ですか」
葬儀料¥520
この愛車で、30分圏の山の手線内なら何処へでも行った。
若しかすると、おれより長生きするかもしれないと思ったものだが、
自転車のほうが先に逝ってくれた。
「ありがとう!・・・愛車よ!」
明日からは赤いボディの新車になります。
長い間愛用した自転車を弔いました。
「これ弔って下さい」
自転車店のお兄ちゃんに頼みました。
「弔うんですか?」
「そう。廃車かなァ。代わりに新車買うからさ」
「あゝ、そういう意味ですか」
葬儀料¥520
この愛車で、30分圏の山の手線内なら何処へでも行った。
若しかすると、おれより長生きするかもしれないと思ったものだが、
自転車のほうが先に逝ってくれた。
「ありがとう!・・・愛車よ!」
明日からは赤いボディの新車になります。
早朝の中央線電車の中。
「????」
鼾が聞こえた。
あゝ、これは無呼吸に結びつくタイプの鼾・・・・と、
思った瞬間、
「カッカッカカカ・・・・」
止まったァ、やっぱり無呼吸だ!
1秒、2秒・・・・
「プ~ゥ」
「何処で?」
辺りを見回して驚いた。
立ったままじゃないか・・・いでたちは紳士だ。
「グ~ッ・・・グ~ッ・・・」
新宿に着いた。
紳士は目を開けた・・・が、直ぐ目を瞑る。
ドアの方向を確かめた風だった。
安心したように、再度、鼾をかき始めた。
電車が停まり、ドアが開いた。
混む人波に押されがら
「グ~ッ!」
歩きながらも眠りは続いている。
周囲の人たちは、一様に目を丸くした。
ある一人は、「すごい!」といい、
二人連れは、遠慮気味に、だが声を出して、
「忍者だ」という。
忍者・・・?
立ったままで眠る忍者はいたかもしれないが、
鼾をかいていたかどうか。
ただただ、すごい!
過ぎたる疲れの中にあるのかもしれないなァ・・・
三浦綾子さんの作品「母」を劇化して10年が経ちました。
昨日、「何故、『母』を継続して上演しているのか」と、質問を受けました。
「一度観て頂ければ、その理由はお分かりになります」
とは言えませんので、説明に苦労しました。
私は人として生まれ、この年になるまで、
何度自分の母を感じ、
自分の母を思い、
自分の母を考えたかわかりません。
それは、
自らを感じ、
自らを思い、
自らを考えることでもあります。
「母」という舞台は、
「こんな内容です」とか、「ここを見て欲しい」などと説明する類のものではないのです。
観る人によって感じる場所も広さも深さも違うのです。
観てもらわなければならない理由はここにあります。
わが劇団には三園ゆう子という女優がいます。
彼女がなければ、劇団の「母」は存在しません。
三浦綾子さんの「母」は、
演じ、創る側、観る側含めて、1,000人いれば1,000通りの「母」があり、
その多くの部分を共有し合える、簡単に言えば、そんな作品なんです。
やはり解りにくいですね・・・
新クールがスタートしました。
これまで、受講者が女性ばかりでしたが、
願ってもない男性が入ってくれました。
見学者と思っていたのですが、「もう申し込んできました」と聞いて、
いささかビックリするほど、待ち望んだ男性でした。
きょうは、簡単な呼吸と、明確な発音のし方からはいって、
三浦綾子さんの「役に立つということ」のアレンジ朗読、
宮沢賢治の「やまなし」の朗読勉強をして終わりました。