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演劇人生

今日を生きる!

大事なこと。


さて、自叙伝ではないのだから

そろそろこのシリーズは終わりにしたい。


いま売れに売れている俳優は、

その自分の在り方に疑問を持つ暇もないと思う。

それはそれでいいと思う。

突っ走るだけ突っ走ればいい。

その中に、少しだけ将来の事々を加味しておくと更にいいかもしれない。


いま自分を振り返ると、

電機の付属高校に入って、

大学で演劇を専攻し劇団に進むという、

ごく平凡な進路を歩いてきたわけだから、

人生で大海原に乗り出したという感覚に乏しい。

何となく来てしまったな・・・これが実感である。


ただ、ここにきて、

折角学んだ俳優業を何らかの方法で、

演劇の道に足を踏み出そうとする人たちと、

演劇の魅力(あるいは魔力かもしれない)をともに考えたいと願っている。


俳優の仕事は、

「演じる人物の人生に責任をもつ」という責務がある。

テレビでも、ちらりと後ろを通り過ぎる役だとしても、

その人の数十年という人生の数秒を生きているのである。

「ちょい役だから・・・」

と思うのはとんでもない話である。

主役として人生の数時間を表現する以上に、

裏に隠れている人生の多い存在であることを考えれば、

「ちょい役」などというものはない。

その存在は重要であり、その数秒なりの生き方を託されるのだ。


そのような俳優を仕出しなどという呼び方がある。

制作スタッフに、そのような考えを持っているものがいるとしたらとんでもない話だ。

「仕出しさん、スタジオに入ってください」

などと言うスタッフがいたら怒鳴りつけても余りある。


続く。

俳優修業


趣味の勉強は日常の生活のなかにある。

意識的な生活を営むことが大切だ。


一番知っているつもりで知らないのが自分だと思う。

「あの人は」どうの、あの部分が気に入らないだの、

「あれが」よくないだの、

「人の気持ちが分からない」だの、

「気まま」だの、

いろいろ様々に評するが、

誰よりも「自分はいい人」だと思っている。

また、親切で優しくて清潔な人だと思い込んで・・・

いるかもしれない。


実は私も「穏やかでいい人」だのと言われているが、

とんでもない話だ。

言われるような人間であったら、

私の人生はもっと(いい方に)違っていたに違いない。

すぐ血がのぼり、言いたいことは歯に衣着せずにいい切ったし、好き嫌いも誤魔化さなかった。

それでいて、俺は優柔不断だと自分を嫌っていた。

結婚生活も放りだした。

財産の全ても放り出した。


ただ一つ、

俳優の仕事だけは後生大事に守り抜いてきた気がする。

妹はいう。

「お兄ちゃんが俳優になるなんて全く信じられないことだった」

続く。

俳優修業


つくられる役者・・・

これは貴重な経験である。

「創られる」という字を当てるべきかもしれない。

舞台に限らない。

テレビドラマやCMの収録を通して、

これを感じたことが多い。

NHKの大河ドラマで「徳川家康」に出演した時に

特に感じた。

佐治日向守という役だったが、

秀吉の妹を妻にしていたが、家康にやりたいので返せと迫られ、抗うことの難しいことから自害して果てるものだったが、相手役のかかわり、カメラワークなど(つまりは演出による)の助けによって創られた自分を感じたのだった。

他に、舞台では宇野重吉さん演出「イルクーツク物語」や「七月六日」「うちのお姉さん」「星の牧場」という作品での役づくり、浅利慶太さん演出「ヴェニスの商人」のグラシャーノー役でもそうだった。


「うちのお姉さん」

「星の牧場」

「ヴェニスの商人」

自分は懸命に役を創っているつもりだが、「これは自分の力量では創れなかった」としみじみ感じた役がいくつもあった。

また40年にわたって継続(最近は収録がめっきり少なくはなったが)している通販のCMがある。

いま演出をする機会が多くなったが、どの役にでも、

そのような環境をあてがう演出を出来れば最高だと思う。

役者は将棋の駒ではない。

実を言えば、私は将棋に詳しくはない。

しかし、その素人でも、動かせる程度は出来る。

考えてみれば、本当の意味での「駒」なのかもしれない。

いや駒でいいのかもしれない。

歩が裏返って金になるかもしれないが、

その役割は飛車角や様々な働きを併せ持つことが出来る。

役者一人一人も計り知れない可能性をもっている(筈だから)。

それを引き出す演出がいて、

自らも気づきそれを活かせればいい。

続く。




俳優として必要なものって何だろう。




うちの劇団で、


演劇のエの字も知らない新人を何人か育成した。


準主役を当てられるまでに成長したが、


何処へ行ってもつとまる俳優かと問われれば


まだだね」と答えるほかはない。


劇団にいれば、


その役者向けに役を作りかえらることもできるし、


役者に合う役づくりも可能になる。


また、その役者に合うであろう作品をもってくることもできる。


役者からすると贅沢な話だが、


それだけ面白さもある。




S君を当てるつもりで三浦綾子さんの「壁の声」を脚色して主役にし、成功を収めた。


またこの8月にはE君のために、同じ三浦さんの「貝殻」を脚色して上演した。


「役にぴったりでしたね」という評を頂いたが、彼の地だったという面白さがあった。


「えっ、地なんですか?」


これも、劇団内であればこそ可能な創造の域である。




役者は自分でつくらなければならない部分と、


つくられる部分がある。

私たちがここにあるのは、


父や母があり祖父や祖母がいたからに他ならない。


演劇をしているのも、


その仕組みと変わらない。




何千年の歴史を経ていまに至っているのだ。




私たちが母体の外に出て、


初めて肺呼吸をして人としての歴史が始まったのだが、


そこが始まりではなかった。


数万年の人類の歴史の中に、


遅ればせながら生まれてきた、いわば遅刻者といえるのかもしれない。


とすれば、先人たちから多くを学んで、


追いつこうとしない限り、先人たちを越えるどころか、後退することになりかねないのだ。




演劇の道を歩こうとするとき、


そこに演劇の歴史が始まるのではない。


演劇とは、演技とは何か・・・を考え悩み、


演技とはを考え悩み、


いまがつくられているのだ。


・・・とすれば、先人たちの足跡をたどり、


引き継ぐものを見つけ出したいと思うし、


次に渡すものをつくり上げたいと思って当然ではないか。





演劇の勉強は、まず先人に学ぶことであると思う。


続く。