演劇人生 -223ページ目

演劇人生

今日を生きる!

ブログネタ:思い出のナツメロ

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恋した女性がいて結婚した。ブーケ1

この女性と生涯を共に出来れば、
最高の幸せと暮らす日々に違いない・・・・

・・・・が、それは長く続かなかった。
結婚20年目にして破局が来た。

考えてみれば当然の帰結だったのかもしれない・・・・
そう思うことがあった。

僕の生き方である。

愛とは何か・・・・

浮気一つしていないことも、
子どもの朝食を作って弁当を作ることも、
仕事が終れば一直線帰宅することも、
肩が痛いといえば指圧することも、
抱いてといえば懸命に喜んでもらおうとすることも、
家を買うことも・・・・

愛ではない。
愛とは・・・・優しさなのなのかもしれない。

優しさとは、
待つことでもあり、
厳しくもあり、
必要なことを求めることでもあり、
相手の欲しいことを理解することなのだ・・・・

これに気づいた時は、
既に離婚して6~7年近くを経た時だった。

幸せは求めるものではない。
感じるものだ・・・・・

その思いを少しずつ分かりかけたある日、

音譜 秋の夜は ふけて
   すだく 虫の音に
   疲れた心を いやす
   吾が家の 窓辺
   静かに ほのぼのと
   しあわせは ここに

音譜  星の まばたきは
   心の やすらぎ
   明日の 夢をはこぶ
   やさし 君が笑み
   静かな 吾が窓辺に
   しあわせは ここに

石原裕次郎の歌といえば、「銀座の恋の物語」「ブランデーグラス」
「嵐を呼ぶ男」「夜霧よ今夜もありがとう」「錆びたナイフ」等々・・・・

この「倖せはここに」も裕次郎の歌である。

この歌を聞いたときに感じたことは、

僕が求めていたものは、自分が幸せでありたい・・・・
こうすれば幸せなはずだ・・・・

そのようなものではなかったか…ということだ。

可愛いし、笑顔がいいし、一緒にいて楽しい・・・・
これは悪いことではない。

しかし、
二人で何をつくっていけるか…、これがもっとも必要なことではなかったかと思う。

結婚とは「愛を学習する条件」が整うことである。

愛とは…命をつなぐ優しさである。

何とも辛い思い出だが、
本当の愛とは・・・・を学びえた思い出ではないだろうか。
そこから生まれた答えが、
愛とは、優しさであるということだった。

そこに、しあわせも生まれてくるのだろ。

ラブラブ音譜「倖せはここに」

を作った作詞・作曲者に敬意を表したい。
25年以上かかって学んだ人生の重さが数行の詩の中に書かれてあったのだ。

最近年齢のせいもあるのか、DASH!

怒ることにも疲れてきた気がする。あせる


亀田に腹を立てたり、ドンッ

政治と金に怒ったり・・・・爆弾

地下鉄

昨日地下鉄に乗り、

足を投げ出して座っている男に、

むっ「ちゃんと座ったら?」むかっ

・・・と声をかけると、

胡散臭い表情で睨まれた。

こちらも、

そこを通り過ぎると言い逃げになるので、

(いつもの調子で)多少狭かったが、

男の横に座って反論を待った。


シラー「何だよ、態々狭いところに座らなくていいじゃねえか」

僕も、無視していればいいものを、

むっ「どうして」むかっ

と返した。

シラー「狭ェんだよ」

むっ「太ってるからな」むかっ

シラー「誰が」

むっ「オレがだよ」むかっ

シラー「バカか、こいつは」

むっ「悪かったな」むかっ

シラー「アホ臭ェ、話も出来ねェ」


我ながら、「ごもっとも」と思い、それ以上返すのをやめた。


このまま話を進めても、僕のほうが分が悪い感じがしてきた・・・・


横に座った途端にずれた話題にのってしまったのが失敗だった。(反省)しょぼんダウンダウン


これは、相手に対して力みかえった時点で、対応に間違いが生じたのだ…と思った。

僕が先に電車を降りた。


そして…

地下鉄

過ぎていく電車の車内を目で追うと、


こちらに笑みを送る男の表情が、


いかにも気持良さそうに、一見勝利者のソレに見えた。にひひ


ニコニコ音譜これからは、力まず行こう・・・!

○番線に、普通、○○行きが参ります。


JR東海や西日本なら許されると思うが、

東日本の場合は、ふつう 普通 に喋って欲しい…

東日本のみなさん…そう思いませんか?


「ふつう」 「ふ」 は無声音です。

「オフ」の「ふ」も、「蓋」の「ふ」も無声音です。


麩の「ふ」で、

「ふつう」と言ってみて下さい。

ドンッ

JR東日本のどの駅すべてで、

「ふ・つ・う」の「ふ」を有声音でアナウンスしている。

むかっ

録音する時の演出はどうしていたのかと思う。

昨年春、JR東日本に、

「たったひと言だが、気になってし方がない。切り替えられないのか」

と具申したが、「何とかしたい」

以上の返事はなかった。

むっ

未だに直っていない。

声の主も演出も関西出身者か・・・と思ったが、

「深谷」の「ふ」は無声音になっている不思議さ・・・・

分からない。


こんなことを気にしているのは僕だけですか。


以前、山形のバスのアナウンスは、

「落ちる人が落ちてから叫びお乗り下さい」

・・・と言っていたが、今は「降りる人」に直っている。

各地方でも順々に直してきている。

それこそ地域地域で残しておいてもいいものはある。


だが、ふ・つ・う・・・これだけは許したくない。ショック!

「ただいま、最後の衣裳を整えております」

「それでは旅立ちを見守りください」

ドクロまかはんにゃはらみったじ・・・ポクポクポク・・・・

が聞こえて来そうなことばですが、

これが何と、ウエディングでの式場側のコメント・・・・


そういえば、ずいぶん前になるが、

某ホテルで婚礼司会に入った時である。

ゲストの入場の時間になり、

少しずつ席が埋まり始めた頃だ。

ご婦人が一人司会席に近づいてきて、

「司会者でしょう?」

「はい」

「私、新婦の主賓だけど、スピーチは何時ごろになるの?」

「ありがとうございます。大変申し訳ありませんが、

 その前に、媒酌人の挨拶が入り、その後に新郎側の主賓のスピーチが入りますので

 ○○様のお時間は、凡そは申し上げられますが、それ以上は申し上げられません」

「あゝ、そう…司会者の時間管理なんて、その程度なの?」

「それは、どのような意味でしょうか・・・・・」

答えもせずにさっさと行ってしまった。


さて、そのご婦人の祝辞の順番が来て、

マイクの前に立つと、


「本日は誠にご愁傷様でございます」


・・・・と、やらかした(こんな言い方失礼でしょうが)

会場全体の空気が氷った。


「・・・・・・・!!」


さすがに気づいて、

「これは大変失礼なことを申し上げました」

・・・口ごもりながらだが、

直ぐに落ち着いて祝辞を行い、まとめの言葉に入りった。


「簡単ですが、祝辞に致します。本日は誠にご愁傷様でした。あら、またまた失礼しました」


1回ならまだしも、2回目は会場内も反応した。

ただのザワツキではない、

「何だ、あの女は・・・」

「失礼な奴だ」

等々の声が聞こえる。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++

これはお客様の失敗であるが、

この日も3~4組の式を挙げているはずの

チャペルのアナウンスである。

同じことを繰り返しているだけではなく、

今後もずっと続くことを考えて、

苦情の一つでも言ってくれば良かったかもしれないと思う。


その時の新郎新婦が一昨日旅行先のギリシャから帰ってきた。

お土産のチョコレートを頬張りながら・・・・・


・・・だが彼女は嬉々としていた。


この話には、

「ええええッ・・・本当ですか?!」

全く意に介していない…といった表情だった。


大らかで…いいなァ!!!

前のテーマブログで、

沈丁花と金木犀を間違えていました。

訂正しました。

慙愧に耐えない…次第であります。


ま、僕らしいといえばソレですが…公に醜態をさらすのは避けなければなりません。